84. 無邪気な暴君
―――――牧ノ瀬覇華は、和希の釈放後、間もなく東京へ帰っていった。
彼女には、これから競技を離れ、警視庁の猛者たちの中で学びながら犯罪者と闘う人生が待っているらしい。
久しぶりに会ったので多少名残は惜しいが、存在する場所が常に光で満ちるような牧ノ瀬覇華という人には、警察という場所も意外と似合うような気がした。
で、刀流が弟であるとも聞かされたのである。
トオルは覇華についてやってきたのではなく、元々一人暮らしで京都府下の別の大学に通っているそうだ。
今回の事件にあたって覇華から声を掛けられ、捜査に一部協力したという。
しかし、彼の行動は、逐一姉の指示ではなく、姉から聞いてよいだけの情報を得、それをもって自分の判断で、和希たちに味方していたらしい。
勝手に動いたこと、あとで怒られたそうだ。
確かに、警察の意思で動いていたとは思えないことが多かった。
和希を本山と闘わせたことといい、一緒に逃げようと誘ったりといい。
和希がどうしたいのか、それに合わせると言ったり。
話をもとに戻そう。
トオルが、和希の昇段のパートナーになると名乗り出た。
段位は2段、実力は申し分なく、住んでいるところも近いため和希との練習時間も確保できる。
身長はトオルの方が大きいが、手足の長い和希にとっては調整可能な範囲内だろう、と。
……まさか、と思っていた。
だが半月後に所属道場の師範から電話があったかと思うと、トオルがパートナーになったから昇段試験を受けるように、上の方のご厚意で特別に承認いただいた貴重な機会だから絶対試験に落ちるなよ、と告げられたのである。
かくして和希は、世界レベルのアスリートの無尽蔵の体力に、半年、しごかれることとなったのであった。
―――――――――まぁ。鍛えられましたけど。
長い半自由組手の最後のひとつを終え、和希は密かな舌打ちとともに体勢をもとの形に戻した。
正面向いて、礼をする。
ああ、早く組手がしたい。心中で和希は呟く。
暴れたい。早く。
そんな和希の表情を読み取ったのか、廊下から覗いてる今井慶史が、ちょっと呆れたように笑んだ。
昇段試験は続き、途中でいったん休憩が入った。
グローブとマウスピースを拾い上げ、和希はパタパタ走っていく。部外者である、慶史のもとへ。




