第21話 襲来
「本当にそれでいいのか」
声が聞こえる。
目の前に居たのは冷たい赤い瞳を持つ短い黒髪の少年、井伊波乃瑠夏。
吸い込まれるような髪をバッサリと切った黒髪黒目の女、片耳から鈴を垂らした彼女は鈴。
ただの鈴だ。
「本当にそれでいいのか」
声が聞こえる。
彼らは今、私を見ている。
自身の首に手を添えて
杖を握り閉めて
「本当にそれでいいのか」
声が聞こえる。
特異な装飾の杖、その切っ先が首筋に向けられていた。
・・今、私は処刑台の上。
当然の観衆多くの習慣の前祝いが行われているのだ。
「本当にそれでいいのか」
声が聞こえるけれどそれは私には関係が無い。
今から死ぬ。
きっと必ず。
寸分の狂いもなく、単純なミスもなく。
だけれど・・
「本当にそれでいいのか」
だけれど私は・・今・・・。
「本当にそれでいいのか」
私は・・今・・・・・・・・・。
「本当にそれでいいのか」
「・・・いい、殺せ。」
静かに死を私は選んだ。
・・視界が回る。
・・意識が転ぶ。
・・髪がざんばらに散る。
そう散り。
そう転び。
そう散らなかった。
そして私は目を覚ました。
■
「目覚めたか、掟破り。口だけでは無くな。」
・・冷徹でけれど涼やかな「声」に私は目を覚ます。
「声」は寝起きの彼女には鈴の音のように聞こえたが、しかし、一つある音が耳朶を打った。
鈴の音、それそのものの音は成程彼女を納得させたのだ。ある意味で。
あの女がいるのだとという趣旨で。
しかし私は問うた。。
「なんで、乃瑠夏じゃないの。自分の記憶に実感持てないのに空気読んでよ・・・・鈴。」
子どもの駄々のような言葉に鈴は白ずむこともなく煙を吐くカップを私に渡した。
両の手で受け取りを覗けば、黒い液体が息を吐いていた。
白い、息を。
「コーヒー、ありがと。けれどこれからはどうするの?」
「素に戻った・・というわけだな。随分と見つけるのに苦労したがしかし、彼はここにはいないぞ。特に井伊波や禍根鳥、プネウマ達はな。して分かっているな。口だけでは無くな。」
鈴の言の葉にしかし黙って白いカーテンの奥の空を私は見つめる。
穴の開いた空、空を見上げれば薙ぎ払われ晴れ渡った空模様が。
そこには黒い煙が立ち上っていたのだ。
隙間を縫うように、狭間を示すように
辺りを見渡せば、白の摩天楼と巨大なオブジェの様相を呈した城、して破壊された町々。
あるのは、巨大なオブジェのような城。
広がっていたのは残骸と化した都市であった。
そんな異様な景色の中で
私はただ言葉にした。
「・・・・分かってる、今度は
・・ああ、皆が敵だ。魔女、全てが敵だった。」
・・・言葉と共に風が吹き、髪がそよぎ流れるのを見て私は感じた。
笑みはしかし瞳にのみ、微かな濁りを讃えている。
きっと女神のように成る筈だったそれは今は、ただの人の物のよう。
・・腕を血が滴る。
胸を抑えていた手指に
シーツによって隠された私の裸体の谷間にはしかし今裂け目のような穴が空いていた。
ぽっかりと、しっかりと。
心臓。
拳の裏、その位置に
心臓のみならずに、骨のみならずに、背骨のみならずに。
何か・・のみならずに。
・・私は目を瞑る。
鈴が座る椅子の下を、床を、そして廊下を絨毯のように占める黒い外套の魔女達・・・
その飛び出した腸に目を向けずに。
死肉を目を向けずに。
死体を目を向けずに。
私は目を瞑る。
市街に目を向けずに。
市外の異常な騒ぎに目を向けずに。
傲慢の魔女の代理、あの気配がこの場所を包み、
十字の瞳を持つ魔女や魔物達、その集団の群体にして軍隊、
彼らの行進から目を背ければ・・・
絨毯たる魔法使いと魔女達、
彼らの一人の手指が・・・
ピクリと動いた。
■
「それがお前の贖罪か。」
吸い込まれるような黒髪黒目の少女、鈴。
けれど暗さを増した瞳に映るのはただの「私」だった。
だが、だからこそ溢れ出した。
まるで哭くように。
