第32話 否定
思うに隷属する事は生きることである。
生きることは考えることである、
そんな言葉に支配されるのは朝起きたら顔を洗うくらい当たり前の事であるようにこの命題はしかし人間にとって永遠の問いである。
誰かの支配を受けることこそがニンゲンにとっての逃れられない永遠の罪業の証であるが故のこの言葉はもう一つの言葉も意味する。
統治を受け入れることこそがニンゲンの性であり、罪なのだと聖書は語る
例えそれが悪人のみであったとしてもそれは罪なのだと、天上の主以外の統治であれば統治は罪なのか、悪人が統治すれば罪なのか、
この感情は罪なのか、
・・・ただ冷静にけれど冷血に19号はそう回顧する。
三日月のように「魔女」の笑みを浮かべながら
して19号はこう思うのだ。
「遍く全てを隷属させる為に」
形だけでもその尊い存在に近づき、隷属させようとするのは、
そして傲慢な願いを叶えようとするのは・・
罪なのだろうかと・・・
■
「計画」のマスターピースとは言葉通りの意味である。
あらゆる事実の鍵、次なる事象の種、更なる世界の欠片。
これらと意味を同じにする言葉、
主となるピース、それこそがこのマスターピースなのだ。
最大最高のマスターピースにして予言の魔女と疑われた少女、シアがそうであるようにこの存在が持つのは世界の「欠片」そのものである。
クリミナと同等以上の存在が数多くいる枠組みではあるこれはしかし、大きく欠けていた。
マスターピースの数は限られている、
それこそが予言に記された事柄であり決定事項である。
・・12あるマスターピース、確認されている内からいま存在するのは全てでただ三人・・いや五人のみ。
シアとクリミナ、禍根鳥と二人の「誰か」しか「世界の欠片」を持つものは居ない。
この世界には五人しか「世界の欠片」を持つ者がいない。
これらについて深く理解していたのだ禍根鳥は。
・・であればこそと・・・禍根鳥は判断し行動したのだ。
クリミナとシア同時に手中に収める為に
そしてそれは達成された。
シアの三度の死という異常事態に対して柔軟に「計画」を変更したのが功を奏した証である。
これについて意図的に言葉にすることもしており、
かつクリミナにだけふんわりとも伝えていた為に元よりクリミナを巻き込むつもりではあるもののこれは全て手の内なのだ。
████████と言う他ならない禍根鳥憂喜の手の平の内
・・・けれど「そうだが。」
という理不尽そのものと言えるプネウマと禍根鳥の行動のあとしかし目を覚ました49号である。
天井の下で微かな見られているという気配と共に
なり損ないが眠っている水槽、鼓動を心臓も無く刻む"それ"その目の前で
■
鼓動は感じても心臓は無い、
服は着ていない。
目は少し見えない。
素肌を見せながら臍の尾のような管に多く繋がれ、
培養水槽、桃と赤の混じった羊水のような水の中、ブロックノイズが黒くも奔るそれの中にいるシア、
他ならないシアをただ意識に入れずにただただ静かに顔を見ていたのは19号である。
「端正な顔」
同性ながらそう思うような少女であった。
毛穴一つすら見えない肌に白魚のような手指、
して優美にも思える程長い手足に大きな身長
そしてすっと通った鼻筋は閉じた瞳の大きさを予感させる程通り切っいた。
まつ毛は長くけれど黒く長い髪はしみ一つすら見えもしなかった。
水の中をはためきながらも、”大事なところ”を管が隠すように体に巻き付きていて髪も胸を隠すようにけれど揺蕩っている。
ある種の芸術品を思わせる程の美貌を目を瞑りながらも見せる少女、それこそがシアであった。
「綺麗ですね、恐ろしく。」
そう冷たくも、けれどどこか熱っぽく思えるように告げる事を聞く人間はけれどここには居ないと19号は知っていた。
冷たい床に手を付き、体をスッと起こしてけれど心臓なくも鼓動を刻むシアを見ながらも目を閉じ19号は考える。
『そうだが。』
そんな理解不能な言葉を赤紐の赤子が入った揺り籠を片手で揺らしながら禍根鳥とプネウマの手の光によって理不尽にも意識を失った事を19号は知っていた。
プネウマと禍根鳥の手の平の光によって。
意味が解らないという正論を浮かべたあの時にであるとはっきり19号は理解していた。
意味が解らないことは今も変わらないけれどただこの考えがあった。
ただあのタイミングでは話す訳にはいかなかったのだ「計画」が故に、予言が故に
そうプネウマと禍根鳥の行動について自身に冷たいように思える程冷静に19号は判断していた
・・・蚊帳の外にされている、
