第43話 予言者の死と復活
「だって、貴方を置いていく事になるから。そんなのもう嫌だから」
その言葉にイノセントは目を開けた。
それはイノセントからすれば理解しようが無い、けれどシアからすれば現実には違いない言葉だった。
光輪が鼓動する空の下で、
「病塔」の隅の個室の中、
輝きを失った宝石のような瞳をした、金髪の無性別者は、
その赤黒く変化させた未来視の魔眼を解かずに細め、
恐ろしい程の表情で、まるで予言者のように笑った。
そしてこう言った。
「お前、未来が見えていますね。」
確信に満ちたイノセントの言葉と共に、けれどシアは魔女のように笑った。
暴走した時の左手の瞳と同じ、
或いはイノセントの瞳と同じ、赤黒い目を両目に輝かせながら
◻︎
未来を視る者は時折り不可思議な言動をするという。
例えば経験した事がない事に、
慣れ親しんだ様な口調で話したり、
見た事が無い物に臆さない言動を見せたりと、
特徴として奇妙な行動をとる事があるのだ。
その不思議な性質はけれど未来視の魔眼を持つイノセントにも判別する事が出来た。
「そんなのもう嫌だから」
予言の魔女はそう言った。
まるで自分が経験した事がある様にそう言ったのだ。
そう、置いていかれる事はあれ、一度も置いていく事を経験していないであろう彼女がである。
これらの言動を扉越しに聞いて、紫藤と赤神の二人は確信した。
シアが未来を視ている事を
「鏡の世界を魔女の血を用いて創った魔女アドナイは同じ手法を用いて、
なり損ないを創り、それが支配する青水の大地を創造しました。
してそのまま魔女の血を用いて五星世界を創造したと言われています。」
「遺灰城、ロゼアはその時に「魔女の器」、
いわばプリンセスと同様に世界の中心として作られた。
世界の欠片である十二あるマスターピースもこの時に作られたと言います。
燭台の間にある円卓の意味する「平等」は、
世界の中心が魔女の手によって公平である事を示していると言い伝えられています。」
機械的な口調で紫藤は静かにそう語る。
同じく魔女の象徴である、
魔女の血の上位互換である「魔女の血」や、
魔女アドナイの居場所を示すという七つの星などは、
聖杯や聖槍などと同時期のこの時に、作られたとも紫藤は機械的な口調で語る。
「魔女の象徴と呼ばれる存在も、
「蛇」も、「蛇の使徒」も「魔女」が全て創り出した造物に過ぎません。」
「それは未来を視る予言者や、予言の魔女でさえ例外ではありません。」
扉に背を預けながらも紫藤は言葉を話す。
「蛇の使徒」について語る事があった。
彼らは「蛇」に力と位と大いなる権威を与えられた存在であり、
全ての部族、民族、国語、国民を支配できる者である。
予言者 イノセント・エフェソスや、
予言の魔女フリージア・ブルーリィンカーネーションなど十人の魔女やなり損ないがこれに当たると、平気な顔で言った。
それに赤神は驚かない。
知っていたのだ、彼らが「蛇の使徒」である事を
賢人会の「計画」を遂行する身として、
ある程度の情報を貰っていた赤神である。
これは鏡の世界に住む魔女の代理や、代行会など全ての魔女が当たる。
彼らは知っていたのだ。
シアやイノセントが「蛇の使徒」である事を、
彼ら全てが知っていて当事者である彼女に言わなかったのだ。
「魔女」が創り出した「計画」の為に、
全ての魔女がシアとイノセントの二人を除いて団結した証である。
「その結果、我々が予言の魔女に殺されようと問題では無いのです。
既に前回の「魔女」一派との接敵時に、代行会の熟練の魔女が呼び出した代行会の半分、
謂わば7.5億人の魔女を、
この「病塔」の周囲を包囲しながらも隠密状態で整列展開させています。
何故なら・・」