咽ぶように
「すぐに自刃してはならないって分かった。すぐに自分を棄てるような事も、だけれどこの気持ちをどう堪えればいいって言うんだ。私の心は今も死にたがっているっていいうのに。私は今も死にたいのに。」
矢継ぎ早ですらある言葉を啼泣のように話した私に、鈴はただ訊いた。
「それがお前の贖罪か」
吸い込まれるような髪を弄びながら瞳をパッチリと大きく鈴は開いて。
こちらに問いかけたのだ。
泰然と、悠然と。
あの人は、この目の前の女は。
■
「・・・・分かってる、今度は
・・ああ、皆が敵だ。魔女ウィッチ、全てが敵だった。」
風が吹く中、
髪が流れる中笑みを浮かべる瞳には微かな濁りを讃えているだろう事は鈴の返答に答えた私にも理解できた。
ただの人のように成り果てた私はけれどこう続ける。
・・腕を血が滴る
それは先程、谷間に空いた裂け目のような穴から流れ出た私の血であり、そして泣き虫な私にはとても見慣れないものだった。
「お前の様子を見ていたが、あの時、クリミナを手に掛けたあの時涙を流していたな。口だけでは無くな。」
鈴の言葉にただ頷くのは私である。
そう、確かにそうだ。
実感は持てないがそれは分かる。
むしろ解りやすい、理解しやすい。
頭に溶け込みやすく、けれど染み込みずらい。
なにせそれは私には・・・・
「よくあることだと言いたげだな。だが今。聞くべきことがあるだろう。口だけでは無くな。」
鈴の言葉にただ私は頷いた。
確かにそうである。
私が今聞くべきこと。
そうそれは他ならない。
・・私に関係のあることなのだから。
「確かに関係しかないな。何故ならばお前は。」
私は
「お前は。」
私は。
「「今、敵に隙を晒しているのだから。」」
その言葉と共に影が視界を覆った。
■
影
それは多くの小説にて心の闇を表すもの。
太陽の対、光の裏に常に潜むモノ。
多くの災厄の象徴たるものはしかし今は好都合だった。
ぶすりと刺さった。
胸に。
そこの所謂、胸部にぶすりと・・・
いいや、ずぶりとだったかも知れない。
なにせそれは深く刺さったのだから。
深く、不覚にも。
刺さったのだから
腕が。
魔女。
他ならない、
指を動かした者の胸に
今、腕を血が滴った。
■
禍根鳥との縁は今、切れている。
故に今の私になり損ないの力は無いに等しい。
魔術も魔法も使えないままだ。
だからこそ今胸を貫いたのは私の力でないのだ。
外套に搭載された機能の一つ、
再現し模倣するその力を今再び用いたのだ。
・・・あの模倣した力を、
「特性」を用いて
ぽたりぽたりと滴る滴には、胸部を貫いた腕としての真っ赤な証左がついていた。
「腕はバキバキのようだが、口だけでは無くな。」
「ああ、そうだね。」
だけれど今の私はなり損ないではない。
だからこそ肉体強度でも常人と同等程度でしかなにのだ。
故に私の腕は・・・
「本当にバキバキだ。」
指の方向でさえばきばきだった。
腕から骨が飛び出る程に
「それでも治るのがなり損ないだがな。」
「それは魔女もでしょ。禍根鳥さんから聞いてないけれど。」
そう私は聞いていないのだ。
あの「計画」を知る上で。
おそらく多くの魔女が19号や禍根鳥が失踪していたと考えていたであろうあの時。
私を護送する前のあの時に。
私は力を貰った。
なり損ないとしての力を・・・
「なんの記憶もないのに推測か・・・わかるのはそれだけではあるまいにな。口だけでは無く。」
「確かに、私の記憶は他人事だけれど今の私だって記憶は・・・あれ?」
人をずぶりと刺したままけれどそれを引きずって私は歩く。
ずきりずきりと痛む指、腕、そこらから飛び出した骨、突き刺さった人体を腕から逃がさないアンカーのような飛び出し方をした血濡れた骨。
その目も眩む程の眩しさに私は少しも見とれずに鈴の前に歩き、けれど止まる。
「思い出せない・・・・そのことだけが。」
