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彼を知り己を知れ

 学校に残っていた春菜は、調査団の留守中に決まったこと、食料の備蓄状況や電力確保について、ホワイトボードに書かれていた内容を説明する。


「まず会長たちが出かけた後、各部活動の代表者を集めて、自分たちに何ができるのか、また何が必要なのか会議を開催しました。端的に申しますと、運動部の方々は調査団のメンバー構成を参考にして、校外調査の班編成を至急取りまとめて提出するとのことです。また文化部の方々は、それぞれの活動内容に即した提案がありました」


 卓造は配られた書類に視線を落として、園芸部の新グランドの農地転用申請に承認印を押した。

 生徒会長は他にも、狩ってきた獲物を調理するため料理部が家庭科実習室の専有を主張していたが、これについては食堂にある調理場の専有のみ承認して、家庭科実習室は一般生徒に開放するように伝える。


「それから先程、弓道部の静香くんが狩ってきたウサギのような魔物だが、毒かもしれないものを生徒たちに配給するわけにもいかない。科学部には、食材候補の毒性について優先して調べるように要請してくれ」

「はい。食材に関連して、獲物の解体についてワンダーフォーゲル部から皮革や毛皮の独占を条件に、精肉加工を引き受けると言われました」

「皮革と毛皮の独占か……ワンダーフォーゲル部は、手芸部の女子との交流でも企んでいるのか。長期滞在となれば、毛皮のコートや革ジャンなんかも必要となる」

「素材の専有を認めない方向で考えた場合、彼らの申し出は断った方が良いでしょう」

「とはいえ素材関連の流通を生徒会で独占すると、ワンダーフォーゲル部のヤル気を削いでしまう。彼らを無償で働かせるわけにもいかないなら、皮革と毛皮は手芸部との共同管理を提案しよう。女子との交流が目当てならば、それで交渉に応じるはずだ」


 昭夫は釘バットに顎を乗せると、卓造と春菜の退屈なやり取りにあくびをした。

 春菜は『続いて飲料水と電力の確保について』と、災害時の指定緊急避難場所である南粕上高校では、地下雨水処理施設の可動により当面の飲料水に不足がないこと、電力も校舎と体育館の外壁及び屋根に設置されたソーラーパネルが稼働しているので不足がないと報告した。


「ですが、気温が上昇してエアコンをフル稼働させるような事態になれば、発電能力の限界を超えてしまうでしょう」

「とりあえず、当校が指定緊急避難場所で助かったな……しかし、このまま校内に残って孤軍奮闘するには備蓄も人員も心許ない。今日の探索で発見した山道、あの先に人里があるのなら、交流可能か確かめておくのが定石か」


 腕組みした卓造は、暇そうにしている昭夫に意見を求めた。


「そうだな、ここに人間がいるなら挨拶くらいしておくのが筋だろう。地元の連中からすれば、突然現れた俺たちが敵じゃねえかと疑うはずだ」

「なるほど。僕らには敵意がないと、友好を示すためにも早期のコンタクトが重要だね」

「道の先にボコした子鬼の集落があれば、話は違ってくるけどな」

「先に襲い掛かってきたのは、モンスターの方じゃないか?」

「そりゃ、こっちの理屈だ。あいつらからすれば、初めて見る人間が化物に見えたのかもしれねえ。まあ一匹も殺してねえし、正当防衛だから気にするな」

「気にするよ!」


 卓造が突っ込むと、昭夫は『じゃあ手を出さずに、殺されても良かったのかよ?』とニヒルに笑った。


「俺が言ったのは、あくまで可能性だぜ。あんなボロを着て棍棒を振ります連中が、わざわざ石の道なんか作るかよ」

「昭夫、僕を脅かさないでくれ」

「どちらにせよ、ケンカを売ってきたのは連中の方だ。この世界の住人が好戦的な種族なら、俺たちだって覚悟を決めなきゃならねえ。日本の南粕上町に戻るまでは、自分の身は自分で守るしかねえんだ」

「ああ、そうだったな……今さら泣き言を口にするのはよそう。あの石畳を見れば、モンスターとは別の種族がいると信じる」


 昭夫は『脚のはやい連中に、道の行き止まりを確認させようぜ』と、サイクリング部に依頼しようと意見した。

 そして数分後、春菜に校内放送で呼び出されたサイクリング部の碑(ひ)文(もん)谷(や)隆(たか)史(し)が生徒会室に現れた。

 隆史は青瓢箪のような華奢な上半身に、胴周りの倍以上ある太ももというアンバランスな体型の男子生徒だった。


「事情はわかった。僕が山道を自転車で下りて、その先にある集落を確認してくれば良いんだね。まあ自慢じゃないけど、僕の脚力と轟天号(ロードバイク)の力をもってすればわけないと思うよ」


 卓造は『頼もしい』と、満面の笑みで応えたのだが、机に手をついて立ち上がった昭夫は、神妙な顔で隆史を睨みつける。


「てめえの自慢の脚力とやらで、俺を荷台に乗せて往復できるか」

「え、僕の轟天号はレース仕様だし、荷台なんかあるわけないじゃん。それに二人乗りは禁止だよ?」

「じゃあ駄目だ。モンスターがいる危険な道中、てめえらチャリ部だけで行かせるわけにいかねえ」

「バ、バカにするなよ……僕の轟天号が、モンスターの鈍足に負けるわけないじゃん」

「あん? なんだって、てめえもう一回言ってみろ!」

「あ、ああ……僕の鍛えた脚力が、そこらのモンスターの脚力に負けるとは思わないね。ヤンキー風情が、僕をバカにするなよ」


 隆史は筋肉の腫れ上がる脚に力を込めて、メンチを切る茶髪のヤンキーに言い返した。

 昭夫は『ああ自慢の脚力とやら、とくと見せてもらおうじゃねえか』と、サイクリング部の部長の肩を叩いた。


「もちろんだとも、山道を往復するくらい屁でもないさ」


 隆史は生徒会室を出ていくとき、昭夫の顔を指差して消えた。


「昭夫、彼の覚悟を試したね」

「サイクリング気分でモンスターのいる道を走られたら、あいつの命も危ねえからな。俺みてえな落ちこぼれに発破かけられたら、本気(マジ)になるしかねえだろう」

「君ってやつは存外、僕より人心掌握に長けているのかもしれないね」

「他人任せが柄じゃねえだけだよ」

「そうか」


 卓造が散会を告げると、昭夫と瑠璃は自分たちの教室に戻る。

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