第35話 六度目の復活
「開け、門よ。」
ピシリと禍根鳥の空間転移魔法により世界が割れた。
その時、けれど神のように私が笑めば、
第五特性「全知全能」を半ば強制的に起動しその起動した時特有の手応えを感じていれば、
空間の割れ目と
赤子の手指の中から
それを包む影の中にまで朱い霊子が差し込み、
・・少女を朱が包み、大地と空を繋げた。
□
魔女文字が割れ、赤い光が空へと還っていく中で
空間の割れ目が崩壊し何者をも映さない透明な破片が霊子を反射し舞う中で、
赤子の手指の肉片が落ちる中で、
けれど禍根鳥憂喜・・いいや「魔王」を僭称する魔女は孔の空いた雲の下で見た。
神聖、正しくその気を纏った存在を。
半月のように白い瞳を細め血に満ちた結膜を持つ黒髪の少女が赤い片方の手をぎゅっと握り目の前に居た。
その不気味にも思える容姿の少女はしかし、神聖さが何処か増していた
この少女について禍根鳥は空へと浮かぶ中で理解する。
これが「蛇」、なり損ないの「王」、王なのだと
「黒き蛇の王が帰還せし時、諸王は蘇りその威光を己が力によって鏡の国に知らしめるだろう」そんな予言者ゼガリアの言葉を思い出す「魔王」を僭称する魔女である。
裏切りの魔女である禍根鳥は知っていた。
目の前の存在が魔女の代理に匹敵する力を持ちながらも不完全な力しか出せない事を
「魔王」を僭称する魔女である禍根鳥は知っていた。
目の前の鉄面皮で空に平然と佇む王がしかし第五特性「全知全能」を0.001%も解析出来ていない事を。
その解析自体が千年掛かる事を。
そしてその第五特性が魔女の代理であっても1%も扱えない事を
しかし、目の前の「蛇」は違うと「計画」を知るが故に理解していると知る禍根鳥・・いいや「魔王」を僭称する魔女である。
ぎゅっと握り込んだブロックノイズの剣がしかし微かに震える。
そう禍根鳥は理解していたのだ。
目の前の存在が第五特性「全知全能」を制御せずに暴走させている事を
赤い片方の握り拳がけれど全て魔素に変われば、
けれど王の姿が消える。
それに禍根鳥が微かに息を呑めば、
目の前に半月のように白い瞳を細め血に満ちた結膜を持つ黒髪の少女、その顔が在った。
瞬時、その手の平が迫るのを理解する。
けれどブロックノイズで出来た剣で「魔王」を僭称する魔女が受け止めた、その瞬間・・
衝撃波と土煙が色欲の街の郊外「旧研究塔群」を満たした。
□
王について禍根鳥は知っていた。
王とはなり損ないの上位種族である。
かつて青水の大地に実在したという「悪魔」に等しいこの存在はしかしこの様な容貌では無い事を「魔王」を僭称する魔女である禍根鳥は知っていた。
白髪赤目という特徴的な容貌を持った種族なのだと知っていた禍根鳥である。
真の姿を知るからこそ「魔王」を僭称する魔女は理解していた。
目の前の存在、所謂「蛇」という予言書にて予言者モーセが語る人類が楽園を追われるきっかけとなったこの王が未だ不完全な力しか見せていない事を。
依代であるなり損ない、シアが暴走する力を制御し切れていない事を
目と爪、そして服の一部しか変わらなかった事こそ良い証拠である。
今は、それしか影響を及ぼせないと言っているような物なのだ。
念の為に首絞めの魔女やプネウマ、
そして七十二字騎士団に「暴食」や「傲慢」などの魔女の代理や、完全な不老不死である熟練の魔女をも含めた雑兵達を足止めをさせている現状が馬鹿みたいである・・そうとすら考える禍根鳥であった。
王は強い、それも魔女の代理と同等以上に
鏡の世界の最高戦力であり、
国家転覆をも成し得る魔女の代理に匹敵するかそれ以上の力を王は持っているのだ。
百年前、鏡の世界の僻地にあるなり損ない戦線から姿を消していた彼の存在はそれ程の存在であった。