そう思い出せなかったのだ。
自身の力を得た理由が
胸に裂け目のような穴の開いた理由が。
「今は、いい。これからはお前のことについてだ・・・・
予言の魔女。」
吸い込まれる髪と瞳を持った黒髪黒目の女は、そう言った私に対して。
治癒魔法を腕に掛けながら、
メキメキという音と共に引っ込んでいく骨を
繋がる筋肉を見つめながら治っていく腕を少しだけ見て窓の奥を私は瞳に映す。
魔女と魔物の大群にして軍隊、して
絨毯たる魔法使いと魔女を椅子の足と組んだ足の片方で踏みつけにしながら・・・
そう言った。
鈴の魔法によって治りきった腕を見て
ずきりと何故か頭が痛んだ。
■
十字の瞳。
いいや十字の瞳孔に金色の瞳の目玉。
スカートのポケット、そこにあるこの不可思議な魔導具はしかし今、私の手にあった。
十字の瞳孔に金色の瞳の目玉。
それこそが今、私の手にあるのだ。
ポケットから取り出したそれを、片手でチャックを開け取り出したそれを見つめる。
「腕に人が付いたままなのだがな。」
「あ、確かに。」
葵のその言葉に片腕を上げながらも私は頷く。
忘れていた。
ついさっき、鈴から「何故ここに軍隊が迫っているか身に覚えのある事を話せ」と言われて出した物だ。
ある種私の知り合い、19号と葵、傲慢の魔女の代理の瞳と同じ・・
十字の瞳。
あの時、私はそれを取り出したのだ。
「腕に人がついたままなのだが、という事を流されたことは置いておくとして。口だけでは無くな。」
「寛大だね。鈴。」
「置いておくとして。ここに来る理由が少しは分かった筈だろう。」
鈴の言葉の後の葵の言葉に腕から人を外しながらも私は振り返る。
確かに、分かった。
ここに人が来た理由。
それは・・・・
「なんだっけ。」
知らない、何も私は知らないのだ。
そう何も分からなかった。
何も
何もなのだ・・
「そのように誤魔化しても無駄だ。動機は理解出来ても同期のようにはなれないぞ。口だけでは無くな。」
「非道いこと言うね。まあその通りだけれど。」
あっさりけれど静かに鈴の言葉を私は認める。
確かに彼、いいや彼女の言葉は正しいのだ。
けれど私・・では無く鈴はこう反論した。
「彼とはとんでもない勘違いだ、口だけでは無くな。」
「彼女って言う程、「女」でもないと思うんだけれど。彼っていう程、見た目がおっさんくさい訳でもないか。」
「女、と言われるには確かに口調からは「男」しか感じないだろうが。だがしかし・・
・・・私は女だ、口だけでは無くな。」
そう足を組み替えてそう鈴は言った。
服を寛げずにけれどその態度に私は少し目を奪われる。
ある種の欲。
性欲ではない何かだ。
「欲情するなというのも間違いだな。ならば単純に向けるなという訳か・・」
何の話か分からなかったがしかしそのあとの声は怒気の入った声はしかしこう声として鈴から私の耳に入る。
「感情を。」
とても魅力的に、私には
その言葉の後に腕に貫かれていた魔女が、そして彼女らの同類たる魔法使い、して魔女が床材と成り果てていた黒い粒子と成り果てた。
魔素、あるいはそのような存在に。
ガランと椅子が鳴った後、目の前には・・・
「久しいな、予言の魔女。そしてさっきぶりだな・・
ベルゼブブ。」
そう冷たく告げた者が、男がいた
傲慢の魔女の代理、明星葵がいた。
立ち上がった鈴の前に
全裸の私の前に。
■
今の私は記憶に実感が持てない。
具体的に言うなら、自身の記憶だと自信を持って断言出来ない。
自身を以て言えないのだ。
自身が無く自信がなく、そして私心がない。
私心が無いというとどこかの何かを思いだしてしまうけれどだけれどしかし今言うべきことが在るのだ。
今の私は記憶に実感が持てない。
だからこそこれは起こった事態なのだ。
辞退するべき事態なのだ。
□
明星葵がいた。
傲慢の魔女の代理がそこに居たのだ。
ガランと椅子が鳴るその中で鈴が立ち上がり見つめる中、
