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Adonai's Failure  作者: 白河田沼
第三章 裏切りの魔女の代理

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第42話 予言者が恐ろしい表情で笑む時

「ごめん、無理。」

苦虫を噛み潰したような表情で、シアは言葉を吐いた。

出会って早々、変態と思しき無性別の魔女(ウィッチ)に殺してくれと頼まれた。

それだけで貴重な体験をした気分になれた。

・・・残念ながら、第二段階「遂行」に移ったシアの「計画」通りの








「「計画」通りですか、それでその通りになったら貴女はわたしの首を絞めて殺してくれますか?」




「殺さないよ、ていうかとっとと服を着て。

誰かに見られたらどう言い訳する気?

私に脱がされたとでも言う気なのかな。」

手錠をあっさり魔力に変えて、消し。

イノセントの後ろに散らばった患者衣を拾い両手で持ち、羽織らせる。

この時のシアはどうにも変な気分だった。

髪が掛かった薄いイノセントの胸が、

どうにも性的な物に思えてしまったのだ。

無性別者の裸体を見ていると言うのに彼女はそれを見て赤面してしまったのだ。




当然だが、シアには男性経験はない。


記憶にある限り男性の全裸など殆ど見たことも無く、

股間も殆ど見た事が無かった。

あるとすれば幼い時分に育て親である「変人」、

ヨセフの股間を風呂で見た事ぐらいか、

何でもグロテスクだった事を覚えている。

女性器はグロテスクだと男は言うが、

それでも男性器の方も大概であろうとシアは思うのだ。






言うまでもないが

輝きを失った宝石のような瞳をした、金髪翠眼の無性別者。

イノセント・エフェソスに生殖器はない。

無性だからだ。

しかしどうにもシアにとって彼の胸や恥部はいやらしい物に思えてしまうのだ。

おかげで服を被せている今でも、

少しだけ心臓の鼓動が速くなっているのを胸に手を当てずとも耳で聞いて理解したシアである。







「ありがとう。

しかし要らないです、予言の魔女

私には性器が無いですから」





「そんな、話じゃ無いってーの。

私が困るんだよ。

何だか貴方の裸を見てるとこっちまで変な気分になってくる。」

服を袖に通し、赤面しながらも自分らしく無い口調でシアはそう言った。

シアは自身を構成する物が悉く「蛇」に与えられた偽物である事を覚えていた。

この親切心も、この義憤に似た感情も、照れ隠しも全てが「偽物」である事を理解していた。




だけど、思うのだ。


この目の前の無性別者は昔の私と同じなのでは無いかと、記憶の実感や感情、そして魂。

肉体や記憶の全てに飽き足らず、

自身を構成する要素を全て「蛇」という他人に差し出して強くなっていった、かつての私と同じなのでは無いか・・とシアは考えたのである。

自身を透明な薔薇と空っぽの「王」と自嘲気味に例えた自分と同じなのでは無いかと

彼も姉であるクリミナルの為に多くを捧げたのでは無いかと、考えたのである。

それは同情という安っぽくも思える感情を超えた、

同じ境遇だった者にしか出来ない「共感」そのものだった。










「ありがとうございます、予言の魔女」

そう言えばイノセントは服を袖に通すシアの手をやんわりと断りながらも、患者衣を着ていく。

そうして全ての衣服を着込んだ後、

ベッドの横にある棺桶型のストラップを付け、

黒く細長いスマホ程の大きさの石板をポケットにしまった。

復活整理券とモノリスを持っていたのだなと考え掛け、けれど思い出す。

モノリスを直に見たのはそう言えば初めてだったなと





モノリスとは通信魔術を用いて念話をする為、魔術によって作られた魔導具である。


鏡の世界(クルシア)の殆どの魔女(ウィッチ)が持っているそれは、

正しく情報を司る事すら可能にする代物であった。

謂わば、現実世界でいうスマホに相当する物である。

鈴が「SILENCE」の魔女(ウィッチ)に風呂に入った直後、

連絡を取る為に使っていた物こそこれである。








「そう言えば、私達会った事あるよね。

具体的には遺灰城の一階でさ、私が死にに行く前青年の姿で私の事見てたでしょ、見上げてたでしょ。

連れ去られていく私を、見上げてたでしょ。」




「あの時、何て思ったの。」

「・・・・・」その言葉に思わずイノセントは振り返る。シアの体全体から放出される都(・)市(・)を(・)滅(・)ぼ(・)せ(・)る(・)程(・)の(・)魔(・)力(・)で全身を包まれて、

