それでも、お風呂に入りたい
学校が異世界転移して三日目の深夜、一部の女子が寝静まる教室を抜け出して職員宿直室の前に集まっていた。
目を血走らせた彼女たちは、生徒会のバラ夫を壁際に追い込んで凄んでいる。
「バラ子ちゃん、先生たちは武道場で寝ているのよね?」
「う、うん……宿直室は使ってないから、無人だと聞いてるけど」
「バラ子ちゃん、じゃあ宿直室の鍵を開けてちょうだい」
「ボクは、バラ子じゃないよ」
「あんた姉さんのセーラー服なんか着て女装してるんだから、バラ子で良いじゃない? そんなことより私たちは、ちゃんとしたお風呂に入りたいのよ」
集まった女子十名を率いていた最上真帆は、一般生徒の相談窓口になったバラ夫に宿直室の浴室を使用したいと申し出た。
雨水浄化システムのおかげで飲料水に困ることはなかったものの、全校生徒が毎日入浴できるほどの生活水を確保できるはずもなく、彼女たちは濡れたタオルで、汚れた体を拭うことしかできなかった。
衣類だって異世界生活を三日目にして、着回していた制服や体操服も臭えば、真帆たちの我慢が限界を超えたのである。
バラ夫は当然、一部の女子だけに入浴を許可できないと断ったものの、彼女たちの入浴熱は冷めやらず、コンパスやカッターを持ち出して強硬手段に訴えた。
「さっさと開けないさいよ、ほら刺すわよ」
「真帆さん、こんなことして親友のユリ子に知られたら、どうなると思っているの?」
「あんたが話さなかったら、ユリユリに気付かれないわよ。ユリユリは、教室でぐっすり寝ていたもの」
半べそのバラ夫が宿直室の鍵を開けると、真帆たちは色めき立って部屋に上がり込んだ。
「真帆さん、手短に頼みますよ……会長たちにバレたら、ボクの信用はガタ落ちです」
「わかっているから、あんたは廊下で見張ってなさい。部屋を覗いたら、本当に刺すわよ」
「ひどいや」
人目を忍んでいる真帆たちは、電気の消えた暗い部屋で裸になると、ジャンケンで順番を決めてから、宿直室にある浴室で温かいシャワーを浴びた。
この計画の発案者でもあった真帆は、自分以外の全員が風呂上がりに着替えて教室に戻るのを確認すると、深い息を吐いて一番最後に入浴する。
彼女だって、親友の弟にコンパスの針を突きつけるような真似はしたくなかった。
「強硬手段に出たこと、あとで謝ろう」
真帆は普段、寝起きの朝晩に二回シャワーを浴びる風呂好きであり、集団を扇動して宿直室に侵入するほどに、風呂のない異世界生活に限界を超えていた。
シャワーの蛇口を締めた彼女は、排水口に流れるお湯を見ながら、貴重な生活水を自分勝手な理由で使用したことに罪悪感が芽生える。
こんなことは二度とするまいと、月光に照らされて、艶めかしく照り返す胸に手を当てて反省した。
バスタオルで裸体を隠した彼女が、脱衣場から部屋に戻ると、暗い部屋の中央に学ランを着た者が立っていた。
「誰だ!」
真帆が電気を点けると、学ラン姿のユリ子がバラ夫を背中に隠して立っていた。
「ユリユリ……あなた、寝たふりをしていたのね」
「いいや。ワタシたち双子は、遠く離れていても以心伝心で相手の感情が伝わるのだ。弟の身に危険を感じたワタシは、こうして宿直室に駆けつけてみたのだが、まさか不届き者の正体がキミだったとわね」
バスタオルを胸元で握りしめた真帆は、眼光の鋭いユリ子に咎められて足の震えが止まらない。
貴重な生活水でシャワーを浴びてしまった彼女は、親友が手を振り上げたので、思わず身をすくめた。
「ご、ごめんなさい! でも三日間もお風呂に入れなくて、もう気が変になりそうだったのよ!」
「謝るな。ワタシこそ、マホリンの気持ちに気付いてやれなくてすまなかった」
「え?」
ユリ子が手を振り下ろすと、彼女が着ていた学ランが真帆の裸体を包み隠した。
「キミの裸は、弟には刺激が強すぎる」
「ユリユリ……本当にごめんなさい」
真帆がユリ子の胸に飛び込むと、親友は濡れた髪を愛おしむように撫でた。
「生徒会の仕事に追われて、大切なマホリンのことを疎かにするとは、ワタシは親友失格だな」
「私こそ、ユリユリの顔に泥を塗るような真似をして――」
「それ以上は言わないでくれ」
真帆の赤い唇に人差し指を当てたユリ子は、眉根を寄せて困った顔をする。
「真帆さん、姉さんと話し合ったのですが、入浴の問題は全校生徒の共通の悩みだと思うんです。それに気付かせてくれた真帆さんたちには、ボクは感謝すべきだと思うんです」
「バラ夫くん、私はコンパスの針を突きつけたのに怒っていないの?」
「それだけ事態が逼迫していたのでしょう? そうでなければ普段、姉さんと双璧を成す真帆さんが、こんな暴漢紛いの手段なんて取るはずがありません」
真帆はバスタオルがはだけるのも厭わず、バラ夫の足元に跪いて『ありがとう、ありがとうね』と手を取って嗚咽した。
「せっかくお風呂に入ったのに、泣いたりしちゃだめですよ。そうだ、姉さん」
「なんだ?」
「ボクが見張っていますので、お二人でシャワーを浴びてきたらどうですか」
「弟よ……たまには良いことを言うんだな。では弟の言葉に甘えて、マホリン、もう一度シャワーを浴びようではないか」
「え、いいの?」
「良いに決まってるだろう! さあマホリン……早く風呂に行こうではないか……はあ、はあ……マホリンと二人でシャワー……ぐへへ」
いつの間にか全裸でタオルを肩にかけているユリ子は、バラ夫の視線を気にしている真帆の手を引いて浴室に向かう。
その様子を見ていたバラ夫は『姉さんの少女趣味には困ったものだ』と、セーラー服の上着の裾から手を入れて、ボリボリと背中を掻きむしった。
入浴問題は公衆衛生上、早急に対策を講じる必要を感じた。そんな深夜の出来事だった。