目の前に、裸の私の目の前に、
・・彼がいた。
葵は窓枠に腰掛け、けれど口を開いた。
「久しいな、予言の魔女。そしてさっきぶりだなベルゼブブ。」
風が髪に靡けばしかし前髪を私は抑える。
・・危うく崩れる所だった、前髪が。
あるいは体裁がである。
それを察したのか葵が鈴に問うた。
「ベルゼブブ。何故彼女は全裸なのだ。」
「俺が脱がしたからな。必要な処置だったのだ。口だけでは無くな。」
葵の言葉にはっきり確信するのは私、私である。
ほら、崩れた・・と
葵の言葉に対する鈴の言の葉の答えから分かる。
嘗められているのだ・・圧倒的に。一時的にラスボスのような動きをしたというのに。
・・・一体何の話だ。
さっき出た言葉に実感が持てない。
ついれに寒い。
「鈴、一体。必要な処置ってどういうこと?脱がされた理由。よく分からないんだけれど。「ところで。」
言葉を尽くし聞こうとすれば無視された葵に
無視された。
酷い、まったくもって。
葵が出した疑問だったのに。
「19号、奴は既に旗持ちではない。
代表会議、それにおいて予言の魔女とプネウマ同様になんでもないようにあっさりと罷免されている。
処刑対象でもあるのだ。
議論された時間で言えば色欲の魔女の代理、禍根鳥憂喜が9割なのだ。
二人や操られた、あるいは失踪した熟年、あるいは熟練の魔女や、魔物達は鏡の世界クルシアに仇なした時点で既に語るまでも無く処刑が決定されていたのだ。
魔女の掟故に、な。」
唐突に語り出された言葉はしかし聞き馴染みのない口から出ているからかよく分からない言葉であるのだ、葵から出ているからか私にとっても。
まるで初めてでも聞いたこともない言葉・・・けれど私は
「納得出来たか。意味は分からずとも。・・まるで主人公だな。口だけでは無くな。」
「主人公どころか、私は既に変質者なんだけれ「しかし。」
・・・そうしてまた言葉を妨害された葵に私が・・である。
けれど先に続く言葉は私には答えられる言葉で、答えられない言葉だった。
・・そして私はこう思った。
「服を着ろ、変態。」
「殺したろか、お前。」
次いでに言った。
はっきりと本心で
■
ジジジとファスナーを閉じる。
つまりは脇腹の下から上までしかし小難しく言うなら後ろ身頃から前身頃までファスナーを閉じる。
何故、小難しく言ったのか。
私としては果たして理由がある。
なにせ、それは今の事態に関係があるのだ。
「タイを治す事がか。しかし今、それどころでは無いのでは。口だけでは無くな。」
そんな奇妙な語尾のある鈴の言葉に私は応える。
確かにタイは治す必要がある。
横に360度ずれているしね、と。
「それは元のままだろう。一周しているではないか。ある種というか既に。口だけでは無くな。」
「確かに実際は100度くらいだね。適当に通したたから襟もエリマキトカゲみたいに立ってるしね。」
鈴と私の奇妙な言葉の応酬に葵が興味深げに私を見つめる。
しかし今、エリマキトカゲ足る私はその体勢を威嚇の態勢のまま走り出すことはない。
死ぬことは無かった。
「エリマキトカゲというのは走れば死ぬらしいしな。広げた襟に空気抵抗がかかり首がぽきりと折れるのだと。」
「・・・・」
「当然、空気抵抗がかかる程の速さで走らなければ些少の問題もないのだがな。」
「・・・・」
葵、彼の魔女の代理をしっかりと私は見つめる。
いいや、睨みつける。睨め付ける。
しかし彼は気にしない。
同じ・の数である事と同様に彼は気にしなかった。
どころか言葉を続ける。
「しかし不思議なものだ。一体どうやって心臓を失ったのに生きているのか、口だけでは無くな。」
「・・失ったのにって、奪ったのは貴方なんだけれど。」
葵の見る中、鈴の見つめる中、
胸当ての上から谷間に私は触れる。
無い、正確には裂け目のような穴の開いた谷間に手を当てた。
ずきりと痛むそこはしかし今、そこまで痛い訳ではない。
