シーン4:加速する境界線と、灰色の天秤
毎日投稿チャレンジ挑戦中です。予約投稿も使えばいける、、、はず。
20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
ヴァルグラムの視察から三日が過ぎた。
王都から「待った」がかからなかったことで、村人たちの図書館への熱狂はさらに加速していた。
「リリア先生! 次、俺たち木工組に『滑車と応力』の授業を頼む!」
「こっちの土木組が先だ! 川の護岸工事に『アーチ構造』のバフが要るんだよ!」
カウンターの前には、分厚い手垢のついた整理券(エルドが夜なべして作ったものだ)を握りしめた大人たちが列を作っている。三十年間、ただの石の箱だったこの場所は、今や村の心臓として激しく脈打っていた。
「はいはい、順番に! 木工組は左のテーブルで昨日の復習! 土木組はこっち!」
私はカウンターの上に立ち、指示棒を振るって群衆を捌く。
声は枯れ気味だが、頭の中は異様なほど冴え渡っていた。脳内に展開した「安全設計のツリー図」が、現実の村人たちの理解度と完全にリンクしている。
農業の出力が上がった。だから次は、大量の作物を運ぶための「荷車の車軸強化(木工)」と、その車が通る「道の地盤強化(土木)」を並行してバフ掛けする。
エネルギーだけを突出させない。インフラと素材と動力を、面で押し上げていく。これなら絶対に崩壊は起きない。
「エルド! 魔導知識核の輝度は?」
「現在、青色波長で安定! 点滅の間隔も一定です!」
脚立に乗って壁の奥を覗き込んでいるエルドが叫び返す。
彼の目には、もう王都への恐怖はない。彼もまた、この「知識による世界の最適化」という麻薬的な快感に取り憑かれつつあるのだ。
「よし。じゃあ土木組、教科書開いて。今日は『楔石』の力学についてやるよ」
私が黒板に図を描き始めたその時。
ふと、窓の外から生温かい風が吹き込んだ。冬の辺境にはあり得ない、熱を帯びた風。
(……ん?)
私は手を止める。
足元のルビが、身を低くしてグルルと喉を鳴らした。
「リリア館長、どうしました?」
最前列にいた土木組の親方が首をかしげる。
私は黒板から視線を外し、窓の外を見た。空は晴れている。風も穏やかだ。でも、微かに、本当に微かに——空気が「震えて」いる。
(いや、違う。空気が震えてるんじゃない。空間の……『容量』が軋んでるんだ)
私の背筋を、冷たいものが駆け上がった。
計算上は完璧なはずだ。バランスは取っている。でも、この世界の物理法則が、私の設計した「同時多発的なアップデート」の処理速度に追いついていないとしたら?
「……全員、今日はここまで」
「えっ、先生、まだ授業が——」
「ここまでだと言ってる!」
私の鋭い声に、大人たちがびくっと肩を揺らす。
私はカウンターから飛び降りた。
「エルド。全員を帰らせて。図書館の扉を閉めて。……少し、検証のスピードを落とす」
胸の奥底で、小さな警報が鳴り始めていた。
グランベルクの惨劇は知識の偏りが原因だと思っていた。でももし、それだけじゃなかったとしたら?
* * *
(※視点移行:ヴァルグラム公)
同じ時刻。
王立図書塔、最上階の長官室。
ヴァルグラムは、黒檀の執務机の上に置かれた一枚の羊皮紙を、灰色の瞳で静かに見つめていた。
それは、数日前にアーベルシュタット辺境図書館で、あの五歳の幼女から手渡された活動記録の複製だ。
『農業:理解者51名。成長率+63%』
『衛生:理解者37名。感染症発生率-80%』
『水力:理解者14名。動力変換効率+45%』
完璧な数字だった。
狂いがない。突出した要素もない。彼女が言った通り、村全体のインフラを均等に、しかも意図的に面で押し上げているのが、この数字の羅列から読み取れた。
「……見事なものだ」
ヴァルグラムの口から、冷たい吐息とともに声が漏れた。
その声に、部屋の隅で控えていた副官がびくりと反応する。
「閣下……その、辺境の図書館の件ですが。即刻、騎士団の強襲部隊を差し向けるべきかと。知識の私的流用は法に触れます」
「法には触れていない」
ヴァルグラムは羊皮紙から目を離さず、淡々と答える。
「彼女は報告義務を果たしている。管理権の剥奪要件は満たしていない。武力で制圧すれば、法治国家としての体裁が崩れる」
「しかし! あのような幼女が、魔導知識核を意のままに操っているなど——」
「操っているのではない。『理解』しているのだ。そして、あの子供は恐ろしいことに、過去のグランベルクの惨劇の原因まで正確に把握し、それを回避するための安全設計まで組んであの村の知識を統制している」
副官が息を呑む音がした。
「安全、ですか。では……暴走の危険はないと?」
「……」
ヴァルグラムは答えず、ゆっくりと立ち上がり、壁一面を覆う巨大な窓枠の前へ歩み出た。
眼下には、王都の整然とした街並みが広がっている。知識を制限し、技術の進歩を意図的に止めることで維持されてきた、美しくも停滞した箱庭。
三十年前。
彼はこの街を守るため、そして二度と家族をあのような炎の中で失わないため、自らの手で国中の本をこの塔に封じ込めた。悪名を被る覚悟はできていた。
「安全設計……そう、あの娘の理論は正しい。知識の偏りをなくせば、局所的な暴走は防げる」
ヴァルグラムは、窓ガラスに映る自分の灰色の目を見つめる。
「だが、あの娘は一つだけ、決定的な事実を知らない」
「決定的な、事実……?」
「この世界を維持している『魔導知識核』の——総容量だ」
ヴァルグラムの目が、酷薄な光を帯びる。
グランベルクが消滅した本当の理由。
それは、知識の偏りによる物理法則の崩壊だけではない。数千人の人間が同時に「世界の理」を理解したことで、星そのものが持つ処理能力が一時的にパンクし、エラーとしてあの街を消去したのだ。
「バランス良くアップデートしようが関係ない。理解者の総数が一定ラインを超えれば、核は必ず暴走する。辺境の村一つなら耐えられるかもしれん。だが、あの娘の熱狂が周辺の街へ延焼すれば……システムは崩壊する」
ヴァルグラムは振り返り、副官へ冷酷な命令を下した。
「特務騎士団を準備せよ」
「……はっ。制圧ですか」
「いや。強制召喚だ。あの娘を、王都へ連行する。辺境の図書館は……理由をつけて封鎖する」
彼の灰色の瞳には、一切の迷いがない。
正義も悪もない。ただ、国家という巨大な天秤の均衡を保つための、冷徹な分銅があるだけだ。
「私が、あの怪物をこの塔に閉じ込める」
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