第20話 目的地
その会議は意外とあっさりと終わった。
人の生死を決める会議、「魔王」の一味と色欲の一族のこれからの扱いに関する会議だった。
原則魔女は鏡の世界と契約を交わしている。
その「契約」とは隷属契約。
裏切り者の魔女の命を殺す事を条件に鏡の世界に入る事を許可し鏡の国に住まわせる許しを与える契約である。
だからこそ、裏切った魔女はその殆どが生を終えていた。
それは魔女の代理とて例外では無い。
彼女達は殺していた
鏡の国に住まい、鏡の世界に骨を埋める為に、裏切り者を必ず一人、手にかけていたのだ。
胸糞の悪いこの契約はけれど続きがあった。
鏡の世界に住う者、彼らが裏切った時、
「死」の魔力によってその命が悉く狩られる事になるのだ。これに例外はない。
だからこそ裏切り者の魔女はまずこの隷属契約を違反した際の迫り来る「死」に対して、対策を練る必要があるのだ。
処刑対象の魔女、その全てがである。
だからこそなのか、裏切り者はその殆どが人外の力を有している事が当たり前となっていた。
それこそ、魔女の代理が動く必要がある程の。
この条件通りに単独で裏切り者の魔女を殺せる者はそれこそ殆ど居ない。
魔女が居るからだ。
基本的に象徴となる称号で呼ばれる裏切った魔女の中でも更に上位の存在。
例えば「〜の魔女」のように「〜」の中に称号が入る。
赤の魔女や青の魔女、緑の魔女のように呼ばれる存在である。魔女の代理が動かないといけないと言われる程であり、基本的に単独で国家と対峙出来るレベルである。
魔女の代理の前身である大罪の魔女は「魔女」から力を与えられた存在であり、
百年以上の時をこれと対峙してきた。
それは大罪の魔女の後任でもある魔女の代理も同じである。
だからこそ鏡の世界に住む、
その殆どの魔女が中世での大規模な魔女狩り、魔女狩りの夜にかつての同胞を手に掛けて逃げ帰って来た者達、その子孫ばかりであるのだ。
「名家」の殆どがその時まで外の世界に居た魔女の末裔であったのだ。
しかし、大罪七家は違う。
彼らこそが大罪の魔女と言われる古代、鏡の世界を治めていた魔女の血筋であり、国家をも転覆させる魔女達の頂点に位置する化け物達、魔女の代理を一族の長とする鏡の国の可能性その物であった。
色欲の一族も同じであった。
鏡の国の権威その一つ、そのものであった。
可能性その物であった。
けれど、賢人会は決した。
先の「魔王」の宣戦布告と紛れ人の住む「自治区」の被害から、
色欲の一族と処刑対象の元色欲の魔女の代理の一味、七十二字騎士団。そして処刑対象の元色欲の魔女の代理と19号とプネウマの処刑を決めた。
禍根鳥を裏切り者を示す裏切りの魔女として認め「魔王」と認定する事を決したのだ。
さも、「計画」の通りと言わんばかりに
◻︎
香る香る
肉の匂いが、死体の香りが
香る香る
血と肉と骨の焼ける匂いが、人の焼けるむせ返るような香りが
それは煙とともに多くの者を巻き上げ空に橋を架けた、歪な橋を
ブロックノイズに染まっている空に、晴れ渡った空に
『・・・・・・酷い状況だ、最低な気分だよ』
それをなり損ない、シアは見ていた。
「死は何も生まないぞ」という鈴の言葉が頭を劈く中、
そこに人の死体が転がっていると知って、
遠くからのその景色に少女は不快気に声を上げる。
今、シアはここには居ない、
彼女は既に鈴の空間転移魔法によって遺灰城にある首無き「魔女」を祀る教会、そのベンチで目覚め。
そこに腰掛けつつ鈴の空間転移魔法の発動とこの教会という魔女にはある種ミスマッチな転移先に違和感を覚えながら一人の傍観者としてある魔道具を用い「魔術」を用いながら目を瞑って「自治区』を見ていたのだ。
だからこそ、シアは「自治区」に居た
シアは知っていた。
裏切りの魔女が手当たり次第、街に侵攻し侵略することを
侵略した街を、「自治区」を滅ぼすことを