ただ血が滲む感覚があるだけだ。
「しかし、今血は滲んでいない。傷は塞がっているのだろう。」
少し小難しい葵の言葉にしかし沈黙を私は返す。
胸当てから手を放す。
しかししっかりと葵を見て、鈴を見てして再び葵を見た。
そして私はこう言った。
「心臓を奪ったのは貴方だよね。葵。」
そんな物騒な言葉を放ちながら葵を私が目を向ければ、
十字の瞳が少し微笑んだ。
□
問いかけ
少ない出会いと多くの別れを齎すそれは、して少ない話し合いの切っ掛けと少なくもない離別の前触れであり前兆そして後書きでもありエピローグでもある。
要するに切っ掛けであり別れと言えるのだ。この行動・・・問いかけは。
だからこそこの事態は展開は起きたのだ。
展開し転回されたのだ。
まるで当たり前のように、当然のように。
「まずは花嫁、エリマキトカゲのような襟、即ちセーラーカラーを治せ。タイと同様にな。」
下らない、身嗜みの事を。阿保みたいな前提と共に葵に語られた
私は知らなかった、これから重要なことが起こるとも知らずに。
・・タイを回しながら、襟を正しながら葵の言葉にそう「予感」したのだ。
泣き虫な私は
■
「思えば気配が薄くなっているんだけれど、何でなのかな?」
ただ静かに唇に指を置いてそう私は言った。
明星葵、傲慢の魔女の代理。
しかし「力」が無くなったわけではないのだ。
ならば何故、気配が消えたように感じたのか。
それは・・・
「お前が順応したのだ。先程までエリマキトカゲのように襟を立たせてかつタイを間抜けな角度のままにしていても気付かなかったようにな。」
長ったらしい言葉、しかし顔を見ながらそれを放った葵に対しても私は得心した。
そう、そういう意味なのだ。
いくら特異な状況でもそれが当たり前のように続けば慣れてしまうように。
即ち特殊な状況に慣れてしまうように。
時間が経つだけで起こっていたそれはしかし現実でも起こり得る。
即ちうっかりであるのだ。これらの事は。
しかしここまで大きなものだと・・
「おかしいか。ならば一体どういうことか。それ自体は・・・
魔術だな。先程世がかけた細工の一つだ。」
端的かつ静かな葵の言葉にしかし私は応えない。
先程、その言葉が過去を指すのか未来を指すのかいつを指すのかすら分からないがそれについては今、きっと考えるべきではないのだ。
なにせこれからは
「魔女や魔法使い達全てが敵なんだから。」
単純にけれど冷静ない平常心でそう私は言った。
皆の視線を感じる。葵に気を配りつつも探れば都市壊滅規模の気配、それを感じた。
そして鈴の冷たい視線。
きっとこれからは私一人だ。
私一人で彼女らに立ち向かわなければならない。
してこの場所から逃げ出す事もきっと不可能に近いのだろう。
それ程に魔女の代理というのは壁として厚いのだ。
そして今、目の前にいるのは最弱ながら最強に思える傲慢の魔女の代理と最強の魔女にして「魔王」、暴食の魔女の代理。
即ち、明星葵と鈴。
当然、勝てる筈が無い。
生きて帰れる筈もない。
隙を見ても自死など出来る筈もない。
何故ならばきっとそれは・・・
「我らが望んでいないからな。世としては今、貴様の首をとってもいいのだが・・」
「そういう訳にもいかないようだ。」
二人の返答、葵と鈴の声にまたしても意識を私は向けられなかった。
赤子の、赤子の声が聞こえたのだ。
どろりとした気配が辺りを包めば・・・
「久しぶりだな。予言の魔女。」
慈悲深い声に目を向ければそこに居たのだ、私は見た。
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女、
禍根鳥憂喜を。
■
赤子の笑い声。
不可思議かつ不気味な声にしかし反応する者はいなかった。
いいや居たのかも知れない。しかし少ない者達とて多くの者と同じである。
つまりはここに居た者達の反応は彼女の気配と彼女自身に対する反応ではなく、
