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傷だらけの関係を君と。  作者: 真曽木トウル
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8. 女子新入生と罠

◇◇◇





 4月中旬の週末。




 大学だらけの京都市内は、週末ごとに学生たちでにぎわいを見せている。


 さらにいまは部活・サークルの新勧シーズンだけあって、夜の街はいつも以上に学生で溢れかえっていた。



 深夜に入ってもその勢いは止まらない。

 それが異様なムードを帯びていくこともある。




(……なんか、変……? 気のせい……?)



 カラオケボックスに押し込まれた、とある新入生の女子も、うっすらと感じていた。



 ぴったり密着して座る隣の男の先輩の膝に引っかかっているのは、下ろしたての、背伸びして買ったワンピース。

 初めてかけた、ゆるいパーマ。初めて染めた、柔らかい栗色。

 正直、まだ正しくできているかが不安なメイク。


 彼女は18歳。

 地元の高校を3月に卒業したばかりだった。



   ◇ ◇ ◇



 彼女はずっと、地味で真面目に生きてきた。


 おとなしい性格、馬鹿にされるほどの運動音痴がコンプレックス。

 ほかの子に迷惑をかけるのが嫌だったから、中高と部活には入らないことにしたぐらいだ。



 人に迷惑をかけない、それだけはいつもずっと気を付けて生きてきた。


 同級生に陰口を叩かれても、いつも校則はきちんと守る。

 先生や目上の人の言うことを聞き、できる限り迷惑もかけないように心がける。

 学校も、受験の日以外休んだことも遅刻したこともない。



 そんな彼女は、唯一得意な勉強で、人生で初めて受験という冒険をする。


 結果は見事合格、憧れの医大に入れることになったのだ。


 生まれて初めて注目され、まるで夢見心地。

 家族からも学校関係者たちからも、こんなに褒められたことはないほど褒められた。

 祝われ、華々しく、京都に送りだされてきた。



 こじんまりとしながらもすべてが真新しい一人暮らしの部屋を決め、これから始まる新生活に胸を弾ませて。

 ずっと憧れてきた、おしゃれな服にも綺麗なメイクや髪型にも、挑戦を試みる。

 これ、似合うかな。おかしくないかな。

 ビビりながらの私服での通学は、まだまだ慣れていない。


 わからないことばかり。

 頭の中はいつも情報過多。

 同じ高校からは誰も来ていない。


 目まぐるしく過ぎる一日一日の中で、少しでも仲良くできる人がほしくて、手探りながら授業やサークルを選び始めている。



 そんな中、あるインカレサークルのイベントに、彼女は参加してみた。


「新歓コンパ来てから入るか決めればいいよ。うちはいつもそうしてるんだ」


と、にこにことして優しそうな男の先輩に言ってもらえたからだ。



(コンパに行ってみて、合いそうならサークルに入って、合わなさそうならやめればいいよね)



 そういう軽い気持ちでやってきた新歓コンパの1次会。大きな居酒屋で、びっくりするほどの大人数だった。


 楽しくてふわふわした気持ちで、男子からは、たぶん人生で初めて“女の子扱い”を受けた。

 浮かれていた、といえば、浮かれていた。



 女性の先輩に、「飲んでる?」と聞かれ、

「あの、未成年なんですが……」

と返すと、

「えー! 大学生なんだし、飲まなきゃだめだよ。お酒、断ると失礼なんだよ?」

などと言われ、どんどん注がれる。


 法に反していることを自覚しながら、目上の人には逆らってはいけないと迷い、そういう思いで初めて飲んだビールは、美味しくなくて、つらかった。



「大丈夫?」



 見かねて、近くにいた男子の先輩が、ジュースみたいな飲み物を頼んでくれる。


 不思議な味がしたけれど

「大丈夫、アルコールじゃないよ」

と言っていたので信じ、それを飲んだ。


 ふわふわした気分と相まって、だんだんおいしいと思う様になっていく。



◇ ◇ ◇



 それから? 店を移動したようだ?


 いつのまにか、近くの席でしゃべっていた女の子たちもいない。

 それどころかとても少人数になっていた。

 10時を回ったところまでは覚えているけれど……いま、何時なのだか、よくわからない。


 頭がぼーっとして、気持ちいいような高揚感はあった。



(……間違って何か飲んじゃったのかな?