しかし、目の前の王は精々魔女の代理に匹敵するかしないか程度である。
圧倒的に足りていないのだ、今のなり損ないには
暴走する「蛇」を制御する力その物が
だからこそ、こうなったのだとけれど考えている禍根鳥・・いいや「魔王」を僭称する魔女である。
半月のように白い瞳を細め血に満ちた結膜を持つ黒髪の少女・・・その不完全な王と鍔ぜり合うこの現状はしかし「魔王」を僭称する魔女である禍根鳥にとっては不服だった。
まるで足りないのだ、「計画」に定められた予言の魔女の力としては
「魔女」の計画に狂いが出るそれは在ってはならななかった。
だからこそ、目の前のなり損ないと自身が鍔ぜり合えているこの状況に複雑な思いを抱えている「魔王」を僭称する魔女である。
けれど彼女は・・禍根鳥は理解していた、
己が何も考えなくとも行動出来る機械のような存在なのだと。
己が「死」の化身なのだと理解している「魔王」を僭称する魔女であった。
半月のように白い瞳を細め血に満ちた結膜を持つ黒髪の王、目の前で鍔迫り合う彼女は脅威ではある。
しかし問題では無いと考える禍根鳥・・いいや「魔王」を僭称する魔女であった。
そうして考えながらも煙が晴れた視界の中、
ブロックノイズの剣に押し返そうと力を込めればけれど瞬時、王の姿が消える。
そして自身に迫る気配を察し、
咄嗟にブロックノイズの剣を構えればしかし、禍根鳥は瞬時加速した。
「「加速せよ」」
慈悲深いながらも野太い声で魔術を術式効果を強化する協調法で用いて加速する、禍根鳥である。
加速する、加速する、加速する。
音の壁を踏み越えてまるで当然のように衝撃波とソニックブームを発しながらも空を蹴って加速した。
当然のように音速を超えるそれはマッハ3という音速の三倍の速度にさえ達していた。
そうしてブロックノイズで出来た剣を振るえば、
旧研究塔群の林が瞬時にして切断された。
まるで胴を横凪ぎにしたようなそれは正しく「魔王」を僭称する魔女その力を見せつけていた。
瞬間、塔が噛み合えば土煙が立ち上がり目の前を覆い尽くす。
そうして土煙の中、
視線を前に映せばけれど朧気ながら先程まで姿を消していた王の傷付いた姿がそこにあった。
土煙が晴れ、塔が崩れる轟音を聞きながら禍根鳥は見た。
「・・・・・・・・」
王の腕が血と共に宙に舞う中、
驚いたように白い瞳を丸くし、
血に満ちた結膜を驚愕からかその面積を増やしている事実に、その驚きに満ちた沈黙に少しだけ胸が空く思いがあったのだ。
旧研究塔群の一部が崩れ落ちる中でけれど禍根鳥は理解する。
王の腕の先はしかし無い。
血が舞い、その上腕部の中程以上の部位を消失していた。
「死」の魔力は対象を魔術的な死に至るまで殺す
魔術的な死とは通常の死体の状態と殆ど同じ、
言い換えれば心臓の停止と呼吸の停止、そして脳波が停止した状態だ。
それでできたブロックノイズの剣も触れた対象を魔術的な死まで追いやる機能を持つ。
つまりはブロックノイズの剣は殺すのだ、切った対象を文字通りの意味で
それは第四特性「不死」を持つ王さえ変わらなかった・・筈だった。
「・・・・・・・・」
腕が舞う、腕が舞う、腕が舞う。
旧研究塔群が崩れ、轟音が耳を支配する中、
けれど静寂な世界の中で空に切断された腕が舞っていた、
けれどそれが瞬時に魔素に変わればしゅ〜という音と共に白い煙を上げて
骨が編まれ、
筋肉が繋がり、
皮膚が表面を覆い尽くすのを敵である王と禍根鳥自身という二人が生み出した沈黙の中けれど裏切りの魔女である禍根鳥は見た。
第四特性「不死」が王の中の「死」の魔力の流れを妨害したのか
・・と考えていればして腕の全ての再生が済んでいる「蛇」である。
けれど王は拳をぎゅ、ぎゅと握る。
そしてその拳が開かれ、
手刀の形にシュッと整えられ
眼前、禍根鳥の目の前に構えれば・・
