第32話 作戦通りの暴走
朱い塔が空と大地を繋げ、
して魔女文字によって覆われる。
それに罅が入れば瞬時、黒が割れた。
本来の色であるマゼンダとは違う赤い霊子が大地に降り空へと還っていく中で葵は感じた。
神聖な気配を
神なる者のみ纏う黒いなり損ないの気、これの影響を受けない者はいない。
赤い結膜と蛇のような縦に割れた瞳孔を半月のように細めた白い瞳の少女には何者をも畏敬させる気配があった。
この気配に多くの魔女が恐れ慄き、
そして少なくない魔女が杖を取り黒いなり損ないへと向ける。
「・・・了解、本気出すね」という軽くも重い口調で赤い霊子に包まれ、今こうして空から葵を見下ろしているのはなり損ない・・改め黒いなり損ないである、予言の魔女、シアである。
最大最強のマスターピースでもあり「魔女の器」とも鈴や賢人会から目される彼女は、しかしこの世界を滅ぼし得る特異な存在である。
通常のなり損ないとは違い白い竜の姿では無く。
黒いヒト型の形を取った彼女こそがなり損ないを統べる存在
・・「王」の一人であるのだろうと。
王とも言われるこの種族はしかし、なり損ない戦線において100年前、唐突にこの世から姿を消していた謎多き存在でもある。
鈴の「外勤」先でもあり、主に魔女の代理と副代理があたるその鏡の世界の僻地にある戦線の維持はこの王が居なくなってから随分と容易に成っていた。
しかし、それも今日までだなと葵は心の中で独り言ちる。
予言が在ったのだ、
「黒き蛇の王が帰還せし時、諸王は蘇りその威光を己が力によって鏡の国に知らしめるだろう」
という予言が予言書の黙示録第一章に書かれているのだ。
その魔女であれば誰しもが知る予言にけれど立ち会えた事をけれど葵は嬉しく思わない。
「魔女」の予言がこうして目の前で叶っている状況を見た今でさえ責任感を感じていたのだ。
傲慢の魔女の代理の一族の長である明星葵は魔女の代理であるが故に「悪魔」の名を継ぐ。
その名はルシファー
サタンとも同一視される堕天使の長であり、
鏡の世界においてはなり損ないの住む白空の海において「██」という天使の如き存在の長でもあった大罪の魔女の一人、傲慢の魔女の名だ。
「悪魔」として鈴の魔女名の元でもある暴食の魔女でもあるベルゼブブ・フィラデルフィアには実力は一歩劣る物のそれでも彼の存在に継ぐ実力とそれ以上の権威を持つ。
堕天使の長でもあった彼の存在の名を継ぐ葵はけれど持っていたのだ。
生まれながらにして莫大な魔力を
都市を滅ぼせる程の魔力を持つ彼を畏れる者は多かった。
最強の魔法使い・・彼はその実力を思うが儘に振るうだけでその称号を得ていた。
最弱の魔女の代理と呼ばれながらも鈴に次ぐ高い実力を持つ彼、明星葵、
葵はしかし目の前の光景に再びその十字の目を細める。
「黒き蛇の王が帰還せし時、諸王は蘇りその威光を己が力によって鏡の国に知らしめるだろう」
・・という言葉通りあるいはそれ以上の神聖な気配を帯びる、黒いなり損ないを見ていたのだ
恐怖しているのではない。
怖気づいるのでもない、
ただ高揚しているのだ
黙示録の「蛇」その存在が子供の時に夢見ていた自身をも超え得る強者が目の前で静かに超然とした状態で空に浮かんでいる事に、
己の「計画」の通りであるこの状況に少しだけ感動を覚えたのである。
そうして葵が感慨深い表情に成りかけたその時、黒いなり損ないがブンという音と共に姿を消せば・・
「ぐはッ・・・」という己が空気を吐き出した音と衝撃の後に葵は近づいた雲と空を見た。
■
空が降ってきたそんな錯覚を覚えた。
背部の衝撃と痛みそして視線の急激な上昇から黒いなり損ないに空に向かって打ち上げられたというのが理解出来た。
黒いなり損ない、彼の者は最大最強のマスターピースである。