翠(みどり)の目を見開き、けれど細めた。

シアの言葉が分からなかったのでは無い。

確かにあの時のイノセントは外套(シュミレーター)の機能の一つ、

「変装」を用いて青年の姿を取っていた。

「貌の無い魔女」と恐れられる"旗持ち"部隊、

通称国家直属近衛部隊は顔を出す事を法律で禁じられている。

旗持ちは政府を守る部隊、

その性質上テロリストや彼らが起こす反政府運動に介入し、治安維持の為に彼らを制圧する事も多い。

その多さと言えば週に二、三度程彼らのデモ行進やテロ活動を阻止する程である。

だからこそ、反政府組織に顔を覚えられ、

復讐をされない為の法律が彼ら旗持ちには施行されていた。




通称「貌の無い魔女」とも呼ばれる程に鏡の世界(クルシア)で恐れられた彼女達、旗持ちを守る法律。


通称「顔隠しの法」によって彼女達はその肖像権と尊厳を反政府組織から守られていた。

魔女暦2945年8月8日に施行されたこの法律は"ある事件"を二度と繰り返さない為に作られた法律である。

当時は安全保障上の理由で民衆からの批判が多かった。けれど"旗持ち"の尊厳と日常を反政府組織や一部の民衆から守る、

という大義を持っていたというのにも関わらずである。

鏡の世界(クルシア)の放送部門が公式に声明を出す程のデモが行われながらも、

国際議連が半ば強制的に情報管理部門と魔女の代理を動員し可決させた法案だった。

そ(・)の(・)法(・)律(・)に(・)よ(・)っ(・)て(・)自(・)身(・)が(・)顔(・)を(・)隠(・)し(・)て(・)い(・)る(・)事(・)す(・)ら(・)、

周(・)り(・)に(・)気(・)取(・)ら(・)せ(・)な(・)い(・)よ(・)う(・)認(・)識(・)阻(・)害(・)魔(・)術(・)を(・)外(・)套(・)を(・)用(・)い(・)て(・)か(・)け(・)る(・)事(・)を(・)彼(・)ら(・)は(・)強(・)制(・)さ(・)れ(・)た(・)。

そう自身を守る法律故に、

業務時間中に顔を見せる事を禁止された彼ら"旗持ち"にとっては、

都(・)市(・)を(・)滅(・)ぼ(・)せ(・)る(・)程(・)の(・)魔(・)力(・)を発した予言の魔女を前にした今こそが、

今のような身の危険を感じる状況こそが、外套(シュミレーター)を用い、

「貌の無い魔女」に成る絶好のタイミングであった。











「そう、考えたイノセント?」






「・・・・・・」

その言葉に思わず目を瞬かせるイノセントである。

シアが発する都(・)市(・)を(・)滅(・)ぼ(・)せ(・)る(・)程(・)の(・)魔(・)力(・)に(・)包(・)ま(・)れ(・)な(・)が(・)ら(・)も(・)、

