第27話 代表会議
星持ちの間
その場所は星瞬く場である。
空を覆い尽くす星々は二等星の周りを回る
北を報せるその星はまるで宇宙の中心を示すように、あるいは丸い花弁の柱頭のように
堂々と
憎らしい程どっしりと鎮座していた
「・・・・・・」
その下で女は待っていた。
風が髪に靡き草花の香りが鼻を劈く星空の下、草原と丘のただ中に女は居た。
横にいるのは個性豊かな同僚、魔女の代理、五人だ。
しかしその場には六人の魔女の代理しか居はしなかったのだ。
端的に言えばある者が欠けていた。
「色欲の魔女の代理」禍根鳥憂喜、赤子殺し
白髪を二つに結び左右非対称な黒布の目隠しをした少女、
野太い声の彼女が、悪名高い彼女がこの場にいなかった。
それが示すのは・・・
「裏切り者め。」
女の声が星持ちの間を満たす。
女の名前は鈴、ただの鈴だ。
苗字は無い、既にそんなものは初めから無くなったも同然となっている。
吸い込まれるような髪と瞳の少女はバッサリと切られたような髪をぎゅっと握る。
先程まで手慰みに髪を弄んでいる程退屈であった鈴は、しかし裏切り者への怒りに気を悪くする。
「・・・・・・・」
そして国際議連、百名を超える彼らとてこの場に召集されているというのにこの場所に現れない彼らにも気分を悪くした。
座りながら
最も椅子に座っているのは魔女の代理や含め全員である。
そこには国際議連の姿もあった。
代表者しか必要の無い彼らとて100を超える席を独占しているのだ。
どれだけ、魔女に重要かつ致命的な事が起こったのか、
誰も何も言わなかった。
少なくとも、魔女の代理は
けれど現れた、
星々が
「気配」と共に
「よく来た、魔女の代理達よ。」
・・・おどろおどろしい、邪悪な気配
禍々しい悪魔のような気配
それらを垂れ流す、魔素と同じ紫がかった黒色の菱形が在った。
ブウンという電子音と共に姿を現した彼らの中の一人はこう続けた
魔女の代理の前で、国際議連の前で、他の賢人会の前で
紫がかった黒い菱形に浮かぶvoice onlyの文字と冷たい三桁の数字、それらを持つ彼らは無い目を以て彼らを見つめる。微かなノイズの後、空間に
「これより「代表会議」を始める。」
声が響いた
■
「以上のことより我々の目的は決した。」
001の声にその場にいる全ての者が彼らを見上げる
賢人会の実質的な長を務める彼は厳かに言葉にした。
その意味を鈴は考える、この言葉の意味はこれで既に議論は決したという意味なのか、それとも何か別の意味があるのか
「魔女は預言書にてこう言われている。悪行には報いが罪には「死」が報酬として支払われると。故にこそ彼女の、禍根鳥憂喜の末路は既に定まっている。」
「「死」であると言えましょう。」
「故に失踪していた彼女、禍根鳥憂喜を魔女の代理から罷免し他の者、19号、プネウマ、そして予言の魔女同様『処刑対象』に断定する」
001の言葉に他の者達が同意する。
その中には他の賢人会も、国際議連も含まれていた、ましてや魔女の代理の大半でさえ
鈴でさえ
003の言葉、彼の「死」への同意こそがこの場にいるものの総意なのだ。
禍根鳥憂喜は嫌われている。
それは鏡の世界に住む魔女にとっての一つの常識だった
白髪を二つに結び左右非対称の目隠しをした少女、この世界でも類を見ない見た目と性格の彼女は、どろりとした気配にとんでもない美貌を持つと噂の彼女は
無論だが多くの者に好かれる彼女はけれど好かれない。
始めは好かれても最終的には誰にも好かれず、嫌われ、忌まれる。
それが彼女であった。
故に鈴でさえ、この鏡の世界においてイレギュラーの塊のような「魔王」でさえ
彼女をうっすら、嫌っているのだ。その躊躇の無さと言動の支離滅裂さ故に、行動の矛盾故に。
しかし一人だけ、一人だけそれに異を唱えるものがいた。
「その結論、世は異を唱える。」
そう静かな声で、けれど彼は異を唱えた
「世こそが、異を唱える。」
「傲慢の魔女の代理」明星葵は異を唱えた
■
「世こそが、異を唱える。」