自身の現状がその言葉と同じ意味と意義しかない事を19号は理解していた。
だがどうあっても自身が、
シアが「計画」に必要な事も理解していたのも19号である。
だからこそしっかり目を開け「端正な顔」をしたシアをただ見つめる。
見惚れているのではない
ただ見ていたのだ「端正な顔」をしたシアを
ただ冷たく、優しくけれど隷属させたいと欲するような瞳で暫くの時間が過ぎたその時しかし蝶番の音と共にじっと扉の奥を振り返ってけれど19号は言葉にした。
「お疲れ様です。禍根鳥憂喜」
「ああ。」
珍しく感情を押し殺したような冷ややかな語調でしっかりと禍根鳥とその肩に浮くプネウマを見ながらも自分自身の望みを心の底で理解しながらも1頭を下げ、しかしスッと上げた19号である。
けれど躊躇も躊躇いもなく禍根鳥は口にした
「「計画」を始めるぞ。」
「遍く全てを隷属させる為に」という言葉と比べれば慈悲深くも暖かくも感じる野太い声と言葉と共にしかし禍根鳥の顔を見ながらも
まるで全てを裏切ったような足元のぐらつきを感じながらも、ただただスッとある種安心したようにけれど19号は瞳を閉じた。
「遍く全てを隷属させる為に」
という自身の”考え”をしっかりと纏める為に
その考えを「理想」としてかっちりと型に嵌める為に
「遍く全てを隷属させる為に」
そんなプネウマも禍根鳥も持たない自身だけの「理想」を叶える為に
バタンという音と共に蝶番の悲鳴が、止んだ。
■
謎というのは遍く毒のようなものである。
人はそれを知るとそれにしか気を向けなくなる。
謎が難しければ少しの時間、それについて考える。
謎が難しくなければ少しの時間で考え終わり、すっきりとした感覚をすっとした胸に還す。
有用に使えば人を満たし、
無用に取り込めば人を害す。
毒物そのもののと同じであるのだ、それは。
であればこそ目の前のシアという少女の「謎」について考えねばとただ断じる19号である。
「端正な顔」
鼓動を心臓も無く刻む少女は
同性ながら端正だとそう思うような人であった。
ブロックノイズの奔った桃と赤の混じった培養水槽
芸術品を思わせる程の美貌を目を瞑りながらも見せるシアを見つめながらけれどシアについての謎を整理する19号である。
ある手段によってなり損ないと化したシアが力を使い切ってもその状態を継続出来た「謎」。
して魔女の血をどうやって得たのかという「謎」
して一日中戦った魔女のように魔力が枯渇したままである「謎」
して魔女や鏡の世界を裏切り契約を破って生きていられる「謎」。
して「死」の魔力に浸かっても肉体を保っていられる「謎」、
・・・と考えているだけでも六つの謎が出る程シアについては多く謎があるそう判断する19号である。
そして七つ目、今、考えられる最後の一つがあるのだ。
33人もの人を殺し、一つの街に存在する魔力を一夜にして奪いつくした力を持ちながらも、常に魔力が枯渇しておりかつ生きている「謎」である。
なり損ないとしての力も予言の魔女の力もシアは残滓程度しか持たない。
これこそが現状を表す言葉であり、シア自身禍根鳥に聞かされて理解している事であると19号は知っていた。
けれどこの説明にはある脚注があるのだと理解していた19号であるけれど・・・
「・・・・しかし、はぁ困りましたね。」
そう培養槽に手を置き溜息を吐きながらただ目を瞑り、考えを纏めようとする様をしかし見る者はいなかったと理解している19号である。
横目で見る者すらこの部屋には居ないのだ、一人としても。
理由としては単純、
言葉のあと「計画」に沿って行動するゆえに先程どこかに消えたのだと禍根鳥の行動について19号は理解していた。
して「計画」に記された行動は「シアについての謎を考察し推測する」事であったと19号は知っていたのだ。
故にこそ培養水槽をすーっと撫でながらも一人静かに考えを巡らせる19号である。
・・・ちなみに禍根鳥とプネウマの行動は理解していない、
単純に別行動であるからだ・・という訳でもなく単純に19号の計画書に記されていないからだ。
計画書というのは個々人が「魔女」から下された予言を元に作られた計画を記した書物である。
紙で出来た書物や本の形をしていたり
鏡の国での携帯代わりの端末であるモノリスの形を取っていたりと
形や形式関係なく様々ではあるというのが魔女達の間での常識であった。
19号が持っている物は単純な書物の形をした計画書である。
それは性質上「契約」に近い為間違えれば不老不死の魔女と言えど死ぬのだがけれど19号は理解していた。
「契約」の違反が一度の死しか齎さないという事を
