第44話 未来を視る目が見開かれ、予言者は笑う。
「残念なら教えて下さい。この代行会の魔女の数について」
そう静かに鉄面皮のような表情で、
首に出来た魔素の閉じ跡が消えていく中で、
裏切り者の魔女の代理について聞きながらも、
沈みかけの上弦の月のような瞳でイノセントを見つめながら、シアは言った。
・・シアの「計画」通りに
◻︎
代行会とは魔女の代理が選抜した魔女の軍隊の総称である。
第一軍〜第十三軍まであるこの組織は、
裏切り者として粛清された第七軍を除いても尚、
魔女の人口の三割弱という膨大な団員を抱えていた。
”人類の平和の為に”という目的の為に15億人強の魔女が戦っているのだ。
その組織の約半分、7.5億人がけれど「病塔」の周りに整列していた。
一部の代行会の魔女は何一つ怠ける事なく整然とした様子で壮絶な隊列を組んでいたのだ。
当然だが、常にこうして整列している訳では無い。
精鋭である熟年の魔女や、
年若いながらも圧倒的な実力を持つ熟練の魔女など、
総数約3億の魔女は食事を摂る必要が無い。
生理現象すら魔素の体外循環で完結させ不要とした彼女達は正しく人外そのものである。
「しかし、そんな人外だけじゃないってーのがこの世の現実だよねー。」
そんな風に傲慢の一族の一人、
熟年の魔女でもある明星百合は隣の魔女にそう言った。
隣にいる者は肩までの揃った黒髪赤目の少女、
嫉妬の副代理、井伊波海その人である。
明星百合とは違い、
熟練の魔女でもある彼女はこの状況でこの隊列に入らなくてもいい少ない一人である。
半分以上の約4億人の普通の代行会の魔女は、魔女の代理が貼った認識妨害結界の中で街を作っていた。
色欲の街の跡地を埋め尽くす程のその街は、
簡易住居や補給物資、
コーヒーの匂いの中で杖や外套、
衣装の各軍同士の交換や整備の代行などが金銭を介して当然のように行われていた。
一つの市街地として色欲の街の跡地は機能していたのだ。
「予言の魔女が五度目の復活を終え、
旧研究塔群の一つ、
「研究塔」で目覚めたのは今日の6時半だったけー
七度目の復活をも終えイノセントと接触したのが13時半、
今は14時15分でしたっけ。
魔女暦2998年8月14日は厄日か何か何でしょーか。」
「拙者もそう思うでござるな。全くもって酷い日でござる。」
侍言葉でそう言った後、海はパンを口にする。
其々の祖先である大罪の魔女の髪色や、
瞳を基本的に受け継ぐ他の大罪七家とは違い、
彼の祖先である嫉妬の魔女の紫髪紫瞳とは違う黒髪赤目をしているのだ。
「嫉妬の一族は感情の最も強い一族である」という事柄が事実だと認識されている様に、
けれどそれすら気にせず井伊波海はそう言った。
隊列を抜け出して、色欲の街の後に出来たこの第3番簡易拠点に百合と海はいた。
ただ、「蛇の使徒」である予言の魔女と予言者、
二人が接触するという事柄に、
対抗するだけの為に一夜にして作られたこの街には第三軍〜第十軍がここに居たのだ。
第七軍は禍根鳥に手を貸していた為、「魔王」に粛清された物のそれが現実だった。
市街地として機能するこの拠点は、
なり損ない戦線という大きな障害を抱えながらも、
熟練の魔女の殆どをも連れてくる事によって、正しく鏡の世界がどの軍事大国にも劣らない勢力である事を知らしめていた。
なり損ない戦線とは鏡の世界の魔女にとって最大の障害である。
その鏡の世界の北、傲慢の街付近に作られた「壁」伝いに作られた戦線は、
しかし転移門を通って、
青水の大地から押し寄せる北のなり損ないを押し留める役割を持っていた。
第一軍〜第十三軍まで存在し、
人口の三割、総勢15億人が軍人であるのはこれが理由である。
だからこそ、軍部の半数、
とここを指揮する役目を持つ「嫉妬」と「暴食」以外の魔女の代理が、戦線を動けずにいたのだ。
代行会議が行われていなかったと暴食の魔女の代理が言ったのもそれが理由である。
あの場にいたのはあくまで影武者、
色欲の魔女の代理は勘づいて、
予言の魔女を騙そうとしていたようだが、
本物の魔女の代理には遠く及ばない影法師達が殆どだったのだ。
今は、傲慢の魔女の代理が向かった為、問題ないが。
代行会議や代表会議でもいつも槍玉に挙げられる、問題の戦線そのものだったのだ。
「それにしてもでござるよ。
やはり色欲の魔女の代理が裏切ったのはキツかったのでは無いか?
