第22話 燭台の間
カツンカツンと足音が響く
カツンカツンと靴が床を叩く
ヒールが床を叩く音はどこまでも、どこまでも響いていた。
・・・遺灰城今その場所に人はいない、どころか魔女も
燭台の間、遺灰城の第一層の奥にあるその間は今、誰一人座ることのない一つの席を除いて埋められていた。
魔女の代理、全員によって。
それへの道は当然・・・この有様である。
人っこ一人いないのだ。その道中でさえも
何故か、パタパタと鳥の飛び立つ音・・を聞いた、思わず振り返り
「「傲慢」が揃えられる全員だがな、おそらく来ている者は少ないだろう。名前とて知っている筈だ。そして、ここだ、少女。」
その言葉に顔を向ける。
思い出すことを、やめた。
私は今禍根鳥に連れられこの場所に立っていた。
あの時、禍根鳥の慈悲深さと情け深さに違和感と強い違和感、そして拒絶感を覚えた後彼女に連れられたのだ。「魔女の代理に会わせる。」という言葉と共に。
横にいたバフォメットと赤紐の赤子の泣き声を無視しながら
そして目の前にあったのは・・・黒い扉だった
ただの黒い扉、である、ただの。無地そのもののようだった扉そのものであった。
そこには魔女らしい何かも、禍々しい何かもありはしなかったのだ。けれどだからこそ。
「ここにいるの、魔女の代理。この黒くてある種禍々しい扉の奥に、彼らが?」
「その通りだ、貴様の正体は私一人では判断しかねるからな。貴様の今後含め「会議」に掛ける」
「じゃあどうしてこんなに人が少ないの。」
「それは「それはお前を警戒しての事だ掟破り」
チリンという音に振り返れば、
そこに居た。
黒い髪に黒い目、
吸い込まれるようなバッサリと切られたような髪と瞳を持つおかっぱの女がいた。
名前は鈴。
この世界最強の魔女、魔女の代理の一人にして最強の魔女である「魔王」、そして片耳から垂らした不気味な鈴と妙に頭に残る鈴の音が特徴の美人である。
・・・そう実感に欠ける記憶を諳んじながら彼女を見る
女は赤紐の赤子を抱えながら言葉を返したプネウマに声を一言二言かけた後こちらを振り返えった。
禍根鳥の肩に浮く彼に対するある種無礼な発言をした彼の者はしかしとある者を連れていたのだ
「・・・・・・・・」
「久しいのお主達、色々と無茶と無謀と陰謀をやらかしたようじゃの。」
そうあの井伊波乃瑠夏と幼女だった。
■
「井伊波君とクリミナがどうしてここに。」
「言っておらんかったか、わしらとて「関係者」じゃと。」
そんな話は微塵も聞いていなかった、なにせ少年とクリミナについて聞かなかったのはこの私だ。
けれど
「その様子だと禍根鳥から聞いているんだよね、私が一度死んだってことを。」
この様子であれば聞いているのだ。
私が死んでいることを、死んでいたことを。
井伊波乃瑠夏は顔を合わせず向こうで鈴と話しているから不明瞭だ。
そして禍根鳥は目を開ければそこにいた白髪黒目隠しの少女、禍根鳥は一時的に失踪していた筈、何故だれもそれについて触れないのか、話さないのかどころか話題に上げようとすらしないのかわからないが、一度だけであっても死からの「復活」それは・・・・
「確かに色欲の魔女の代理が失踪しておったのは知っておるが、ここにおるじゃろ。問題ない。
だが待て、何故知っておる。お主「復活」について知らぬ筈では。」
「うん、知ってるよ、聞いたからね。」
そう貴重な体験だった
■
貴重な体験というのはいつも突然訪れるものだ。
突然人と会ったり
突然物を投げられたり
突然人が死んだり
その過程を吹っ飛ばした事象はある種、理不尽に多くのモノを奪っていくのだ。
「それが今回は私の命だったわけだ。」
「・・・・・・・・・」
黙して聞くのは禍根鳥憂喜。
色欲の魔女の代理にして世界最高戦力の一人、辺りを浮かぶバフォメットの名を読んだ後禍根鳥はこう続けた。貴様は一度死んでいると
忌避間は無かった、違和感は無かった。
なにせそれは予想通りのことだったからだ。
ある種の予想通りそれは
「当然貴様の一度、落命した事実だな。貴様は既に思い出せない事柄だろうが、「予想通り」だろう、貴様にとっては死も復活も、記憶の喪失でさえ」
「・・・・・・・」
そうなのだ。
私にとってこれは予想通りの事象だった。
死も復活も記憶の喪失でさえ、全て予想していたことだったのだ。
そう新たに思い出した記憶達が教えてくれていた。
けれどどうしてだろう。
「何も感じない、どうして、こんなのって。」
あり得ない、あり得てはならない。
そこで私は思いだした「死も悪くないという」あの鈴の言葉を
これはつまり・・・・・・
「・・・・・・・・」
あり得ない可能性に目を瞑った。
私は完全ではない、どころか人間という生物の中でもごく平凡な程だった。
精々顔も人の三兆倍くらいましな程度だ。
大したものじゃない
