9. 彼女を知る人
◇◇◇
和希や慶史の所属サークルの全員参加の活動日は、基本的に平日だけだったが、土曜日にも有志の自主練の時間帯が設けられている。
当然のように自主練にも参加するつもりで、時間よりだいぶ早くやってきた新入生・今井慶史。
だが、部室に入ると既に人がいて。
「和希の様子、相変わらず、荒れてます?」
見知らぬ、ひとりの男が、新橋や日比谷と会話していた。
部室の中に入ってきた慶史と目が合うと、その男は、にこりとして会釈した。
背丈は三条和希と同じぐらいだろうか……
モテそうな塩顔イケメン。
服がさりげなくあか抜けたおしゃれ男子で、少女漫画のヒロインの相手役はこんな感じなのかなぁという爽やかな空気をまとっていた。
(『和希』……って呼ぶってことは2回生?)
表情も、わざわざ笑顔を作ったというよりも、人と目が合うと自然と口角が上がるタイプのひとらしい。
彼が会釈するなり、すっと深刻そうな顔に戻ったのを見て、慶史はそう思った。
作り笑いなら、戻す際に、もう少し不自然になる気がする。
「うんまぁ、荒れてるっちゃ荒れてるかなー」
至極何気ないことのように言うのは新橋副将。
「正直、どうしたらいいのかわかんねぇよ」
険しい顔を見せるのは日比谷主将。
「まったくあの女、何考えてんのかわからねぇ。
ヒステリー起こすにも女なら女らしく泣いてくれてりゃ、害は少ねぇし、同情してくれる男もいるだろうに。
ヘタにかっこつけて、無駄に危ないことしやがって……」
「や、まぁ……その。泣くのは、あいつ、無理なんですけど」
日比谷に抗弁する見知らぬ男の言葉は、西のイントネーションだった。
「ま、三条が荒れていようが、桜井が責任感じることじゃねーしな?
しばらく気まずいだろうし、距離おいてさ。
もうひとつサークルやってんだろ。そっちに行っていろよ」
「でも…」 彼の名は、桜井というらしい。
「おまえにフラれたのはあいつが悪いだろ? そこまで優しくしてやる必要なんかねーよ」
「そうやってほっといたら、あいつ、どこまで暴走するか……」
「暴力沙汰とかか? それならそれで……」
「いやもう、そんな程度じゃなくて!!」
穏やかそうな桜井が突如声を荒らげたのに、慶史はびっくりしてしまった。
日比谷や、新橋も、驚いた表情を見せる。
「あ……すみません」我に返ったらしい桜井は、すぐに謝った。
「でも……やっぱり、俺が和希のそばにおらんと……よくないんやろなって思うんですよね」
日比谷がまた何か言おうとするのを、新橋がさえぎった。
「桜井の志はご立派だけどさ。
それ、我慢の上に成り立つ関係、じゃない形にできるの?」
と、静かに問う。
少し、眉根を寄せる桜井。
……思い出したくもないことを、思い出さざるを得ない、という空気が漂い。
しばし、考え込んだのちに口を開く。
「でも、俺一人のことやったら、なんとか我慢できんこともないかなって。
少なくとも、あいつ、他の男とは付き合えへんはずなんで…」
日比谷が
「……なんでそんなこと?」
と、怪訝そうに眉をひそめた。
「あ、い、いえ……別に」
桜井の言葉が途切れると、部室の隅に置かれたラジオが、かすかに報じていたニュースが、一同の耳に入ってきた。
新歓コンパの大学生同士のトラブル?で、見知らぬ相手に蹴り倒された学生が複数出たと。
新橋や、日比谷は、そのニュースにぴくり、と肩がふるえたが、桜井は反応がなかった。
……しかし。続いて、新しいニュースに切り替わる。
『次のニュースです。……発生から既に3週間が過ぎた、京都市下京区の、会社役員に対する傷害事件ですが』
(…………?)
明らかに桜井の顔色が変わったのを、慶史は見逃さなかった。
『凶器を用いない手足による暴行と見られ、京都府警は、かなりの技術を持った格闘家や武道家による凶行の可能性が高いと見ています。同様の事件が、西宮、大阪、奈良など、関西圏で一昨年から十数件発生しており、こちらも同一犯と見られ……』
顔面がみるみる白くなる、桜井。
その表情を思わず慶史はガン見してしまったのだが、しばらくして桜井は慶史の視線に気づいたようで。
「すみません、そろそろ」
と、軽く微笑んで立ち上がった。
退出の際、すれ違いざま、桜井は慶史にも会釈をしたが……なんだか今度は作り笑いっぽいな、と、慶史はちらりと思った。
「三条には、桜井のこと言うなよ」
と、新橋から声をかけられた。
ラジオは引き続き、事件について報じ続けている。
『なお、被害男性が頻繁に書き込んでいたとみられる掲示板サイトには事件直後、男性の携帯電話から、犯行時のものと思われる動画が、「自己責任」という言葉と共に、投稿されており…
警察では、これを投稿した人物が何らかの事情を知っているものと見て行方を追っています』
◇◇◇
……いやだ。
……はずかしい。
……こわいよ……
……ごめんなさい、もうわすれ物とかしないから……
……スキキライしない、ちゃんとのこさずに食べるから……
……ごめんなさい、おかあさん……いうこときくから……
………お母さんのこと、キライなんて言わない……せんせいにもいわない……
…………いたい…………やめて
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい…………
―――――――――――――――――――――!!!!
ぱちっと目を開くと白く薄暗い空間が広がっていた。
(………………………!?)
はっ、はっ、はっ、はっ、と、過呼吸な荒い息の音を自分で聞く。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、と………音を頼りに、少しずつ自分の息を遅らせて、踊っていた心拍を押さえていく。
古い安マンションの薄汚れた天井が見えた。
自分の一人暮らしの部屋だ。
思い出せ。中学も、高校も出た。受験にも合格した。
自分はいま、<三条和希>。19歳。
「…………あ゛―――――――……」
思わず声が漏れた。
ああ。最悪な寝覚めすぎる……。
そもそも眠りが浅いのだが、アレの翌朝は、何故か、こどものころのいやな夢を見る。
(なんでこう)
床敷きの布団から体を起こしながら、和希は舌打ちをした。
(夢に出てくる間に、アイツらをぶち殺してやれないんだろうな……。
なんで今の私を、夢の中では思い出せないんだろう……)
吐息を漏らしながら、夢を見せているはずの己の脳に問いかけた。
どうしてそんな夢を数えきれないほど繰り返すのか。
いったい脳細胞はどういうつもりなのか。
聞けるものなら聞きたい。悪意じゃないのかと。
そして、ふと。
布団の傍らに放り出した携帯電話が視界に入った。
留守番電話が残っているらしい表示が残っている。
見覚えのない番号。
(こんな時間にかけてくるような相手、いたっけ?)
首をかしげながら、再生してみる。
『おはようございます。今井です。
今日の練習は来られますか? 今日は体育館地下だそうです』
内容はそれだけだった。
(………………………)
しかし当然のことながらおかしい。
なぜ、新入生である今井慶史から先輩である和希へ、サークルの練習場所の連絡と声掛けの電話が入るのか。
これに、なぜ今井慶史は疑問を抱かないのか。。。
いや、しかし。
(そんなことを考えている場合じゃないや……)
今日の練習、行くつもりはなかったけれど。
今井慶史が練習に参加しているのならば、先輩として、役目を果たさねばいけない。
つまり。
彼のそばに自分はいかなければならない。
和希はたちあがり、ばたばたとユニットバスに走りこんだ。
◇◇◇




