第19話 善行一歩手前の悪行
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「死」とは往々にして理不尽なものである。
それは事故死、突然死、他殺・・から分かるように本当に「理由」もなく「理屈」もなく唐突にしかも不規則に襲い来るものなのだ。
それに意思などなく、尊厳などもありはしない。
だからこそ誰かを尊ぶこともあり得はしないのだ。
あの子が生きていないように、私が死んでいないように
だからこそこの結果なのだろう。
「代行会議の承認をもってなり損ないの未来を決める筈だったのじゃが・・抵抗しようと力づくで抑えるつもりじゃったのじゃがの・・・そう貴方は言う筈だったんだけれどねぇ、クリミナ。」
「貴方ここまで弱いんだね。」
その冷徹な言葉が朧気な意識に流れ込んでくることを確かに理解していた私である。
赤く染まった意識と視界褪せる中、私は理解した。
現状を、限界を
何故ならクリミナは四つん這いとなっていたからだ
シアの尻に文字通り敷かれて、19号とプネウマ、赤紐の赤子に見守られ
魔女の代理達に見下ろされながら
クリミナは理解した、力の差を
■
燭台の間、
この場所には仕掛けがある。
多くの者が指を鳴らした後の給仕やメイドの登場というギミックを連想するだろう、この空の下ではある単純な理屈があった。
敵対者の力を味方の平均と同一にし公平にする能力である
この場合彼女は、莫大な魔力を分配され魔女の代理と同程度まで落とされたのだ。
円卓に座る者は皆平等であるという「理由」と”拘束”という「理屈」故に
「拘束」
仮に我を失っても許可が無くては魔力を操ることはおろか、魔素という魔力の最小単位さえ操れないという、魔女に対する力の制限である。
高位の魔法を操る程魔素に依存していく鏡の世界の魔女にとっては呼吸する権利を奪える程の「魔法」であった。
一度どころか二度発動の機会を逃したそれは今、発動した。
他ならない最強の魔女の意思によって
しかしそれら「拘束」模倣し半ばまで解除し更になり損ないの基本能力を本能で用いて「呪い」をクリミナに掛けていた私である。
念の為の保険の一つであるそれは霊子の絶対優位性、それの情報を集め模倣する呪いである。
正確には能力を模倣する力を無意識に使っていたのだがけれどこれは功を奏したと我が事ながら思う。
”いつ掛けたのか”と言われればいつはいつ、
婉然だとかクリミナを褒めた程にふっと何気なく手の平に触れつつ「模倣」を本能で発動させて保険を掛けていたのだ。
クリミナは霊子の絶対優位性を持ちながらもその力が燭台の間の効果故に使えず。
しかも霊子操作能力を魔女の代理と同程度に貶めらていた。
そして霊子の絶対優位性をいつの間にか手の平に本能で仕掛けられた呪いに「模倣」させたのだ、強さの理由を悉く潰した形である
・・・この強みが悉く潰されたクリミナが相手であれば結果は言うまでも無く
「魔女の代理程度とはいえ霊子操作能力を落としてしまった貴方の負けだよ、クリミナ。」
そんな冷ややかな言葉と共に理解したクリミナを見た私である。
そう負けだったのだ、
朱、朱の塔、天へと近づくにつれ細まっていくそれは、今、光を灯す。
鈴の「拘束」と燭台の間の「仕掛け」、
そしてクリミナの力それらを全て利用し「模倣」することによってなり損ないは勝利したのだ。
■
「シアに霊子に対する絶対優位性があったとは言え、クリミナが魔女の代理でもない者に負けるとは・・・」
「これは予言の魔女について評価を改める必要があるのかも知れないな。」
「・・・・・・・・」
不確定な情報の多く理解の難しい魔女達の言葉はどれも私の頭に入らなかった。
ただショックだったのだ。
自分が負けたことがではない。
クリミナが四つん這いにされ、椅子に貶められていることでもない。
ただ彼らの言葉を、彼らの立場を理解出来ないことがショックだったのだ
私は理解していた。
魔女達の言葉も立場も理解していた筈なのだ。
「死」の証と化した自分の物とは思えない記憶達と、新しく思い出した記憶達を持つ、今の私であれば
私は理解していた筈だった、出来る筈だったけれど
