第21話 何かは見ていた
「色欲の街」というのは芸能の街である。
名前からは分かりづらいこの鏡の国での常識はけれど鏡の世界全土に既に知れ渡っていた。
性と欲望の街とも呼ばれていたかつてのその場所はけれどどうしても変わっていたのだ。
「魔王」、禍根鳥憂喜という色欲の魔女の代理によって、ここを統治されていたその時代に
芸能と広報の街に
処刑対象の元色欲の魔女の代理でもあり、
裏切りの魔女であり、かの「魔王」を僭称する魔女である彼女の統治はここ百年で多くの物を変えた。
その一つがこの街、「色欲の街」であるのだ。
性的な営業をする店が殆どだったこの町並みはしかし、ほぼ全てが芸能関係の建物やテレビ、広報関係の街になり、
行われていた口に出すのも憚られる禁忌の研究は、倫理的な探究へと成り果てていた。
「・・・綺麗な街ですね、あの「魔王」が統治しているとは思え無い程です。」
瞳を開けば目に入る騒がしいネオンの街並みに、その光に感嘆の声を上げながらもけれど私はいつの間にかそう呟いていた。
「死は何も生まないぞ」という言葉はどうしてか頭に浮かばない。もしかしたら人が死んでいた姿がショックだったのだろうかとも思わないでもないが私には残念ながら記憶の実感も感情も無い。
だからこそそれを気にせずに、新しい記憶達を思い出す。
「色欲の街」
ここは芸能と広報の街である。
芸能界に属する俳優や女優、プロチューサーやアシスタントディレクターの務めるこのネオン街はけれど種々雑多な光を放っていた。
ネオン、古き街並みによく使われるレトロチックな色鮮やかにも映るその光である。
壮年の男や、熟年の女に情景の念を灯させるその光によって支配されたこのビル街に私と鈴は立っていた。
そして自然とこう口にする。
「良い面の女と男ばかりだね、目が幸せだよ。鈴もそう思うよね。」
「思わんが。」
「・・・・あっそ。逆張りオタクみたいで変な奴ですね、鈴は。」
街を行き交う人々はどれも美男美女ばかりで眉目秀麗な人間ばかりであった。
「死は何も生まないぞ」なんていう言葉に煩わされていた私からして見れば何とも癒しの場その物であった。
私や鈴であれば負けない物の、
それはこの街が本当に芸能と広報の街である「色欲の街」であるのだと私に嫌でもそう理解させた。
所で横にいる鈴、もう一人の「魔王」の気配は今は殺気だっていない。
刺すような風を伴うその禍根鳥とは違う殺気はけれど今、感じられなかったのだ。
第一に、私は記憶の実感と、感情を失っている。
だからこそ、細かい殺気なんかが感じられ無くなっているのでは無いかと考えていればけれどそれを見抜いたように鈴は言う。
「さっきのお前の言葉を訂正するようだが禍根鳥が統治している街では無く、禍根鳥が統治していた街だな。
過去の話さ、禍根鳥がこの街を統治していたのはな。
この「色欲の街」は百年前と違って口にも出せる程「理性的」な街になった。芸能と広報の街と言われるようになったのがその証拠だな。」
「・・・性欲と芸能界に何の関係があるの。普通に何も関係が無いように思えるんだけど。それともここに居る芸能人が体で接待しているって言いたいのか、エッチだね、鈴?」
「死は何も生まないぞ」という言葉の代わりに、口を吐いて出た言葉とネオンの光を気にせずに私は街の人々が踏み締めた足元に浮かび、消えつつある空間の割れ目を腰を下ろして拾う。
手の平の中、ネオンの光によって照らされながらも透き通り手相すら写さない不思議なその物体に気を取られていればけれど文字通り人々をも気にせず上から目線で鈴はこう返した。
「かつてはあったかも知れない、その性接待も禍根鳥が整備した法によって殆ど撲滅された事だろう。
今あるのは裏切りの魔女が作り出した誰もが願っていた綺麗な芸能界そのものだ。」
