第27話 胎動
ところで鈴が生み出した「雷を孕んだ雲」。
シアが目覚めた時に発現する「穴の開いた雲」。
これらにはしっかりと理由があるというのが処刑対象の元色欲の魔女の代理の推測である。
まず鈴が持つ力はただ本領の一部を発揮するだけで天候をも変える法外な権限の象徴だ。
莫大な魔力故のその力はけれど他ならない「魔女」をも超す可能性を持つ甚大とも言える人外の力であり
最強の魔女でもある暴食の魔女の代理に鈴と共に受け継がれる力だ。
そしてシアの持つ力は断定はできないというのが禍根鳥憂喜の憶測の一つであった。
何もわからないらしい、予言の魔女に関する力ということ以外は。
例えシアを観察しても、例えシアの体を解剖し隅から隅まで調べつくしても解らないだろうというのが彼女の見解である。
なり損ないか?
予言の魔女の力か?
不老不死の理由ですら未解明である。
彼女は本当に謎だらけらしい。
・・しかしある一説がある。
かしこき者、その者すでに目を覚ませば天に穴を空け「穴の開いた雲」顕現せしめる。
これこそが彼女に繋がる「予言」の一つだと禍根鳥憂喜は推測しているようだ。
しかし「予言」と言えばある者との関係がある、他ならないクリミナについてである。
「計画」のマスターピースの一つである彼女は能力として霊子に対する絶対優位性を持つ。
「進化」
それとてその能力を伸ばす方向性に「成る」だろうというのが禍根鳥憂喜の判断だ。
まるで見たような思考は何か理由があるというのも19号の判断だ。
そしてシアの「進化」に対する方向性もある種それと同じである。
「死」の魔力を用いた「特性」の復活・・ならぬ基礎能力の復活である。
予言の魔女としての力を見込まれなくなった彼女はなり損ないとしての力も殆ど持たないのだ。
暴走しなければ肉体の治癒すらままならない。
一日全力で動いた程度の魔力疲労ですら回復できない。
肉体の悲鳴そのものである魔力疲労は逆に言うなら小さな傷が寝れば塞がるように治癒する。
故にこその基礎能力の「復活」、呼吸同然の力の蘇生である。
最低限の肉体の復活を今「死」の魔力を用いて成し遂げるつもりなのだ。
机上の空論に等しいそれになり損ないはしかし同意した。
彼女とて腹に一物があるのだ。
例え「死」からの復活が不可能に思えても
・・・さて禍根鳥憂喜について19号はこれらの事を感じながら、思う。
いつから主が二人程に増えたのか、と。
■
赤と桃の混じったような培養液の中、
ブロックノイズの奔る培養槽で私は目を瞑っていた。
眠っているのではない。
さっきまでそうだったかも知れないが、今は起きている。
感覚があるのだ。
「死」の感覚が、
それは体を蝕み、侵し、体の細部に至るまでを凌辱しつくす。
まるで感情の塊のような魔力だった。
「死」の魔力だと処刑対象の元色欲の魔女の代理は言っていた。
禍根鳥憂喜という名の魔女である彼女はしかしどうしてよく分からない。
培養槽に入る前私から身ぐるみを剥がして座らせ、起きれば乳房を掴み、体を”思うままに”したあと「死」の魔力を無理矢理に似た形で口から与えた彼女、他ならない彼女についてである。
最初は本性を現したのかと思った。
途中で悩み、
最後は何か理由があるのだと判断した。
頭がお花畑なのかと言われることは分かっている。
疑われるかも知れないがどうしてかそう思ったのだ。
あの子が"そう"されればその者に対して怒ったのに、自身については何も怒れないとは・・・
『自分が解らないな』
その言葉、「マスク」越しの声、
変換し機器を用いて発せられたそれを「念話」と共に言葉を発すれば目を開ける。
それは先程つけられた「マスク」、他ならない禍根鳥憂喜からの送り物だった
「マスク」とは呼吸器そのもの、それは周囲の魔力を取り込み内循環器系を巡り回る。
すると口から入ったそれは血と共に体の一部を、そして全身を回りいづれ「体」そのものとなる。
それは体に「死」の魔力を定着させ「死」をこびり付かせ、同一化させる事と同義だと禍根鳥憂喜は言っていた。
受け入れたのは流れに違い無いが、私にとて思惑はある。
だがしかしただ黙る、押し黙る。
沈黙の内に聞いたのだ、赤子の泣き声を。
静謐の内に感じたのだ、どろりとした気配を。
何故か?