そして死体を七十二字騎士団として蘇らせる事を
禍根鳥という「魔王」を僭称する魔女から与えられていた新しく思い出した記憶達からその情報をすでに得ていたのだ。
だからこそ、シアは情報の「収集」と「集積」という第二特性を活用できる範囲で用いてホログラムのような幻像の状態で『自治区』を俯瞰していたのだ。
孔の空いた空という彼女に所以のある物、そこに刻まれた魔女文字を用いて。
魔女文字とは「魔術」の込められた字のことである。
神秘を操るそれはしかし、今シアの手元に不可思議な文字となって現れていた。
シアが暴走したあの時、朱い光と共に彼女を覆い尽くした黒い不可思議な文字を解析した時に得た副産物である。
強大な神秘の元であるそれをけれど掴んで五指の間に遊ばせていればけれど再び目を瞑り魔術的に視線を「自治区」に戻す。
鏡の国の人々が死ぬ光景を魔女文字を用いてホログラムのような幻像を作り出し「魔術」を発動させ見て、目に焼き付けていた。
だからこそ、シアはこう考えた。
『ここまでの虐殺をするべきじゃなかったね、禍根鳥さん』
そんなホログラムのような幻像のまま独り言ちたシアの様子に戸惑う者はいなかった。
なにせ彼女が魔女文字を用いて俯瞰していた場所、
その周りの殆どが操られた魔女やなり損ないの大群であり軍隊、七十二字騎士団の群れの内であった。
恐らくは裏切りの魔女に殺され、蘇らせられ、彼女の従僕と成った「自治区」の元住人足る彼らはしかしシアにこんな感慨を齎した。
「可哀想だな」とまるで捨てられた幼い子を見るような感情を
本当に哀れだったのだ、
魔術で焼かれ、殺され、そして死体さえ自身の敵に利用され、
七十二字騎士団という「魔王」の従僕に成り果てた彼らが街を軍隊のような支配者然とした態度で、列を成しながら見つけた命ある者を端から殺し、自身の同類に変えていくその光景が。
けれど赤紐の赤子の泣き声を耳に挟みながら、バフォメットと19号を探す。
この光景の理由を知る者達を探す。
先の魔術での攻撃によって殆ど火に包まれていると知って尚である。
魔術
それは魔法を使えない者にも扱える、神秘。程度の低い魔法。
それはあらゆる面で魔法に劣りながらもあらゆる面で凌駕していた
例えば燃費、例えば操作のしやすさなど、全体的にそして絶対的に「扱いやすくない」のが魔法であり、
その正反対の性質を持つのが魔術であった。
最も威力も低いのが痛い所ではあるのだが、しかしこれらによって出された「戦果」たるその街も、随分と元の盛況から遠くなってしまった
死体では無い、紛れ人とも言われる彼らは既に死んでおり、七十二字騎士団として立ち上がる事はあれ既に、その死体ごと何処かに消えていた。
まるで何者かに消されたように
だからこそ、七十二字騎士団はそこには無い、
既に地の果て、地平線の向こうに消えていた。
幻覚を見ていたのだろうか
何処かに退却したのだろうか
それとも何者かが、彼らを瞬時に皆殺しにしたのだろうかとそんなことを想っていれば声が掛けられる
全ての七十二字騎士団の気配を上回る気配が瞬時身を包んだ。
どろりとした気配が、赤子の笑い声と共に
「何をしている。」
・・・そこにいたのは、
処刑対象の元色欲の魔女の代理にして、裏切りの魔女。
「魔王」を僭称する魔女、慈悲深い口調の野太い声の少女、禍根鳥憂喜であった。
魔女文字を弄んでいた手は自然と止まった
・・ホログラムのような自身の幻像がビリリと揺れた気がした
■
『あの子を探してるんだよ、19号も見当たらなくてね。
・・プネウマも探してるんだけど、どこにもいなくて。』
「何をしているのかと聞いているのだ、だがこの感じ。」
「また演技か。」
そんな裏切りの魔女の言葉にシアは幻像の顔を歪ませる。
「死は何も生まないぞ」という言葉に居ながらも表情を変えたのだ。
そこにいたのは聖女
