第34話 回顧
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かつてを振り返ることに疑念を覚える事は当然である。
それは過去そのものであり
それは未来への路そのものでもある
だからこそ振り返る価値は存在しない・・・そんな事を人々は時たま口にする、視たくない過去を見た時、その時々に。
つまり、皆は嫌な過去から逃げたいというだけだと19号ならぬ禍根鳥は口にする。
ブロックノイズが迸るただその空気の中で
髪が靡き空気が歪むただその景色の中で
「棺」の中で眠る19号、桃髪の少女をただ桃と赤の混じった瞳で見つめながら禍根鳥は再び口にする。
「我らこそが最大の希望と慰めそのものとなる為に、ーー████████」
そう慈悲深い口調で低俗にも身勝手にも映る言葉をただ禍根鳥は口にした。
慈悲深い声音でけれど野太い声を確かに張り上げながら
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女は19号の入った「棺」の前でただ言葉にした。
ゴウン、ゴウンと機械音の鳴るただ中で19号は眠る・・ただ慈悲深い「魔王」の笑みを浮かべる禍根鳥の前で
■
ひたり、ひたりと道を歩く。
ひたり、ひたりと路を歩く。
ひたり、ひたりと未知を歩く。
未知への路を幼女は歩いていた。
その歩みは歩むことそのものであると同時にある種未知そのものへの挑戦だと金髪翠眼の幼女、クリミナは言う。
「本当に、そうなんじゃがのー。果たしてどういう事か。」
「この場所はどこか。」と言葉の後に静かに独り言ちてけれど先の言葉のようにぽつりと静かにクリミナは口にして笑う。
未知への路そこはしかし色は無い。
まるで何かを奪われたようにまっさらな地平線をそこにあるのみである。
その理由について理解できない訳ではないクリミナだがしかしここは堪える事にした。
「何せ、ここがどこかも解らんからのーなんじゃここは。」
唐突に大きな声を張り上げ空を仰ぎ見ても誰も目を向ける気配すらクリミナは感じなかった。
注意を向ける者や白い目を向ける者すらそこには居なかったのだ。
どうしてかクリミナには理解出来なかった。
だけれど思いつかないなりに思いつくことも彼女にはあった。
自我空間
魔女の血を飲めば到達できる欲求と超自我の狭間であり自身の中そのものである。
だがけれどクリミナは歩いていたのだ
自身の中、空間をただ紡ぐように出来るだけ正面へと
地平線の向こうへと渡るように真正面を見ながらもけれどクリミナは言葉にする
「にしても無駄な時間じゃったな、ここまで歩んでも仕方の無い事じゃった。」
ふっと空から目を逸らし周りを見渡しながらもけれどはっきりとした声音で疑念の言葉をクリミナは口にした。
周りの空間は白、ただの真っ白な空間である。
地平線が綺麗だなと少しだけ思いながらもけれど手指をぎゅっと握り開く。
力はある。
魔力も十全
巡りも悪くない
であればこそと開いた手の平を見て思うクリミナである。
して空を見上げればクリミナはある言葉を口にした。
開いた目で、はっきりした声で。
「ここはどうやら、あやつに浸食されておるようじゃのう。」
そう”ブロックノイズ”によって出来た雲を白の空間の中で見ながらけれどクリミナはそう言った。
”ある者”の顔を思い浮かべてそう言った。
まるで自身の運命を知っているように
■
そこに在ったのは”ブロックノイズ”
それによって出来た雲である。
これから”ある者”が関わっているとクリミナは直感した。
まるで運命のように感じたのだ彼女は
・・どうして感じたのか
その理由については知っているクリミナである。
けれど答える気も無い、
誰にも話す気が無いのだ、どうあっても
「なんてな、下らない事じゃ。一体どういうことなのかさっぱり・・」
・・・と先の言葉を熱くけれど静かに否定しけれど言葉にしたクリミナである。
「あのなり損ないと変わらんな・・」と思いながらもしかしどうしてか心が乱されない事に理解の及ばない。
なり損ないの事を思い出してどうして心が乱されないのか、
どうしてここまで平静としていられるのか分からないのだ
”あのなり損ない”についてクリミナはどうという感情も抱いていない。
ただの人殺しにしてただの殺人犯、
してただのテロリストの元人間のなり損ない。
そして魔女の掟を破り魔女の代理率いる代行会を、鏡の世界を裏切った、「裏切り者」
それこそがクリミナによる”あのなり損ない”、シアに対する評価である。
代行会というのは特別な組織である。
治安維持を目的とした組織であるこれは副代理や魔女の代理というそれぞれが都市殲滅や国家転覆をも可能とする会員を幾人以上保有する一大戦力を保有している。
すなわち鏡の世界最大最高の治安維持機関であった。