多くのヒトもそうだった。多くの人間もそうだった。
故に皆完璧を目指すのだ。完璧ではない自分を許せないから、完璧ではない自分を殺したいから
ただ一人を除いて
「・・・・・なんで思い出す。そんなのとうに捨てているだろう。」
そう、そうなのだ。
その筈なのだ。
あの少女への「憧れ」なんてもう、どこにも
「人情劇はそこまでだ。話を戻そう。」
その言葉にハッとしてしまった。
私は今、何をと考えかけ思い出す。
話の本題についてこれまでも無く
「ハーーー、フーーーーーー」
私は息を少し吸い、吐き出して前を向けたあと問うた
「私がどうやって死んだか教えて。」
問いの分かり切った答えを
■
・・禍根鳥のヒールが床を叩く音を聞きながら、思い出していたことを思い出しながら、
少年と幼女、女を見つめる
「・・・・・・・・」
誰もが黙ったままだった、先程の「復活」についての答えが場を沈黙させたと私が気付いたのは、今だった。
「・・・・・・・・・・」
幼女を見つめる、
前と変わらない黒い外套に黒い衣裳、けれど前と異なる落ち着いた態度
その姿は金髪翠眼と合わさりある印象を与えた
婉然
じゃじゃ馬のように元気で馬車馬のように働いていた彼女に似合わない、否、違わない、しとやかで美しい姿がそこに在ったのだ。
「お主、相変わらず気色の悪いことを考えておるな、今、そんな空気じゃないじゃろうに、あと「いつまで儂の容姿なんぞに頭を使ってあるんじゃ!!でしょ分かってるって」
そう肩を竦めながらそう言えばビキっと青筋が幼女に浮かんだ。
再び肩を竦めればもう一筋。
もう一回肩を竦めかけ止められる
「よせ、「傲慢の嫡子」を揶揄かっている場合ではない。」
他ならない井伊波と鈴と禍根鳥によって
井伊波は気配を更に冷たくし、鈴は視線で禍根鳥は肩に手を取って、19号は殺気を込めて・・・・
ん?19号?!19号!!!
いつからここに。
「急に落ち着いて頭の中で訊かないでください心の声は私も聞えているんですから。」
「・・・・・・」
「話しに戻って下さい。」
「は?そんなの無理に「話を!!」
「・・・・・・・・戻してください。」
そう気まずげに視線を逸らした十字の瞳の少女を少しだけ見遣ったあと心の中で考える。
「私にも」という言葉を無視して。きっと気のせいなのである。
まさかこの場の皆がこの言葉を聞いていたなんて、ええ、きっと。もしそうであれば、もし聞かれていたら私は・・・・その先は考えないようにした、だって私は”痛くない”のだ。”痛くない”ので”痛い事”はしないのだ。
話を戻そう。
・・・それぞれがそれぞれ三人共焦りながらも静止の意思を示した。
三人とも少し焦って、止めていたのだ、赤紐の赤子やバフォメットを除いて。
もしかしたらそれ程彼女の身分は尊いのかも知れない
ならばと私は次の姿勢を見せる、ある”秘策”のもと
「・・・わかった、わかったよ。君達の言葉は理解したから、、ね。教えてあげるよ、あることを」
うざった気に思う視線を感じながら、いや感じつつも口にした。
ある言葉を
「なんと私はこれまで十回以上死んでいます!!」
そう感嘆符を付けて大声で
ゴトンと後ろの扉の何かが起動したのを無視して、ゴゴゴと何か地響きをしているのを無視して。
背後に感じる圧倒的な気配達と不気味な隙間風を無視しながら
■
そして私は燭台の間の扉の前に居たのだ、まだ
え?
さっきの言葉はどうなったのかって、そんなの当然
「無視しないでくれる~、結構重要な伏線張ったんだけれど!!」
「「「「「・・・・・・・」」」」」
・・・・無視された、黙殺されたのだ私の言葉が。四人に
実はあの後もこうだったのだ。
見事に皆で静寂を齎しつつかつ私に圧力をかけてくるだけだった。
まるで”ここでは話すなよ”という言葉の代わりのように。
けれど関係ない。
だって
「私が私だからだね。っとミスっちゃった声に出しちゃった。ね~聞こえてる~禍根鳥さん、井伊波さんは・・聞く気ないか、鈴は~?あ、だめっぽ。ねえ無視しないでよ赤ちゃんもバフォメットも19号も~。」
そう言葉にしていた豪奢で壮美な扉の前で
”豪奢”というのは文字通りの意味である。
並外れて贅沢、そして”壮大で美しい”
豪奢で壮美という言葉に相応しい扉であった。
そして驚くべきことがあった。
いつの間にかなっていたこと、にではない、それはおそらくさっきの駆動音と地響きの結果だろう。圧倒的な気配や隙間風でさえしっかりと感じていた。
扉自体が閉じているのも不思議な感覚である。
おそらく微かな隙間から漏れ出した気配の残滓ということなのかも知れない、よく分からないけれど。
・・扉についても同じことが言えるだろう。私の言葉に反応したのか声に反応したのか、それとも何かキワードがあるのか、それはともかく、今分からないことはともかく。
何に驚いたのか?
