第22話 第一手
加筆修正しました。
雨というのはしかしとてもいい気分にさせてくれる。
晴れのち曇り、曇りのち曇りと続いても気分は雲のように倦むというのに雨のち雨と言えばとても気分がいい。
すっきりするからだろうか?
あるいはもうどうにでもなってしまえというやけっぱちの感情の表出だろうか?
いや違うきっとこれは「思い」の違いである。
そりゃあ天気も違うなら気分も違うだろうと思うだろうが。
しかし違う。純然たる「思い」の違いなのだ。
はっきり言おう。
自分は・・・
「晴れが嫌いなだけ、なんでしょう。ベルちゃん。」
死体が話しかける。
ただ転がっているだけの骸が最強の魔女その人に。
・・彼女の半身が転がった灰色の放送室の中、
少女は目覚めた。
■
「目が覚めたか。」
淡々とした言葉に鈴は目が覚める。
チリンとなる鈴の音に少し目を細めしかし彼を見た。
彼、彼の声を聞いた者、その名前は鈴、鈴である。
ただの鈴である。
名前としては多くを持っているがしかし今はこれしかない。
して視界にはただ一つある物があった。
土煙、土煙しかないのだ。
眩暈がしそうな程の土煙なのだ。
しかしこれはある種の目眩ましとなっていた。
けれど答える。葵、彼の言葉に。
「なんで目が覚めた前提だ。頭おかしいんじゃないか、お前、口だけでは無くな。」
「今はよく話してくれるじゃないか、世はうれしいぞ「暴食の魔女の代理」。」
「うるさい。」そう口にしかけしかし鈴は口を閉じる。
今、聞かなければいけない事があったのだ。
「「シアを助けてほしい」というクリミナの救援信号を受け取りシアの回収とクリミナの救助に「研究塔」に向かったあの時・・・貴様は何をしていた?」
「・・・・・・」
その言葉に少し押し黙る鈴である。
何をしていたかそれは答えるまでも無い。
既に考えてあるのだ、
葵に告げた言葉。
いつも気になっているような事を・・しっかりと。
けれど彼はこう答える。
悠然と、はっきりと私の目を見て。
「飯だが。」
■
「しかしここの土煙はどうする。」
そう言ったのは鈴、ただの鈴。
即ち最強の魔女その人の事である。
チリンとなる鈴の音の後の言葉に、先程の事で一発葵に拳をぶち込んだことを思い出しながらしかし葵に聞く。
加減していたとは言え拳を受け止められた事を図らずとも小憎らしくおもいながらも発された鈴の言葉に葵は応えない。
・・今鈴達は「念話」を用いて会話をしている。
魔素を用いた意思伝達方法であるそれは魔女自身が呼吸のように発する魔力に意思を込めることで発する波、念波を操り、対象のみに解する念話を123からなる「信号」に変えて行う、基本能力の一つ魔力探知、その応用である。
要するに携帯電話だ。言葉を用いた。
しかしこれを用いても何も話は進まなかった。
魔術を用いれば瞬時に散じられるこの土埃はだがしかしこの今の場合においては別であるのだ。
つまり答えは単純、面倒くさいのだ。
七面倒くさいと言ってもいい。
魔女の代理であれば小さなことでしかないが本当に面倒臭いのだ。
今は魔力探知を用いて周りを見ていたので解る。
魔女と魔法使い彼らとて今はその場にいた気を失っていた。
自分達が不老不死であるが故の怠慢かこの事態の解決を誰も行動しようとしない。
あるいは・・・
「生かされているだけかもな俺達同様に、口だけでは無くな。」
「貴様と一緒にするな。世にそこまでの弱さは無い。・・しかしこれからかどうするか?当然答えは一つだろう。」
異様に長ったらしく思える言葉と共に葵は手元にマゼンダを集める。
数秒幾何かが立った後にピンという風に霊子が杖へと変わった。
何をする気かしかし理解は容易い・・答えは当然・・
「砂を払う・・だろ、口だけでは無くな。」
そう静かに葵に対して鈴は告げた、
頬を砂埃が一陣撫で、風が靡く。
傲慢の魔女の代理が杖を高く掲げた
■
砂を払ったその場にはしかし誰もいなかった。
誰も、誰もである。
誰もその場にはいないのだ。
あるのは魔素の残滓のみである。そこには何もないのだ。
まるで神隠しが起きたように。
「中等部での修学旅行を思い出すな、葵。口だけでは無くな。」