何故かはきっと言う必要すらないだろう。
そうそこに居たのは他ならない、
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女、
禍根鳥憂喜だった。
少女は慈悲深く笑むのだ
まるで「魔王」のように。
責めるような目を向けられながらも
■
責めるような目を向けたのには当然理由がある。
向けたのは他ならない私だ、
当然体を”思うままに”されたからではない。
彼女にとっては知らないが私にとってはあれはどうでもいい事だった。
何故ならばきっと目的通りどころかその一助になったのだから。
・・当然「死」の魔力を無理矢理に似た形で与えた彼女に思うところが無いわけでもない。
方法もいいとは言えない方法だったしな。
けれどこうも言えるのだ、あれは仕方の無かったことなのだ。
なにせ・・・・
「君でもそうしたからか、なり損ない。殆どの割合で力を失い死ぬというのに。」
「そういうのは死ぬ可能性があるから楽しいんでしょ。」
・・・そう静かにけれど確かに嘯いた。
これはきっと嘘である、私だって死にたくはないのだ。
例え痛みや感覚を感じずらくとも、記憶に実感を持てていなくてもまだ死にたくない、今は。
「目的があるからか、ただし「今の君」に関係があるとは思えないが。」
「「記憶に対する実感」は失っても目的は変わらない物だよ、禍根鳥さん。」
そう子供に言葉を教えるように言えば禍根鳥は毅然とした態度でけれど少しだけ臆したような口調で容赦なく私にこう告げた。
左右非対称の黒布の目隠し越しに視線を向けながら
「・・・・そうか、最も今の君に目的に準じるだけの「心」と人間として生きた「実感」があるとも思えないが。」
・・・その冷淡なけれど事実を示した言葉に赤と桃の混じった視界の中、私は押し黙る。
ブロックノイズが目の前で視界の隅で奔る中
けれど目を閉じる。
思い出されるのは一つだけ、他ならない彼女の死・・・実感の欠片もないそれだった。
じくり、じくりと胸が痛む。
じくり、じくりと胸が痛む。
じくり、じくりと胸が痛む。
これは「彼女」に最早”何も思わなくなったが故”の罪悪感故の疼きか、それとも・・・
「腹立たしくけれど”見ていたいか”。目の前にいる私の姿を。今、開いた「心」で」
「・・・・・解らない。」
・・・静かに私はそう告げた。
開いたのは「心」ではなく「目」だと言う事も大して気にならなかった。
そうだ、
私は知らない、どころか解らないのだ。
「昔の私」が抱えていたこの胸を疼かせる何かについて、昔の自分について。
ただ解るのはそれが胸の疼きだけではない事だろう・・・そう理解していた。
「支離滅裂だな、実質心臓が無いというのに。心の中で例え話か?」
「うん、例えだよ。心の中での例え。
だから全くもってその通り、貴方の言う通り。私は胸が痛むだけ。だから・・ね。」
・・・・・そう支離滅裂かつ意味不明に返された言葉にけれど今度の禍根鳥は眉一つ動かさずに私にただこう返した。
開いた蒼い目に朧気に映ったのは
赤色と桃色そして口から放たれた空気が水と混じった混じった泡が浮かぶ視界の中、
真っ直ぐこちらに顎を向けて、黒布の目隠し越しに視線をただ慈悲深く視線を投げかける禍根鳥のいつも通りの光景だ。
彼女はただ言った。飾らない口調で
「少女にヤれることはないか。」
そう丁度欲しい言葉を、真剣に。
「マスク」が口を覆う中、少しだけ私は微笑んだ。
桃と赤の混じった培養液、羊水のように思えるそれの中から、彼女を見つめながら。
ブロックノイズが視界の端、そして片方の目の前を
・・・・奔る中で
それはまるで穴の開いた雲の影のように、私には思えた。
何故その光景が思い浮かんだかすら気付かずに
■
私の目的は三つだけだ。
自身の肉体とその感覚を取り戻す事
自身の記憶の実感を取り戻す事、