彼女という存在そのものに対しての「反応」だったのだ。
「不可思議で不気味とは酷い言いようだな。予言の魔女。」
相変わらず慈悲深い禍根鳥の言葉にしかし私は沈黙で返す。
この気配。
赤子の笑い声、包み込んだこのどろりとした気配に身構える。
・・今、私は魔女の代理の目の前にいるのだ。
「処刑対象だがな。魔女の代理としての力は破格だが、ここに姿を現したということは・・・」
「早々「捕まる」気はないらしい。口だけでは無くな。」
冷淡けれど少し冷静な葵の言葉に鈴の言葉を返すのを見ればしかしそこに私は居ない。
白い尻尾が揺れるのを目の端に捉えれば目の前、瞼の裏にも思えるその場所に彼女はいた。
左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女。
白髪二つ結びの慈悲深い貌を浮かべた元色欲の魔女の代理がいた。
彼女はこう言った、私の瞳を覗きながら・・
「・・・今、この場では戦闘はしない。我々にも目的がある。」
「・・・・・・・」
「だが・・今はここを引け。さもなければ命は無い。」
沈黙、少しの間のあとの言葉には多くの「含み」が禍根鳥なりにもあるように思える。
瞳を覗かれたが故かの少しだけ感じたこの感覚に対しての私の答えは当然こうであった
「「断る。」」
そしてそれは私達の答えであったのだ。
■
鈴の杖。
特異に装飾されたその杖はしかし向けられていた。
葵にではない、そう禍根鳥にだ。
葵の杖もその特異な装飾を私にではなく禍根鳥に向けられている。
目の前に居る白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした少女。
その目隠しをした貌に向けて杖が向けられているのだ。
しかし少女は動じなかった。
一撃、ただ一撃が葵と鈴に加えられた。
ただの一撃だけである。
ただの一撃、しかしこの攻撃は鈴を一歩、そして葵を二歩下がらせることに成功した。
他ならない、19号とプネウマの一撃によって。
禍根鳥の傍に控えるように沿った彼らはしかしそれぞれの相手をただただ見つめる。
ピリピリとした空気、それが辺りを包む。
「・・・少女とて何れ来よう、今は時が悪い。」
しかし打ち破ったのは慈悲深く野太い禍根鳥の声だった。
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした少女はしかしこうも続けるのだ。
慈悲深く、けれど厳かに・・
「さらばだ・・・予言の魔女。そして魔女の代理達よ。」
影、影が映る。
丸くなった影が。
「影が丸くなってる。」
あり得ない。
あり得ない筈の光景にしかし今、気は取られていればそれは起こった。
手指、手指である。
喜色も悪く、気色も悪いそれは私の足元その影を丸く、丸く包んでいた。
しかし手指は伸びる、影と共に伸びてゆく。
動きを止めれば瞬刻視界が塞がる。
「・・・むぶ」
目を、口を、首を、して腕や腿をガッチリと白く細長い腕が掴む。
肩にまで及んだその拘束はしっかりけれどガッチリ私を掴む。
まるで引き込まれるような雰囲気にしかし息を詰まらせる。
「・・・ん・・んん~~!!」
気持ち悪い、
気持ち悪い、
気持ち悪い。
ただただ気持ち悪い吐き気がする。
覆われた視界も・・目や口を覆うこの鬱陶しい程に冷たい手指にも何もかも。
けれど半分、半分は見えた。
だから見ようとした。
だから目に映そうとした。
だから・・・後悔した。
「・・・・・・・」
沈黙の中、その空気に身を任せながら空いた目を見開いた。
影が合わさったのだ。禍根鳥に・・・
嫌な予感がした
「何・・・これ・・。」
思わず疑念の声が私の口から漏れていた。
口は塞がれているというのにもである。
実際はもごもごとしたような情報量が無いに等しいだけの雑音に過ぎない音であっても口を突いたのだ。