ブロックノイズの剣ごと手刀で胴を袈裟切りにした。
□
禍根鳥には思考が存在しない。
それは禍根鳥自身が「死」の魔力の塊であり、
考えるという「生」の原動力たる行動から離れているからである。
だからこそ、この時の彼女は何も思わなかった。
「魔王」を僭称する魔女として何も考えなかったのである。
機械のように感情も意思も心も無い存在である裏切りの魔女は何も考えずこう言った。
「やり損なったな。」
とただ静かに野太い声で言った。
その瞬間、旧研究塔群の殆どが音を崩れて壊れていくのを聞きながら、
けれどしゅ〜という音と共に袈裟斬りされた傷が戻り、そして壊れたブロックノイズの剣を握る。
刀身が瞬時に再生されればけれど血が舞う。
血が舞う。血が舞う。血が舞う。
王、その体から血が噴き出る。
袈裟斬りにされ返された彼女を見て、
轟音響く中、切られてしまっていた白い外套や着込んでいた白い衣裳を魔素で再構築させながらけれど「魔王」を僭称する魔女はこう言った。
「これで終わりだ。」
と慈悲深い「魔王」の笑みを浮かべて「魔王」を僭称する魔女は野太い声でそう言った。
空に浮かんだ「蛇」は旧研究棟群であった瓦礫と共に空から落ちる。
落ちる。落ちる。落ちる。
孔の空いた雲の下でまたしてもドチャという柔らかい物が落ちた音が聞こえ土煙が上がった。
そこに大小無数の瓦礫が落ち、そして二、三個程の旧研究塔が折り重なって落ちていけば王の気配が消えたのを禍根鳥は知った。
「呆気ないな。」
と上がる粉塵を空から見下ろしながらも禍根鳥の口から人知れずそんな言葉が漏れた。
◻︎
透明な世界の中で、私は目覚めた。
ただ八度目に来るこの透明な地平線の中でけれど一際目を引くものが在った。
なり損ないの「王」、
王、とも言われている「蛇」だ
沈みかけの上弦の月のような瞳を持つ黒髪赤目の少女という私と瞳の色以外殆ど変わらない見た目をした「蛇」にしかし今、私は覗き込まれていた。
「何を言っている。必要だからこそしているのだ、お前よ。不具合でも起きたのでは無いかと考えてな。」
「何の話をしてるの「蛇」。
今見てるの私の顔なんだけど。
私の顔が美しいから認められないってこと。
まぁ、私は顔は良いからね。
どれだけ見てもいいよ、いいやホントに。」
「そういう話ではないのだがな、お前よ。」という皮肉に満ちた言葉をしかし無視する私である。
いいやむしろ今の彼の言葉はともかく心は本当は魂からの賛美に包まれているに違い無い。
何せ彼が見ているのは私の「顔」なのだ。
沈みかけの上弦の月のような瞳を持つ黒髪蒼目の少女と称される私の顔を見ているのだから幸せに成らない方がおかしいのだ。
きっとこの名推理が本心に違いない、「蛇」の心を読んでいるからこそ分かるのだ。
まぁ、「蛇」の心は読心魔法でも覗けないから本当かどうかは知らんけど
「・・・実際に自分にやられると思いの外苛つかない物だな、お前よ。今は少しだけ彼女の気持ちが分かるぞ」
「ああ、どうも恣意の心が分かるだなんて本当に良かったね。
けれどそれはそれとして何で今、彼女の話をしてるの、今関係ある話したっけ。
それに前みたいに『お前はこれからどう生きるつもりだ』なんて言う風に何度も何度も念話で聞いてこないんだ。
ここに来たからには暴走する前に見た禍根鳥さんに私が殺されたのは理解出来るけどね」
悪気無くそう言えばけれど血反吐を吐くような気配が私を包みこむ。
肋骨を軋ませ内臓を圧迫するそんな気配がした。
内臓が潰れている、
多くの内臓どころか殆ど全ての内臓が
だからこそ、「ゴボッ」という音と共に血反吐を吐いて蹲ればけれど「蛇」は立ち上がってこう言った。
まるで何でもない風に
「いつまで、記憶の実感も感情も魂も、して肉体も、そして記憶の全てすら有る気に成っているのだ、お前よ。」