「嫉妬」殿と「暴食」殿に匹敵する実力を持つのは傲慢の魔女の代理ではなく彼女だけであろうに。
戦線の維持が困難になったと聞いているぞ。
分身が出来るのも持ち味の一つだったのに。」
「確かに、傲慢の魔女の代理はあくまで魔力量だけだもんねー。
次なる事象の種でもあるマスターピースを持っていなくて、色々と面倒だから、
次期当主であるクリミナちゃんにそれを持たせてるってのは私もどうかと思うよー。
マスターピースに備わったあの力、
霊子の絶対優位性は燃費は悪いけどかなり強力なのにね。
それこそ、物理法則に干渉出来る程に」
「全くでござるな。」と言いながら海はパンを片手で齧りながら金貨を取り出し、指で弄ぶ。
所でこの世界には貨幣がある。
金貨、銀貨、銅貨に分かれたそれは、
それぞれが偉人の顔を模っている。
金貨には「魔女」、
銀貨には初代魔女の代理、
銅貨には賢人会の番号の肖像などが載っているのだ。
海が弄んでいるのは金貨、「魔女」の肖像が載ったそれだ。
およそ10万円に匹敵する金貨をこうも弄んでいる。
周囲はそれに気づいていないようだが、
これは大罪七家の一つである嫉妬の一族の次期当主である彼女だからこそ成せた蛮行だった。
嫉妬の一族、その当主は、
嫉妬の魔女の代理足る井伊波乃瑠夏ではあるが、
それでも次期当主である井伊波海には莫大な権力と権威が家から与えられていた。
元七大貴族であるが故のそれに、
けれど胡座をかく事は侍を目指す海にとって恥ずべき大罪である。
けれどそれをふとした時、
無自覚に成してしまうのが今の金貨を指で弄ぶ海であった。
「それは良いとしても、
色欲の副代理は存在しなかった事について君はどう思うんでござるか?
君とは友情を築いていた人物が「幹部」で預言書に出てくる首締めの魔女サラであった事、
それには流石の其方も驚いたのでは無いか?」
「屍花が首締めの魔女ただった事は驚いたなー。
本当、嫌、本当に
それにしても今がどういう状況か理解してるよね」
金貨をパシっと掴んだあと、
けれどパンを一齧りすれば海は何でも無い風に椅子の背に凭れる。
「理解してるでござるよ
「蛇の使徒」が二人現れた。
残酷のアグゼリュス程の規模では無いがそれでも膨大な魔力と権能を、
裏切りの魔女と同格の彼女達は持っているという。
どうやらその管理者の一人である暴食殿もここに来ているらしい。
彼女がいれば安全・・そう拙者は考えているが君はどうか?」
光輪が鼓動する空の下で、
けれど百合は沈黙する。
手元にあるコーヒーを一杯飲み、けれど一つある事を思い出す。
思い出すのはシア、予言の魔女の事。
唇を奪われた事は些細な事だ。
百合にとっては初めてだが、
あの感じからして予言の魔女は経験済みだろう。
重要なのは彼女が力をつけたという事
無神論のバチカルと同様に未来視の魔眼すら持った彼女は、同様に都市を滅ぼせる程の魔力を持っているという。
「全知全能」を含めた五つの特性と、
預奪の魔術を持つ予言の魔女が凡そ持ち合わせて欲しく無い物、
そのものを今の彼女は持っているのだ。
そして、同時に百合はこう思う。
「本当に予言の魔女は未来視の魔眼しか持たないのか?」
と確かな疑念の声をコーヒーカップを持って言った。
光輪が鼓動する空の下で、
けれど、海が怪訝気な表情で百合はを見つめる。
ドクンと光輪が脈打つ。
まるで何かが胎動するように
◻︎
代行会の魔女について、
彼自信が知るおおよその事をイノセントは答えてくれた。代行会が第一〜第十三軍から成る事、
第三軍から第十軍が色欲の街の跡地に来ている事、
百合がここに来ている事を教えてくれた。
情報が足りないように感じるが、
今、第二特性情報の「収集」と「集積」と、
周囲に魔素を拡散させ、
魔力感知を用いて情報収集を進めているので問題はない。
情報の集積が済むまであと三分と言った所か。
「嫉妬の魔女の副代理や、
暴食の魔女の代理がここに来ているようです。
何でも貴女と元々、