 でも、先輩たちが頼んでくれたものしか、飲んでいないはずなんだけど…。

 あのビールがいけなかった?)



 おしゃれして、メイクして、キラキラした女の子たちとおしゃべりして。浮かれていたと言えば浮かれていた。

 判断力が鈍くなっていることにも気づけず。

 肌で異様さをうっすらと感じながら、体は、見えない真綿で拘束されたように動けなかった。



「……やっぱ、大きい方がいいんじゃない?どうなの?」


「えー……いや、その……」


「やー。大きいのが痛いって女もいるんだって」


「浅いとこの方がいい子とさぁ、奥の方がいい子といるし、そこでも変わるよな!」



 ……異様なことのひとつ。今、話しているネタがよくわからない。

 周りの先輩方の様子から、エッチな話であるというのは察しがついたものの、よくわからなくて、ただ笑ってうなずいて、話を合わせている。


 自分に話を振られるたびに何をどうこたえていいものかわからなくて、あいまいに答えていたら


「彼女実はいける口なんじゃないのー?」などと。



「えっと……」



 妙に宙に浮いているような感覚。

 でも、きっと自分が悪いんだ。

 陰キャだから。喪だから。

 きっとほかの女の子はうまく話に乗れるんだ……。



 気になることは他にもある。

 なんだか、さっきから、妙に体に触られている気がするのだ。

 隣の人にはずっと、肩に手をかけられっぱなしだし、他の人も、トイレに立つときに、決まって彼女の膝や足を触っていくような。

 ときどき突っ込みのように体に触れられるのも、段々と胸に近づいていっている。


 気軽に触ってくるけど、毎回、フリーズしてしまう。

 困惑で支配され、これが一体何なのか? わからなくなる。



(気のせい…だよね?)



 自意識過剰だと思われたくなかった。

 酔いすぎて、明確な言葉にもできない。

 酔いが眠気のように彼女の頭を支配し、ここで眠ってしまえば楽になると絶えず誘惑している。

 いろいろな要素が彼女の頭の中でどろどろと混ざり合って明確さを失いつつあった。



「なあ」



 いつの間にか、外をうかがっていたサークルの男の先輩の一人が、にやりとして、なにか言い始める。



「店員しばらく、こっちまで来ないっぽいぞ?

 ま、端っこの部屋だから隣が飲み物頼んでもこっちの部屋の中までのぞきゃしないし」



 ――――――?

 ……どういうこと?



 ぼんやりした頭のまま。

 彼女はこの部屋の中に女が自分一人きりであることにも、しかも自分が既に、ろくに足腰も立たない状態であるということにさえ気付いていなかった。


 にやにや笑って、彼女の肩に手をかけていた先輩がスカートに手をかけ、その奥に手を滑り込ませる。



(……………え……!?)



 思考が停止し、スカートの中に入ってきた男の大きな手の感触の恐怖だけが脳を支配した。

 さらに先輩が、彼女に顔を近づけてこようとしたとき……


 きい、とドアが開く。



「失礼します」



 突然。

 誰かが部屋に入ってきた。



(誰……?) 



 手足が長くて、すらりとした『カッコイイ人』。

 慌てたように彼女のスカートの中から先輩の手がするりと抜け、回らない頭のままでもそれはホッとした。



「あ、あの、あれ?

 君、部屋間違えたんじゃ?」



 親切にしてくれた先輩の一人が、妙に上ずったそんな声をかけると、その『カッコイイ人』は微笑んで。



「あれ? なんか、まずい場所に来ました?」


と首をかしげて見せた。



(……あれ? ……男の子にしては、高い声……女の人?)



 彼女はおぼつかない頭で考えている。



「ああ、ええと、なんていうか。

 そうそう、君ひとり?

 もしよかったら、君も、一緒にまざ…」



 先輩の言葉を最後まで待たず。

 その先輩の頭上に、何かが、落ちた。


 何も見えなかったけど、確かに「何か」が落ちた。

 落ちたものに頭を砕かれたように、先輩は崩れ落ちた。



「お誘いですか。それはよろこんで」



 崩れ落ちてから、返事は返ってきた。




(…………………!?)




 空気は異様だった。しかも体を触られた。

 だけど、さっきまで親切にしてくれた先輩。


 それが目の前で倒されるのを見て、血の気が引いていく。




 限界を迎えた彼女の意識は、そこで途切れた。




◇◇◇

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