シーン2:完璧な設計図の死角
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20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
「全区画、遮断します!!」
管理術師の一人が叫び、レバーを叩き落とした。
その瞬間。
——ゴォォォォンッ!!
腹の底を殴りつけられたような重低音とともに、第一炉のまばゆい光がプツリと消えた。
同時に、管理室の照明魔石も、窓の外に見えていた王都の街明かりも、すべてが漆黒に塗り潰された。
塔の機能が、完全に停止したのだ。
静寂。
いや、違う。暗闇の中で、別の音が聞こえ始めた。
「……きゃあああっ!」
「火事だ! 魔力炉が爆発したぞ!!」
「逃げろ! 踏まれるぞ!!」
窓の外、遥か眼下の王都の市街地から、数十万人という人間の悲鳴と怒号が、波のように塔の中層まで這い上がってくる。
安全で、豊かで、完璧に管理されていたはずの箱庭。
その「当たり前」の光と暖かさを突然奪われた三十万人の市民が、暗闇の中で方向感覚を失い、恐怖に駆られて暴れ出している音だった。
「……」
私は暗闇の中で、一歩後ずさった。
背中が、冷たい石壁にぶつかる。
(私の、せいだ)
冷や汗が、背筋を滝のように流れ落ちていく。
五歳の小さな胸の奥で、心臓が早鐘のように打ち鳴らされている。息がうまく吸えない。
私は、完璧な安全設計を作ったつもりでいた。
知識を均等に与え、インフラと動力を同時に押し上げれば、グランベルクのような惨劇は防げると信じていた。
でも、私は「人間の心」を計算に入れていなかった。
突然のシステム停止。それがもたらす二次的なパニック。
光を奪われただけで、人間はこれほどまでに簡単に獣に戻ってしまう。もしこのまま誰かが火を放てば、街は魔力炉の暴走ではなく、人間同士のパニックによって燃え落ちる。
「……私は、また」
震える両手で、自分の顔を覆う。
前世でもそうだった。
美しい数式を組み上げることに夢中になり、それを運用する人間の感情や、社会の複雑なシステムを無視した。だから誰にも理解されず、孤立して死んだ。
そして今世でも、私は「理屈」だけで世界を変えられると傲慢に信じ込み、エルドやマリナたち辺境の村人を利用して、この王都の三十万人をパニックのどん底に叩き落としたのだ。
『この理論は美しすぎる。故に、世界を統制するには邪魔だ』
地下の禁書庫で見つけた、私の手稿に書かれていたあの言葉が、呪いのように脳裏に響く。
そうだ。美しすぎる理論は、現実の泥臭い世界には適合しない。私の設計図には、決定的な「余白」が欠けていた。
「……リリア・アーカイブ」
暗闇の中で、静かな声がした。
ヴァルグラムだ。
「三分経った。再起動の指示を出せ」
私は顔を上げる。
暗闇に目が慣れてきて、制御盤の前に立つ彼の長身のシルエットがぼんやりと浮かび上がっていた。
彼は私を責めなかった。ただ、今のこの状況を収束させるための「次の手」を、私に求めている。
「……再起動しても、また共鳴は起きます」
私は、乾ききった喉から声を絞り出した。
「辺境の『理解』が止まらない限り、この王都の炉の出力は下がりません。でも、もう一度全停止したら、今度こそ街のパニックは暴動に変わる」
「ならばどうする。このまま炉を臨界させるか」
「……違います」
私は壁から背中を離し、震える足を無理やり前へ踏み出した。
逃げてはいけない。前世の私なら、ここで自分の理論の不完全さに絶望して引きこもっていただろう。でも、今世の私は、エルドたちに「未来を見せる」と約束したのだ。
「ヴァルグラム長官。この塔の地下に、なにがありますか?」
私の問いに、ヴァルグラムのシルエットが微かに動いた。
「なにを言っている。今は炉の制御が——」
「私が禁書庫で見つけた『知識の欠落』。それを意図的に隠した場所が、この塔の地下にあるはずです。あの不完全な数式を補完する『ブレーキの知識』が」
私は制御盤の前に歩み寄り、冷え切った水晶板に手を置く。
「再起動します。ただし、出力を限界まで絞った状態で。ギリギリで街の照明だけを維持する『セーフモード』で」
「そんな機能はない。魔力炉は一度起動すれば——」
「私が作ります。この場で、新しい制御式を」
管理術師たちがどよめいた。
だが、私はすでに頭の中で、前世の未完成理論と、この塔で読んだ数百冊の魔導理論を猛烈な速度で繋ぎ合わせ始めていた。
「私の知識と、この部屋にいる術師全員の『理解』をリンクさせます。私たちがこの制御式を理解した瞬間、魔導知識核が現実をアップデートし、炉の仕様そのものが書き換わる」
私はヴァルグラムを真っ直ぐに見上げる。
暗闇の中でも、彼の灰色の瞳が私を捉えているのが分かった。
「……それで、どれだけ持つ」
「一時間。それが限界です」
「その一時間で、地下から『欠落した知識』を見つけ出し、完全な安全制御を完成させると?」
「はい。理屈は通します」
ヴァルグラムは沈黙した。
窓の外からは、相変わらず王都の悲鳴と混乱の音が響いている。時間は一秒たりとも無駄にできない。
「……術師共」
ヴァルグラムが、低く通る声で命じた。
「この子供の言う通りに動け。一言一句、漏らさず『理解』しろ」
「は、はいっ!」
私は羽ペンを掴み、制御盤の横にあった羊皮紙に、猛烈な速度で数式と図解を書き殴り始めた。
「いい? ただの呪文じゃない! 魔力の波長を音の波形に置き換えて、干渉波で出力を相殺する『ノイズキャンセリング』の理論だよ! 波の頂点と底をぶつけてゼロにするイメージを頭に叩き込んで!」
私の五歳の小さな手が、紙が破れるほどの勢いでペンを走らせる。
術師たちが私の周りを囲み、その数式と図解を食い入るように見つめ、必死に脳内で処理していく。
「よし、理解したな!? 再起動!!」
術師の一人がレバーを押し上げた。
直後。
——ふぉん。
爆発的な光ではなく。
蛍の光のような、淡く、だが確かな青い光が、第一炉の水晶の奥で灯った。
熱はない。唸り声もない。極限まで出力を抑え込まれた、静かな稼働。
「……街の照明、点きました!」
「出力、規定値の二〇パーセントで安定しています!」
管理室に、安堵の息が漏れる。
だが、私はまだ安堵できなかった。
これはあくまで、出血部位を指で強く押さえて止血しているだけの応急処置だ。一時間後には限界が来て、今度こそ炉は完全に崩壊する。
「行くよ」
私は羊皮紙を放り出し、出口へ向かって走り出した。
背負った責任の重さに、足は鉛のように重い。
でも、もう言い訳はしない。自分の設計の甘さが招いた危機は、自分自身の足で、地下の深淵へ降りて拭い去る。
王立図書塔の、本当の闇の底へ。
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