唇を整え清楚に目を細めた聖女そのもののような姿だった。・・そう彼女は演技をしていた、「魔王」と19号に「計画」に加わること半ば強制的に決定させられた時から、
即ち裁判が始まったあの時から、「自分自身」を
いつの間にかブロックノイズと共に姿を露わにしていく死にゆく紛れ人の姿、
そして軍隊のように静止し直立しながらシアと裏切りの魔女を囲む七十二字騎士団の姿を見ながら考える。
禍根鳥という「魔王」を僭称する魔女に声を掛けられた時のことを思い出していたのだ。
裁判前、時間が空いたあの時。
19号を後ろに侍らせながら彼女は聞いた。
『私達についてきたまえ、さすれば君の知りたがっている██を教えよう。』
その言葉にシアはその時だけ頷いた・・・・
「死は何も生まないぞ」という言葉を知らない彼女をこの言葉に従った。
・・そうしてシアは「計画」に従う”予言の魔女”となった。
故の狂気だったのだ。
微塵の逡巡も無かった返答、そしてその結果の醜態と痴態そして媚態に
結果として裏切り、裏切りの魔女が手づから首を断ったものの未だにどこか禍根鳥を見る度にシアの心を複雑な「何か」が胸を掠めるのだと禍根鳥は理解していた。
けれどシアはすぐに笑みをしまう。
いつもの笑みに戻ったのだ、戻せたと言ってもいい。
なにせこれは演技ではないのだから・・そう独り言つ声が聞こえた気がした。
鈴に与えられた、重なった言葉とは違う妙な声だった。
紛れ人の声かと振り返りけれど気づく。
その声の主が何処にもいない事に。
そしてその声が自身によく似ていた事に
背後には軍隊のように直立しながらもシアと「魔王」を僭称する魔女を取り囲む白と黒の軍隊、七十二字騎士団と死にかけの紛れ人しかいない事に。
じくりと心を刺したその疑念に眉を顰めていればけれど後ろから声が掛けられた。
「まぁいい。少女、貴様が何をしていたか、今、聞いているのだ」
『・・・・・・・どうして、私に答える必要があるの、禍根鳥さん』
疑念に満ちた声、幻像の形をした主に猜疑の視線を向けられ疑問を後ろ投げかけたのを理解したシアである。
「死は何も生まないぞ」なんていう言葉を押し込めて、
そうして前を見て、その裏切りの魔女の顔を見て理解した。
目隠し越しにも分かるそれに疑問を覚えなかった訳ではない、シアであるのだ。
「何故、何も聞いてもこないのか」「何故何事も無かったように話を戻したのか」と疑問に思わない訳がないのだ。
しかし、それに突っ込まない自制心もシアは既に持っていた。
人間いつまでも子供という訳ではないのだ
けれどシアは少し笑みを深めれば、軍隊のように直立し並びシアと「魔王」を囲む七十二字騎士団を見つめながらも率直に話を合わせる。
『ただ見てたよ、私が裏切る前、貴方が教えてくれた通り魔女文字を用いてね。貴方の力を利用して、誰かの目から。これが、四回目の地獄って奴?』
そう言えばシアはしつこく喉からせり上がってくる鈴の重なった『死は何も生まないぞ』という言葉を無視しつつ、
幻像を操作しスカートのチャックを魔女文字を弄んでいなかった方の片手で開き、あるものを取り出した。
十字の瞳孔に金色の瞳の目玉。
それはぎょろぎょろと辺りを見渡し、死にゆく紛れ人を、軍隊のように並び囲む七十二字騎士団を見渡せば幻像越しに「魔王」を見つめた
「これは四回目の地獄では無いさ、
ただの鏡の国への先制攻撃だ、宣戦布告の前に行ったな。
宣戦布告は既に済ませてある。
戦争という形を取った物の大義はこちらにある。
あちらでも裏切りの魔女としてそして「魔王」としても少女が認められている事だろう。
だからこそ、こちらから攻撃するなどという非人道的な真似をしたのだ。
それに・・・君ら全員と「七十二字騎士団」に配ったそれだが、果たして効果はあったようだな。」
『・・何の話?ちょっとよく分かんない。』