故にこそシアが遺灰城の外に出たあの時赤紐の赤子の母親を含めた全員が魔女であり基本能力が発動すれば生き返れたのだ。
つまりはあの場所には人間しかいなかった事こそが”しかしそうはならなかった理由"だとそうはっきりとシアが眠っていた間に禍根鳥から世間話がてら聞いて理解している19号である。
要するに人には生きている理由が必ずあるのだ、あの赤紐の赤子とて愛されていなかったという生きている理屈があったように
「・・・まあ、実際は違うのかもしれません。
全員が人間だなんて逆に鏡の世界にはいないくらいですから。・・しかし、」
そう淡々と冗長に思える言葉を口にしつつも考える為に培養槽に当てていた手を音も無くスッと離して目を開き、けれど19号は言葉にした
冷静な声で、はっきりとした声で
じっと培養槽に触れながら中のシアの目蓋を見つめて
あの人間達の死体を思い浮かべながら
「ふふ、面白いですね、人を救う筈の予言によって人が死ぬだなんて。ねえシア。」
「遍く全てを隷属させる為に」そう三日月のような笑みを浮かべて「魔女」のように笑いながら19号はただ言葉にした。
どこか皮肉気に、
どこか自嘲気味に、
どこか性悪に、
・・そう在れかしと「魔女」のように笑った、どろりとした赤子の泣き声のする気配の中で
■
「遍く全てを隷属させる為に」
このポリシーとも理想ともつかない「信念」を抱く理由について19号は知らない。
それは生まれており持っていた自身の生きる理由なのだとけれど憶測でしか無いように根拠も無く信じる19号である。
基本能力である輪廻転生が昔発動した事があるが故かは知らないが何故か胸に刻まれていたその言葉はどうしても何度も19号に囁くのだ。
「遍く全てを隷属させよ。」
「遍く全てを隷属させよ。」
「遍く全てを隷属させよ。」
・・とそう静かな声で腹の底から響く声でただただ心を掻き乱す言葉を。
ふっとすれば耳に触れる距離で叩き込まれてきた常に19号である。
例えどんな時でも
例えどんな事をしていても
例えどんな人間を殺していても
何度も、何度も、19号の耳元で囁くのだ
初めに言うが19号は人間ではない
だからこそ人間としての機能よりも魔女としての「力」に秀でている19号ははっきりと理解していた。
突然に思えるかも知れないが魔女としての「力」は数多ある。
けれどその数多ある中の二つを19号は「力」として持っていた。
即ち人間離れした美貌と卓越した頭脳を持っていたのだ。
・・・魔女とは「魔なる女」、
人間や自然を超えた存在である。
故にこそ彼女達は常に美貌と卓越した頭脳を持つ。
しかしその中でも並外れた美貌の持ち主でありそして知能も群を抜いていた19号である。
十字の瞳を持つ、桃髪金眼少女
して”旗持ち”副隊長である彼女は同時に鏡の国随一の熟練の魔女でもあった19号である。
熟練の魔女として、人間を辞めていると言える19号はしかし何をしても満たされなかったのだ、
どうしてか”何か”が満たされないのだ。
どんな事をしても、
どんな風に息を吸っていても
どんな風に人と会話をしても
どうあってもどうしても"何か"が埋まらない。
だからこそ据えた。
自身が渡された計画書の中核に、
自身が知る「計画」の中心に、
自身の”何か”を満たす為に、
他ならないシアとそして19号自身を
「「遍く全てを隷属させる為に」ですかしかし・・ふふ、面白いですね、人を救う筈の予言によって人が死ぬだなんて。ねえシア。」
そんなどこか重い想いをっ胸に抱きながらどこか自嘲気味に、皮肉気に、性悪に笑って名すらない自身にある種当てはまる言葉をどっしりとした吐息を交えつつ吐けばしかし19号は見た。
・・どろりとした赤子の泣き声がする気配を発している他ならない禍根鳥を、再び。
「何をしている。我が子よ。」
そうただ慈悲深い言葉を投げかける野太い声をした禍根鳥を19号は見た。
三日月のような「魔女」の笑みを浮かべる19号を見つめながらも、19号は見た。
慈悲深く「魔王」のように笑む禍根鳥を
■
禍根鳥憂喜については謎が多い。
何故野太い声なのか
何故慈悲深い声で話すのか
何故黒布の目隠しをしているのか。
何も、誰もわからないし知らないのだ。
本人は、謎など無いと嘯くもののしかし本当に謎が多いのである。
謎が少なく、多いなど本当にあり得ない・・と禍根鳥の言葉の信憑性に対してうっすらと19号は疑念を持っていた。
そして今、その疑念は思わぬ形で結実することなる
そこに居たのは白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女ではない。
