第26話 飛び降り自殺一歩手前の善行
危機について考えたことが私には無かった。
それは唐突であり突然、「死」などあらゆる者を引っさげ来る、おっかない、なまはげのような、運命のツッコミだからだ。
そら、これだけやってたら、お前死ぬわな、ガハハハという哄笑に入り混じった嘲笑、それにも似たそれらある性質を孕んでいた。
それは大体の場合が道理が通っていることだ。
どれだけ通っていないように見えても変わらず通っている。
どれだけ通っているように見えても、変わらず通っている
そういう物なのだ、危機というものは現実というものは、だからこそ、この事態にも道理は通っていたのだろう。
この事態、それは目の前に広がる景色、即ち
虚ろな瞳をした魔女達と魔物と言われる怪物が遺灰城に攻め込んでいる景色など
このよく分からない世界が「危機」に落ちっていることなども・・・・
きっと道理が通っている筈なのだ。
■
「少女、気分はどうだ。」
そう問うて来るのは、白髪を二つに結び左右非対称な黒布の目隠しをした少女、禍根鳥憂喜、彼女らしい野太い声で、けれど平然とそう言った。
赤紐の赤子をあやしながら、バフォメットと19号を肩の上と背後に侍らせながら私を見下ろしながら、そう言った。
だけど、それが私には・・・
「とっても癪に障る嫌な気分、貴方と始めてあった時吐き気が止まらなかったあの時のあの気分みたい。最悪だよ。」
「そうか。」
そう平然と返され更に禍根鳥は琴線に触れた
「そうか、って貴方一体何して・・・ッ、それに19号やプネウマまで連れ出して、本当に何してんの!?今貴方がやってること貴方自身理解出来てないんじゃない?!」
「そうか、だが問題ない。」
「問題ないって?一体この状況の、多くのヒトが死んでるこの状況の何がッ・・・」
ドカンと耳を破裂音が劈く、
今私はある塔の上にいた。
ここに来る前、クリミナと見た塩の巨塔をも思わせる塔の上に、私、禍根鳥、そして赤紐の赤子と19号、彼女達がいた。
そこからでも私には見えていた、
多くの者が、血を流す姿が
爆発に巻き込まれ凶刃に倒れる姿が
傷物と化し血だまりと化し骸と化して
死にゆく姿が。
殺されゆく姿が
見えていた
『それがお前の贖罪か。』
その言葉を思い出す。
鈴が「拘束」をする前に私に問うた言葉だった。
腕も魔力も失っていた時に
絶望の残滓にまだ苦しんでいたあの時に聞いた言葉
腕を治してもらっている間に吐いた泣き言に対する、大いなる反論だった。
確か、こう言ったのだ。
「すぐに自刃してはならないって分かった。すぐに自分を棄てるような事も、だけれどこの気持ちをどう堪えればいいって言うんだ。私の心は今も死にたがっているっていいうのに。私は今も死にたいのに。」
そんな言葉を嗚咽と共に漏らした私に、彼女はこう言った
慰めるでもなく、責めるでもなく
ただ本当に、訊いたのだ
『それがお前の贖罪か』・・と
それが私は本当に・・・
「嬉しかった・・・か。」
「・・何、貴方と話すこと、まだあったっけ。」
そう話すことはありはしないのだ。
魔女や魔物を操り遺灰城を、鏡の世界を
攻め落とさんとする、ただの人殺し、簒奪者には
話すことなど何もありはしない、例え私が似たような立場であろうと・・
同じような地位であろうと
「人のことは言えない筈だが・・・まあ良いだろう。貴様に再び問おう少女」
「死か、服従か。」
そんなさんざんドラマで見たような展開に
けれど私は目を閉じた
■
死か服従か
その言葉は多くの者が言わされて来たあるいは言ってきた言葉だ
作劇上の都合で、あるいは綿密な設定の元で
自主的かどうかに関わらず多くの者が口にした言葉。
しかしその言葉にはある種の「力」があった
人を引き付ける力が
人を締め付ける力が
その効力はただそこに居た、だけの者達にも伝播した。
「・・・・・・・」
・・目を開けばそれは顕著に表れていた