「"人類の平和の為に"「計画」を為す。それこそが賢人会の指針です・・・ってね。
先に言わせて貰いました。」
機械的な紫藤の言葉に、
同じく機械的ながら赤神はそう言った。
ペストマスク越しのその悪戯気な言葉に、
しゅこーという音と共に赤い目を向けてきた赤神に抗するように、
紫藤は金眼を赤神に向けながらこう言った。
「理解しているのなら、見守りましょうか。
二人の「蛇の使徒」が接触した時、何が起こるのか、
このまま事態が一段落するまでね。」
そう機械的な口調で紫藤は言った。
「お前、未来が見えていますね。」
という言葉を聞いて機械には無いような、
けれど何処か機械的な表情を浮かべながら、けれど機械的にそう言った。
代行会の半分程度の7.5億人という戦力を、
「病塔」の周囲に整列させながらも紫藤はそう言った。
機械のような笑みを浮かべて
◾️
「蛇」に与えられた魔女としての新たな力が都市を滅ぼせる程の莫大な魔力や、
預奪の魔術だけでは無く。
未来視の魔眼も含まれている事を私は知っていた。
五度目の復活の直後、夢を見るという形で無意識下に使っていたこの力は、
しかし五つの特性同様にこの時になってしっかり顕現したのだと私は理解していた。
黒い瞳孔を晒し、
赤い瞳を持ち、
黒に満ちた結膜を持つ双眸がそこにあった。
暴走した時の左手に奔った亀裂、
その先に在った筈の赤黒い瞳が私の両目として輝いていたのだ。
「お前、未来が見えていますね。」
確信に満ちたイノセントの言葉にけれど私は魔女のように笑った。
暴走した時の左手の目と同じ、
或いはイノセントの瞳と同じ、赤黒い目を両目に輝かせながらそう言った。
イノセントはもう未来視の魔眼で私を見ていない。
元の翠色の目で私を見ていた。
動揺で魔眼が解けたのかも知れない・・と考えながらも私は言葉を紡ぐ。
「その通りだよ、イノセント。
魔女は鏡の世界を裏切り、
隷属契約に違反しても尚、
魔法的な「死」の魔力から生き残った存在である
・・それの一人が私だ。
基本的に不死身な魔女はしかし、象徴となる称号で呼ばれるという。
私は予言、予言の魔女フリージア・ブルーリィンカーネーション。
全ての「計画」の元であろう予言を象徴とする程の魔女なんだ、未来視の魔眼ぐらい持ってて当然だよね。」
「その力、「蛇」に授かったのですね。
予言の魔女が「蛇の使徒」の一人であるというのは本当の様だ。」
「蛇の使徒」という存在についてイノセントは饒舌に語る。
「蛇」の権威によって生かされている魔女の総称。
「蛇」から力と位と大いなる権威を与えられている
全ての部族、民族、国語、国民を支配出来る者である。
この生物には、また、大言を吐き汚し事を語る口が与えられ、
口を開いて神を汚し、神の御名と、その幕屋、
すなわち、天に住む者達とを汚していた過去を持ち、
そして彼らは、聖徒に戦いを挑み、これに勝つことを許されている。
地に住む者で、屠られた仔羊の命の書にその名を記されていない者全てが、
この使徒を拝むであろう・・と予言書には記されている。
確認されているだけで十人の「蛇」の使徒がいるが詳細は不明・・であるらしい。
イノセントは一番目の使徒、無神論を司るバチカルだと言った。
そして私が二番目の使徒、愚鈍を司るエーイーリーである事も教えてくれた。
愚鈍とは酷い物を司っている事にされているな・・とは思わない。
友達である恣意を救えず、「蛇」に全てを売り渡し、
魔女の力を得ながらも自身の全てを偽物に変えられた私は本当に愚鈍だろう。
それは理解出来る。
けれど「蛇」の使徒が十人以上いる事とその理由を知らない私にイノセントは語った。
「蛇の使徒」はクリフォトの樹という存在と同じ名を騙るらしい。
1無神論のバチカル