と怒りそのものの気配を透明な空間に振り撒きながら・・・そう言った。
「あ」という驚きにも似た声が漏れれば、
けれど私は気付かず目を見開いていた。
□
驚いていた、実際私は驚いていた筈だった。
『お前はこれからどう生きるつもりだ』という言葉を何度も「蛇」が繰り返していた事について怒りそのものの気配を発して誤魔化して来たからでは無い。
王に誤魔化す気が無いのは理解しているのだ。
後で「あれは何だったの?」と聞けば良い。
今の私には一つそれよりも問題にすべきことがあった。
だが、今の私は記憶の実感も、感情も、魂も「蛇」に売り払ってしまった状態だ。
加えて肉体も無く、記憶の全ても目の前の王に売り払ってしまったのだ。
であればいつまでこんな下らない感情の様なものなんかについて考えられるのか
そもそもどうして感情のような物を抱けるのか・・について私は考えるべきなのだ。
そうして私は第二特性である情報の「収集」と「集積」を用いて自身の無い筈の魂を解析し理解した。
魂のあるべき場所、そこに疑似的な魂しか無い事を
第五特性「全知全能」から情報を引っ張り出すまでも無く理解する。
これは「義魂」という物なのだと。
義魂、それは魂を失った肉体に入れる疑似的な魂の事である。
用いれば性質上記憶の実感などを失うなどの副作用がある物の、記憶情報さえ入れておけば他者の記憶すら己が物と出来る作用を持つ優れ物である。
けれど、だからこそ「蛇」には聞かなければいけない事あった。
「貴方、一度目の復活の時に私の魂を奪って義魂に挿げ替えたの。」と言う事では無い。
この仮定の場合、奪ったのは記憶の実感では無く魂そのものとなる。
私が一度目の復活の時奪うと言われたのはではなく、記憶の実感だ。
だからこそ、そんな事をすればそもそもが復活の代償として成立しなくなるのだ。
『代償を払うのならば払うものについては認識しなければいけない。』
それは魔術の大原則「詠唱契約」の前提条件「相互宣誓の原則」その一つであった。
第二特性である情報の「収集」と「集積」を用いて解析する限り「蛇」に代償を支払う行為自体は「契約」の一種である「等価交換の原則」に乗っ取った物である。
つまりは「契約」の代償は等価交換に限られているのだ。
これを力尽くで捻じ曲げる事は王程の存在であれば容易いものの、
この代償を支払う行為が私に取って自身に鞭打つような行為である以上「蛇」にもそこまでする必要は無い筈であった。
だからこそ私は他の事を聞いた。
王がしかし第五特性「全知全能」を0.001%も解析出来ていない事
その解析自体が千年掛かる事
そしてその第五特性が魔女の代理であっても1%も扱えない事
第五特性「全知全能」が上手く使えなかった事・・では無い。「暴走」している際の夢心地の感覚の時に読心魔法を用いて「禍根鳥」の心から推測出来た内容を問うのでは無いのだ。
先程の「暴走」の前に起動し半ば強制的に暴走させた時の手応えや感覚としてはそれらは可能性として決して有り得ないのだと理解している。
今の私には暴走させようと第五特性「全知全能」は扱えない。
だからこそ聞くのは他の事である
それは当然、「記憶の実感も感情も魂も、して肉体も、そして記憶の全ても有る気に成っているのだ、」という問いに対する返答ただ一つだけである。
「成程、であれば聞く必要はあるまい、お前よ。」
「がバッ・・貴方に内臓が殆ど潰されたおかげで視界もぐらぐらで定期的に血吐くんだけど、
だから出来るだけ早めに教えて「蛇」。
さっきの言葉はどういう意味ゴボッ・・なの?」
怒りその物のようなその気配に当てられけれどぐらぐらの視界の中、
血反吐を吐きながらそう言えばけれど「蛇」は静かに蹲り、断続的に血反吐を吐く私に対して言葉を吐いた。