「なり損ない戦線でのことか。あの時お前は「外勤」だった筈だがな。しかし神隠しか・・妙なものだ。」
長ったらしく思える葵の言葉を気にする事なく別の事に鈴は気を向けた。
基本能力。読心魔法を用いて読まれた心に更に心理防壁を掛ける。
心を読まれるのは御免だからだ。
・・ある程度の補強をしながらも唇に人差し指を当てつつ、鈴は考える。
神隠し・・それ自体は鏡の世界では珍しくないものである。
平凡とすら言えるこの事態は、ここ十年ではけれど起こらなくなっていた。
しかし今、被害者は出た。
これ自体、何かが起こり出したという「証左」そのものであった。
魔力探知を用いて精査した結果から見てもこれは揺るがないだろう。
なにせそれは他ならない・・・
「お前の情報だからな。傲慢の魔女の代理。」
しかし葵に掛けた言葉に自身の中でこう鈴は付け加えた。
「それが誰に関係しているかは聞くまでも無い」・・と。
そう、おそらくではあるが鈴は知っている。
この事態の根幹にあるもの・・・それは
・・視界の中、正面に位置した場所に丸い闇、闇があった。
丸い、丸い、その闇はまるで吸い込まれるような闇であった。
それに鈴が見とれるように見つめていれば
闇がビシリと割れると
「光りあれ」
鈴、葵、彼ら二人は・・・
光に包まれた。
■
目覚めとは孤独だ。
目を覚ますこと、覚まさせること自体がそれを意識させるのではない。
目覚めたあとの環境が孤独なのではない。
ただ単に目覚め自体が孤独を感じさせるのだ。
天井を意識に収めながらぱちりと目が覚める。
「起きたかよ、なり損ない。」
聞えるのは野太い声・・ではない。
それはある種軽薄な・・
「何、プネウマ。」
そう禍根鳥憂喜の従僕、
してバフォメット
・・・のようなものだった。
私は目覚めた
灰色の天井その下で。
□
『今、お前が生きているのは誰のおかげか?』
そう問われれば人はどう思うだろうか。
烏滸がましい?
あるいは煩わしい?
どちらでもなくともしかし良くは思わないだろう。思われないだろう。
私とて同じだ。
誰かに言われれば似たような感情を抱く。
ならばきっとこの言葉にはこう答えるべきなのだ。
・・・そう糞喰らえ、と。
『今、お前が生きているのは誰のおかげか?』
ならばこの問いにはこう答えるべきなのだ。
「糞喰らえ、ってね。」というように、
答えるべきだったのだ。
□
私は目覚めた。
灰色の天井、その下で。
先程までの過程は順調。
今は体は動かないがある程度は元通り。
しかし私は据えかねる。
何もかも据えかねるのだ。
なにせ・・
「ほぎゃー!ほぎゃー!ほぎゃー!」
「お、よちよちよち、楽ちいでちゅねー。」
この「賑やか」な事態に、
目の前の事態に出くわしていたからだ。
どこか解らないこの場所で
「ほぎゃー!!ほぎゃー!!ほぎゃー!!」
「お、よちよちよち、苦ちいでちゅねー。」
そうプネウマがすぐに腕の中に居た赤子に、あやし始めたこの事態に。
そして私はこう聞く
「いつから居たのその子。所でここどこ?なんで貴方達敵じゃないの?」
そう疑念を告げるのは私だ。
ここは白の摩天楼の中であるという記憶ですら何の実感も持てずに。
あるいはそれに対する知識を持つことの自覚を持たずに
■
時間は少し前まで遡る。
少し前、そうほんの少し前なのだ。
具体的には少しの少しだ。
つまり、3分前のことである。
私ことシアは灰色の天井の下、
目覚めた。
ある者の前で
■
居たのはプネウマ。
禍根鳥憂喜の従僕、と目されているものである主に私に。
色欲の魔女の代理であった彼女はしかし今この場にはいない。
今いるのはただのバフォメットとは言えないモノ名はプネウマ、プネウマである。
途方もない力を秘めているであろう彼、あるいは彼女についてしかし私はよく知らなかったらしい。
「起きたかよ、なり損ない。」
そのある種軽薄な声はしかし途方もない違和感を私ことシアに齎していた。
そう
「誰ですか、貴方は。ついでにここ、どこ」
私には記憶の実感が無い事を。
知らないという違和感を
■
記憶の実感が無いというのは一体どういうことなのか。
解らない者こそ多いだろう。
どうしてか?
