第33話 「幹部」
『十二ある「世界の欠片」、全てを集めた者ただ一人が魔女を超え「魔女」と成れる』
・・この魔女の手段を表す言葉には欺瞞がある。
確かに魔女は不老不死である。
確かに魔女は全知全能である。
世界を創り滅ぼす事の出来る現代まで生き残った、現代唯一の概念である。
けれどそれはあくまでこういう注釈が付くのだ。
あくまで概念であるという注釈が
だからこそ魔女の目的を疑う他ならない19号である。
ただ「マスク」を用いながら「死」の魔力を吸い込みつつ
ただ「棺」の中で桃と赤の混じった液体、ブロックノイズの奔る培養水槽の中、髪が揺蕩うのを見ながら。
朧気な記憶の中でただ黒布目隠しの少女、禍根鳥憂喜を見ながら。
■
19号、今の彼女は殆どの記憶を失っている。
無論全てではない。
持っている記憶と言えば一般常識と自身の名前が19号という無機質な番号である事だけ。
だけれど他全ての彼女自身に関する記憶を持たない、それこそが今の彼女であった。
故にこそ過去は無く。
未来への希望も持ち難い。
それこそが19号、彼女の全てである。
当然だが彼女は今、「棺」の中で死の魔力に浸されている。
魔術的な「死」から魔法的な「死」に昇華させる為の装置であるそれに入っているのだ。
故にこそ彼女は完全に死んでいるというのが禍根鳥の考えであった。
だからこそこれは異常な事態である。
「・・驚いたな。同じ状況に居るとはいえ流石に最大最強のマスターピースか。」
慈悲深い口調で微かな沈黙と共に言葉を発したのは禍根鳥、禍根鳥憂喜である。
「魔王」を僭称する彼女は今、驚いていた。
左右対称の黒布の目隠し越しにも分かる程開かれた目蓋に傾げた首、
そして驚嘆の混ざった慈悲深い野太い声で驚きの言葉を発している事こそが他ならないその証である。
どうしてか、そんな事は分かり切っていた。
基本能力の一つ、輪廻転生が発動しているのだ、
最大最強のマスターピースであるなり損ない、シアの肉体で、19号の眠る部屋その奥の扉の向こうでまるで魔女のように。
しかしこれにも動じない禍根鳥である。
ただ扉に足を向け、
ただ扉を開け、
ただシアを見ていた。
何故ならこれはいつもの通り「計画」の通りだからだ、だが一つおかしな点がある。
「何故、「棺」の中で発動しているのか。」という点である。
・・「死」の魔力は0に限りなく近しい状態、つまりは魔術的な死までしか人を殺せない。
魔術的な死とは0に限りなく近しい状態だ。
しかし0に限りなく近しい状態それは殆ど0であるとも言えるだろう。
しかしそれは同時に0でも無い状態を表す、
不完全なのだ、完全な死には
だからこそ完全に0にする為に即ち魔術的な「死」の身ならず魔法的な「死」を入っている人間や魔女に与える為に使われる装置こそが「マスク」であり「棺」であるのだ。
「死」の魔力が0に限りなく近しい状態、
即ち魔術的な「死」を与える「死」の魔力であればこそこの「マスク」と「棺」であり魔法的な「死」を魔女にでさえ与えられる装置なのだ。
そしてこれが今発動している。つまりは「棺」の中に要るこのなり損ないは魔術的はおろか魔法的にも「死んで」いる、だというに輪廻転生を発動させているのだ。
そう四度目の復活を成す為に
これは異常な事態である。
「ここまでの力とは思わなんだ」とも独り言ちつる禍根鳥であった。
確かに三度目の復活は見た。
あの時のシアは目を閉じていただけでは無く多くの物を失っていた。
他ならない「マスク」と「棺」そして中にある「死」の魔力によって意識とそして命そのものを奪われていたのだ。
ところでこれまでの「復活」が可能だったのは輪廻転生が機能したからである。
「三度目の復活」とは輪廻転生によって為せた技であるようにこれらは魔女の物と同じように機能して術者を死から蘇らせた。
しかしそれは魔術的な死の状態であったからだ
しかしこれは適切な推移である。
今、なり損ないに必要な物が三つ在った
他ならない三種類の魔力である。
肉体を変える為の魔力