「蛇」の言葉を要約するならば・・こうだった。
まず一つ目は私が記憶の実感も、感情も魂も、
そして肉体や記憶の全てという人間を構成する五つの要素を「蛇」に売り払ってしまっている事。
して二つ目は、それによって第五特性「全知全能」などの五つの特性を得た事。
そして三つ目は、失った要素の殆どを義体や義魂など疑似的な物に変えている事。
だからこそ、「蛇」はこう言ったのだ。
『お前自身の本当の記憶と魂と心、この三つを疑似的な物に頼らずにこれからは生きる必要があるのだ・・』と
この言葉が意味するのはただ一つ。
第五特性「全知全能」で得た記憶全てを失うべきだと目の前の私とは正反対の沈みかけの上弦の月のような赤い瞳をした王は言っているのだ。
あるいは微かに実感に似た感情を抱ける疑似的な感情その物を消し去るべきなのだと。
そうして第五特性「全知全能」は起動するのだと「蛇」は言った。
これが意味するのはただ一つ、
第五特性「全知全能」は五つの要素を捨てた今であっても暴走して尚未だに起動すら出来ていないという事実である
恐らくはあの暴走する前に感じた手応えすら、
第五特性「全知全能」を暴走させる時の本来の負担には0.01%も足りていないのだと私の頭は理解した。
「よく理解出来ているな、お前よ。
であればこそだ。お前の本来の自我を呼び起こせ
自身の中にある疑似的な記憶と魂と心の三つを、
云わば義魂を完全に私に売り渡してしまうんだ、お前よ。
それこそが私が今回頂く六つ目の代償だ。」
「・・・・・・・・」
怒りその物のような気配を浴びながらけれど「蛇」の言葉について私は考える。
血反吐が喉からせり上がってくる。
潰された内臓の感覚はもうとうに失った、
第二特性、情報の「収集」と「集積」を用いてもただ血の塊と肉の塊、そして内臓の内容物がぐしゃりと攪拌された物があるだけだった。
第四特性「不死」による再生は順調に進んでいる物のそれ自体が何かに阻害されたように遅かった。
だからこそ、ゴボリと血反吐を吐き出しつつけれど考える
今の私にはけれど失って行けないただ一つの疑似的な記憶が在った、彼女についての記憶である
私に3歳までの記憶は無く
14歳までの記憶は彼女に関係する所以外は無く
17歳までの記憶は殆ど彼女以外思いだす事が無い。
一つも無いのだ、
一般常識と彼女、井伊波恣意以外の記憶が。
そして「蛇」はその記憶を売り渡せと言って来た。
おそらくは義魂と第五特性「全知全能」を第二特性情報の「収集」と「集積」で解析した際に得た過去に関する情報を「義魂」ごと捨てろ・・と言っているのだ。
であればこそ、私の答えは一つだけだった。
けれど血反吐を吐きながら地面に蹲りつつ見上げれば私はこう言った。
「・・・・・・・・」
筈だった。
私は確かに賛同の意思を示し、
自身の義魂を「蛇」に売り渡し六度目の復活を果たす・・筈だった。
どうしてか私は何も出来なかったのだ。
口が動かなかった、口が動かなかった、口が動かなかった、
彼女について忘れたくないそんな疑似的な心が私の義魂には出来ていた。
理解出来た、
『私から彼女の記憶を離す事は疑似的であろうと、何だろうと許さない!!!』と私の心が叫ぶのだ。それはまるで張り裂けんばかりの義魂から出た、私の心からの叫びだった。
けれどだからこそ、私はこう言った。
「私は義魂を売り渡すよ、「蛇」。
「計画」の通りに皆を救う予言の魔女、
言わば「予言」を叶えた先に居るであろう全知全能の存在、魔女になる為に」
「そうか。」という言葉と共に手の平が翳される。
そこから光が零れる、私のぐらぐらした視界が彩られていく。
唇から零れた血液が、
地面に落ちた血が、
そして潰され、攪拌された殆どの内臓が光に彩られていく感覚を感じていればけれど私は目を覚ました。