端的に言ってしまえばそれは実感が無いからこそだ。
だからこそ、あの子が記憶を失った時もきっと今はどうでもいい。
しかし私は考えなければならないのだ。
自身のことについて
だからこそこう二の句を次ぐ。
「誰ですか私は。そしてここはどこですか、貴方達は敵の筈じゃ?」
そう自然とした口調ではっきりと言葉に私はした。
けれどプネウマはこう答える。毅然と
「お前はシアだ。さっき心の中で言ってただろう。」
「あ、ほんまや。時系列なんか違うと思うのだけれど。まぁ言ってた気もする・・・なんていう冗談は置いておくとして、ここがどこか解らないことを答えられなかったのは置いておくとして、貴方達が敵ではない理由が答えられなかったことも置いておくとして。」
その言葉に耳を傾きながら髪を手で梳き、払うのは私だ。
手櫛の要領で髪を整えた後に目の前にあった鏡を見る。
即ち、目に映った私に。
「それは私達の目だが。一体どういう仕組みで私達の目を鏡に。」
「いいでしょう。貴方の目、黄色上に山羊みたいに「一」こういう感じの目なんだから。あとここどこ。」
「・・使ってあげてるだけ感謝してよね。」という少し違和感のある言葉を呑み込んで私は告げる。
「あとここどこ」というの言の葉にも目を向けずに・・しかしプネウマは応えた。
「今は寝ろ。」
という言葉と共に
灰色の天井
それとの睨みっこを続けていれば彼女は来た。
そう19号が、ある者と共に。
・・赤子の笑い声とともにどろりとした気配が身を、部屋をして辺りを包んだ。
元色欲の魔女の代理、
禍根鳥憂喜が姿を現した。
■
「さっきぶりだね。19号、禍根鳥。」
私はとりあえずこう答える
相手の出方を窺う為に。
19号して禍根鳥は脅威である。
当然二人、あるいはプネウマを含めて尚しかし禍根鳥が脅威には違いない。
それは記憶に実感が持てなくとも先程の「嫌な登場」の仕方から分かる。
・・ならばどうするか。
とりあえずの「嘘」である。
嘘を吐くことのメリットそれは手札を「見せない」ことに在る。
手札というのは自身の才能、あるいは能力であるがそれを見せること自体が対策を講じることを勧めるようなモノなのだ。
してデメリットは信用度の「減り」にある。
人は誰しも嘘を吐かれたくない生き物だ。
嘘を吐かれればしかし人は人を疑う、人を裏切るようになる、人を殺す。
目には目を歯には歯という言葉があるように報復が常である現代社会においてはこれは大きすぎる程の弱点、デメリットとなるのだ。
メリットをデメリットが上回るからこそのこの行動は、なければ私だってこう行動はしなかったとさえ言える程気の向かないこの行動はけれど意味は無かった。
何故なら
「君は誰だ。」
その言葉が向けられたからだ、私に対して。
そう他ならない19号・・否その隣にいる禍根鳥に
しっかりと目を見ながら。
左右非対称の黒布、
その中の目がじっと私に向けられている気がする。
何故か私はそのことに
ある筈の無いその目に見つめられた事に
違和感を覚えられなかった
■
「すみません、マイマスターが失礼な言葉を。」
そう慇懃無礼にも思えないほど丁寧に言ったのは元旗持ち副隊長、19号、彼女である。
桃色の髪に十字の瞳孔、金の瞳を持つ魔女であった。
向けられたその言葉にはしかし感情というものは19号なりにも含められていなかった。
あるとすればそれは
「機械のようなとは言うなよ。可哀想でちゅよねーいないいないばあー。」
「機械のような・・」という言葉はしかし私は続かなかった。
プネウマ、赤紐の赤子をあやしながらの馬鹿にしたような言葉に私は動じない。