幻像のシアの言葉を華麗に無視しつつそして彼女の不躾にも映る言葉を無視して野太い声の少女は切り替えたように慈悲深い口調で言葉を紡ぐ。
「死は何も生まないぞ」という言葉を呑み込んでシアはけれど禍根鳥の言葉を聞く。
その左右非対称な黒布の目隠しを整えながら禍根鳥は説明を始めたのだ。
・・この「目」はシアと仲間全ての者に配られているものである。
操られて自我の無い七十二字騎士団にさえ配られたそれはある役割を果たしていたのだ。
その機能は単純明快、視界含めたあらゆる情報の同期にあった。
これによって一部の手練れ達を用いた隠密行動の末多くの魔女や熟練の魔女、ひいては魔女の代理の情報を禍根鳥達は手に入れることが出来た。
「つまりはコレのおかげで裏切りの魔女と断定されたであろう私が四回目の地獄に必要な敵の情報を手に入れることが出来たということだよ、少女。」
『・・・・凄いね。よくわかんないけど、見た所情報の同期も収集も同時並行って感じなんだね。四回目の地獄ってのは色々必要みたいだ。』
「死は何も生まないぞ」という心の中から聞こえる言葉に頷かず再び呑み込んで他人行儀気にシアが言えば、禍根鳥という「魔王」は慈悲深い口調で続けた。
五感以上の機能があるが故のそれ以上であるのだと、つまりは視覚、聴覚、嗅覚、触角、味覚を超越した第六感の実装という訳だ。
それを収集し続けているが故に、同期し続けているが故に
これがあれば敵の作戦など筒抜けも同然であると、「魔王」は静かに言った。
『・・・・・・・どうして、私に言うの。もう私は貴方の敵なのに』
「死は何も生まないぞ」という言葉をけれど今度は反芻しつつ静かに独り言ちながらシアは幻像の手の平に収まる金の瞳の目玉を見つめる。
十字に割れた瞳孔に既視感を覚えかけ、けれど思い出した。
これは19号の瞳と傲慢の魔女の代理と同じものではないのかと
そして周りに並び立つ七十二字騎士団と同じ物だと
しかしそれは心にしまう、
おそらく何か裏がある筈だからと
それに触れるのはまだ早いのだ。
だからこそこう言った
『だけれど貴方の言いたいことは分かったよ、つまりそれは四回目の地獄の準備にも使える超すごい機械ってことでしょ。』と
しかし裏切りの魔女は「魔王」であると示すように表情を変えずに先の言葉に対して反論を紡ぐ。その言葉は当然のように肯定の言葉・・・
「違うが。」
では無かった。
これは機械では無いのだ。
慈悲深い口調で否定されシアはそう判断した。
しかしであればどう定義するのか、迷うシアである
目玉、金の瞳の目玉
十字の瞳孔を持つそれは傲慢の魔女の代理、明星葵と19号、そして七十二字騎士団達と同じ瞳である・・可能性がある。
可能性としては再現しただけの機械、あるいは魔道具という可能性をシアは考慮していた。
しかしこれらはおそらく間違いであることもなんとなしに理解する。
・・これは一体何なのか、けれどその問いを「魔王」に投げかけるわけにもいかない。
『死は何も生まないぞ』そんな何度目かも分からない言葉がまるでこの地獄のような状況に反応するように頭に浮かぶ、
私は今、本調子ではない、人が死ぬ様を見て揺れている。
けれど、だからこそ、今なのだ。
今、少女は罪悪感と好奇心と敵愾心の狭間で揺れ、しかし・・・
『なら、いいや、貴方が何も言わないなら私は貴方を信用するよ。例えそれが私同様の人殺しの諜報手段であったとしてもね。』
『・・・鈴達には報告するけど、四回目の地獄の準備なんて聞き流さないし』そう心の中で独り言ちるシアである。
どの感情も選ばなかった。
三つの内どれも選ばずけれど冷徹に鈴に報告する事によって禍根鳥という「魔王」を切り捨てる、それだけの判断を七十二字騎士団に囲まれながらも判断したのだ。
まだ時ではないと判断しながらも
『必ず貴方を殺すね』
「死は何も生まないぞ」という言葉が頭に浮かぶ中、
聖女の笑みを浮かべながらシアがそう言えば、