「何も理解出来ておらんかったか。」
「ッ・・・・・・」
ギリギリと音が聞こえる
そこで気づいた、歯を食い縛っていることを、悔しさと、口惜しさに私が歯を食い縛っていることを
私はまた理解出来なかった。
あの時のように
「その結果は魔女の備えあってこそだと、忘れないで欲しい。」
「・・・・ッチ」
・・その言葉に意識を戻せば舌打つ者に目を向ければそこには目の前に在ったのだと私は理解した。
魔女の代理達の視線が、彼らの「心」が在った
疑念、猜疑、憎悪、その他諸々の感情の混合したその視線は如実に示していたのだ。
彼女の信用の無さを彼女の人望の無さを、しかしそれを気にすることなく禍根鳥は野太い声で言葉にする。
「そもそも私達はなんの為に集まった、なり損ないの「死」を決定するためだろう、断じて戦う為ではない筈だが。」
「・・・・・・・・」
その場にいる誰もが押し黙った。
なにせその言葉は全くの正論だったからだ。
この言葉に少しでも反論すれば自身の正しさを証明できないと判断しての判断なのだ。
しかし、それを気にしない者がいた。
「禍根鳥、お前「計画」を破るつもりか。」
そう他らない「魔王」、鈴である。
彼女は先の言葉を枕にこう続ける。
「「予言」にて掟破りが死ぬのは知っている筈だ。無論我々殉教者の手によって。しかしこのままこの者が「模倣」と「■■」を繰り返せばどこまで強くなるかわからない。最悪私が本気を出すしか無くなる。」
「だからこその計画とは分かっているとも「暴食」。けれど私の目論見は別だとも。その「計画」にはなんの価値も見出せない。」
「あ。」
間抜けな声に反応するものがいない程にその血の通わない禍根鳥の言葉で場が凍ったのを理解した私である。
鈴ではない、鈴はただ黙して聞くのみであった。
その気配を発するのは
「貴様、殿下の「計画」を愚弄したか。」
・・・明星葵「傲慢の魔女の代理」であった。
□
「貴様、殿下の「計画」を愚弄したか。」
明らかな怒りの籠った葵の言葉に19号などの者達は息を呑み、赤紐の赤子は泣き出し私は眉を顰めた。
最弱の魔女の代理、そう聞いていた、というより知っていた。
けれどここまでの「空気」を作りだすなんて・・・
「本当に最弱なの。」
思わずそう独り言ちる私である。
そして思い当たる伏があった。この場の気配、入って来た時に感じた、都市を滅ぼせる程の魔力はおそらくはこの者の気配が全てだったのだ・・・と
そう直感した。
「こんなん、最強じゃろ。」
クリミナのその言葉に私も頷く、
四つん這いになりながら話したクリミナの言葉はけれど確かに私を困惑させた。
私を乗せながらも、私の椅子と化しながらも・・・葵を見つめるクリミナである。
その先に視線をやればそこに在るのは一言で言えば青年、黄金の青年である。
黄金の髪と瞳、
十字の瞳孔にサイドから垂れる髪を三つ編みにした和服の青年
その三つ編みが揺れる様すら様になる青年であった、
けれどそんなある意味呑気な感想を述べていればしかし冷たい気配と空気に思わず・・・・
身が凍えた。
凍えたような気持ちになったのではない、確かに凍えたのだ。
総身に立つ鳥肌がまるでおまけのように感じるような
肌の震えがただの悪あがきに思えるような
確かな凍え
しかしそれはある言葉によって別の者達に向けられる、いいや向けられた。
ドンドンという音に
息を思い出す、呼気が荒くなる。
それは「凍え」から解放されたが故だと気付いた時には
どうぞと明星が冷たく言い放てっていた。
けれど扉は開け放たれた、微塵の躊躇も容赦もなく。
そして明星は向ける、扉をあけ放った青年に、魔女に「凍え」を
だが彼女は口にした、臆面もなく、吠えるように
「賢人会の方々から全魔女の代理に通達!!至急「星持ちの間」に来られたし、至急「星持ちの間」来られたし。」
「魔女と魔物の大群が都市に侵攻を開始しました!!魔女と魔物の大群が都市に侵攻を開始しました!!」
「はあ?」
そうまたしても、またしても意味不明な言葉と共に彼女は私達に口にした。
しかし、どうしてだろう。
四つん這いの体勢のまま椅子と化したままのクリミナに座りながらも、
けれど私の意識は又してもそこで途絶えた。