今の言葉はデリカシーが無さ過ぎた・・そう反省しない心が私に無い訳ではないのだ。
よく見れば赤紐の赤子をあやしているだけだしな。
そう、想いかけ思い出す。
私は自分の記憶に実感を持てていないのだ。
ならばどうするのかそれは必然・・
「いいよ、貴方のマスターは基本的に「非道い」からね。」
そのように言葉を合わせたのだ私は。
しかし19号は応えない、むしろ堪えることなく答えを導いた。
「いえ、マイマスターは・・・・・」
だけでは駄目らしい、そう顔で告げていたのだ19号は。
まだ時ではないのかも知れない。
好感度が上がり切っていないのだろうかと考えかけ・・
少し空気を吸い込み前を向く。
何故ならそこに
「君が誰かは知らんが連れ来たのは少女だ。見た所「かい」があったらしい。」
・・・・そう白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女、禍根鳥憂喜がいたからだ。
白い髪、二つに結んだそれ、束ねたその髪が風に揺れる中少女は二の句どころか三の句目をも次いだ。
「どうやら君が「予言の魔女」で相違ないな。」
■
私は記憶を失っている。
否、正確にいうならそれに関する実感を失っている。
記憶がある。
それ自体は認識しているが自身の物とは思えない。
過去のものとすら感じないのだ。
未来のものとすら思えないのは当たり前にしてもこのことはきっと喫緊の事、とは言えない。
少しでも、何でも危機に思える心があればしかし私は意識することができたのだ。
このことについて
そう他ならない
記憶を失った・・
ことについて。
・・きっと
■
「どうやら君が「予言の魔女」で相違ないな。」
だからこその禍根鳥の言葉に私はこう返したのだ、答えを。
記憶があっても実感が無いそれに対する答えを、
その複雑怪奇かつ愉快な話であるそれに対する答えを
「・・・・違う。私は予言の魔女なんかじゃない!!」
くっきりと、どっきりと・・しないように、
そう言った。
誰かの溜息が灰色の天井を、
して灰色の部屋を満たした。
■
"始まり"というのはいつも唐突であるというのは須らく間違いである。
ならば何故そう言えるのか、疑問に思うだろう。
端的に言えば理由があるのだ、しっかりとして理由が。
理由が無いことも含めたそれは喩えればしかし、まるで感情的で感傷的で、熱情的ですらあったあの子が笑みを浮かべていた中学の時、朗らかですらあったその笑み。
しかし打って変わったように高校に入った途端、「知り合い」であった私に対してでさえ無表情になったように。
現実があるように、空想が在るように。
これら何かに理由があることは何も理由が無いほど「平凡」なのだ。朝目を覚ますことのように。
だけれど今は・・今は、関係ない。
なにせそれは取るに足らない下らない事だったからだ。
・・結論を言おう。
「・・・・違う。私は予言の魔女なんかじゃない!!」
「そうか・・ならば死ね。なり損ない」
その言葉と灰色の部屋を満たした溜息、そして落ち着いた禍根鳥の声を耳に収めたあと
・・私は意識を失ったからだ。
この後何が起こるかも知らずに。
■
「起きましたか、なり損ない」
女、女の声が聞こえる。
灰色の部屋の中、白い布団の中、体を起こし声の主を見つめる。
そこにいたのは19号、桃色の髪に十字の瞳孔、金の瞳を持つ魔女である。
して起きたのか、自身に向けられたその言葉に私は心の中で考えを巡らせる。
今、私は起きたとも言えるし起きていないとも言える。
つまりは「起き掛け」である。起きたばっかりなのだ。
だからこそ、耳朶を打つ言葉にしかし私は振り返らない。
この声はどうにも耳心地がいいのだ。
一体何処で?