時に行政をも「代行」する彼らは”あのなり損ない”についてこう判断している。
もう既に彼女は予言の魔女ではないと
「最大最強のマスターピースとは目されても予言の魔女では既に無くなっている。」それこそが”あのなり損ない”に対する代行会と国際議連の言葉である
そしてそれらの事実もしっかりクリミナは承知していた。
賢人会については不透明ながらも怪しい同行があるらしいがそれらの事についてけれど知らないと見得を切る気はないクリミナであった。
言い逃れる気はない。
なにせ賢人会が動くのであれば同時に傀儡である暴食の魔女の代理という「魔王」も動く可能性が高いのだ。
ある種死ぬことが確定しているクリミナにしてみればそれをわざわざ事態を早める事は避けたいのだ。
「「魔王」と戦うなど面倒である」そんなクリミナ自身の言葉が故に
ところで三万、いいや五万人以上の死者を出した三つの地獄
それらに依った死体から作られた騎士団、
七十二字騎士団、七十二の十字を持つその軍団は一つの軍団につき千人以上だと賢人会は考えている。
だがそれ以上の人数になっていても不思議では無いと同時にクリミナは考えていた。
10万人以上の死人を出した四回目の地獄を加味してみればどうあっても15万人以上、あるいは最低でも19万人以上の死体が七十二字騎士団として利用されている。
そんな可能性があるのだとも考えられるのだ。
なにせ四回以上の地獄、それを含めての死者数は19万人にも昇るのだから。
・・しかしどこか引っ掛かるクリミナではあったがふとした物に意識を戻された。
「・・・なんじゃ、これは。」
ふと嘆息のように言葉を一人呟きつつ瞬きをするクリミナである。
そこに在ったのは目でもない
そこに在ったのは耳ではない
そこに在ったのは口ではない
白い地平線、ただそれが在った筈なのにけれどクリミナは少し目を瞬かせた。
・・・何せそこに在ったのは扉の多いただの廊下であった。
そう理解した
そう把握した
そう認識した
けれど唐突に、藪から出た蛇を見るようにクリミナは目を見開く。
眩暈がしたのではない。
動揺したのではない。
ただ気を失いかけたのだとクリミナは理解していた。
他ならない扉の向こうから聞こえた赤子の笑い声とどろりとした気配と共に耳に届いた未来を知ったような声に
・・ただ一言が、
魔女の代理の声が、
「魔王」を僭称した者その一人の声が、
目を見開くクリミナの耳にしかし届いたのは一つ、”彼の者”の声である。
”彼の者”はこう言った。
いつも通り、扉の向こうから
ただ一言だけ
「████の名の元に、異端者としてこの扉の一つを開けよ」
そう未来を知ったような声でけれど静かにいつもの通り”彼の者”は・・そう言った
扉に掛かれた不可解な文字に書かれた言葉をまるで羅列するように
・・その様子を見ていたのは他ならない禍根鳥憂喜である。
10から12ある六節虫のような機械の腕に眠る金髪翠眼の幼女、クリミナル・エフェソスを禍根鳥は見ていた、彼女を手に入れた「魔王」として、モニター越しに
『・・・・成程、嵌めおったな「魔王」め。』という言葉の後、
ブロックノイズの奔流と共に腕に覆われ尽くし生の実感と少しの絶望と共にクリミナが意識を失ったのを”ある手段”を用いて監視しただモニターで見届けた禍根鳥である。
「棺」で眠っている二人の内の一人、
なり損ないの横でカップを傾けながらクリミナが手中に収まる瞬間を鑑賞していた禍根鳥はしかし紅茶で喉を潤しながらもこう感じていた。
下らない・・・とただ少しだけ感じていたのだ。
シアの三度の死によって多少の「計画」の変更はあった者の全てが計画通りに行った。
そこに不満は無い。
・・・ただ何かが足りないのだと禍根鳥はそう思う。
自身を脅かす者か、あるいは自身の死を願う者か・・答えは分からない
けれど何かが足りないのだ。
致命的に、
破滅的に、
あるいは壊滅的に何かが足りない
何が足りないのだろうかと問いかければ無粋かつ下品にもその思考を遮る声が聞こえた。
「下らない問答だな。直ぐに「計画」なんかほおっぽり出したらいいだけだろうに。」
「まぁ、それだと私達が困るんだがな。」とはははという笑い声と共に軽口を叩くのはプネウマ、プネウマであると禍根鳥は知っていた。
デザートプレートの上に乗せられた菓子を目の前でそれぞれ一つずつ多くある中故か少しだけ迷いけれどきっちりと選びながら頬張ってゆくのは飄々とした先の言葉を発していたプネウマである。
加えてある種恥知らずにも持ち手に指を入れごくりごくりとカップを傾け菓子と茶を諸共嚥下してゆく彼をけれど禍根鳥は注意しなかった。
ファーストフラッシュを最高級の菓子類で流し込みながらの彼の言葉でも
より具体的に言うならばファーストフラッシュというダージリンの中でも最高級の茶葉を用いてクッキーの中のクッキーや最高級チョコを流し込むその彼、