潜伏していた鈴さんが代行会の魔女の指揮を取っているのだとか。」
「ふーん。
裏切り者の魔女の代理についても触れてないし、
言葉は少ない気がするするけど嘘は無いみたいだね」
第二特性情報の「収集」と「集積」での、
同時並行での解析が終わるまであと3分、
魔力感知を用いての情報収集は、本来そこまでの時間を掛ける必要があったのだ。
先の言葉についても同じ、
言葉は一見多く見えるが、幾つも私が手に入れた情報と比べて穴があった。
未来視の魔眼でさえ見抜けない、過去や現在の事柄について
足りない情報が幾つもあったのだ。
例えば傲慢の魔女の代理がなり損ない戦線に戻っただとか
金貨、銀貨、銅貨についての情報などについてだとか
その他諸々の情報が足りていないのだ。
言っておくが、私の行動には意味がある。
自暴自棄に成ったかのように「蛇」に魂すら売り飛ばしたのも
それを出汁に「蛇」から力を引き出すという目論見があったし、
「計画」とて聖書の最後のページに書いてある事を隠しも話しもしないのは、
それ自体を罠にして敵の狙いを分散させる狙いもある。
魔女が敵に成ったのは痛かったものの、
一人で色々と動きやすいようにする為には、
暴走した結果を償うという意味でも仕方のない事だった。
「言葉が少ないですか、
ですがこの情報を忘れない方がいいのでは無いですか、予言の魔女。」
「ああ、分かってる。
貴方が話してくれた情報は本当に必要な物だったよ、感謝してるとも」
だからこそ、私には「計画」通りに動く仲間が必要だった。目の前の少女の姿のような無性別者
輝きを失った宝石のような瞳をした、金髪の無性別者
イノセント・エフェソスに白羽の矢が立ったのだ。
当然だが、クリミナを探すという目的は今も実行中である。
今も魔力探知と、
第二特性情報の「収集」と「集積」で周囲の情報を解析しつつ探している。
「魔女の代理が敵に回ったというのに悠長な物言いですね、予言の魔女」
「まだ、そうと決まったわけでは無いでしょ、イノセント。実際憤怒の魔女の代理はともかく、暴食の魔女の代理は裏切るとは思えないし。
裏切り者の魔女の代理については候補が七人から三人に絞れた程度だ。」
思うがままの言葉を私はイノセントに対して吐く。
嫉妬の魔女の代理よりは因縁が深く無いが、
実際鈴とは仲良くやってきた。
鈴が鏡の国の魔女を裏切るとは思えなかったのだ。
裏切り者の魔女の代理とは違って
「それは「蛇の使徒」として愚鈍のエーイーリーとしての貴女の態度次第です。」
「・・・成程、私の態度次第で鈴も一緒に裏切り者の魔女の代理のように裏切りたくも無い鏡の世界を裏切る事になるって事か」
「それだけは避けたいな。」と心の中で独言ちた私である。
当然だ、鈴の友人でもある私としては彼女を裏切るという選択肢を取りたくは無かったのだ。
恣意という友達を失ったというのに、
また友達を失うのが恐ろしいのだと・・・私は自分自身を推量した。
裏切り者の魔女の代理とは違って
「であればこそ、貴女の答えは決まっている。
そうでしょう、
先ほどから魔力感知という基本能力と第二特性である情報の「収集」と「集積」を使っている事、
視ていますよ」
赤黒く輝く双眸を、
未来視の魔眼がイノセントの両目として輝くのを私は見た。
彼はわたしの未来を見た、
未来を見てこれからの答えを予想したのだ。
だからこそ、私は言った。
魔女のような笑みを浮かべて
「ああ、鏡の国の平和の為に戦う。」
その言葉と共にマゼンダ色の霊子を収束させ「鉄の杖」を具現化し、抜き放つ。
してイノセントの首に切り掛かった一瞬、
予言者の笑みをイノセントが浮かべ、
未来視の魔眼がイノセント本来の翠色の目に切り替われば・・
「病塔」の中腹下部が土煙を吐き出した。
して私は未来視の魔眼を起動し、第二特性での情報の収集を終えた。
そうして、私は未来視の魔眼で目を見開いた。
未来視の魔眼というのは珍しい物では無い。
肝心なのは予言の魔女自身が、
未来を変える力を持つ事だ。
〜予言の魔女〜