その豪胆にも映る行動と鉄面皮の態度を挑発するように未だ続けるイノセントである。

だからこそ、考えを加速させるイノセントである。





この時のイノセントには考えが二つ会った。


まず一つ目は「貌の無い魔女」に成る事、

して二つ目はこのまま自身で首を絞めて死ぬ事である。

前者に必要な外套(シュミレーター)が手元に無い今は、このままイノセント自身の願い通りに自分で首を絞めてしまうのが早かった。

それが、彼にとっての願望だからだ。








「駄目、そんなの許さない。

貴方は私の協力者の一人。

それがみすみす死を選ぶだなんて真似させる訳ないでしょう。」




「・・・であれば首を絞めるのは自分でします。元より私にはそれしか存在意義がないのです。」

輝きを失った宝石のような瞳をした、金髪翠眼の無性別者、

イノセント・エフェソスはそう言った。

シアは知っていた、

彼について何も知らない事に、

第五特性「全知全能」を第二特性、情報の「収集」と「集積」で解析するまでもなく。

シアはイノセントについてそう判断した。

だからこそ、都(・)市(・)を(・)滅(・)ぼ(・)せ(・)る(・)程(・)の(・)魔(・)力(・)を(・)解(・)く(・)、解いた後にこう続けた。









「だけれど、だからこそ私は貴方を死なせない。

もうこれ以上私の前で恣意や、

色欲の一族や色欲の街の住人達のように、

傲慢の魔女の代理や五人の副代理のように私のせいで人を死なせない。」



「だからね、イノセント。

私の「計画」の目指す平和の為に貴方には希死念慮を抱えて生きて欲しいんだ。」

静かに一呼吸した後、こちらを見つめるイノセントの瞳が目に入った。

まるで生きる希望など無いと言わんばかりの翠眼に息を呑んだ後、けれどシアは言った。









「貴方には何もあげられない。

心も体も、何も捧げてあげられない。

だから生きて欲しいとは言わない。

きっとそれは貴方には残酷だから、だからこそ貴方には私と共に死んで欲しい。」




「正気で言っているのですか、予言の魔女。」

思わずそんな言葉がイノセントの唇から漏れた。

シアの言葉がプロポーズに思えたのでは無い

ただ感じたのだ、

彼(・)女(・)が(・)本(・)気(・)で(・)自(・)分(・)と(・)死(・)ぬ(・)気(・)で(・)あ(・)る(・)事(・)を(・)

初対面の相手にあり得ない発言を、

そしてその発せられた言葉に嘘偽りがない事を、

この二つを理解したイノセントである。









「正気だよ、イノセント。私はまだ死なない。

けど全ての「計画」が終わった後に貴方と死ぬ事は出来る。きっと鏡の国(クルシア)の人々に平和を齎した私に心残りは無いだろうからね。」

狂っている、そう端的に考えたイノセントである。

それも仕方が無い、

彼女は目の前の存在に全てを捧げる様な真似はしない、と言いながら最も大事な筈の命を差し出す約束をしたのだ。

それも最も幸せに送りたい筈の自身の命の終わりに

これ程に矛盾した事は無かった。

だからこそ、イノセントからはこんな言葉が飛び出す。









「信じられません。

貴方は確かに死ぬのでしょう。

そこは理解出来ます。

だけれどそこまでの決意を私に固める理由が無い。」



「・・・・・確かに、さっきの言い方じゃ信じられないかもだ。」

そう頷きながらシアは言った。

だからこそ、一歩、二歩と

シアはイノセントに近づく。

そうしてイノセントの両手を包む様に持ち上げれば自身の首に添えさせ、こう言った。











「だったら、貴方が信じられるまで私の首を絞めて。

それで貴方の答えを教えて貰うから。」

そんな言葉と共に魔女の笑みをシアが浮かべれば、

けれど、イノセントの目が変わった。

黒(・)い(・)瞳(・)孔(・)を(・)晒(・)し(・)、

赤(・)い(・)瞳(・)を(・)持(・)ち(・)、

黒(・)に(・)満(・)ち(・)た(・)結(・)膜(・)を(・)持(・)つ(・)双(・)眸(・)が(・)そ(・)こ(・)に(・)は(・)在(・)っ(・)た(・)。

