シーン3:灰と星の天秤
毎日投稿チャレンジ挑戦中です。予約投稿も使えばいける、、、はず。
20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
アーベルシュタットへの帰路は、往路の地獄のような強行軍とは打って変わって、拍子抜けするほど穏やかなものだった。
王都が用意してくれたのは、最新の魔導サスペンション——私が一瞬だけ書き殴った『反発力場による衝撃吸収理論』をさっそく実用化したもの——を搭載した、ふかふかの大型客車だった。
「リリア先生、ほら! 窓の外、雪が溶けてるよ!」
マリナが客車の窓に張り付いて、はしゃいだ声を上げる。
胸のポケットから顔を出したルビも、一緒に窓の外を覗き込んで「キュッ」と鳴いた。
「もうすぐ春だからね。……それに、あの村はこれから、もっと暖かくなるよ」
私はふかふかのシートに深く腰を沈めながら、そう答えた。
王都での公開討論から数日。ヴァルグラムの迅速な手配により、アーベルシュタットの図書館は「第一号・分散知識核管理施設」として正式に認可された。
さらに、王立図書塔から農業、土木、医療に関する『実用書』の複製が百冊ほど、この馬車の荷台に積まれて一緒に運ばれている。もう、古い歴史書やカビの生えた童話で我慢する必要はないのだ。
「……本当に、信じられません」
向かいの席に座るエルドが、まだ夢でも見ているかのように馬車の天井を仰いでいた。
「三十年続いた知識の統制が、こんなに鮮やかに覆るなんて。僕たちはただ、村を少し豊かにしたかっただけなのに」
「結果的にね。でも、ここからが本当の勝負だよ、エルド補佐」
私はシートから身体を起こし、彼を見据える。
「自由には責任が伴う。王都は知識を解放したけど、それを正しく使って暴走を防ぐ『ブレーキ』の役割は、私たち管理者が担わなきゃいけない。村人たちが技術に溺れないように、バランスを保つ。それができなかったら、また三十年前の逆戻りだよ」
「……はい。分かっています」
エルドは表情を引き締め、深く頷いた。
馬車が丘を越えると、アーベルシュタットの村の全景が眼下に広がった。
中央の広場に建つ、古い石造りの図書館。三十年前は死んだ施設だったその場所が、今は周囲に立ち並ぶ新しい水車や、綺麗に整備された水路の中心として、力強く機能している。
「帰ってきたね」
私は窓ガラスに額を押し当て、小さく息を吐いた。
前世で成し遂げられなかった「知識による世界の最適化」が、今、この小さな辺境の村から始まろうとしている。
すべてが順調だ。理屈は通った。
(……でも)
私は、王都の地下で対峙した『庭師』の男の言葉を、脳の片隅で反芻していた。
『君が暴走を止めても、次は人間同士の醜い殺し合いが始まるだけだ』
あの男は、決して負け惜しみであんなことを言ったのではない。彼は「知識の解放」がもたらす次のフェーズ——つまり、特権を奪われた貴族たちと、力を得た平民たちとの間での『権利の衝突(戦争)』を確信していた。
実際、あの公開討論の場でも、保守派の貴族たちは明確な敵意を剥き出しにしていた。
彼らがこのまま大人しく、自分たちの優位性を手放すはずがない。知識という武器を手に入れた平民を、力でねじ伏せようと必ず動く。
そして何より——あの庭師。
世界の物理法則をいじり、知識の欠落を意図的に作り出した「管理者」気取りの存在。彼がこれで引き下がるわけがない。
「……リリア様? どうしましたか、難しい顔をして」
エルドが不思議そうに私を覗き込む。
「ううん、なんでもない。ただの計算だよ」
私は首を横に振り、ポケットのルビを撫でた。
「次の授業のシラバスを考えてたの。これからは農業だけじゃなく、村の『防衛』についても教えていかないといけないなって」
「防衛、ですか? 魔獣対策ですか?」
「それもあるけど……もっと厄介な獣から、この村を守るための理屈だよ」
私は窓の外、遥か遠く——王都の方角の空を見遣った。
春の兆しが見える空の向こうに、まだ見ぬ戦いの暗雲が微かに渦巻いているのを、私ははっきりと感じ取っていた。
——カラン、コロン。
馬車が村の広場に到着し、歓迎の鐘が鳴り響く。
私は深く息を吸い込み、五歳の身体に再び気合を入れ直した。
「さあ、授業の再開だ。この世界の理屈、全部私が書き換えてやる」
馬車の扉が開き、春の風が車内に吹き込んできた。
灰の下に埋もれていた本たちが、再び世界を回し始める。
(第一部・完)
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