そして███████████という言葉の内容について思い出す事、その三つであった。
言い訳をする様だが
一つ目の目的については人間として当然だ。
「自身の肉体とその感覚を取り戻す事」である。
きっと人間にとって誰よりも必要である物事であるから・・だけでは無い。
なにせ私の肉体は痛みも快感も何も感じない。
どころか何も食べる必要も、排泄の必要すら無いのだ。
必須のように思えたのはただ少し眠る事、それだけである。
人間として当然の機能すら持たない私はこれを「取り戻したい」と感じていた、記憶の実感も無いのにである。
煩わしくも重々しいその目的とてけれど第一義では無かった、要約するのは簡単だ、だが待って欲しい。
これには「段階」がある。
今、一つその「段階」を踏もう。
二つ目の目的については言うまでも無い
「自身の記憶の実感を取り戻す事」である。
他人事のような人生、積み重ねられない経験、そして理解できないわけでは無いながらも「実感」に欠ける記憶。
きっと他人事のように自身を思うのはこのせいであると、私はぼんやり理解していた。
それが決定的になったのはこの培養槽に入る前に遡る。
禍根鳥憂喜からの所業。
人としての尊厳を踏み躙る程の蹂躙と精神的あるいは肉体的な苦痛。
そして「死」の魔力を受け取った時の感覚
それはきっとどんな人間でも耐えられないようなものであったかも知れない。少なくとも並の人間であれば発狂し自刃でもしていただろう
けれどそれだけでは無い。
これまでの記憶、その全てが他人事のように思えたからだ。
分かっていた。
私がもう「彼女」について何も思えない事を。
もう「友達」の死すら悲しめない事を。
「昔の私」についてけれど「今の私」は他人事に薄ぼんやりしながらこう判断する。
ただ妬ましい・・と
どんな状況でも「昔の私」が女神のような笑みを浮かべていたからでは無い。
「今の私」よりも力があるからでも当然無い。
ならば妬ましく思うのは一つだけであった。
けれどその前に二つ、「段階」を踏む
最後の目的
「███████████という言葉の内容について思い出す事」、これが三つ目にして今の所最後の「段階」だ。
そして私が「進化」を必要とした理由でもある。
「進化」とは何か?それは「死」の魔力を受け取った後培養槽の中で禍根鳥から聞いた言葉だ。
単純に言えば「死」の魔力を用いた「死」の超克である。
ところでなり損ないにも「死」が無い。
けれど基礎能力の一つとして魔女の基本能力の一つ、輪廻転生に似た力をなり損ないが持つからである。
基礎能力とは生かす為の力、
基本的に上位互換であるなり損ないが勝るのだ。
限りはある者の「老い」は無く、
終わりはあっても「死」はない、それがなり損ないである。
仮に肉体が破壊されようとも魔素となって宿主を蝕み続けるのだから性質の悪さとて随一であろうというのが研究者である処刑対象の元色欲の魔女の代理、禍根鳥憂喜から聞いた意見であった。
・・・・なり損ない戦線という百年来の戦場を維持しているのは、利点があっても魔女がなり損ない相手に戦い続け尚、数段勝るのは・・・
そもそもが安定性という利点で得た100年の平穏を1000年以上という十倍にも勝る努力の時間の成果で埋め立てた魔女という存在の異常性の証明、その証左でしかないとも。
余計「死」の魔力を与えられる理由がないだろう・・そう感じた筈だ、当然その通りである。
「死」の魔力なんて受け取ればただ死ぬだけじゃないかとも感じた筈だ。
けれど私の直感が囁くのだ。
死ねば「███████████」という言葉の内容についての記憶も取り戻せると
人間には戻れないかも知れない。
生涯他人事のまま人生を生きゆく羽目になるのかも知れない。
けれど私は「目的」を得る。
だからこそ私は三つの目的の内最後の目的について最も意欲を唆られているのだ。