予言の魔女であり「魔女の器」と目されるこの存在の実力はけれど未だに最強の魔女には届かない。
記憶の実感を「蛇」に売り渡そうと、
感情を「蛇」に売り渡そうと、
魂を「蛇」に売り渡そうと、
そして肉体を「蛇」に売り渡そうと、
それによって「特性」を得ようと黒いなり損ないの素の実力は副代理と同等かそれ以上に留まっている。
しかし、それは暴走をすれば話が別となる。
暴走は齎すのだ、怒りのままに現実を変える力だけではない・・圧倒的な魔力を
『私が皆に平和を与える。』
そんな誰かの言葉が黒いなり損ないの心の内から聞こえたのだ
鏡の国の人々に平和を与える
「計画」を実現させる、
十二あるマスターピースを集め「予言」を叶える
そのどれでもない・・そんなある種自責の言葉が黒いなり損ないの心の内に何度も木霊し反響していた。
六度目の暴走、あり得ない筈のその暴走の結果がこれである。
『私が皆に平和を与える。』
暴走した折そんな言葉に呑まれてしまっていたのだ、黒いなり損ないは
けれどはっきりと葵は猜疑の視線を下に居る黒いなり損ないに投げかければこんな声が聞こえた。
『私が皆に平和を与える。』・・・そんな言葉が小さく聞こえた気がしたがけれどそれも瞬時にある音に掻き消された。
ブンという音と共に姿を消せば目の前に赤い縦に割れた蛇のような瞳孔が現れた。
血色をした結膜に白い瞳をしたこの黒いなり損ないの蛇のような瞳孔がシュッと細まれば、
けれど瞬時に朱く長い爪が迫る。
暴走する前とは違い音の壁を突破して繰り出されたこの一撃は人間であればけっして避けられようが無い一撃であった。
けれど葵は別である。
「・・・・・・・・」
「ほう、中々の威力だな。我が花嫁よ」
ガキィという音と共にけれど朱い爪が目の前で止まった。
その長い爪がある物に阻まれたのだ。
明星葵が持つ特異な装飾な杖に、
そのシンプルに神聖さを表す杖はけれど黒い和服を纏う葵の手に握られている事によって何処か浮世離れした武者を思わせる佇まいが在った。
そんな具合を気にする事無く鍔迫り合ったあと
押し上げ振り抜いて杖をその様に振るえばすぐに一撃を繰り出した。
一撃、一撃、一撃に
触れただけで人を殺せる力を込める。
音の壁を叩くように杖を振るう。
それを一度、二度と何度も繰り返す、
音の壁を突破して攻撃を繰り出し、繰り出す。
その度に速さと力故衝撃波が空を満たし、
抉れた石畳の破片がコロコロと揺れ、「色欲の街」の「城」の広場その物が揺れる。
瞬間、振るわれた杖が全て弾かれる、届かない。
どころか全ての攻撃が目の前の黒いなり損ないの朱く長い爪によって弾き返されたのが理解出来たのだ。
葵は見ていた、黒いなり損ないが全ての攻撃を素手でいなす事を
葵は見ていた、黒いなり損ないが音の壁を叩くように手加減をして手刀で攻撃をしていた事を
葵は見ていた、黒いなり損ないが音の壁を突破しながらも攻撃を捌いていた事を
お互い、本気をまるで出していない事が二人には認識出来ていた。
だからこそ、一撃、
杖で突いて、腹を蹴る。
・・少しだけ呻いた黒いなり損ないを見ながらその隙に空の上で後方宙返りで後退する。そして顔を上げて葵はこう言った。
「我が花嫁よ、何故本気を出さない。」
そんな言葉と共に葵が杖を振り抜けば、
けれど瞬時、右肩から左腰に掛けて付けられた傷口から朱い血塊が噴き出した。
黒いなり損ないはその己の血塊が空を染める光景に目を見開いた。
「不死」である筈の黒いなり損ないが傷つけられた瞬間であった。
けれど瞬時、傷は再生した。白い煙を立てる間もなく
■
第四特性「不死」は副産物として魔女と同等かそれ以上の再生能力を得る力である
肉体の際限の無い再生を可能とするこの力はしかし、通常の再生を意味しない。