・・・透き通るような白髪に澄み切った桃と赤の混じったきっかりとした瞳を持つ野太い声の少女、禍根鳥憂喜の素顔である。
目の前に居たのは黒布の目隠しの少女ではなく、
白髪桃目の美少女であるのだ。
これが意味する事は一つ。
「・・・・」
「・・・・目隠しの封印を私の血印無しで解除しているとは私を粛清するつもりですか、マイマスター。」
「・・・・」と慈悲深くも大人しく沈黙している禍根鳥にただ淡々とけれど冷ややかな目を見つめながらも感情を押し殺したように言葉を発する19号である、そしてただじっと禍根鳥を見つめる。
黒布の目隠しにはある封印が施されている。
色々と仮定がある事を知っているがここでは出来るだけ端的に言う。
要約して言ってしまえば、それは力の殆どの封印である
そしてそれが解かれた。
その事に意味する事を19号は知っていた
それ即ち・・・問いかけである。
裏切るのか裏切らないのかの最後の問いかけであるのだと19号は理解していた。
だからこそ答える19号である。
手に握られている三つの赤いボルトが先についた黒布の目隠しを少しだけ意識しながら
桃と赤の混じった瞳を見つめながら19号はただ答えた。
「何をしている。我が子よ。」・・という問いかけに
なり損ないの入った培養槽に手を翳しながらも、魔力を手指に込めて
「動かないで下さい、禍根鳥憂喜動けばシアを殺します。」
「そうか。」そんな慈悲深くも冷ややかな言葉が禍根鳥の唇から零れだした事を19号は理解していた。
けれど瞬間、視界が回る。
けれど瞬間、意識が回る。
けれど瞬間、認識が回る。
血濡れたブロックノイズの剣、その赤い鏡面に映る姿を見て19号は理解した。
・・回転している視界の訳を
・・回転している意識の理由を
・・回転している認識の理屈を
つまりは「瞬間」、瞬きの間の内に首を跳ねられたのだと理解した、回転しながらも理解した。
首が切段された事を
してそれを理解してさえ首だけの状態で19号は笑った。
三日月のように唇を吊り上げ、
まるで予言に記されている「魔女」のように19号は笑った。
そしてその時に・・ぼとりという音と共に意識を失った。
『これで遍く全てを隷属させられる』そんな「計画」通りの確信と共に
■
慈悲というのは慈愛と似て非なるものである。
慈しむという事は同じでも感情の向け方が違うのだ。
心の痛みと
入り混じった複雑さ
人を見守り、愛し慈しむ
人間と魔女が違うようにこれらは確かに違うのだ。
そんな事を禍根鳥は理解していなかった・・・訳ではない。はっきりと理解していたのだ。
パっと赤を払う
広がったのは血、赤い血である。
常人では動転してしまうその赤い血液を禍根鳥は見つめない。
しかし血塗られた剣を見つめない
しかし鏡面に目を向けすらもしない
しかし19号は禍根鳥に見向きもされない
死体にも目を向けなかったのだ禍根鳥は、自身の部下である19号の死体にも
だくだくと切断された首の根本、
そこから血が流れるのを目の端に捉えもせずに、つまりは一目も死体になった19号を見つめもせずにしかし禍根鳥は静かに考える。
ただ見つめるのはなり損ない・・ですらなくなっていたシアのみである禍根鳥であった。
シアの入っている培養槽、「棺」。
これらの装置はそれぞれの形と役割を持ちながら死体を入れる為の装置「棺」として機能をほぼ一つにしている。
けれどしかし確かに「棺」は三種の装置に分類されるのだ。
一つ目、栄養や酸素の供給をする「胎盤」
二つ目、それを全身に届ける管である「臍の尾」
三つ目、そしてそれの入れ物である「胎」
これらを元に三度目の死を迎えたシアを禍根鳥の与えた「死」の魔力を用い「進化」させる。
それこそが魔王を名乗る禍根鳥の計画であるといつの間にか肩に乗っていたプネウマは理解していた。
肩に乗ったのは先程、
血のついたブロックノイズの剣を払ったあの時である事を理解していた、
「開け、門よ。」と唱えて空間を割り何食わぬ顔で空間転移を行ったのだ。
簡易であるもののこの空間転移魔法を用いた移動方法はプネウマがよく取る手段である事を禍根鳥は理解していた。
けれどそんな事はどうでもいい禍根鳥である。
「████████」
・・そう笑みながら誰にも理解出来ない伏せられたような言葉を笑みながら禍根鳥は口にした
████████、
して人類の最大の希望と慰めそのものと成る為に
そして「計画」の為に禍根鳥は慈悲深くも笑むのだ、「魔王」のように
いつもの通りに19号の信念を否定するように