「どうやら、「調整」が上手くいったようですね。」
19号のその言葉にありえざる可能性を描きかけ顔を見てしかし思考を中断した。
この人がそんな事をしたのか理由が分からないからだ。
どんな理由であってもそんな事をするとは思えない。
在り得る可能性を上げるならばそれは私を試している事だけだ。
だからこそ聞いた。
「19号。私を試しているの?」
ただ当たり前のように私は聞いたのだ
しかし彼女は答えない。
むしろこう聞いてくる有様だ。
「何故、ここがどこか聞かないのですか?他の者はどこにという問いもないですね。この状況になんの疑問も無いのですか君は?」
矢継ぎ早にすら思えるようなけれどゆったりとした口調はだからこそしっかりと意識を傾ければよく私の耳に入ってくる。
まるで別人のような話し方・・一体誰が
「考えすぎだな。なり損ない。あと演技やめたのか?」
そのある種軽薄な声にしかし私は振り返る。
いつも通りのようなその声は、主をはっきりと示していた。
プネウマ、プネウマである。先程振りとも言えるこの声にしかし私は異議を示す。
「演技は辞めたよ。言うなら起きた時にすれば良かったのに。」
「あの時は警戒せねばならない事柄があったからな。正直、そんな余裕が無かった。だが今は・・」
「あるんだね。今の「貴方」には。」
この言葉には「含み」がある私はそう判断した。
多くの事柄を思い出せつつ、少ない物事しか実感の持てない私はこう答えるしかないのだ。
ある言葉を悟らせない為に。
「今の私達しか実感が持てなそうな顔をして。」
「ははは、非道いね。本当に。けれど今はしっかりとするべきかな。だってさ。」
19号、プネウマ二人がぴくっと顔を私に向ける。
その先にあるのは扉、閉じられたそれであった。
しかしビュービューと風は頬を吹き付け、髪を撫でる。
扉はガタガタとそれによって揺れていた。そして赤子の泣き声とどろりとした気配が身を包めば扉がキーと開いた。
カツンカツンとヒールの鳴る音が聞こえれば・・そこには。
「起きたか、なり損ない。」
慈悲深くけれど野太い声に耳を傾けたあと顔を向ければ私は見た。
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女。
禍根鳥憂喜がいた。
気持ち悪い
そのように何故か彼女の声に違和感を覚えていれば
二つの白、
二つ結びの白髪結んだソレが風に・・揺れた。
■
禍根鳥憂喜。
私は彼女について特別何かを感じている訳ではない。
初対面で声聞いて吐いたとか、なんか黒幕っぽいとか、そんなに思いはしないのだ。
どちらかと言えばむしろ彼女には良い感情、というより微妙な感情しか抱いては居なかったのだ。
だからこそ私はこう問うた。
しかし返ってきたのは・・
「19号、ここはどこなの?」
「解答は許可されていません。」
ただ私に冷静に告げるのは19号、彼女である。
色よい返事とは到底言えない言葉である。
しかし私は問いを重ねる。
「私を攫った理由は?」
「解答は許可されていません。」
「魔女や魔物がここには居ない理由は?心臓が治らない理由は?」
一度、二度と掛けた問いは全て先程と同じであると私は理解していた。
色よいとは言えない返事は重なれどしかし何も齎されない。
ならばどうするか。
当然
「プネウマ、どういうことなの説明してお願い。」
知り合いと目される人物に聞くことだそう私は判断した。
けれど彼あるいは彼女は、
「知らん。」
そう私は答えた。
なら仕方ないな・・仕方ない。
「よし、寝るわね。」
そう言って体を寝かせ布団を頭まで私は被せる。
そう私は寝なければならないのだ。
今、私は記憶に対する実感が無い。
記憶も定かではない、ならばどうするか一先ず休む・・のだ。
記憶の検査方法としては三つある。
記憶力の検査
記憶力を測るために単語や数字、図形などを渡したあと一定時間後に再指示した物がどれか渡した物から質問し選ばせる方法。