「・・この程度ですか」という誰かの声と共に
■
危機について考えたことが私には無かった。
それは唐突であり突然、「死」などあらゆる者を引っさげ来る、おっかない、なまはげのような、運命のツッコミだからだ。
そら、これだけやってたら、お前死ぬわな、ガハハハという哄笑に入り混じった嘲笑、それにも似たそれらある性質を孕んでいた。
それは大体の場合が道理が通っていることだ。
どれだけ通っていないように見えても変わらず通っている。
どれだけ通っているように見えても、変わらず通っている
そういう物なのだ、危機というものは現実というものは、だからこそ、この事態にも道理は通っていたのだろう。
この事態、それは目の前に広がる景色、即ち
虚ろな瞳をした魔女達と魔物と言われる怪物が遺灰城に攻め込んでいる景色など
このよく分からない世界が「危機」に落ちっていることなども・・・・
きっと道理が通っている筈なのだ。
■
「少女、気分はどうだ。」
そう慈悲深く問うて来るのは、白髪を二つに結び左右非対称な黒布の目隠しをした少女、禍根鳥憂喜、彼女らしい野太い声で、けれど平然とそう言った。
赤紐の赤子をあやしながら、バフォメットと19号を肩の上と背後に侍らせながら私を見下ろしながら、そう言った。
だけど、それが私には・・・
「とっても癪に障る嫌な気分、貴方と始めてあった時吐き気が止まらなかったあの時のあの気分みたい。最悪だよ。」
「そうか。」
そう長ったらしくも大儀のある言葉に対して慈悲深くも平然と返す禍根鳥の表情と声は私の琴線に触れた
「そうか、って貴方一体何して・・・ッ、それに19号やプネウマまで連れ出して、本当に何してんの!?今貴方がやってること貴方自身理解出来てないんじゃない?!」
「そうか、だが問題ない。」
「問題ないって?一体この状況の、多くのヒトが死んでるこの状況の何がッ・・・」
ドカンと耳を破裂音が劈く中私は禍根鳥に糾弾の言葉を吐く
今私はある塔の上にいた。
ここに来る前、クリミナと見た塩の巨塔をも思わせる塔の上に、私、禍根鳥、そして赤紐の赤子と19号、彼女達がいた。
そこからでも私には見えていた、
多くの者が、血を流す姿が
爆発に巻き込まれ凶刃に倒れる姿が
傷物と化し血だまりと化し骸と化して
死にゆく姿が。
殺されゆく姿が
見えていた
『それがお前の贖罪か。』
その言葉を思い出す。
鈴が「拘束」をする前に私に問うた言葉だった。
腕も魔力も失っていた時に
絶望の残滓にまだ苦しんでいたあの時に聞いた言葉
腕を治してもらっている間に吐いた泣き言に対する、大いなる反論だった。
確か、こう言ったのだ。
「すぐに自刃してはならないって分かった。すぐに自分を棄てるような事も、だけれどこの気持ちをどう堪えればいいって言うんだ。私の心は今も死にたがっているっていいうのに。私は今も死にたいのに。」
そんな言葉を嗚咽と共に漏らした私に、彼女はこう言った
慰めるでもなく、責めるでもなくただ本当に、私の言葉を訊いたのだ
『それがお前の贖罪か』・・と
それが私は本当に・・・
「嬉しかった・・・か。」
「・・何、貴方と話すこと、まだあったっけ。」
そう静かに禍根鳥に対してしっかり目を向けながら私は告げた
話すことはありはしないのだ。
魔女や魔物を操り遺灰城を、鏡の世界を
攻め落とさんとする、ただの人殺し、簒奪者には
話すことなど何もありはしない、例え私が似たような立場であろうと・・
同じような地位であろうと
「人のことは言えない筈だが・・・まあ良いだろう。貴様に再び問おう少女」
「死か、服従か。」
そんなさんざんドラマで見たような展開にけれど私は目を閉じた
■
死か服従か
その言葉は多くの者が言わされて来たあるいは言ってきた言葉だ
作劇上の都合で、あるいは綿密な設定の元で
自主的かどうかに関わらず多くの者が口にした言葉。
しかしその言葉にはある種の「力」があった
人を引き付ける力が
人を締め付ける力が
その効力はただそこに居た、だけの者達にも伝播した。
「・・・・・・・」
・・目を開けばそれは顕著に表れていたと私は感じた。
赤紐の赤子は左右非対称の目隠しの少女の腕でワンワンと泣き出し、