血の海の中で、古びた石畳みの上で、私は目を覚ました。
そして、私は六度目の復活を遂げ「義魂」を失った。
◻︎
瓦礫と血の海の中で私は目を覚ました。
ここは何処だろう。
そんな擬似的な感情はけれどもう朧気にしか浮かばなかった。
それは私にとってはもうどうでも良い事であり、そしてもうどうしようもない事なのだから。
そう理解すれば私は体を起こし目の上の瓦礫に手を当てた。
第二特性で解析して理解する。ここは「旧研究塔群」と呼ばれる場所でありこの瓦礫はその研究塔の一部であった物だと、
年季の入ったその白い石山にけれど少しも感慨深くならずに魔女文字を一つ発生させ、自身の腕に付着させる。
すーと雪のように溶けていく身体強化の魔術の元を見てけれど私は手指に力を込めた。
瓦礫を持ち上げ、けれど手を上へ振り抜く。
ドシンという音と共にけれど瓦礫の山は私に持ち上げられ、ひっくり返され落ちていく。
身体強化の魔術、
それを魔女文字に付与していたのだ。
座りながらでもこんな結果になっても無理はないと判断する私である。
べちゃりという音共に赤い地面に膝を突きスカートが血液に濡れるのも気にせずに私は立ち上がった。
私に記憶の全ては無い。けれど第二特性を持っているが故に理解できる、これが六度目の復活である事を
義魂という代償を「蛇」という王に払ったが故の蘇生復活なのだと理解していた。
今の私には一般常識についての記憶はある。
して魔女文字や鏡の世界となり損ないに関する一般的な魔女が知る程度の知識は持っていた。
恐らくこれら二つの記憶は生活に困るが故に「蛇」に持っていかれなかったのだろう。
しかし、私にはそれ以外の記憶が欠落していた。
私には無かったのだ、単純に記憶の全てが
覚えている事があるとすれば、
賢人会に提出された鏡月愛伽と三島椎名の説諭書によって私が生かされ、鈴によって正式に処刑が保留にされたのに私が台無しにしてしまった事と
私に関して六つの「謎」がある事と
記憶の実感や感情、魂などの六つの要素を失った事と
予言の魔女という存在としての五つの「特性」を持っている事、
そして「蛇」に『お前はこれからどう生きるつもりだ』と問われた事、
そして私が「色欲の街」を滅ぼし、色欲の一族が失踪してしまった事の六つくらいである。
であればこそ、私は立ち上がる。
「他の誰でも無い。己の為にか。」
「・・・貴方、誰?
いいや、貴方がこの体と戦ってた禍根鳥憂喜、「魔王」を僭称する魔女って呼ばれてる裏切りの魔女だね。」
空に浮く、裏切りの魔女と呼ばれる存在が
白髪二つ結びに左右非対称の黒布の目隠しをした野太い声の少女、
白い衣裳を着込み、白い外套を羽織った禍根鳥憂喜が赤子の笑い声と共に、
どろりとした気配をさせてそこにいた。
「魔王」を僭称する魔女とも呼ばれる彼女を前にして第二特性がそんな聞きもしない情報を解析し寄越してきたのだ。
だからこそ、彼女が三度も私の体を殺したという事実もそして動機も朧気ながら大体理解出来ている私である。
「だから、初対面に近しかろうと貴方を殺すね。禍根鳥さん」
と静かに人のように笑んだ。
そうして眼前に朱い光が現れる。
いつの間にやら、亀裂の入った手の平でその光を掴めば、
膝に付いた血液が、
スカートについた血液が、
地面に溢れた私の大量の血液が魔素に還えり消えていく。
赤子の笑い声を聞き、
どろりとした魔力を感じながらも、
旧研究塔群の瓦礫すら照らす掌の中で眩しい程に光る赤い光に私が瞼を閉じれば、
その時「計画」の通りに・・
・・少女を朱が包み、大地と空を繋げた。
暴走する事は恥じる事では無い。
重要なのは何を為すかであり、
何も無さない事などなり損ないにはあり得ないからだ
〜人助けの魔女〜