・・・気づかない程に動揺していたとも言える。
手腕。
手腕が生えてきたのだ、白くも細長いそれが。
「・・大き過ぎる。」
又しても雑音を吐く口にしかし私自身も意識を向けない。
禍根鳥憂喜をも超えるその手腕は目算にすれば2メートルをも優に凌ぐだろう大きさであった。
「赤子の手指か・・これは邪魔だな。」
「全くだ。口だけでは無くな。」
しかし葵と鈴、二人は動じていない、私以上に。
肉体は拘束されても精神は拘束などされては居なかったのだ。
・・・一人を除いて
鈴だ。
鈴は腕や肩を掴まれながらも欠伸を上げていたのだ。
拘束されている精神がどう見ても
少し、間抜けに思えるその構図にもしかし禍根鳥はこう返した。
「私の「小細工」が効いているようだ。「結界」を突破できたのがその証拠だな。」
要領を得ない禍根鳥の言葉もしかし感じた気配に私は首を傾けた。
横を見ればそこにはあったのだ。
あり得ない光景が
「嘘。」
私は見た。
押し潰していたのだ。
力、ただ自分が纏っただけの魔力で。
見せつけていたのだ。その・・・
「圧倒的だ・・・」
馬鹿にでも分かる圧倒的な実力の片鱗をなり損ないである私がいる中でも。
何のためらいもなく
何の呵責もなく。
しかしそれは相手も同じであった。
見た、禍根鳥が見た。私達を。
・・禍根鳥の視線と共にしかし細い手指は瞬時に向けられた。
葵、私というこの場にいたほぼ全ての者に対して
けれど切り刻まれた。
葵に・・ではない。
そう他ならない鈴の言葉と手によって・・・
「何か言ったか。掟破り。口だけでは無くな。」
肉塊舞い落ちる中、勝気なその言葉にしかし今禍根鳥は動じない、私を見ながらも
鈴と葵、そして私という三人の視線に動じない。
ただただ、視線を向けるだけだ。
気配ともに
肉塊の一つがボトっと地に落ちる。
赤が広がってゆく。
当たり前の顔をして、何の恥も無しに。
それは血溜まりとなり血池となった。
肉塊、
最後の一つが血の池に落ちた時
鈴に葵、彼女達が杖を向けた。
「装飾の切っ先で悪いが・・・これで終わりだ、口だけでは無くな。」
冷淡かつ淡々とした鈴の言葉に葵は言葉を返さない。
知っていたのだ。
特異な装飾。
禍根鳥に向けられたのはそれの切っ先そのものだったのだ。同様、否それ成らざる杖が一本、二本、否十本、あるいは以上の数に19号、プネウマに・・向けられていた。
魔女、魔法使い。
先程死んでいた彼らである
「成程な・・・生きていたか。」
慈悲深くけれど静かな野太い声の禍根鳥が放つ言葉にしかし皆は、私は動じない。
ただじっと彼女を見つめるだけである。
彼女・・・魔術によって一つの街を滅ぼした怪物。
禍根鳥憂喜。元色欲の魔女の代理、処刑対象の魔女の代理はしかしこう言葉にするしっかりと・・・
「止まれ。」
しかしその言葉はしっかりと縫い留めたのだ葵と鈴、死んでいた魔女、魔法使い達の足首を掴んで。
ほんの一秒。
けれどこの一秒で事態は決する。
「・・・何これ。」
土煙、ただ土煙が辺りを埋め尽くしていた。
19号とプネウマ・・味方だった彼らの姿は私の目の前にはない。
葵と鈴もいない、魔女と魔法使い達もだ。死んだのかは分からない。
けれど理解した。禍根鳥、彼女がただ・・
ほんの一秒の間でこの建物を破壊し尽くしたのだと
「「白の摩天楼」と貴様は言っていたな。」
「なんの・・・まさか貴方。」
落下、落下する中での禍根鳥の言葉、私の返答に禍根鳥はいつもの声でけれど慈悲深い目で彼女は見つめる。
その時彼女が笑んだ。
足元
空に影が伸びれば、
視界が覆われる。
暗い、暗い闇の中、白く細長い手指。
それに体が包まれれるのを自覚したその時・・
「開け、門よ。」
ピシリと野太い声によって禍根鳥の力の元世界が割れた。
空の孔が、意味もなく空いているように思えたそれが、
どこか塞がれたような気がした。




