夜が明けました
卓造は森の地平線から日が昇るのを眺めながら、腕時計の表示する日の出時間と誤差がないことを確認した。
ここは自分たちの通っていた粕上町ではない。
粕上町どころか日本ですらなく、異世界なのは間違いないものの、一日は二十四時間、日の出と日の入り時間を観察したところ、どうやら緯度と経度が南粕上高校と変わらないようだ。
つまり卓造たちの学校は、日本の粕上町にあった場所と同じ場所の異世界に転移したことになる。
「学校は、ここにあった何かと入れ替わったと考えるべきかな」
卓造の考えは、こうである。
学校が丸ごと異世界に空間転移した原因は、学校を空間転移することが目的ではなく、こちら側の何かを空間転移する目的だった。
自分たちは、それに巻き込まれたのではないか。
なぜなら日本には、学校を異世界に空間転移させる魔法使いも、そんな科学技術も存在しないからだ。
モンスターが徘徊する異世界には、空間転移のできる魔法使いや、そんな科学技術が存在するかもしれない。
学校の緯度と経度が日本と全く同じならば、ここに存在していただろう何かを異世界に飛ばしたことで、入れ違いに学校が飛ばされたのだろう。
それは真っ当な考えである。
「この世界から排除された何か、それが学校と入れ替わって日本に現れたのならば……問題の本質はそこにある」
「会長、おはようございます」
「おはよう春菜くん」
春菜は、屋上から正門手前の校庭を見下ろす卓造の横に立った。
生徒会長は日本に戻りたい理由を『バラ色のキャンパスライフを送りたいからだ』と、校外調査の人選に集めた運動部に言った。
しかし、それが集めた彼らを不安にさせないように、真意を隠すための誤魔化しだと幼馴染の副会長は知っている。
「会長は、なんで日本に帰りたいのですか?」
「うん? 君は家に帰りたくないのか」
「そんなことはありませんわ。ただ会長が調査団を率いて危険な森に出たのが、ちょっと意外だったのです。あなたは、率先して人を動かすタイプではありません」
春菜には、卓造が日本に帰りたい理由が別にあるとわかっていた。
彼が生徒会長に立候補したのも、ただ成績が優秀だったので担任に推薦されただけであり、南粕上高校に入学したのも、ただ特進クラスで学費免除だったからだ。
幼馴染の春菜は、卓造が自ら積極的に行動する人物ではないと心得ている。
そんな彼が、急いで日本に戻ろうとするなら理由があるはずだ。
「ふふふ、春菜くんには敵わないね」
「ありがとうございます」
「春菜くんの言うとおり、僕には日本に戻って確かめたいことがある」
「聞かせてくれますよね」
「ああ、これは僕の仮説なので口外無用で頼む」
「はい」
卓造はズレた言動で人を煙に巻くが、その真意は周囲に対する気遣いがある。
ふざけた言動のときほど、裏に隠した事実が重大だったりするから紛らわしい。
「僕らが異世界に召喚されたのならば、もう四日目だというのに誰も接触してこないのはおかしい」
「そうですね」
「そこから導き出せる結論は、大きく二つしかない。学校の空間転移は超自然現象であり、何者も関与していない可能性だ」
「もう一つは、何者かが関与している可能性ですね」
「そうだ」
「後者の可能性が高いと考えているんですか?」
卓造は頷くと、超自然現象であれば問題ないと言った。
「学校の空間転移に何者かが関与していた場合、僕らを召喚したわけじゃないなら逆かもしれない」
「逆?」
「地下雨水処理施設まで丸ごと空間転移しているのなら、もともとここにあった何かの上に、学校が空間転移したわけじゃない。ようは学校を空間転移した何者かは、不都合な何かと僕らの学校を入れ替えた。それも学校に匹敵するような、巨大な施設ではないだろうか」
「この世界に不都合な何かですか? 会長は、もしかして学校と入れ替わった何かに心当たりがあるんですか」
「そこまではわからない……しかし異世界で不都合な存在が、学校と入れ替わって粕上町に現れているなら、僕らは性急に学校と元いた世界に戻る方が良い」
「そうですね。それが事実なら、日本は今ごろパニックかもしれませんわ」
「とりあえず、この話は二人だけの秘密だ」
春菜は『二人だけの秘密……え、ああ、そうですね』と、人差し指を唇に当てた卓造を見て赤面した。
「会長ッ、ちょっと下りてきてくれ!」
校庭で朝練を始めようと出てきた野球部の啓二が、正門のところで倒れている少年を見つけて叫んでいる。
野球部の彼が抱き起こした少年は、ぐったりと項垂れて気を失っているようだ。
「現地人か?」
「会長、急ぎましょう」
「そうだね」
屋上から遠目で見た少年は、青い服に朝日を照り返す白銀の甲冑を着ており、手には剣を握りしめて、赤いマントを羽織っていた。
その容姿は、まるでゲームや漫画でお馴染みの勇者のようだった。
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