精神を創り変える為の魔力
両方を創り変える為の魔力
これら三つが今、なり損ないが必要とするものであったのだ
だがこれら同時に「計画」に問題が無い証拠なのだとも禍根鳥は理解していた。
これらを集める為に通常では「マスク」が「死」の魔力を取り込んで機能を果たし魔力を集めるという「目的」を果たす。
これの役割を期せずして輪廻転生は果たしていた、代価として術者の魂を魔力を創り出すが故に
ところでしかしこれには在るもう一つの機能が在った。
それこそが輪廻転生を用いて死者を蘇らせ「進化」させる機能である。
「進化」とは変化である。
肉体の変化だけではなく精神の進化も指すこの概念は魔女においては以上の事を指すのだ。
他ならない肉体の悪魔化を
ところで「進化」には必要な物がある
一つは完全な死、
一つは完全に蘇生された肉体
一つはそれに必要な魔力だ
本来なら「死」の魔力は人を殺す事にしか使えない。
魔力とは言ってもそれは「死」を招く物。
どうあっても性質上生き物を生かす原動力にはなれないのだが、けれど禍根鳥は人体実験と引き起こした地獄でこれらの問題を既にクリアしていた。
だからこそ今回19号とあのなり損ないを「棺」に入れた禍根鳥であった。
片方は実験の為、
片方は戦力増強の為ととても分かりやすい理由で。
「棺」に入れる順番については前後が逆に成ったもののそれ以外は殆どが「計画」の通りであった。
しかし一点だけ気に留めておく事が在った
他ならない輪廻転生、それの記憶の実感を持てなくなるというデメリットについてである。
基本的には魔女は死んで輪廻転生が発動すれば記憶の実感を失う。
それは禍根鳥や19号とて例外ではない。
彼らは慣れたのだ、
自身の記憶が失われることに、
記憶の実感を失う事に
クリミナや19号が記憶の実感を失くしていないように見えるのも結局はこれまでの慣れでしかないのだ。
しかしなり損ないは別である。
なり損ないには本当の死は無い。
肉体的な死すら一つの状態であり、
精神的な死すら意味を持たず。
魔力が枯渇すれば迎える魔素に還る死のようなものも乾眠の一種に過ぎない、
だからこそ文字通り死んでも何の影響もない。
何度でも彼らは死ねる。
何度でも蘇る。
何度でも立ち塞がる
記憶を実感諸共、一つも失わずに
つまり、なり損ないは死んでも記憶の実感を失わないのだ。
だがあのなり損ないは違うらしいと考える禍根鳥である。
あのなり損ないは殺された。
あのなり損ないは死んでいた。
あのなり損ないは記憶とその実感をも失っていた、
・・そうまるで魔女のように、だからこそこう「判断」せざるを得ない禍根鳥なのだ。
そうあのなり損ないは魔女なのではないかと
「仮説としては在り得るか、だからこその「この事態」とも言えるのだしな。」
慈悲深くも穏やかな口調でそう言いながらも「棺」の中で眠るなり損ないを見つめる禍根鳥である。
禍根鳥にはただ一つ秘策があった、それは知識を与える事である。
なり損ない、即ちシアは余りに魔女について無知である。
黒幕としての遺灰城での接触から、
「塔」の上での説得、
そして医務室での井伊波恣意に関する記憶の所得と、
数々の接触と調整の元シアに魔女に関する基本的な知識を調整や”新しく思い出した記憶達”として数々の場面で与えてきていた禍根鳥である。
しかし問題があった。
ある一点足りない所が在ったのだ。
致命的なそれ命にも関わるその弱さについて
つまりはシアのなり損ないとしての弱さである
「模倣」という予言の魔女と同じ「特性」の一つを覚醒させる所から始まり、
なり損ないの力を用いて敗れたもののあの禍根鳥と一時的に拮抗する程に戦って見せ、
同じマスターピースであるクリミナの霊子の絶対優位性を模倣し、
その技術を持ち前の地頭の良さを生かし模倣のみならず独自の形に応用してのけた
などなど良い所は枚挙に暇がないと言える
しかしシアは弱い、それこそが禍根鳥の判断であった。
前回の四回目の地獄、尊厳の地獄においての戦果は確かに目まぐるしかった。
