シーン3:灰の下に埋もれた理由
毎日投稿チャレンジ挑戦中です。予約投稿も使えばいける、、、はず。
20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
ヴァルグラム公が帰った後、図書館の空気はしばらく凍りついていた。
外の広場にいた村人たちも、あの異様な馬車と騎士の列を見て蜘蛛の子を散らすように逃げ帰ってしまったらしい。窓の外は、昼前だというのに不気味なほど静かだった。
「リリア様……」
エルドが、絞り出すような声で私の名を呼んだ。
その顔には、隠しきれない疲労と恐怖が張り付いていた。
「大丈夫だよ、エルド」
私はカウンターに手をつき、小さく息を吐いた。
平気を装っていても、やはり心臓は普段より少しだけ早く打っている。五歳の身体は、精神の強さとは無関係に生物学的なストレス反応を起こすから厄介だ。
「彼は今日、私たちを潰しに来たわけじゃない。視察と、牽制。ただそれだけ。むしろ、彼がわざわざ足を運んだってことは、王都も『いきなり武力で制圧するのは悪手だ』と判断したってことだよ」
「……どうしてですか? 彼らには、その気になればこの村ごと焼き払う武力があるはずです」
「理由があるんだよ」
私はカウンターから降りて、一番奥の書架——誰も読まない歴史書が並んでいる棚へ向かった。
「知識統制法が敷かれたのは三十年前。でも、王都が地方から本を奪い、知識を独占し始めたのには、もっと明確な『引き金』があるはずだ。何の前触れもなく、いきなり全国の図書館から本を没収するなんて、コストと反発が大きすぎるからね」
私は背伸びをして、棚の一番上にあった分厚い革張りの本を引っ張り出した。
埃を払い、表紙を開く。
タイトルは『王国暦二一四年:グランベルク事変の記録』。
「グランベルク……」
エルドが私の隣を覗き込み、その地名に反応して眉をひそめた。
「かつて、王国の西部にあったという交易都市ですね。確か、大規模な魔力災害で一夜にして消滅したと」
「表向きの歴史では、そうやって教えられてる。でも、本当の原因は違う」
私は本をぱらぱらと捲り、あるページで指を止めた。
そこには、木版画のような粗い挿絵が添えられていた。空を覆うほどの巨大な黒煙。砕け散った石造りの塔。そして、街を焼き尽くす無数の光の柱。
「この街にあったのは、当時国内最大だった『第二王立図書塔』だ」
私は挿絵の横に記された文章を、指でなぞりながら読み上げる。
「当時のグランベルクは、知識の共有を奨励し、誰でも本を読める環境を作っていた。その結果、技術レベルが爆発的に上昇した。……ここまでは、今の私たちがやってることと同じだ」
「では、なぜ消滅したんですか」
「『熱機関の暴走』と『魔力炉の臨界』が同時に起きたからだ」
私はページをめくる。
そこには、惨劇の詳細が克明に記録されていた。
「彼らは、効率的な動力を求めて『蒸気圧縮』と『高位の魔力燃焼』に関する本を同時に大衆へ解放した。数千人がそれを理解し、街全体の物理法則がアップデートされた。でも——その力に耐えられるだけの『強度の高い金属を作る知識』や、『エネルギーを逃がす安全弁の知識』を、誰も読んでいなかった」
エルドの顔から、再び血の気が引くのが分かった。
「……つまり」
「そう。車体は木製のままなのに、エンジンだけがロケットにすり替わったようなものだ。技術のバランスが崩壊した。結果、街の中央にあった巨大な魔力炉が暴走し、街一つが地図から消え去った。死者は十万人以上」
私は本をパタンと閉じた。
図書館の冷たい空気が、さらに温度を下げたような気がした。
「これが、ヴァルグラム公が恐れているものだ」
私は彼が立っていた場所——壁の魔導知識核の前を見つめる。
「彼は悪じゃない。ただ、歴史の惨劇を繰り返さないために、最も確実で、最も冷酷な方法を選んだだけだ。知識を王都の奥底に封印し、一部の天才だけに制御させる。進歩を遅らせてでも、安全を優先する。彼にとっては、それが正義なんだ」
「……リリア様は、彼が正しいと?」
エルドの声が震えていた。
彼は、私が王都の思想に屈するのではないかと恐れている。
「正しいよ。彼の理屈は完璧に通ってる」
私は振り返り、エルドを真っ直ぐに見据えた。
「ただ——『設計』が古すぎる」
「設計……?」
「そう。ゼロリスクを求めるあまり、すべてを箱に閉じ込めて蓋をした。でも、それじゃあ病気の子供は救えないし、痩せた土地は元に戻らない。安全のために飢え死にするなんて、本末転倒だ」
私はカウンターに戻り、さっきヴァルグラムに見せたのと同じ羊皮紙を取り出した。
裏面を向け、羽ペンで図を描き始める。
「いい? エルド。あの暴走事故の原因は『知識の共有』じゃない。『知識の偏り』だ」
私は円を描き、その中に『動力』『素材』『制御』と書き込む。
「エンジンを強くするなら、ボディも強くしなきゃいけない。ブレーキも強化しなきゃいけない。これを同時に、同じ人数に理解させれば、システムは絶対に暴走しない。バランスを保ったまま、社会全体が一段階上にスライドする」
「……それが、リリア様の安全設計論」
「そう。私は前世で、この『全体を俯瞰してバランスを取る』理論を完成させる前に死んだ。でも、今は違う」
私は羊皮紙をトンと指で叩く。
「この図書館にある本を、私が選んで、私が順番を決めて、私が読ませる。成長と安全のバフを、同時に掛けていく。そうすれば、グランベルクの惨劇は二度と起きない」
エルドはしばらく羊皮紙の図を見つめていたが、やがて深く息を吐き出し、強張っていた肩の力を抜いた。
「……分かりました。リリア様がそこまで見通しているなら、僕はただ、あなたを信じて働くのみです」
「頼りにしてるよ、エルド補佐」
私は彼に笑いかけ、羊皮紙を丸めた。
「さて、そうと決まったら、今日の授業の再開だ。ヴァルグラムが帰ったからって、畑の麦が待ってくれるわけじゃないからね」
私は大きく伸びをして、再び黒板の前に立った。
窓の外には、恐る恐る様子を見に来た村人たちの姿が、少しずつ戻り始めていた。
(王都は監視を続ける。次は、ただの視察じゃ済まない)
私は壁の奥で光る青い光を背に受けながら、心の中で覚悟を決めた。
(来るなら来い。私の知識と、この村の『理解』で、王都の古い正義をひっくり返してやる)
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