第25話 四つん這い少女の意識喪失
「死」とは往々にして理不尽なものである。
それは事故死、突然死、他殺・・から分かるように本当に「理由」もなく「理屈」もなく唐突にしかも不規則に襲い来るものなのだ。
それに意思などなく、尊厳などもありはしない。
だからこそ誰かを尊ぶこともあり得はしないのだ。
あの子が生きていないように、私が死んでいないように
だからこそこの結果なのだろう。
「代行会議の承認をもってなり損ないの未来を決める筈だったのじゃが・・抵抗しようと力づくで抑えるつもりじゃったのじゃがの。」
「お主、ここまで弱いか。」
その言葉が朧気な意識に流れ込んでくる。
赤く染まった意識と視界褪せる中、私は理解した。
現状を、限界を
何故なら私は四つん這いとなっていたからだ
クリミナの尻に文字通りしかれて、19号とプネウマ、赤紐の赤子に見守られ
魔女の代理達に見下ろされながら
私は理解した、力の差を
■
燭台の間、
この場所には仕掛けがある。
多くの者が指を鳴らした後の給仕やメイドの登場というギミックを連想するだろう、この空の下ではある単純な理屈があった。
敵対者の力を味方の平均と同一にし公平にする能力である
この場合彼女は、莫大な魔力を分配され魔女の代理と同程度まで落とされたのだ。
円卓に座る者は皆平等であるという「理由」と”拘束”という「理屈」故に
「拘束」
仮に我を失っても許可が無くては魔力を操ることはおろか、魔素という魔力の最小単位さえ操れないという、魔女に対する、力の制限である。高位の魔法を操る程魔素に依存していく鏡の世界の魔女にとっては呼吸する権利を奪える程の「魔法」であった。
一度どころか二度発動の機会を逃したそれは今、発動した。
他ならない最強の魔女の意思によって
そして唯一拘束出来ない最低条件の霊子を操る能力でさえ魔女の代理と同程度に貶められてしまえば
結果は言うまでも無く・・
「シア、お主の負けじゃ。」
そう負けだったのだ、
朱、朱の塔、天へと近づくにつれ細まっていくそれは、今、光を失う。
鈴の「拘束」と燭台の間の「仕掛け」、
そしてクリミナの力によって魔女は勝利したのだ。
■
「クリミナに霊子に対する絶対優位性があるとは言え、魔女の代理でもない者に負けるとは・・・」
「これは予言の魔女について評価を改める必要があるのかも知れないな。」
「・・・・・・・・」
魔女達の言葉はどれも頭に入らない。
ただショックだったのだ。
自分が負けたことがではない。
自身が四つん這いにされ、幼女の椅子に貶められていることでもない。
ただ彼らの言葉を、彼らの立場を理解出来ないことがショックだった、のだ
私は理解していた。
魔女達の言葉も立場も理解していた筈なのだ。
「死」の証と化した自分の物とは思えない記憶達と、新しく思い出した記憶達を持つ、今の私であれば
私は理解していた筈だった、出来る筈だったけれど
「何も理解出来ておらんかったか。」
「ッ・・・・・・」
ギリギリと音が聞こえる
そこで気づいた、歯を食い縛っていることを、悔しさと、口惜しさに歯を食い縛っていることを
私はまた理解出来なかった。
あの時のように
「その結果は魔女の備えあってこそだと、忘れないで欲しい。」
「・・・・ッチ」
・・その言葉に意識を戻せば、舌打つ者に目を向ければそこには在ったのだ。
魔女の代理達の視線が、彼らの「心」が
在った
疑念、猜疑、憎悪、その他諸々の感情の混合したその視線は如実に示していたのだ。
彼女の信用の無さを彼女の人望の無さを、しかしそれを気にすることなく少女は言葉にする。
「そもそも私達はなんの為に集まった、少女の「死」を決定するためだろう、断じて戦う為ではない筈だが。」
「・・・・・・・・」
その場にいる誰もが押し黙った。
なにせその言葉は全くの正論だったからだ。
この言葉に少しでも反論すれば自身の正しさを証明できないと判断しての判断なのだ。
しかし、それを気にしない者がいた。
「禍根鳥、お前「計画」を破るつもりか。」
そう他らない「魔王」、鈴である。
彼女は先の言葉を枕にこう続ける。
「「予言」にて掟破りが死ぬのは知っている筈だ。無論我々殉教者の手によって。しかしこのままこの者が「模倣」と「■■」を繰り返せばどこまで強くなるかわからない。最悪私が本気を出すしか無くなる。」
「だからこその計画とは分かっているとも「暴食」。けれど私の目論見は別だとも。その「計画」にはなんの価値も見出せない。」
「あ。」
その言葉に場が凍った。
私の間抜けな声に反応するものがいない程
鈴ではない、鈴はただ黙して聞くのみであった。
その気配を発するのは
「貴様、殿下の「計画」を愚弄したか。」
・・・明星葵「傲慢の魔女の代理」であった。
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「貴様、殿下の「計画」を愚弄したか。」
その言葉に19号などの者達は息を呑み、赤紐の赤子は泣き出した。
最弱の魔女の代理、そう聞いていた、というより知っていた。
けれどここまでの「空気」を作りだすなんて・・・
「本当に最弱なの。」
思わずそう独り言ちる。
そして思い当たる伏があった。この場の気配、入って来た時に感じた、都市を滅ぼせる程の魔力はおそらくはこの者の気配が全てだったのだ・・・と
そう直感した。
「こんなん、最強じゃろ。」
クリミナのその言葉に頷く、
四つん這いになりながらも、クリミナを乗せながらも、クリミナの椅子と化しながらも・・・見上げた。
黄金の髪と瞳、十字の瞳孔にサイドから垂れる髪を三つ編みにした和服の青年
その三つ編みが揺れる、冷たい気配と空気に思わず・・・・
身が凍えた。
凍えたような気持ちになったのではない、確かに凍えたのだ。
総身に立つ鳥肌がまるでおまけのように感じるような
肌の震えがただの悪あがきに思えるような
確かな凍え
しかしそれはある言葉によって別の者達に向けられる、いいや向けられた。
ドンドンという音に
息を思い出す、呼気が荒くなる。
それは「凍え」から解放されたが故だと気付いた時には
どうぞと明星が冷たく言い放てっていた。
けれど扉は開け放たれた、微塵の躊躇も容赦もなく。
そして明星は向ける、扉をあけ放った青年に、魔女に「凍え」を
だが彼女は口にした、臆面もなく、吠えるように
「賢人会の方々から全魔女の代理に通達!!至急「星持ちの間」に来られたし、至急「星持ちの間」来られたし。」
「魔女と魔物の大群が都市に侵攻を開始しました!!魔女と魔物の大群が都市に侵攻を開始しました!!」
「はあ?」
そうまたしても、またしても意味不明な言葉と共に
しかし、どうしてだろう。
四つん這いの体勢のままクリミナの椅子と化したまま、けれど私の意識は又してもそこで途絶えた。