19号は警戒に目を細めていた。
きっと彼女の言葉を恐れたが故なのだ
警戒せざるが得ない故なのだ
けれど白髪の少女は口にした
もう一度、再び
しかしそこにはある言葉が付け加えられていた、続いていたのだ。
「死か、服従か。
・・・従えば貴様は、、、」
「ッ・・・・」
あり得ない言葉が
あってはならない言葉が
耳元で囁かれたその言葉を、言葉の続きを聞いて
私は決めたのだ。
魔女を裏切ることを
反旗を翻し、戦い、殺すことを
他ならない、私自身の意思で
□
「ところでどうして、赤紐のその子は吐かないの?私なんてゲロゲロゲロゲロ吐きまくった記憶があるんだけど。」
そんなある種ユーモラスに満ちた言葉に対して禍根鳥はしっかりと私に返答をよこさなかった。
・・「おそらく」という言葉の後に聞いた言葉は三つに分けてこうだった。
まず詳しい理由は分からないと、私のように禍根鳥本人に調整された者、そして禍根鳥に慣れ自ら調整を行って適応した者、そして実はつらいけど演技で平気な振りをしている者のだいたい三つに分かれるのだが、
「でも貴方、自分に調整を施したって言ってたよね。それなら周りがゲロまみれじゃないのも貴方のおかげの筈だけれど「計画」に従って演技していたあの時のように、・・・・もしかして・・」
「いいや、少女は調整をした、むしろ悪い方に。」
「・・・それってつまり。」
「ああ、そのままでは周りがゲロまみれになる筈だ、そして「小細工」も長持ちしていた筈けれどそうはならなかった。何故か・・・」
禍根鳥の言葉にしかしすぐに察しがついた
一つは確実で一つは弱いながらも、しっかり察しがついたのだ。
「小細工」
禍根鳥が施した認識阻害魔法は大きく二つの効力がある。
まず一つ、対象のずれ。
話している存在を自身のみの認識の阻害。
そして二つ目。
記憶に対するずれ
それが自身の物と認識できななくなる程の認識の阻害。
それは自身のみならず辺りの認識をもずらす「御業」であった。自身に対する記憶に対してのみ限定されたそれは、しかし効かなかった。
クリミナや皆に、
禍根鳥が弱い訳ではないただそれに、「小細工」に左右されずにした者こそおかしいかったのだ
禍根鳥からの提案を受け入れたあの時のように
自然と「小細工」を解いた彼らが
何故か、それはおそらく・・・
「「嫉妬」と「暴食」の影響だろう、彼ら二人の「仕掛け」のおかげで私の魔力に感覚を狂わされる者がいなくなったということだ。」
慈悲深くながらも決定事項を告げる禍根鳥の言葉にしかし私は同意する。
そう、それしか答えは無かった。
私が皆の目を欺く為に演技をしていたように、強いられていたように、
・・仕方が無かった「計画」の為に、██████████
いつの間にか仕組まれていたそれはしかしこのことも意味する。
即ち・・・・
「裏切りは既に見透かされている、それも「暴食」と「嫉妬」にこれは重大な危機だ。」
「・・・・それってつまり・・」
「ああ、井伊波乃瑠夏は、「嫉妬」は「暴食」に並ぶ程の脅威ということだ。魔女の代理の中でも特にな。」
そんなある種意外性に満ちていた禍根鳥の言葉に私は頷く。
そうだった、
この私にとっては
魔女に盾突くと決めた私にとっては。
けれどだからこそ・・・・
本当にそれでいいのか、二つの言葉が脳裏に浮かんでは消える。
確かに私は二人に自死を止められた
救われたと言ってもいい、とてもありがたかった、嬉しかった。
救ったことも救われたことも、とても感謝していた。
けれどだからこそむしろ救ってくれたのなら、救い返さなければ意味はないのだ。
あの子の為にも
皆の死を退ける為にも
だからこそこう言った。
「待ってて皆、今・・
殺しにいくから。」
絶望に顔を歪めけれど端正に顔を保ちながらも私は落ちる。
白い巨塔の、
空に近いその頂上から、
足を踏み出し、地へと落ちて行った。
禍根鳥やプネウマ、19号と赤紐の赤子とともに、
穴の開いた空の中、晴れ渡った空の中
・・・飛び降りたのだ。
今、地獄が始まる。
予言の魔女によって齎される地獄の具体が
私によって齎される、この世の地獄の具現が、
魔女達の望み通り、私の「死」を以て。