初見で瞬時に魔力を拡散して周囲を読みとり情報解析を用い皆が持つ魔法を「模倣」し
それを用いて七十二字騎士団を操ってのけ
かつ外套の情報をも解析しその能力を模倣し嫉妬の魔女の代理をも足止めした。
だが彼女は弱い
しかも19号やプネウマという禍根鳥の要する19号やプネウマなどの「幹部」の中では最弱と言って良いほど。
確かに七十二字騎士団の中ではシアを上回る者は居ないにも関わらずだ。
・・だからこそ「幹部」や魔女の代理を上回るのは容易ではないと考えながらもある選択を禍根鳥は選んだ。
禍根鳥の持ちうる情報その全てを与える事を
「当然制限を掛けてのものになるが持ち前の情報が少ないシアの最も為になることをするとすればそれはお前の情報を与える事だろうよ、禍根鳥」
「・・・・・・そうだな。プネウマよ」
高慢に思える程の上から目線で肩の上を浮きながら語るプネウマに慈悲深い声でけれど静かに首肯する禍根鳥である。
禍根鳥には見えていた。
今のシアではなり損ないとしての力を全て用いようと魔女の代理と戦えない事を
禍根鳥には見えていた
今のシアでは「模倣」という予言の魔女と同様の特性をフルに生かそうと決して魔女を殺せない事を
だからこそ知識を与えるその全てが毒になろうとも、そう考えるのに要する時間はとても少なかった。
禍根鳥の知識は「死」の魔力によって保護されている。
それは19号やプネウマなど禍根鳥の元に集った強者である「幹部」の知っている事である。
腹に一物ありそれ以上に野望を持つ彼らは常に禍根鳥を殺そうとその機会を伺っている。
毎日、会うたびに殺し合いに発展するのだ。
それに対処するのは禍根鳥を護衛している19号やプネウマである。
毎回死ぬまで行われるその戦いは空を裂き、大地を割るという、まるで魔女の代理のように。
当然だが周囲の被害は凄まじい。
何せ、死ぬまで行われているのだ迷惑もとても掛かっている
それを理由に19号やプネウマ以外の「幹部」はいたる所に配置されそれぞれがある者の命令を待っていたのだ。
「鏡の国を落とせ」
という彼らを率いる禍根鳥憂喜という一人の「魔王」の命令を
各々自身を磨き上げながら
個々人平凡に暮らしながら
それぞれ鏡の世界の各地で息を顰めながら
「魔王」の首を取る為に
「久しいわね。「魔王」殿」
「・・・・・・・久しぶりだな15号」
不思議と混ざり合った声が聞こえた事を知っていた禍根鳥である。
少女の声が聞こえた
女の声が聞こえた
老人の声が聞こえた
それも仕方ないと禍根鳥の肩の上で考えるプネウマである。
なにせそこに居たのは少女であり
なにせそこに居たのは女であり
なにせそこに居たのは老人であり
全ての見た目を兼ね備えた銀髪銀眼の魔女であったのだから
少女のようで、女のようで、老人のような声を持つ魔女は、ただ不思議と混ざり合った声で銀髪銀眼の魔女はこう言った。
ある人物達を、
魔女の代理に匹敵すると言われる魔女を数人連れながら、
ただこう言った。
「もう一度言うわ。久しぶりだわね、「魔王」殿。連れてきたわ、「幹部」全員」
不思議と混ざり合った声で魔王に対して言葉にした15号をただ見つめ、そして周りを見つめた禍根鳥である。
いつの間にかそこに居たのは細目の少女、3号である
いつの間にかそこに居たのは垂れ目の少女、5号である。
いつの間にかそこに居たのは十字の瞳を持つ桃髪金目の少女、19号である。
肩の上に浮く「幹部」の一人、プネウマを見つめたあと五人の前で禍根鳥は口にした。
「久しぶりだな、我が子達よ。
なり損ないに知識を与え、
そしてこれから始めるぞ、五回目の地獄、安楽の地獄を」
慈悲深い「魔王」の笑みを浮かべながら、
ただ母のようにこう告げた。
黒布の目隠し越しに五人の「幹部」と一人のなり損ないの顔を見つめながら、禍根鳥は口にした。
なり損ないの目の前で
なり損ないに知識を与える為に集めた「幹部」達を前に、
自身の知識を知れば死ぬと知っている者達の前で慈悲深い口調でそう言った。