そしてシアの言葉を受け入れるかの様に、ゆっくりと首に添えられた手に力を込め、締め上げた。


第二段階「遂行」に移ったシアの「計画」通りに



◻︎

理解出来ない事柄というのは、

往々にして重要な事だと人は言う。

確かにそれは重要な課題であったり、

肝要な宿命であったりする。

しかし、イノセントにとってそれらは理解出来ない事柄そのものだった。




生まれてこの方、イノセントは問題という物に当たった事が無かった。

「偽の予言者」であり異端者であるクリミナル・エフェソスと違い、彼は本物の予言者である。

見通せない未来は無く、

見過ごす予言すらない、

完璧な予言者である彼はしかし、旗持ちとして圧倒的な実力と権限を持つ。

未来視の魔眼をすら持っている彼はしかし、この時自身の未来を見てはいなかった。








「う・・ぐあっ・・・」

絞める、絞める、絞める。

シアの細い首を、

その白い肌を締め付ける様に両の手指に力を込めた。

足がぷらぷらと宙を漕いでいる。

首を締め上げた結果、足が浮いているのだとイノセントは理解した。

未来視の魔眼、

未来を見る事が出来るその力を発動させながらも、決して目の前にいる自身以外の、シアの未来以外は見ない。

暴走した時、シアの左手にある様な目を両目に持つ彼は、しかし自身とシアの未来のみに重点を置いていた。



暴走した時のシアの左手にある手と同じ姿をしたそれは、未来視の魔眼である。


魔眼とは魔術や魔法の込められた眼球の総称。

種類や能力、

そして権能や権限すら多岐に渡るその目はしかし、

数自体が限られた貴重な物であった。

赤黒く輝くイノセントの両目は暴(・)走(・)し(・)た(・)時(・)の(・)シ(・)ア(・)の(・)左(・)手(・)に(・)宿(・)っ(・)た(・)目(・)同(・)様(・)に(・)、未来を見通す魔眼なのだ。

だからこそ、見えていた。









「何故、笑んでいられるのですか。」

そう、シアが首を締め上げられた状況で尚、

首を締め上げられ宙に浮き、

血の気が引いた蒼白な顔をしながらも、

魔女の笑みを絶やさない光景をイノセントは未来視の魔眼を通して見ていた。

微笑んだようなその笑みはしかし、

間違いなく人外の笑みでありながら人の温もりに満ちていた。

そして念話でシアはこう言ったのだ。








『大丈夫です、怖くはありません。

全てが偽物で出来た私にこの世の未練はありません。

だからこそ、ただ貴方の人生に人並みの幸福があらん事を心から願っています。』




『ああ、だけど一言だけ。やっぱりまだ死にたくはない・・ですね。』

その言葉を念話で聞いた瞬間、

けれどイノセントは未来視の魔眼を解き、して両手を離す。ドサッという音と共にシアが床に落ちた。

「ゴホっ・・・ゲホっゲホッ」という苦しげな声が吐き出される。

首を締め上げられたが故なのか、

シアの瞳には生理的な涙が浮かんでいた、咳き込む彼女にイノセントは言葉を吐き出す。









「どうして、まだ死にたくないと考えたのですか。

怖くはないのでしょう、

死を恐れている訳では無いのでしょう。

ならば何故。」

死にたくないなどと口走ったのか、イノセントには分からなかったのだ。

けれどシアは魔女のような笑みから、

人のような笑みを浮かべたあと、こう言った。

まるで常識を語るようにそう言った。






「だって、貴方を置いていく事になるから。そ(・)ん(・)な(・)の(・)も(・)う(・)嫌(・)だ(・)か(・)ら(・)。」

その言葉にイノセントは目を開けた。

それはイノセントからすれば理解しようが無い、けれどシアからすれば現実には違いない言葉だった。

光輪(ヘイロー)が鼓動する空の下で、

「病塔」の隅の個室の中、

輝きを失った宝石のような瞳をした、金髪の無性別者は、

その赤黒く変化させた未来視の魔眼を解かずに細め、

恐ろしい程の表情で笑った。






まるで予言者のように

予言者が未来を見る意味について考える必要は無い。

未来を見通す目を待とうと、

奴は予言者なのだから、運命からは決して逃れられないのだから

〜人助けの魔女〜

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