けれど赤子の泣き声の聞こえる場所、幻像を操作し空に目を向けるシアである。
シアの視線を影が覆えば地を蹴るような音が聞こえた。
七十二字騎士団が取り囲む中、見えたそれは黒い外套、外套だった。
それは魔女に装着が義務ずけられて魔導具の一種である。
魔導具、
それは魔術によって造り出された道具の総称であり、象徴である。
金の瞳の目玉から弁護士と検事を代行する魔導人形、そして魔女の代理の杖まで、
多種多様なそれらは効力にも赤紐の赤子をも殺せないものから魔女の代理に届き得るものまで多岐に渡っていたのだ。
そして黒い外套でさえ外套とも呼ばれる見た状況を再現する魔導具であったのだ。
魔導具の側面を持ちながら多くの側面を持っているもの、魔術と魔法の代用品、それが魔導具であった。
それを纏った彼女は19号、国家近衛部隊、
通称”旗持ち”の副隊長にして魔女である。
彼女はシアを飛び越えけれど数回転した後空で回った。
そうして禍根鳥の側に着地すればけれどシアは理解した。
・・・赤紐の赤子を抱いた19号と手ぶらで空に浮くバフォメット、彼ら二人がそこに現れた事を
シアは理解した、自身が窮地に立たされつつある事を、聖女の笑みを浮かべながら
■
『久しぶりだね、19号、プネウマ。生きてたんだ、死んでいれば良かったのに』
その場違いな言葉に口を噤む
正確には敵に取り囲まれた状況とは思えないその表情、顔に。
七十二字騎士団の奥、僅かに見えた振り向く彼女の貌には、シアの顔には、あまりにも人間離れした聖女の笑みがそこに在った気がしたのだ。
物騒な言葉共に齎されたその言葉はしかし瞬きの内には消えた。
いつもの少女の、なり損ないの笑みだ。
この状況で、
人が、街が、瞬時に蒸発し焼き尽くされたあとの煙と香りを嗅いで、そして敵の首魁と部下に浮かべる笑みなのかと言えば違うと19号はしかし断言出来た。
「魔女」さながらの笑みを浮かべていた、あの時と違って彼女にも自制心があるのだ。
『19号とプネウマ、貴方達は何してたの。』
「・・・・・・・・」
しかし19号は再び口を噤む。
何せ今、彼女は命令を遂行していたのだ。
世界を聞き見て感じるという命令を
命そのものの価値を持つそれを損なうのは「死」に等しいものごとであった。
故に彼女は見ていた、自身の命より遥かに価値のある「命令」を守るために
そして19号は七十二字騎士団に「退いてください。」と言って海を割るようにバッと捌けさせある者の前に、立つ。
「ご苦労だった、19号。」
「ありがとうございます、マイマスター。」
「次の命令だ、この幻像のシアと共に居なさい。」
その声に「魔王」は頷かずにただ口を開きこう声を掛けた。
慈悲深い彼女の口調に19号は頷く。
19号には主が居たのだ、その名前は禍根鳥憂喜、『処刑対象』の元魔女の代理にして「魔王」を僭称する魔女である
『処刑対象』その根拠は三つに分かれる
まず一つ目は規則に準じなかった者
二つ目裏切り者
三つ目規則を新たに造り出した者
計三つの行為どれか一つに触れれば此れ全て『処刑対象』となるのだ。
その解釈は逮捕する側に任せられるのだが、大まかに判例に乗っ取っている。
判例
裁判所が特定の事件に対する示した判断と解釈そのものである。
これらによると上記の二つに今当てはまるのは19号、プネウマ、シアである。
この理由としては、規則に準じ裏切り者に剣を向けずあまつさえ行動を共にし仲間として魔女を裏切ったが故の処罰である。
赤紐の赤子場合は別の問題であるのだが
しかし禍根鳥の触れた法は、当てはまる罪科は当然これら全てである。
しかし彼女はこれらの事実を気にしない、気に出来ない。
故に彼女の目的は一つ・・・・
「しかしゆめ忘れるな、我々の目的はただ一つ魔女を殺し尽くし鏡の国を落とす事だと。」
「ええ無論ですとも、」
そう19号は返した