プネウマの愚行を・・気にしなかった禍根鳥である。
当然普段であれば注意はする。
例えばゆっくり噛んで食べなさいだとか
例えば下品だから外ではやめなさいとか
それらの言葉は言う筈であったというのに・・一言も言わなかったのだ禍根鳥は。
何せ、今、禍根鳥には考えることがあった。
他ならない手に入れた三つのマスターピースについてである。
”あのなり損ない”・・シアと
傲慢の副代理、クリミナル・エフェソス、
して処刑対象の元色欲の魔女の代理、禍根鳥憂喜
この三人、これらは全て「世界の欠片」を持つマスターピースである。
鏡の世界での「死」とは魔術的な価値が無い状態に陥った物全般を指す言葉である。
魔術的な死とは肉体的な死のみでは無く魔術が発動できな状態を言う。
要約すれば肉体的な死のみならず魔術のエネルギー源である魔素が0に限りなく近しい状態を指す言葉なのだ。
しかし魔法的にはそれだけを指さない
魔法は考えれば魔素が0に限りなく近しかろうと意思の力で魔素を生み出すことが出来る。
己の「意思」と直結しているからだ。
つまりは魔法的な「死」が意味をするのは魔素が限りなく近しい状態に陥ることでは無く、魔素が完全に0になった状態を指す。
0に限りなく近しい状態、即ち魔術的な死の状態までしか「死」の魔力は相手を殺せない
だからこそ魔術的にではなく魔法的な死を与える為の装置、
して「死」の魔力を浸透させ「進化」を促す装置として「棺」があるのだ
「棺」に入れた者を完全に殺して完全に蘇らせる為に
この装置はその試作品ではあるもののしかし同様の役割を果たすと期待していた禍根鳥である。
ティーポットからカップに赤を注ぎ、
茶菓子をテーブルの横のティーカートから摘まみ口に運ぶプネウマを目の端で捉えながらも禍根鳥は考える。
「蛇」はシアに憑りついているようだ。
「獣」はおそらくクリミナに
「何か」は確かに禍根鳥が掌握している。
「世界の欠片」はそれぞれ予言に記された「何らか」の姿を取っている、であればこそと考える禍根鳥である。
世界の欠片が全て集まれば「何らか」がその形を超え「魔女」となるのではないか・・・そんな風に
「そんな簡単に全知全能が作れれば世話無いわな・・・と言いたげだな、プネウマ」
「・・・・そんな風に思ってねえよ、禍根鳥。
ただこう考えただけだ、
「計画」にはこの事に関する記述がはっきりあった筈だと。
『十二ある「世界の欠片」、全てを集めた者ただ一人が魔女を超え「魔女」と成れる』とそうだろう、禍根鳥。」
意味深気にけれど疑り深げな声音でしかし告げ目の前で何も気にしていないように笑顔で菓子を頬張り一言言葉を口にしたあととても冗長な言葉を発するプネウマを見ながら考える禍根鳥である。
「魔女」というのは一つの異界を作り出した存在である。
世界を作りだす能力を持ち全ての魔女の祖であるこの存在は鏡の世界を創造した存在であり、御座から全てを見下ろし見通す全知全能の魔女の一人であった。
魔女とは全知全能の存在の一つ、世界を創り、滅ぼせる現代唯一の概念である
ところで魔女の血とは「魔女」の血である。
一滴飲むだけで本能で肉体を治し魔法を操る不老不死の魔女とも成る事が出来る。
不思議かつ不可思議な血であるというのが賢人会の公式な発表である。
しかし世界の欠片は違う。
「魔女」がその腕から滴る血を注いだ者達、
魔女の一人の力の欠片の結晶
それこそがシアとクリミナと他ならない禍根鳥即ち三人の「世界の欠片」であった。
それを現存している五人、そして失われた七つを補完し十二人全て集め「魔女」と成る事こそが魔女という存在の最終目標である。
魔女は目指すのだ、
全知全能の存在を創り人類の平和の為に役立てるという悲願故に
・・・今、目の前にはプネウマは居ない。
目の前のティーテーブル、
それの上にはもうデザートプレートは並べられていない片されたのだ。
それ程の時間が経った・・それだけの事をある種秩序だったこの机上は示していた
日は傾き、時計は既に頂点で二つの針を止まっていた。
深夜の12時、ピッタリの時間である。
だからこそカップを満たす赤は既に空と成っていた。
紅茶は飲み切られ、ダージリンティーは既に腹の中である。
ファーストフラッシュかつ最高級の茶葉の香りを堪能しながらもけれど禍根鳥の顔は変わらない。
慈悲深い「魔王」の笑みを浮かべている・・ただそれだけであるのだ。
穴の開いた空の下でただ慈悲深い口調で野太い声でしかし禍根鳥は口にする、
慈悲深い表情で慈悲深くも「魔王」の笑みを浮かべながら
まるで子を思う母のように「魔王」の笑みを浮かべながら口にする
「少女が十二ある全ての「世界の欠片」を集め貴方を「魔女」としよう・・「殿下」。
我らこそが最大の希望と慰めそのものとなる為に、ーー████████」