注意力の検査
注意散漫などの問題を抱えている場合、数字やアルファベットのシーケンスを示し、途中で抜けている部分を尋ねる方法。
言語機能の検査
言語機能に問題がある場合、言葉遣いや表現、文章理解能力などを測定する方法。
・・しかし今は必要ない。
記憶力を試す必要もなければ何かを試す必要すらないのだ・・なにせ今私は
「眠いか。ならば眠るといい。」
ふっと風が頬を撫でるそれを気にせずサイドの髪を耳に上げれば私は聞いた。
布団をずらし目を向ければばそこに居たのは白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした少女。気持ちの悪い
二つの白、二つ結びの白髪結んだソレが風に・・揺れる中、何故か再び風を感じた。
目を瞬かせれば目の前には・・
光があった。
■
そうして戻ってきた私にはしかし記憶が無い。
そう、先程までの記憶の実感がないのだ。
まるで微睡んだ後のように
「繰り返すよ。ここはどこ?なんで貴方達、敵じゃないの?」
目の前に居る者、赤紐の赤子をあやすプネウマにそう私は問いかける。
バフォメットが赤子をあやすのはしかし不気味ではあるが、所作や佇まい故かとても様になっている。
きっとこの場の誰よりも。
そう思い辺りを見渡せばやはりそこには居た。
19号と禍根鳥が。
禍根鳥は椅子に座り、妙な匂いのする湯呑みを傾け、19号は後ろに控える形だ。
優雅で雅なその一時はしかし私の一時で終わりを迎えたようだ。
「気分はどうだ。少女。」
「問題ないよ、とてもいい気分。何も覚えてないのがもったいないくらい。貴方の声を"気持ち悪い"と思っていたのにね。ところでここどこ?貴方達が敵じゃない理由は?」
「ならば、何も問題は無い。「調整」を解いただけなのだから。」
禍根鳥の、彼女のその言葉にしかし理解は追いつかないのが私である、
いいや追いつけない。
・・いいや知っている。これは昔彼女に聞いた。
確か・・・・
「「小細工」」と同様だな。殆ど。しかしそれ故に差異もある。」
「そ、理解は追いつかないけどつまりは別物って事ね。ところで差異ってのは?」
「・・・・・・」
カンとカップを禍根鳥は私を目隠し越しながらしっかり私は見つめる。19号は湯呑みを片しかつ、新しい中身をいつの間にか取り出したティーキャディから茶葉をスプーンを用いていれ、そしてまたいつの間にか取り出した湯呑みに入れる。
恐らくはあの中身は紅茶だ。
フルーティーとも言える匂いはしっかりとその証拠を残していた。
・・妙な匂いというのも納得だ。
なにせそれは緑茶でも抹茶でも無かったのだから。
「愉快だと思ったか?」
「いいや、全然。所で差異ってのは?」
「・・・・・・」
静かに私から視線を外し湯呑みを傾ける。
それが禍根鳥が私に出した答えだった。
恐らくこれは私に対しての回答の拒絶である。
つまり彼女は視線を外すと共に、会話の席をも外したのだ。
ならば何も聞くまい。そう考えて私は話題を切り出す。
「所で差異ってのは?」
「・・・・・・・」
沈黙、齎されたその静寂にしかし、意識を私は傾ける。
少しだけの筈の時間が1秒また1秒と過ぎ、窓から夕日が覗き出した直後に彼女、禍根鳥はこう言った。
湯呑みを机に置き、しっかりと私を見ながら。
「予言の魔女で無いと言うのならば、お前にはなり損ないとして我が七十二字騎士団に所属して貰おうか。」
・・こう私は言った。
何かの"始まり"が起こっている。
そんな「平凡」な予感がした。
□
「人」にとって積み重ねというのは程よく重要である。
何かを成す度に嵩を増すそれは確かに人の肉となり骨となる。
知識となり経験となる。
だがそれは人ではない。
「人の物」であっても「人」にはなり得ないのだ。
なにせ、「人」は「人」であり「人の物」は「人の物」。
水と油ではどうにも交わらないように、これらは決して「同じ」にはならない。