その七十二字騎士団が未だ軍隊のように並びつつも横に捌けているとは言え半ば程まで囲まれているとは思えない状況で発せられたその声に幻像のシアは目を見開く、なにせその声は確かな決意に満ちていたからだ。
しかしそこには微かな安心と安堵、そして何かがあった。
その何かが彼女には見逃せなかったのだ。
『彼女ってばあの人のこと好きなの?』
「あ、何の話だお前。」
「死は何も生まないぞ」という言葉が何故か頭に浮かばない事に疑念を覚えつつけれど、
そういつの間にか横にいたプネウマに問う。
彼には分からないであろう言葉はしかしシアには疑問の余地を挟むことはない。
いいやむしろ出来ないと考えた方がいい。
なにせ、彼女には全てお見通しであるのだ
読心魔法、基本能力の一つである心を読むというその力をシアは使っていた
彼女の気持ちを知って
彼女の気持ちになって
だからこそ分かるのだ。
彼女の心がそれは・・・・
「気のせいだろう。」
その言葉と共にプネウマは答えた。
横にいる幻像のシアの顔を
影の掛かったその貌を無視して。
七十二字騎士団に軍隊のように割れた列、その中でただ浮かびながらもそう言った。
それに何処か微笑ましいような笑みをシアが浮かべかけ・・
そうしていればけれど刺すような風に目を開けた。
幻像の操作から手を離した。
手に挟んだ魔女文字をギュッと握りバチリと掻き消した。
手に残る幻像の操作を手放した時特有の体を潰されたような違和感と自身の幻像を消した感覚を誤魔化すように前髪を掻き上げ、手を離した。
視界に前髪が落ちる中ただシアは何かを見る為に振り返る。
何故ならそこに誰かが居るのを知っているから・・
「知っていた、貴方がここに来るのは」
「ねぇ、私、貴方に言われた通り会議の間「自治区」について見てたよ。鏡の国の人々の為に。色々とお疲れ様、鈴。」
そうそこには居た、
吸い込まれるような髪をバッサリと切ったような黒髪黒目、片耳から鈴を垂らした女
鈴がけれど教会の開いた扉に手を掛けながらそこに居た。
「代表会議について話そうか。口だけでは無くな」
ただ無表情にけれど平然と鈴はそう言った。
その言葉を聞いてシアは思わず笑った。
「死は何も生まないぞ」という言葉を思い浮かべながらも、
まるで聖女のように笑った。
◻︎
「代表会議については議論が決した。先の事態と『自治区」の崩壊、そして鏡の国に成された宣戦布告のその「魔王」を名乗るという暴挙を重く見て禍根鳥だけでは無い、19号と、プネウマ達そして色欲の一族全てが処刑対象となった。
「実質的に「魔王」一味は罷免。
禍根鳥は裏切り者の魔女の中でも高位の存在、魔女として認定され「裏切りの魔女」として俺に次ぐ「魔王」の一人と断定された。副代理であるプネウマや"旗持ち"副隊長である19号も含めて処刑対象となった訳だ。禍根鳥指揮下の七十二字騎士団も当然同じだな。色欲の一族の魔道具を含めた資産も半ば強制的に凍結、
「実質的に大罪七家の一角が崩れた事になる。
色欲の一族は他の一族同様に、ここ鏡の国において百年以上の歴史を持つ。
そんな名家の中でも「魔女」という源流に近い彼女達、大罪七家が殆ど、他の家の傀儡と成る形となるのだ。
禍根鳥憂喜という裏切り者ただ一人のおかげでな。
「色欲の一族は矛盾の多い言動から元から評判が良くは無かったがこれから多くの者が迫害され、家を失い、路頭に迷う事になるだろう。
ざまあ見ろという人間も居るだろうがけれどそれだけ、処刑対象の元色欲の魔女の代理は殺せはしない。
「だけれど一つだけ良いことがあった。
俺達の目的地が決まったぞ。
次の場所は、「自治区」、そして「大罪都市」の一つ「色欲の街」だ。
◻︎
「つまり、私は貴方達の後始末をする為に禍根鳥という裏切りの魔女、兼「魔王」が起こした宣戦布告を無視して彼女の元々の領地である「色欲の街」に行くんだね。」