ただ単純に生きる「目的」を得る為に
・・・だからこそ、私は利用する。
目の前の少女。
禍根鳥憂喜を自身の「目的」の為に
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした少女という奇怪にも思える「風貌」も、
白髪桃目の美少女という「面貌」も、
そして彼女の「人格」も
私には全てどうでもいい。
私にとってはどちらもただの野太い声の少女、禍根鳥憂喜そのものだ。
なればこそ私は微笑む。
「少女にヤれることはないか。」
・・・その慈悲深いながら確かな決意に満ちた言葉にけれど片方の目の前をブロックノイズが奔ったその時に、微笑んだその瞬間に。
彼女、禍根鳥憂喜が私の目の前に手を翳した。
手の平の中光が見えれば
私は意識を失った。
■
「███████████」
・・・・この言葉のようにあり得ない言葉というのはこの世にごまんとある。
例えば日々の挨拶。
・・私たちに「知識」が無ければあり得ない。
例えば日々の食事。
・・私たちに楽しむ「心」がなければあり得ない。
例えば日々の勉強。
・・私たちに「夢」が無ければあり得ない。
これら全てが言葉でありこの世に存在しているという「事実」こそがこの世にそれそのものがごまんとある事を示しているのだ。
「███████████」
この有り得ずあってはならない言葉と同じように囁かれたその言葉にはしかし前置きがあった。
あの時白の摩天楼の上から見た「光景」である。
人が、魔女や魔法使いが、
他ならない魔女や魔物達に襲われていた「光景」。
十字の瞳を持つ彼らに襲われている光景を見ていたという前置きが
・・・彼の光景を見て、言葉の続きを聞いてしかし「昔の私」は判断したようだ。
あり得ない言葉をただ信じることを、その内容を知りながら。
けれど「今の私」は何も知らない。
「███████████」
この言葉について何も
だからこそ私はこう判断したのだ。
「目的」を得る為に自身の何もかもを利用すると
・・・それこそが禍根鳥憂喜の「目的」の一つであるとも知らずに。
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女、名を禍根鳥憂喜。
彼女は見つめていた、シアを。
彼女の「心」を覗きながら
桃と赤の混じった培養液
羊水のようなけれどブロックノイズの奔るそれを内容したこれらは培養槽の中でも特異な一品。
「棺」と言われる魔導具の一つである。
「死」を閉じ込める為に特化したそれはある者を内容するのだ。「死体」を、
文字通りの意味で
だからこそ目の前の少女、シアは死んでいるというのが今の禍根鳥憂喜の判断である。
ある手段によってなり損ないと化したシアがその状態を継続出来た「謎」。
そして「彼」、禍根鳥憂喜にとって特異そのものである「彼」がシアを選んだ謎。
・・殺すことによってそれを解明する可能性が低くなることは禍根鳥とて分かっている。
最後の時までに、意識があったあの時までに解明することが彼女の「計画」だった。
そして意識の合った先程までがその最後だった。
シアは死んだ。
少なくとも三回以上
これこそが「計画」が変更された証左であった
禍根鳥憂喜は知っている。
シアが予言の魔女である事を、
禍根鳥憂喜は知っている。
彼女がなり損ないですらない事を
けれど禍根鳥憂喜は言葉にする。
黒布の目隠しをその手に握りながら
「███████████」
透き通るような白髪に澄み切った桃と赤の混じったきっかりとした瞳を持つ少女、
禍根鳥憂喜はしかし背を向けた。
自身の「計画」が故に
そして・・・”予言”が故に
『████████』
この言葉を胸に抱きながら、
キーと軋みながらも扉がその口を閉じた。
闇の中の少女の「マスク」の中の微笑みを
封じ込めるように