ならばどうするか。
どうすれば「人」になるのか・・それは、
■
「予言の魔女で無いと言うのならば、お前にはなり損ないとして我が七十二字騎士団に所属して貰おうか。」
「断る。」
そう気づけば私は答えていた。
確かに何かの"始まり"が起こっているそんな「平凡」な予感はした。
けれど応えていた。
その野太い声に私は答えていたのだ。
一瞬自身の声と分からない程の早さで。
意識できず、文で表せなかったのも無理は無い。
いいや、むしろ忘れていたのかも知れない。
私がこのような事を言っていたことを・・まるっきり、ぽっきり。
だからこそなのか私はまた・・
意識を失った。
■
「起きたか、なり損ない。」
その言葉に目を開け顔を横に向けて私は見る。
仰向けの体を横臥に変えれば布ずれの音ののちそこに居たのは禍根鳥憂喜、白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした少女である。
彼女はその野太い声を気にしないように不気味な程にきっちりとした姿勢で語る。
「ここがどこかは君が知る必要はない。
何せ君のこれからの処遇を鑑みればこれらは不適であると言えるからだ。しかし君に問おう。」
「・・・何?」
「君は「計画」に参加する気はあるか?」
微かな語りと共に与えられたその問いに私は押し黙る。
「計画」それらについて私はあまり知らない。
実感の持てない記憶だからではない。
かつて私が知っていた新しく思い出した記憶達など・・・も当てはまらない。
なにせそれは印象深い記憶でもなく直近の記憶でもないからだ。
そうでなければ思い出せないのは自身の能力や、記憶障害を疑っていけば良いのだろうがそれも疑わしくなど無い。
確かなのは「計画」について私が何も知らず、そして目の前の禍根鳥がそれを勧めている事だろう。
そして他に何を知っているか・・
「君が知っている事は知っている。友の死に関する記憶だろう。」
そう殆どそれだけである・・そう私は判断した。
今、知っているのは人並みの一般常識とただのあの子、その死に関する記憶だけである。
「死ぬたびに実感が持てる記憶が減っているのか。あるいは予言の魔女の特性か。不明点は多いがしかし朗報がある。」
「・・何?」
「私が興味を持つ事だ。」
顔を枕の下に突っ込み後ろ手で布団をバサっと被って私は、うつ伏せになって寝た。
◾️
「なんで起こさなかったの?」
その理不尽な言葉が私の吐いた言葉であった。
自覚はあるだって理不尽って書いてあるもん、自分で。
だけれど私は戦わなければならない。
何せ・・
「なんで時間が止まってるの!?」
起きた時見た窓、穴の空いた空が・・
あ、動いた。
「・・・・・・・」
「時間が止まっているか・・そうか。私にはそうは見えないがな。」
沈黙、禍根鳥が齎した先の発言によるそれはしかし本当に私には息苦しかった。
いや、はっきり言おう。
気まずい、それもすっごく。
だからこそ戦わなければいけないのは目下「気まずさ」なのだが・・・
それ故か私は頭を低く下げる・・否下げていた。
謝罪の構えである。
端的に言えば私は謝っていた。
何故ならさっき悪いことしたから・・ついでに叙述トリックも仕掛けたし。
はっきり言おう、私は嘘を吐いた。
そう時間など止まっていないのだ。
禍根鳥が時間を止められるかは知らないがこれが真実である。
「ならば先程の行い、茶番に違いないな。」
「確かに時間が止まっていないのに、そう振舞うのは茶番でしかないけれど。だけどね。貴方の方が・・」
その言葉にしかし私は口を閉じる。
言うべきではない・・そう感じたが故に。かつて感じた似たような感覚その残滓のようなモノに私は見ない振りをする。
「成程、言わないことも出来るのだな、お前には自制心が無いのだと感じていたぞ。」
「感じていたなんて言う不確定な言葉を向けないで欲しいな。ところで・・なんで起こさなかったの。」