赤紐の赤子は左右非対称の目隠しの少女の腕でワンワンと泣き出し、
19号は警戒に目を細めていた。
きっと彼女の言葉を恐れたが故なのだ
警戒せざるが得ない故なのだ
けれど白髪の少女は口にした
もう一度、再び
しかしそこにはある言葉が付け加えられていた、続いていたのだ。
「死か、服従か。
・・・従えば貴様は、、、」
「ッ・・・・」
あり得ない言葉が
あってはならない言葉が
耳元で囁かれたその言葉を、言葉の続きを聞いて
私は決めたのだ。
魔女を裏切ることを
反旗を翻し、戦い、殺すことを
他ならない、私自身の意思で
□
「ところでどうして、赤紐のその子は吐かないの?私なんてゲロゲロゲロゲロ吐きまくった記憶があるんだけど。」
・・「おそらく」という言葉の後に聞いた言葉は三つに分けてこうだった。
まず詳しい理由は分からないと、私のように禍根鳥本人に調整された者、そして禍根鳥に慣れ自ら調整を行って適応した者、そして実はつらいけど演技で平気な振りをしている者のだいたい三つに分かれるのだが、
「でも貴方、自分に調整を施したって言ってたよね。それなら周りがゲロまみれじゃないのも貴方のおかげの筈だけれど「計画」に従って演技していたあの時のように、・・・・もしかして・・」
「いいや、少女は調整をした、むしろ悪い方に。」
「・・・それってつまり。」
「ああ、そのままでは周りがゲロまみれになる筈だ、そして「小細工」も長持ちしていた筈けれどそうはならなかった。何故か・・・」
すぐに察しがついた
一つは確実で一つは弱いながらも、しっかり察しがついたのだ。
「小細工」
禍根鳥が施した認識阻害魔法は大きく二つの効力がある。
まず一つ、対象のずれ。
話している存在を自身のみの認識の阻害。
そして二つ目。
記憶に対するずれ
それが自身の物と認識できななくなる程の認識の阻害。
それは自身のみならず辺りの認識をもずらす「御業」であった。自身に対する記憶に対してのみ限定されたそれは、しかし効かなかった。
クリミナや皆に、
禍根鳥が弱い訳ではないただそれに、「小細工」に左右されずにした者こそおかしいかったのだ
禍根鳥からの提案を受け入れたあの時のように
自然と「小細工」を解いた彼らが
何故か、それはおそらく・・・
「「嫉妬」と「暴食」の影響だろう、彼ら二人の「仕掛け」のおかげで私の魔力に感覚を狂わされる者がいなくなったということだ。」
そう、それしか答えは無かった。
私が皆の目を欺く為に演技をしていたように、強いられていたように、
・・仕方が無かった「計画」の為に、██████████
いつの間にか仕組まれていたそれはしかしこのことも意味する。
即ち・・・・
「裏切りは既に見透かされている、それも「暴食」と「嫉妬」にこれは重大な危機だ。」
「・・・・それってつまり・・」
「ああ、井伊波乃瑠夏は、「嫉妬」は「暴食」に並ぶ程の脅威ということだ。魔女の代理の中でも特にな。」
そうだった、
この私にとっては
魔女に盾突くと決めた私にとっては。
けれどだからこそ・・・・
本当にそれでいいのか、二つの言葉が脳裏に浮かんでは消える。
確かに私は二人に自死を止められた
救われたと言ってもいい、とてもありがたかった、嬉しかった。
救ったことも救われたことも、とても感謝していた。
けれどだからこそむしろ救ってくれたのなら、救い返さなければ意味はないのだ。
あの子の為にも
皆の死を退ける為にも
だからこそこう言った。
「待ってて皆、今・・
殺しにいくから。」
白い巨塔の、
空に近いその頂上から、
足を踏み出し、地へと落ちて行った。
禍根鳥やプネウマ、19号と赤紐の赤子とともに、
穴の開いた空の中、晴れ渡った空の中
・・・飛び降りた。
今、地獄が始まる。
予言の魔女によって齎される地獄の具体が
私によって齎される、この世の地獄の具現が、
魔女達の望み通り、私の「死」を以て。