ピンと膝を伸ばして、スカートをパンパンと払いながらも聞いたその言葉にしかし私はどこか納得出来なかった。
「死は何も生まないぞ」という言葉が思い浮かばない事にではない。それも気になるが他の事なのだ。
手の平にある、ネオンに照らされた空間の欠片を握りながらもけれど思う。
色欲の魔女の代理であった「魔王」は本当にそんな政策を施行したのだろうかと。
魔女の代理はそれぞれが都市国家を統治している。
大罪都市とも言われる、世界の中枢を彼女ら七人の魔女が大罪の魔女の代理としてそれぞれ牽制し合いながらも治めているという形なのだ。
大罪の魔女とは「魔女」から力を与えられた存在である。つまり、今の大罪都市は国家滅亡規模の力を持つ彼女らの子孫である、魔女の代理が各々のやり方で統治している街なのだ。
鏡の世界には七つの大罪都市を含めた主となる八つの都市国家がある。
まず一つ目、
「傲慢の街」
「名家」の者の中でも大罪七家には劣るものの支配者階級の住う都市国家であり、最も高偏差値の学舎がある街である、傲慢の魔女の代理、明星葵が統治する。
二つ目、
「憤怒の街」
怒りに支配された魔女が住む街である、憤怒の魔女の代理、弩怒蛇明楽が統治する。
三つ目、
「嫉妬の街」
愛の街であり、愛情深い魔女や魔法使いが多く住む街である。
それ故に最も治安が悪い。
嫉妬の魔女の代理、井伊波乃瑠夏が統治する。
四つ目、
「強欲の街」
金と欲望の街であり、最も経済の潤った都市国家であり、鏡の世界最大の経済、その中枢である。
強欲の魔女の代理、富田神女が統治する。
五つ目、
「暴食の街」
食と勉学、農耕の街であり最も流通の多い街でもある。
鏡の世界最大級の食物流通、その拠点である。
暴食の魔女の代理、鈴が統治する。
六つ目、
「怠惰の街」
休息と娯楽の街であり、最もSNS産業が発達し、
して鏡の世界で最も芸術面で発展した街である。
怠惰の魔女の代理、怠編殖埜呂懸が統治する。
そして七つ目、
「色欲の街」
芸能と広報の街であり、最も広報産業が発展している街である。そして、鏡の世界で最も芸能面でも発展した街である。
色欲の魔女の代理、禍根鳥憂喜が統治する。
多くある都市国家を全て統治する国家が一つあった。
最後の八つ目、
鏡の国
鏡の国の名を取った中枢都市国家である。
「魔女」の統治していたこの都市国家は必要な物、殆ど全てが揃っていると魔女は言う。
けれど、そんな場所にも一つだけある物が無いことが私には分かっていた。
「魔王」の痕跡、それが無いのだ。
だからこそ、私は立ち上がり、手の平の空間の欠片が消えゆくのを見ながら鈴にこう言う。
「綺麗な芸能界でも何でもいいけどさ、「魔王」の痕跡は何処にあるか目星は付いてる訳?少なくとも鏡の国には何も無いでしょう。ここに来たところで本当にあるとは思えません。」
「俺は曲がりなりにも本物の「魔王」だ、
「魔王」を僭称する魔女の痕跡を探す具体的な方法などごまんとある。その一つが最大最強のマスターピースである可能性もあるお前だ。」
「・・・何の話だ?」と独り言ちつつネオンの街並みを行き交う人々をそれぞれ目に映しながらも疑問符を浮かべていればけれど言葉が続けられるのを私は理解した。
「死は何も生まないぞ」という言葉が思いつく前に少しだけ考えを整理する。
予想される理由は三つ、
一つ、私の頭脳を使う案
二つ、私の「魔術」を使う案
三つ、私の「特性」を用いる案
まず一つ目の案だから、これは否定できる。
確かに私は賢い。
しかも、目が見えてあらずとも周囲の様子を頭脳で計算する事すら容易である。分からなければ、冗談風に誤魔化せば良いだけだ。
けれどもこれでは意味がない、
鈴が必要としているのはきっと規模が大きい物だからだ。
