シーン4:過去と未来が交差する点
毎日投稿チャレンジ挑戦中です。予約投稿も使えばいける、、、はず。
20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
鉄の扉の向こうに消えた足音が、誰のものだったのかは分からない。
ヴァルグラムに反発する塔の職員か、あるいは私と同じようにこの世界の不条理に気づいている第三者か。
いずれにせよ、私はその紙切れ——『真実は、地下にある』というメッセージをポケットにねじ込み、再び机に向かった。地下へ行く手段を探るのは後だ。今はまず、この部屋にある「欠落した知識」の全貌を把握しなければならない。
私は、手当たり次第に鋼鉄の書架から特級危険指定の本を抜き出し、ページをめくった。
『高位圧縮魔力による——』
『反重力場における質量欠損と——』
『星脈エネルギーの直接抽出——』
読む。ただ文字を追うだけでなく、前世の物理・化学・工学の知識と照らし合わせながら、その背後にある「理屈」を脳内で再構築していく。
一冊、十冊、五十冊。
私の五歳の脳髄は、前世の三十年分の記憶をフル稼働させながら、この異世界の魔法的物理法則を猛烈な速度で吸収していた。
やがて、私の手が一冊の古びた手稿で止まった。
タイトルはない。表紙は擦り切れ、ページは変色している。だが、そこに書かれている数式と図解を見た瞬間——私の全身の血が、一瞬で凍りついた。
「……嘘、でしょ」
声が震えた。
ルビが驚いて、机の上で首を丸める。
私はそのページに顔を擦り付けるようにして、びっしりと書き込まれた数式を追う。
間違いない。
この世界特有の「魔力」という不確定要素を変数として組み込んではいるが、この数式の構造は——前世で、私が死ぬ直前まで研究室のホワイトボードに書き殴っていたものと、全く同じだ。
『自己増殖型エネルギーネットワークの分散制御理論』。
前世の私が、地球のエネルギー問題を解決するために構想し、そして誰にも理解されずに未完成のまま終わった、あの理論。
「なんで……これが、この世界にあるの?」
私は震える手でページをめくる。
著者の名前はどこにもない。だが、筆跡の癖、数式の展開の仕方、そして余白に書かれた『この係数はもっと美しくできるはずだ』という、ひどく見覚えのある走り書き。
「……私の、字だ」
私は椅子から転げ落ちそうになった。
前世の私。現代日本で過労死した、一介の研究者。
その私が書いたはずの理論が、なぜこの異世界の、三十年前に封印された禁書庫の最深部に眠っているのか?
混乱する頭を必死に落ち着かせながら、私はさらに手稿を読み進めた。
理論は中盤まで、前世の私の記憶と完全に一致している。だが——後半。私が前世で完成させられなかった「分散制御の最適化」の部分。
そこには、見知らぬ筆跡で、こう書き足されていた。
『この理論は美しすぎる。故に、世界を統制するには邪魔だ。分割し、一部を地下へ投棄する』
「……っ!」
私は手稿の後半のページを掴む。
案の定だ。さっきの『錬金術的金属精製の極致』と同じように、理論の核となる制御式の部分が、根こそぎ引きちぎられている。
「……そういうことか」
私は床にへたり込み、冷たい石畳の上で大きく息を吐き出した。
頭の中で、バラバラだったピースが、恐ろしい音を立てて組み合わさっていく。
知識暴走。
なぜ、この世界は「本を読むだけで技術が進化する」のか。
なぜ、三十年前のグランベルクで技術が偏り、暴走したのか。
なぜ、私の前世の知識がここにあるのか。
仮説が、一つの残酷な真実に辿り着く。
「この世界は……誰かが作った『実験場』だ」
技術を進化させるシステム。それを制御する知識。
誰かが、前世の私の——あるいは私と同じように他の世界から持ち込まれた知識を元に、この世界のシステムを組み上げた。
だが、そのシステムを管理している存在は、人間が『完全に正しい知識』を手に入れて、自立して進化することを望んでいない。
だから、彼らは知識を意図的に欠落させた。
車のアクセルだけを与え、ブレーキの設計図を「地下」へ捨てた。
人間たちが技術に溺れ、暴走し、勝手に自滅していくのを、天秤の上から眺めるために。
ヴァルグラムは、その「暴走」を恐れて本を封印した。彼はシステムの管理者の思惑通りに動かされているだけの、哀れな番人に過ぎない。
私は、膝の上に乗ってきたルビの小さな頭を撫でながら、暗い石室の天井を見上げた。
「……ふざけんなよ」
前世で、私は未完成の理論を誰にも理解してもらえずに死んだ。
そして今世。私の理論は、誰かに悪意を持って切り刻まれ、世界を停滞させるための道具に使われている。
「理屈が通ってない。こんなの、絶対に認めない」
私は立ち上がった。
五歳の小さな身体に、前世から持ち越した全ての怒りと、研究者としての狂気にも似た執念が満ちていく。
失われた制御式。切り取られたブレーキの知識。
それが「地下」にあるというなら、取りに行くまでだ。
私は、あの紙切れを寄越した何者かの誘いに乗ることに決めた。
この王立図書塔の奥底で、国家の影に隠された「世界のバグ」を修正する。
「見てなよ、ヴァルグラム。そして、このふざけた世界を作った誰か」
私は、切り取られた手稿を握りしめ、冷たい鉄の扉を睨みつけた。
「私が、この世界の知識を全部繋ぎ合わせて、完璧な安全設計でアップデートしてやる」
塔のどこかで、重い鐘の音が鳴り響いた。
私の、国家と世界の理に対する、本当の反逆が始まった音だった。
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