当たり前のようにそう私は言った。
「死は何も生まないぞ」
この言葉に思い入れはきっと無い
何せ二度目の死の後、三度目の生を過ごしている今の私には人生を生きている実感がないからだ。
ただ、他人事・・・という訳なんて言う理由だけでは無い。
全ての記憶は持っているしその実感もある・・筈だった、けれど当然ある筈の記憶の実感が一度目の死の後と同様、今の私には無かった。
欠けているのだ、今の私には。
記憶の実感だけで無く感情という一番大事な物が。
どれだけある振りをして感情を抱いている気がしていない訳ではない。
むしろ、やればやる程感情という物の実感が募っていく。
ただそれが溜まらない。
他人事な記憶の実感を得るだけでは無い、
『死は何も生まないぞ』という言葉が浮かぼうと常にあらゆる事に対しても感情が伴わないのだ。
まるで心に穴が空いているように
私はこれに少し思い当たることがあった。
輪廻転生、魔女の基本能力の一つである。
それは代償を必要とすると禍根鳥から貰った新しい記憶達から知っていた。
けれど一つだけ分からない所があるのだ。
蘇るのに一体何を代償とするのかについて
「七つの大罪に纏わるその都市には、きっと多くの「魔王」の痕跡が残されている事だろう。それを俺達は奴が隙を晒した今、探す事になる。」
そんな重要な言葉を静かに吐きながらけれど私は考える。
私はそれについて過去の自分の魂だと理解していた。
記憶の実感が欠けた一度目の死の後、私はずっと殆どの事を他人事に認識しながら生きていた。
けれど、私は知っていた。
それが死んでも尚ずっと続く物だと
「そう、解っているようだな、シア。
であれば理解している筈だ、口だけでは無くな
君は恐らく認識している筈だ、君の二度目の蘇生は他人事な記憶の実感だけでは無く自身の感情の「死」をも代償として得る事によって成り立っていると」
「・・・・解っているよ、だからこそ私は聖女の様な笑みを浮かべられている。だって多少記憶に違和感はあろうと結局は他人事だし、感情が死んでいるからね。」
「まるでなり損ないの様に」そう鈴の心を読んだ様な言葉に私は独り言ちた。
「死は何も生まないぞ」という言葉を頭の端に追いやりながらの言葉にけれど私は驚かない、
私は覚えていた、
一度目の死を迎える前、首を断つ前聞いた禍根鳥の心の声を
彼女は言っていた、なり損ないの笑みは感情が薄いが故に起こる笑みだと
二度目の死の時の記憶はより鮮明だ私は禍根鳥に盾付き敗れて感情を失った,。
「蛇」の干渉がまるで記憶でも消されたように無かったのが違和感があったがそれが現実なのだ。
けれどだからこそ、私は立ち上がる。
「じゃあ、行こっか。鈴とは違うもう一人の「魔王」を、19号をプネウマを殺す為に。四回目の地獄を止める為に、そして」
一歩、一歩赤い絨毯をまるでレッドカーペットのように踏み締めていく。
光の刺す方向へ一段階ずつ、一段階ずつ歩みを進めていく。そうして扉の先に立てばけれど私は言った。
まるで自分の記憶すらも欠けている事を気にせずに
「向かいましょう、
鏡の国の人々の平和の為に、「色欲の街」に」
そう「死は何も生まないぞ」そんな言葉を胸の内に難く溢れてしまわないように仕舞いながら、
振り返って聖女のような笑みを浮かべながらけれど私は言った。
まるで無垢な「少女」の様な語調で
まるで「女」の様に妖艶と手を組んで、
けれどまるでなり損ないの様におどろおどろしい気配を発しながら私はただ一人で言った。鈴の言った重なった言葉がまた先のようにあふれ出してしまうとも知らずに
孔の空いた雲の下、また一筋、大地に光が刺した様な気がした。けれど私は鈴に微笑みかけながらそう言った。
その時、空間が割れた。
自分から手を取る事はきっと難しい
ただ出来無い者だけが死に、
ただ出来る者だけが生きるだけだ。
〜人助けの魔女〜




