第25話 現状
考えれば私は驕っていたのかも知れない。
自分の事について沢山の事を。
行動に嘘偽りはなく、そして言動も矛盾などしていないけれど心は騙せていなかった。
だからきっとこれは当たり前の事でけれど私には答えられない事だったのだろう。
回りくどいので結論から言おう。
私は今、現実に直面していた。
何故ならば禍根鳥憂喜。
頼れる処刑対象の元色欲の魔女の代理に言われたのだ。
「君は殆ど力を失っている。」
「は。」
力が無いと。
慈悲深くとてつもなくけれど静かに
■
聞いた話はこうである。
今の私は力を失っている。
具体的にはなり損ないとしての力を失っている。
「具体的でなくともだ。今の君に残っている力は少ない。」
「・・・・・」
そのデリカシーのカケラもない禍根鳥の言葉に少し私は押し黙る。
今、私は魔女否、鏡の世界全てを敵に回している状態である。
この窮地としか呼べない状況で頼れる力は一つ、己自身と考えていたのだ。
実際追手であろう魔女は全て手づから殺せていた。
鈴が何故か椅子に座っていたのは不思議ではあるが魔女の数が多かろうとこの世界丸ごと全て敵に回そうと、最悪暴走すればなんとかなると考えていたのだ他人事ながら、
敵が不老不死でもない限りは。
しかし今、私の力が失われたと知った。
これは窮地である。
しかも私が生まれてから最大とも言える程の。
・・最も私は殆どの記憶に実感を持てていない為に他人事なのだが。
肉体が死ぬのはまずいな、そう考える私は許されるのだろうか。
「起き掛けに襲い掛かられたとは言え魔女を殺したのは失態だったな。なり損ないとしての力も全て使いつくしてしまった。最もその力も今はない訳だが。」
「あんまり、言わないでよ。傷つくじゃん。ひどいな煩わしい。ていうかなんで私が襲い掛かられたの知ってんのさ。」
だからこそ禍根鳥の心を読んだ言葉にもそっけなく私はなる。
さっき何故か私が服を着ていなかった時に誰かに襲われたことを知っているというのを察せられてもこの程度だ。そんなに気味が悪くない。
そう、今私は心を読まれていた
この人がいつも心を読んでいたことは他人事のような記憶を見て知っていたし、掛けていた心理防壁をいつも通りスルーしてくることも知っていた、
けれど少しうんざりしてしまう。
解っていてもまったく非道い限りであるこれら二つの事についてはいつも通り。
「そこは直面の方がいいのではないか。なり損ない。」
「その呼び方もやめてよね、紛らわしい。貴方の呼び方が間違ってるとは思わなかったんだけれど私。」
「間違っている訳ではないのだがそこはともかく今、話合わなければいけない事があるだろうなり損ない。話している場合でもない筈だ。」
確かにそうだ、そう思ったのだ私は。
聞かなかればならないのだ。
この場で
プネウマと19号、そして赤紐の赤子の居る中で。
だからこそ私は言う。
禍根鳥憂喜、処刑対象の魔女の代理に対して、
「私に力を貸してくれる?」
と禍根鳥憂喜、彼女の目を見て。
■
皆、先程の言葉に驚いたことだろう。
しっかりと聞いていればどうなるのかと分からなくなったかも知れない。
当然だ、先程の言葉はある種の飛躍であるからね。
だからこそ私はこうしている。
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした少女、彼女を横目でみながら私は眠っていた。他に横にいるのは19号とプネウマである。
赤紐の赤子は今はいない。
今は隣の部屋にあるベビーベッドで眠っている。
そこに送り届けたプネウマもいるのだから当然であると言えば当然だ。
「当然だっていうなら、早く動けるように成って欲しいんだがな。忙しんだ今。」
「・・・・・・」
それに抗議の視線を向ければプネウマは私に対して肩を竦めた。少々、鬱陶しかったのだその態度が。
しかし態度の理由が分からないわけでもない私である。
今、私は力を失っている。
なり損ないとしての力もない。
心臓もない。
だというのに何故か生きているのは予言の魔女としての力だと禍根鳥は言った。