しゅ~という音と共に煙も無く義体が再生されるのを葵は見た。
右肩から左腰まで杖によって付けた致命傷とも言うべき傷がそんなある種あっけない音と共に瞬時に再生したのを理解した葵である。
血液やその跡すらそこには無い、ただ空に浮かんで魔素となり消えたのだ。
知っていたのだ、この義体の再構築こそが第四特性「不死」の副産物である事を
義体とは魔素によって作られた疑似的な肉体である。
それは「模倣」によって作られた物ではあるが故に魔素自体が肉体を構成している。
故にこそ通常であれば肉体の再構築に第四特性は用いる必要すらない。
しかし、黒いなり損ないは自身の義体を肉体と見なす事で再構築の速度を上げていた。
通常であれば数秒かかる肉体の再構築をコンマ一秒未満にまで早めていたのだ。
本来とは違うその用い方をしかし、黒いなり損ない・・いいや通常状態のシアでさえ用いていた。
元来、暴走したこの状態であれば肉体の再構築は容易い。
むしろ通常の状態よりも早く再生するのだ。
勿論先程のように数秒すら立たずに、傷が付けられた端から・・再生する。
だからこそ、黒いなり損ないがこの手法を用いたのは気紛れに過ぎない
元来数秒も掛かる再生方法を頼ったのもただの気紛れである。
第四特性「不死」の一端を付けられた傷を利用して試していた形である
「そういう事か、悪趣味な勘違いをさせてくれるな、我が花嫁よ」
「・・・・・・・・・・・」
沈黙しながらもしゅ~という音と共に完全に義体を再構築している黒いなり損ないを見ながらもブンという音と共に葵の姿が消えれば残留していた土煙が完全に晴れた。
孔の空いた雲と、そこから覗く太陽に目を細める魔女を気にする事も無く。
けれど葵は現状を魔法使いの基本能力でもある魔力感知を用いて認識する。
押し付けた杖、
返される手刀の剣力、
目の前に映る鉄面皮のような無表情をした黒いなり損ないの姿を見る。
その靡く腰までの長い黒髪に、
その朱いラインの奔った黒いセーラー服に
そして血色に染まった結膜と朱い縦に割れた蛇のような瞳孔と白い瞳に
葵がどうしてか目を細めれば瞬時二人の姿が消える。
ドン、ドン、ドン
と音と共に衝撃波が
そして音の壁を突破したが故のソニックブームが「色欲の街」の広場に居る魔女の目と耳を叩いた。
それに怯える者、魅入る者、恐怖する者など大まかに分けて三種類、魔女の反応が在った。
瞬時、腹に響く音がすればけれどそこには手刀と杖でギリギリと鍔ぜり合う二人の姿が在った。
人質としてよく動けなくとも百合にも理解出来た、
両者とも互角そんな状態が明星百合には見て取れたのだ。
だからこそ百合はこう思う。
この二名の決着はすぐに終わりを迎えると
強者通しの戦いでの結末はただ二つ。
すぐ決着するか、それとも長引いて引き分けに終わるかなのだ。
そうして多くの魔女のように空を見上げていればガキィンという音と共に葵と黒いなり損ないの二人が距離を取った。
して二人、同時に姿を消せば・・・
「・・・・がは」
という黒いなり損ないの声と共に杖を振り上げ沈黙する葵の姿がそこにはあった。
黒いなり損ないが血反吐を吐いて意識を失い、
左肩から右腰にまで付けられた傷から血塊が噴き出た直後、
彼女の目が蒼に染まる
傷が煙と共に再生され、
血液と血の跡が魔素となり空に消える。
けれど空から居場所を失い大地に黒いなり損ないが落ちた。
ドチャという柔らかい物が落ちた音が聞こえ、
土煙が立ち昇る中で魔女は悟った。
代行会の統率者、傲慢の魔女の代理の勝利を
最大最強のマスターピース、シアの暴走の終了を
その時、ワッと魔女達が歓声を上げた
「計画」の通りに
無い筈の怒りに飲まれ暴走した哀れな者については語る価値がない。
彼女はきっと戻ってくる、
そう信じる価値も無い
〜人助けの魔女〜