何故無地そのもののようだった扉が豪奢で壮美な扉と描写されたのか?
答えは無地の装飾に魔女達の姿が浮かびあがっていたたからだ。
立体感のある黒いとんがりそれぞれの色のラインの入った帽子に黒い外套、それぞれの色形の特異な装飾の杖、それらをあしらった黒のレリーフから成るその扉には今、魔力が込められていた。
いいや魔力を感じたのだ、扉の奥から、
「・・・・・・・・」
「ちょっと。」
どんどんどんと叩いてもびくともしない、黒い扉は健在なままである、壮健でさえある。
膨大な魔力が、まるで都市を滅ぼせる程の魔力が、これがこの先に。
これが・・・
「「燭台の間」ってこと?この先に本当に・・・・?」
「・・・・・」
本当にいるのだろう、魔女の代理が全員。
圧倒的な気配、都市そのものを滅ぼせる程の魔力がその証左である。
燭台の間
そこには七つの黄金の燭台のある間であるらしいのだ。
魔女の代理就任後に初めて訪れる場所であり最期の儀式の場所でもある
魔女達の憧れの的でもあるこの場所に辿り着くには幾重もの試練と戦乱に身を投じなければいけないようだ。故に神のように崇める人でさえいるという、魔女の代理をある種象徴する三つの神器のようなものの一つとも言われている・・らしい。
一度も見た事も見せて貰ったことがないのだが三つの神器というのがこの国らしい、というより私の出身、
「日本らしい、名称だな~」
「・・・・・・・・」
見事に無視された、ヒドイ話である。
惨い話であるとも言えるだろう。けれど今はその言は頭に入らなかったその事も。
何故なら
「扉が・・・・・開いた。」
そう口を開けていたのだ黒の扉が、まるで怪物のように
■
光、光がそこを満たしている。
燭台に並ぶそれらは全てが灯った火であり光そのものであった。
それらが一つ消える、消える消える。
三つ消えれば寒気が肌を包み込む、五つ消えれば鳥肌が全身を覆った。
七つ消えて、、、、
「魔力が・・消えた。」
バンと灯った、火が、光が燭台に空、空そのものの天井に吊るされた黄金の燭台に、数えきれられない程のそれらに、一律に光が灯っていたのだ。
二人以上の魔女が横切る気配がした
「嘘、こんなに数があるなんて、ところで七つの燭台ってどこに。」
「・・・・・前を見ろ、少女。貴様の望むことがそこにある。」
そう、そこにはあった七つの黄金の燭台、そして七人の魔女の代理の姿が。
「傲慢の魔女の代理」、
黄金の髪と瞳、十字の瞳孔にサイドから垂れる髪を三つ編みにした和服の青年
明星葵
「憤怒の魔女の代理」、
赤い髪に赤い瞳、髪を逆立たせた少年、弩怒蛇明楽
「強欲の魔女の代理」
茶色に黄色がかった琥珀の瞳、ポニーテールそして片側に目を覆うような大きな火傷を負った少女、、富田神女
「怠惰の魔女の代理」、
緑髪を長く伸ばし節々で粗雑さを感じさせるように結んだくすんだ金の瞳を持つ壮年の男、怠編殖埜呂懸
「嫉妬の魔女の代理」、
冷たい赤い瞳を持つ短い黒髪の少年、井伊波乃瑠夏
「暴食の魔女の代理」、
吸い込まれるような髪をバッサリと切られたような黒髪黒目、片耳から鈴を垂らした女、鈴
「色欲の魔女の代理」、
そして目の前に立つ、白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女、禍根鳥憂喜
彼らを見る、禍根鳥から聞いた名前を心の中で諳んじながら、禍根鳥に訊いた彼女達の見た目を頭の中で言葉にしながら、
見なければいけないと感じたのだ、何故か、なんとなく。
それ故に見渡した、「模倣」という特性を意識しながら、朧気に認識しながら。
プネウマと19号、バフォメットの視線を後ろに感じながら、
いつの間にか円卓にその机に腰掛けたり、椅子の背を倒して座の上に座る個性的な魔女の代理を横目見て、
見渡した。
記憶に実感を持つために、その真相を解き明かす為に。
視線が何故か禍根鳥に戻された。
何故か目を離さない、
誰にも話されなかった。
少女の左右非対称の黒布の目隠しを見れば、その真っ黒そのものを見ていれば、察した。
これから始まるのだ、「会議」が「代行会議」が。
私を殺す為の会議が