86. ラストバトル
トオルは嬉々として手にグローブのバンドを巻いている。足元の防具は既につけていた。
どうやら先に、和希の相手になるよう話があったのか、或いは彼自ら希望したのか。
いかにも嬉しそうな表情から見るに、後者かと思われる。
「ほんっとに久しぶりだなぁ。和希とこうして闘うの」
「…………ほんとに、な」
過去一回しか闘ってないけどな。
和希は冷静になるために、力を抜きながらジャンプして柔らかい身体を揺する。
お前まで下の名前で読んでいいとは言っていない、とは、試験が無事終了したあとに突っ込むことに決めた。
「あんたがこの半年間、一度も私に組手しようって言わなかったのはこれか。。。。」
「うん。手の内晒してない状態が一番面白いでしょ、お互いに」
トオルはグローブの片手を高く掲げ、和希に突きつけながら言う。
「俺たち、性別違う時点で、どっちかが移籍しても絶対公式戦で当たりっこないからさ。
じゃあ、男と女で、観衆の前で闘える最高の舞台って何かって考えたら、昇段試験の場じゃない?」
「……高校の時のこと、未だに根に持ってて?
だったらずいぶん、執念深いな」
トオルがフフンと笑う。良い笑顔だな。何がそんなに楽しい。
「執念深いの結構。一度離れたあと、あれこれ色んな格闘技を転々としてたけど、結局お前が忘れられなくて」
「……気持ち悪い言い方するな」
「まぁ、理由なんてどうでもいいじゃん。
今の俺と闘えるの、和希にとってもラッキーだと思うよ?」
「……この、うぬぼれ屋め」
そう言いながら、和希は、一際高く跳躍した。
冷静になるために。
高揚を抑えるために。
自分とひとつしか歳の変わらない、世界第2位の男。
もう少しで『世界最強』というものに手が届きそうだった男。
そんな相手に、お前と組手したいとご指名されるなんて、確かにラッキー以外の何物でもない。
心を打つほどに美しく、それでいて殺傷力の高い蹴り。変幻自在にして足腰の強いあの動き。
さぁ何をどうやったら倒せるのか。苦労するだろうな、痛いだろうな。うっかり間違えればKO食らってそのまま死ぬかも。
けれど、考えるだけで心が踊って仕方がない、これまで一緒に練習するなかで感じてきた、トオルの強さに。この強い男と存分に闘いたい、という、シンプルな欲望が鎌首をもたげる。
護身ゆえでもなく。
恐怖ゆえでもなく。
憎しみゆえでもなく。
復讐ゆえでもなく。
義務感に駆られてでもなく。
挑発に引けなくなるのでもなく。
頼まれてでもなく。
自分から、ただ、闘いたいという気持ち。
どれだけ久しぶりだろう? 初めてかもしれない。
生きてて良かった。生きてて良かったんだ。
素直にそう思った。
「がんばってくださぁーーーいっ」
部外者の後輩が、廊下からちょっと大きな声で叫ぶ。
和希はグローブを振ってこたえた。
「起立、敬礼」
試験官からの号令。正方形のフィールドの真ん中で向き合い、テコン、と、双方頭を下げる。
そして、和希は、横身に構える。
全力でこの闘いを味わおう、と。
「シーーーーーーーーーーー、ジャッッッ!!!!」
【了】
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