けれど予言の魔女としての力も残滓として感じる程度。
これでは頼りになるまい。
今、生まれたような他人事の人生で果たして何ができるのか。
加えて知ったことだがこの肉体に人間としての機能は殆ど残されていないらしい。
食べ物も食べる必要性を感じないし
排泄にも行くこともない
寝る必要は多少あるようだがいずれそれも消えていくだろう。
いい所と言えば傷の治りが早い事だ。
鈴の前で起きた時は塞がっていなかった傷が痛みを残して今は跡形も無い。
触れれば少なくない痛みはあるもののそれだけだ。
しかし戦力にはならない。
今の私にはなり損ないとしての力も無いから。
予言の魔女としての力も残滓程度だから。
「それにしても残らなすぎじゃないか?まるで3日前までの戦闘が嘘ぱっちみたいじゃないか。」
「それは分かる。私も焦ったね。「特性」っていうのも全然発揮されていないらしいし、禍根鳥曰く。」
ついでに記憶の実感もない為他人事。
これでは役に立てるか不安である。
「再生能力があるからいい物の本当にこのままじゃ戦闘は無理だぜ、なり損ない。」
「うるさいな、分かってるよそんなのだからぐっすり眠ってんじゃん体力温存の為にも。」
少しの含み怒りを込めた私の言葉に
含みのある言葉にプネウマは反応しない。
彼は分かっているのだ。私には今力が無い事だけではなく私の体の事まで。
体脂肪まで知られているんじゃないかと思いながらもしかし私は目を瞑りかけしかし開く。
ある者の視線を感じたのだ。その者に言葉を投げかける。
「・・どうしたの禍根鳥。私眠いんだけれど。」
そう禍根鳥憂喜である。
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした少女である。
彼女はその野太い声でしかし言う、私の方を見ながらはっきりと。
「体を流そうか。」
「嫌だ。」
そう灰色の部屋の中で声が響いた。
■
水の流れる音が聞こえる。
体を伝う滴。覆う湯の気
それがどうしてかはっきりと私自身を知覚させてくれる。
今、私は風呂に入っていた。
髪を洗い、体を泡塗れにしたあとである。
水で拭われる泡が臍に溜まり流れ落ちるのを感じる。
私は心地良さを感じていた。
暖かいだけの水にそれを感じてしまうのは女としての本能だろうか。
あるいは綺麗にした体を誰かにも見せたいのか。
・・・そんな性癖は無い筈だが。
ならば単純に綺麗でありたいだろうというのが当たり前の考えと言える。
蛇口を捻りシャワーを止め、鏡の前に向き直るようにただ姿勢を正した。
自身の躰をなぞる。
小さな顔、はっきりとしたフェイスライン。
耳は餃子の皮の淵のように柔らかく体も女らしくくびれている。
脚は程よく肉付きしかしすらりと長い。
そして・・
「大きいな、私の。」
人並以上の胸部。
指を胸部にスーと添えればピクっと体が跳ねた。
下から揉みこんでも、何かを挟むようにしても何も感じない。
握りつぶせば・・
「痛っ。」
微かな痛みとしこり。
もっと握ればどうなるのか体に指を這わせてみた者としては考えないでもないが今はやめておこうと自身を押しとどめる。
そして唇に触れれば瑞々しい感触が帰ってくる。
たらこではないもののこれで確信した。
今、私は感じないのだ。
快楽や痛みを少ししか。
股間を弄っても同じかどうかは分からないがこの感じだと期待はしない方がいい。
結局胸に指を這わせた時と同じようにくすぐったくなるだけだ。
そう思いながらシャワーカーテンを開け棚のタオルを引っ手繰り体に巻き付ける。
タオルの結び目を確認したあと棚を開けた。
ヘアアイロンを手に取りスイッチに手を掛ける。
流れる温風に髪を手櫛で梳かしながら身を任せながらもふと気付いた。
これではまるで・・
「人間とは言えないな。」
二度死ぬ前にあの程度で痛みや快楽を感じたかは分からない。
感覚も人並みにはある。
だけれど食事も排泄もする必要がないなんて本当に人間離れしている。
そして注目すべきは・・
「再生能力・・か。」