二つ結びの毛先を弄びしかし私は押し黙る。
指先に翻弄される髪は白くきめ細やかだ。声に似合わぬその仕草に少し眉を顰めていれば声が響いた。
「・・・少々言葉にするのに躊躇われることがあってな。しかし答えよう。」
その言葉に即座に答えを返す。
「・・・・何、私に何かしたの?よく覚えていないけれど。また記憶喪失の原因について・・まさか自分の事だって言うの?」
躊躇いながらの即座・・にも思える返答にその「理由」は私にははっきりとしていた。
理由は一つ、記憶に実感が持てなくなった理由に私の死が関連している・・可能性があることだ。
首、そして髪舞う中の「死」の記憶、絶え間ない激痛と喪失感、そして走馬灯、そして葵に齎された心臓を貫かれた痛み、そして黄金の腕輪の輝きその「記憶」に私は覚えがあったのだ。
そうなんとなく。
この言葉の返答によっては私は彼女を棄てるつもりでいた。
最も力の関係的に空の雲をも凪いだ乃瑠夏の攻撃を魔力が特異とは言え、相殺したのだ。
勝てるとも思えない。
だからこそ単純に舌でも噛み切って自決でもうするつもりだった。
おそらくであるが魔女は治癒が難儀である可能性があるのだ。
しかし彼女はこう返した。
「その通りだ。」と
しかりという様で堂々と私が。
悪びれもしない態度に手が伸びかけ閉じる。
自制したのだ。この先の言葉を聞くために。
しかし少女は再び言葉を重ねる。
「ここは白の摩天楼という名ではなく「研究塔」だ。「研究塔」へようこそなり損ない。」
唐突に齎された世迷言のような言葉、ありえない聞き間違いのような音の後に目を前に私が向ければ
・・そこには・・・光があった。
いきなりの眩暈そして光、
手の平から発せられているその光に覆われれば・・
私は意識を失い、
私は目覚めた。
灰色の天井、その下で。
■
そして3分後に戻る
これがこの間での顛末である。
3分、あまりにも短いその時間はこう振り返ってみれば時間枠には収まらないように思える。
どう考えても30分は行っている。しっかり、あるいはがっつりと。
無理くり合わせるならば気絶から覚醒までの時間が早かったと考えるべきなのだろう。
この無理くりにも思える論の根拠は考えが付かない。あるいはこれも予言の魔女とやらの力故なのか・・
それにしてもやり過ぎである。30秒で起きない限りは。何かからくりがありそうだなと視線を目の前に合わせれば・・・
しかしプネウマ、彼のバフォメットが赤紐の赤子をあやしながらしかし私に問いかけた。
「先程と言ったらどうする気だ。なり損ない。」
「いつから居たのその子。所でここどこ?なんで貴方達敵じゃないの?」
少しの沈黙の後再びの問いかけに対したように音が私の耳を刺した。
しばし動かせなかった体を無理矢理に動かして見つめればそこに在ったのは扉である。
いつの間にか開け放たれた扉、そこからカツンカツンと音が聞こえたのだ。
その音に耳を澄ませばしかし居たのだ。目の前に
その元凶が・・・
私の瞳をその目隠し越しに収められる程の距離、
いつの間にか詰められた間合いにしかし私は
「派手じゃない登場の仕方も出来るんだね。」そう元凶に言った。
元凶は答えない
その痛烈な「皮肉」そしてそこに含まれた警戒心にしかし元凶は答えず、反応すらしない。
元凶は禍根鳥憂喜、
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女、禍根鳥憂喜である。
二つ結びを少しだけ揺らしながらただ禍根鳥は目の前に立っていた。
それだけ、それだけである。
・・・皮肉交じりの言葉に何か思うところがあるのではと警戒していれば、
けれど顔を近づけただ突然禍根鳥はこう言った。
ただ顔を近づけ突然禍根鳥はこう言った
「君は力を殆ど失っている。」
としっかりと黒布の目隠しに私の瞳を収めながら、
ただこう言った。
「は。」
そんな声が心の底から漏れた。