して二つ目の案だがこれも否定できる。
そもそも私に「魔術」は使えない。
魔女の血は得ているがなり損ないであるから使えないのだ。
だからこそ、これはあり得ない。
そして三つ目の案だがこれは肯定できる。
これは私にも使える物である物を使う事が予想される。
第一特性の「模倣」では無い、
「模倣」の条件である、想像出来るだけの情報すら私は持っていない。
私はまだ「魔王」の痕跡を探すのに有用な「魔術」を見ていない。
ならば答えは一つ。
第二特性の情報の「収集」と「集積」を使う事、恐らくこれしか無いと私は判断した。
情報の収集と集積、それが今、きっと必要なのだ。
だからこそ、私は暫しの沈黙の後、
ネオンの街並みに溶けて消えた空間の欠片、それが在った手の平を一瞥してこう言う。
「・・・第二特性の情報の「収集」と「集積」を使うんだね。今も、私は周囲の情報を無意識に集めている。生存本能かは分からないがそれが事実だからね。」
「この街を全て読み取るまでかかる時間は。」
「三日って所かな。それまでどうする気なの裏切り者に「魔王」を僭称された暴食の魔女の代理兼、最強の魔女でもある「魔王」さん。痕跡でも探す?」
「死は何も生まないぞ」という言葉をリフレインする事も無く、
ネオンの鮮やかな光の下、行き交う街の人々を気にする事もなく放たれた皮肉気な私の言葉にけれど鈴は少し足を止める。
日が翳り、雲が空を覆う。
ネオンの光が、ジジジという音と共に点滅する。
道を行き交う人々がそれに顔を上げれば、
曇天の下、刺すような風が頬を撫でればけれど私は見た。
影の掛かった彼女の顔を
立ち止まった足と、自身に向けられた殺気のように立ち昇る黒い気配ををけれど私は見た。
気配、その物の力を示すように立ち昇るその力の結晶、禍根鳥から与えられた新しい記憶達から知ったその概念が二度目の死を経た私には見えていた。
だからこそ、暫く訝し気に見つめていれば鈴という本物の「魔王」の顔が上がった。
そこにあったのはけれどいつもと変わらない表情。
黒い宝石のような瞳と綺麗な鼻筋、
そして鮮やかな赤色の唇を持つその美貌が引き摺り出した氷のような無表情そのものだけだった。
鈴特有の吸い込まれるような髪と瞳は"不気味なピアス"同様に刺すような風に乗せて揺らいでいた。
そんな圧倒的な美貌の後ろでネオンが点滅するのを尻目に私が瞳を開いて、何処か呆気に取られていればけれど鈴は身を翻してこう言った。
「・・・・行くぞ。まずは宿屋探しだ。その後は奴の元部下である首締めの魔女探しだ。」
「・・・うん、分かった。行こ、本物の「魔王」。
「魔王」を僭称する魔女が残した首締めの魔女という痕跡を探しにね。」
そう言って私はただ鈴の前を歩いた。
「死は何も生まないぞ」という言葉を再び心の中にしまって
雲が晴れていく中、
光が刺す中で「色欲の街」のネオンの街並み、人々が行き交うそのコンクリートの道を一歩一歩踏み締めて。
何かが見ているとも知らずに、
ぎょろぎょろと動く七つの目を持つ白い仔羊の面をした白い外套の何かが見ているとも知らずに、
格好が変な人とも私が言った不気味な何かがそこに彼女と会う前に見たあの時の姿そのままで居るとも知らずに、
傷一つ無くなった白い竜と黒い竜がその背後に控え、何かを見守るように体を包みながらも私を見ているとも知らずに、
太陽と雲の下でそれを背負うように、
「色欲の街」その中心にあるネオンに照らされた城の旗、その上でそれを踏みつけるようにただ佇んでいるとも知らずに、
この何かが、彼女の死の真相を知っているとも知らずに、
見えている景色については語る気はない
見ている者についても語る気はない
見えている物についても語る気はない
〜人助けの魔女〜