谷間に指を這わせる。
しかしそこには傷が無い。
傷痕にすらなっていないのだ。
再生している。
瘡蓋すら出来ずに血跡すらなく。
禍根鳥の言ったとおりに。
「そうか・・私はどうやら。」
スイッチを切りタオルを取ると振り返って歩き出した。
禍根鳥達の元へ、微笑みながら、
扉を閉める音とタオルがふわりと落ちる光景が妙に頭の中で響いた。
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「ところで今日は何するの。」
ボタンを留めつつ禍根鳥に私はそう聞く。
野太い声に元とは言え色欲の魔女の代理という称号。
少々貞操が心配でもない訳でもないがしかし襲おうと思えばいつでも場面はあった。
何か企んでいるようにも思えない。
ならば心配はしても信用はすまいという心は、少々しまえばいいというのが私の結論だ。
どうせブラしか見えてはいないのだから。
「当然だな。私は女なのだから。」
「・・・・・・・」
信用出来ない。がまぁ私はいい。
女というのも嘘かは知れないが襲う必要もない事だろう。
やはり偏見は良くないのだ。
苦虫を噛み潰すような思いをしつつ見ればしかしはっきり彼女は言う。
「冗談だ。女と言うのは嘘ではないがな。」
「・・・・・・・・・」
本当に信用出来ないがまあいいのだ、多分本当に私は。
心配だけれど
さて、これからの事は何だっけ?
「ところで何するの。」
「よく、その中身で言えるなと言いたいところだが再び言おう。」
「言う」という言葉を何回も使っているというツッコミを呑み込んで最後のボタンを私が留めれば、
けれど問う。
「何を・・」
「君の状態について。」
禍根鳥はそう言った。
■
君は今ニンゲンではない。
生物学的にも精神的にも、人間とは呼べないのだ。
少女と近いとも言えるその構造はしかしある一言で片が付く。
ニンゲンではなくなったのだと。
証左の一つとして挙げられるのは再生能力だ。
心臓をも無くしても生き続けられるのはそれが由来である。
どう出来ているのかは話せないが君の心臓は確かに無い。
だが動いている。
お前の中で、先の心臓の代わりが脈打つことなく。
なにも感じないだろう、胸に手を当てても。
疑似心臓と言われるそれは鼓動もなく血液を送り出せる。
故に脈はなく、故に君を生かし続ける。
音もないポンプというのも妙な例えだが今はそれで覚えて欲しい。
君の核はそこには無い。
魔女同様に君はそのような存在ではないからな。
ならばどう死ねるかは教えることは出来ない。
ただ教えるのは「君の状態」についてのみだ。
君がどうすべきかは適宜教えよう。
・・そう再び説明された後、私は一人、布団の中で少し頭を働かせていた。
その部屋には誰もいない。
私がそう頼んだ結果である。
彼女の言葉通りなら私に死は無い。
どういう仕組みかは分からないがどうなってもきっと死なないのだ。
それは心臓を失っても生きている今が証明してくれている。
ならばどうすのか、どう動くのか。
私はどうすべきか。
少女の死に様が目に映る。
目に映らない、写せなかったその死にざま、噛み千切られ、噛み砕かれたであろうその死体。
そして四肢が折れ曲がり人とは言えなくなった幼女の姿。
「どうして、あの子の事が。」
彼女の事がただ思い起こされた、
ただ見えなかった筈の何もできなかった筈の私の脳裏に
思い出されるのはいつも人の死にざまばかりだ。
他人事の筈なのにどうしてかそれが脳にこびりついて離れない。
”どうしても見ていたい”そんな思いが焼き付いて取れない。
きっとどんな人にでもそうなのか。そう自身に問いかけ、しかし辞めた。
「そんなのは・・御免だ。」
独り言ただ孤独の中、灰色の部屋で響いたその言葉に私は息をつく。
昔の自分が他人事でないのがどうしてか、恨めしく感じた。
キーっと扉が開くなかで。
「ところで今日は何がしたい。」そんな意趣返しのような言葉に私はこう答えた。
貴方の力に成りたい、
そう白髪の少女の黒布の目隠しを見ながら。
真摯に見える態度で