2 愚鈍のエーイーリー
3 拒絶のシェリダー
4 無感動のアディシェス
5 残酷のアクゼリュス
6 醜悪のカイツール
7 色欲のツァーカブ
8 貪欲のケムダー
9 不安定のアィーアツブス
10 物理主義のキムラヌート
というようにそれぞれを悪魔が管理し、名を持ち司る者があるのだと言う。
「魔女名を持ちながらも、
愚鈍のエーイーリーでもある貴女はそれ故に「蛇の使徒」でも有ります。」
「例えば「蛇」自身を表すサタンがバチカルを管理するように、
例えばベルゼブブがエーイーリーを管理するように、「蛇の使徒」は管理する悪魔が居ます。
魔女の代理が悪魔の名を継ぐようにこちらも悪魔の名を持つ者によって管理されているのです。
・・・・気付いたでしょう、エーイーリー。」
思わず口を閉じる私である。
魔女の代理は七つの大罪の悪魔の名を継ぎ、肉体の悪魔化を成した者が成れると言う。
この知識は第五特性「全知全能」を第二特性情報の「収集」と「集積」で解析する折、見つけた物だ。
だがそれ故にそれぞれが継いだ「悪魔」としての側面を持つのだ。
だからこそ、私には分かった。
魔女の代理に裏切り者が居る事に、
「蛇の使徒」の管理者であり、「悪魔」の名を継ぐ彼女達。
云わば、魔女の代理が、
少なくとも弩怒蛇と鈴が裏切り者である事に
「残酷のアクゼリュスもアスモデウスが管理している様です。
裏切り者の魔女の代理と同一視される彼の存在が、
その名を継ぎ、
一つ目のマスターピースをも継ぐ禍根鳥憂喜も「蛇の使徒」であり、「幹部」でもある様だ。」
そうあっさり言えばけれどイノセントは言った。
まるっきりの悪意を込めた様に、
そして予言者のように目を細めながらも笑んで私の目を見て言った。
「「魔女」一派の指揮する第二次侵攻、
勝つのは「幹部」でも、
七十二字騎士団の魔女でも、なり損ないでも有りません。
私達「蛇の使徒」です。」
そんな言葉と共に、イノセントの首が舞う。
首が舞う、首が舞う、首が舞う。
赤黒い目で私はその光景を見ていた。
返り血に赤く染まり、
マゼンダ色の霊子を纏った左手を意識しながらも死にゆくイノセントを私は見ていた。
そうして、魔女のような笑みを浮かべて私はこう言った。
「「蛇の使徒」である気が私には無い。
だからこそ私には貴方の言葉は関係がありません。
さようなら、予言者イノセント・エフェソス。
よい夢を。」
そんな言葉と共にけれど私は見た。
イノセントの首がボトッボトッという音と共に転がって血の跡を付け、
白を基調とした部屋に転がったその光景を見た。
暫く、見ていればけれど魔素が、
イノセントの首の無い胴体から飲み込み、
首や私、白を基調とした部屋を飲み込めば・・・
「そうですか、実に残念です。」
首に魔素で出来た閉じ跡を付け、
復活の代償として記憶の実感を失い、故に素っ気ない表情をしたイノセントの姿を見た。
この時、二度目ではあるが魔女が復活する姿を私は見た。
けれど、同時に代行会の魔女を第二特性情報の「収集」と「集積」で認識した。
7.5億人の魔女が「病塔」に火を付けた光景を、
裏切り者の魔女の代理によって目の前のイノセントが炎に包まれ、
多くの魔女が逃げ惑う光景を未来視の魔眼に収めた私である。
だからこそ、未来視の魔眼を閉じて切り替え、私は言った。
「残念なら教えて下さい。裏切り者の魔女の代理について代行会の魔女の数について」
そう静かに、
沈みかけの上弦の月のような瞳でイノセントを見つめながら、私は言った。
・・第二段階「遂行」に移った私の「計画」通りに
死の危機に瀕する事は珍しい事では無い
魔女のように笑う者であれ、
機械のように笑う者であれそれら全ては無価値だからだ。
〜人助けの魔女〜