その言葉を発したのは明星葵、傲慢の魔女の代理であった。
黄金の髪と瞳、十字の瞳孔にサイドから垂れる髪を三つ編みにした和服の青年
傲岸不遜、天上天下唯我独尊を地でいく彼は魔女の代理達の中でも随一の「我」の強さを持つものだった。
まるで自身が世界そのものと言わんばかりの傲岸さは、独自のものであり大罪の魔女、「傲慢の魔女」の代行の証であると言えるものなのだ。
本来は上手く作用しないのだが
今回は少しづつけれど確かに作用した。
「・・世こそが異を唱える!」
・・・筈だった。
けれどそうはならなかった
問題としては単純に人望が無い故・・・・ではない
「傲慢の魔女の代理、貴様にリーダーとしての素質があるのは知っている、人の上に立つ素質もな・・」
「だが、今貴様の意見には異を唱えるものしかいないようだが。」
賢人会。彼らは権力者である。
老獪な賢人達、世界最大の腐敗と堕落の元凶、そう呼ばれる彼らではあるが「世界最高権力者」なのだ。
いくら「魔女」の代行とは言えどその権力は途轍もない差がある。
例えば国際議連や魔女の代理の罷免権利などの絶大な権利と権限を持つのだ
「ああ、無論だ、だからこそ言っているのだ。」
しかし彼は耳を貸さない
「何故、居住いを正さない。貴様は今、窮地に立っているのだぞ。」
007の言葉にもしかし彼は耳を貸さなかった
再び、二度目である。
「ああ、無論だ、だからなんだ。」
加えて開き直り
むしろ更に言葉を返す始末である。
傲岸かつ傲慢な言葉はけれどある者の笑いを呼び起こした
「ふふ、変な奴だ。」
鈴である
「外勤」によって殆どこの場所を開けていた彼女にとって彼との再会は久方ぶりである。
裁判を含めても最近は会う機会が少ないのだ。
しかしいつもと変わらない傲岸かつ傲慢なその態度は鈴には懐かしく思えて仕方が無かった。
だからこそ口添える
「しかし不思議ではありませんか、賢人会の皆様、国際議連の皆々様。」
「・・・・・・」
「何故、禍根鳥憂喜が死なないのか。」
沈黙が支配する中一陣の風がフっと草原と丘、そして星空の間を駆け抜け通り抜けた
■
「皮肉は止してください。魔女を、鏡の世界を裏切った者の末路は「死」である。「魔女」との「契約」の破棄を意味するのだから当然起こる事象でしょう、しかし奴は・・・・・」
「死ななかった。」
「議連」の代表者の言葉に001は賢人会の実質的な長は頷かずに言葉で肯定した。
皮肉を指摘し、禍根鳥に言及した008も同様である。
けれど鈴は知っていた
禍根鳥に「契約」が意味をなさないことを
鈴は知っていた
禍根鳥が裏切ることを
そして目を開ければそこにいた少女が白髪黒目隠しの少女禍根鳥が、一時的に失踪していた彼女が、何故だれもそれについて触れられないのか、話さないのか
どころか話題に上げようとすらされなかった彼女なのか
しかし鈴は知っていた
禍根鳥が裏切ることを
微かな「小細工」とともに
けれど止めはしなかった、何故なら全ては
「計画通りであり「予言」の通りだ、全て、全てな。」
001が毅然と言葉にした、
そして他の賢人会もそれに気づき態度を改める
その場にいる者は知っていた
態度の理由を知らなくとも知っていたのだ。
その言葉の意味を、態度の不暁さを
「計画」の絶対性を
「せいぜい励み給え、「犬」達よ・・「処刑対象」に一時的に失踪していた色欲の魔女の代理を入れるかどうかは、君達しだいだ。」
その言葉に何故かある”頼りがい”に、眉を顰める者、首をただ傾げる者
顎に手を当て思考する者と様々いた、しかし彼らは知っていた。
これは彼ら、賢人会なりの激励なのだと、正確には001、「賢人会代表」なりの
だが女は鈴はそして、
少年、井伊波乃瑠夏は聞き逃さなかった。
ある言葉を、
どこか言い聞かせるような言葉を
「”人類の平和の為に”」
「「人類の平和の為に」」
その言葉による確かな「しこり」と共に、
星持ちの間の扉は
今、閉じられた。
中に星々と草原、丘を残して
そうして紫がかった黒、その線で縁取られた菱の星を八つ残して、
閉じられた。