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傷だらけの関係を君と。  作者: 真曽木トウル
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80. 君のお迎え

◇◇◇



 警察署の長い廊下の先で、眼鏡の後輩が、笑顔で手を振っている。


 背中にナガモノ入りの筒を背負ってる。

 あの中には今日も和希があげた四尺棒が入っているのだろうか。

 よく警官にとめられずに入れてもらえたな。


 そんな益体もないことを考えながら、後輩に近づくにつれ、ど、っと体が忘れていた疲れを思い出してきた。駆け寄ってきた後輩に、思わず前のめりに倒れながらもたれかかってしまう。



「さ、三条さん…? 具合でも……」


「いや、単なる、エネルギー切れ」


 和希よりも少し骨の太い後輩の肩に、顎を載せてしゃべる和希。

 後輩は、慌てて和希の脇の下に両手を入れて抱える。

 申し訳ない。力を抜いている人間を持ち上げるこの体勢、結構重いと思う。

 この数日、それほど余裕のない気力をごっそり使い切るくらい、消耗してしまったのだ。



「お疲れ様です……? あの……座ります?」



 子供か、と自分で突っ込みを入れたいほど今井慶史に思い切りもたれかかって、慶史に気遣われつつずるずる運ばれて、和希は廊下に並ぶ長椅子に腰かけるように下ろされた。

 深く深く深く、呼吸する。



「……今日、もう、帰れるんですよね? ね?」


「ものすごく捜査に忖度(そんたく)を感じる……」


「うーん。笑っていいのかどうなのかわかりません、それ……。

 俺自身も、確実に過剰防衛になるかと思っていたので。。。」



 後輩は和希の横に座って苦笑いする。ナガモノ入りの筒を足の間において、抱えこみながら。わりと大事にしてくれているんだな、と、思う。

 和希は自分の膝に肘を立てて拳に顎を載せ、どこを見るともなしに考えてつぶやいた。



「そりゃさ、私一人、どうにか不起訴にするために、変なことしたり、本当なら裁かないといけない人間に司法取引かましてたりとかしてないと思いたいんだけどさぁ……」


「うう……そ、そこは警察をもう少し信じたいですね。

 確かに、本人が認めているのに不起訴というのはすっきりしない終わり方ですし。例えば、すべて正当防衛が成立したとか、裁判で白黒ついたとか、示談が成立したとか、何かはっきりしてすっきりする結論なら良かったわけですけど」


「いや、あんな連中相手に絶対示談とかしないって。金払ったりとか死んでもしない!」


 廊下を歩く人々の注目を集まる。しまった。ついうっかり、声を荒げてしまった。慌てて自分の口をふさぐ。気が緩みすぎている。


「―――――三条さーん。わりと元気なのではー?」


「いや? もう完全なるエネルギー切れで頭と自制心がはたらいてないだけですけど」



 言い訳ではなく、嘘偽りない自分の状況である。慶史も、まぁそれは察してくれたらしく、こくっ、と素直にうなずいた。



「そうですね、お疲れでしょうから、ここで少し休んだら、帰ってゆっくり家で寝てください。

 家まで送ります? というか、うち来ます?」


「ああ、いや、もう。足も動くし。

 さすがにこれ以上世話になるわけには」


「三条さんのマンション、いまは鍵は変えてもらって、チェーンももう直してもらったんですもんね。まぁ、いったん家まで送りますよ?」


「え、だから、その……」まぁ、いいか、とか一瞬思いかけた自分がまずいと思う。

 こうして優しいものに甘えながら人の堕落は始まるのだろう。いかん。仮にも先輩なのに。


 いや、優しいもの、とも言い切れないか。


 ちょっと飲み物買ってきます、と和希が止める間もなく立ち上がって外に出る後輩。

 その背中を見ながら、和希は再び息を深くつく。


 後輩が再び戻ってきたときその手にあったのは、いつか彼が買ってきたのと同じ、少し甘すぎるスポーツ飲料だった。こちらに1本を手渡し、慶史は和希のとなりに座る。

 和希がその蓋を開け、飲み口に口をつけるのを見てから、ふと正面に目線を戻して、



「……少し、お話ししておかないといけないことがあるんですけど」


と後輩は言った。


 少年のようにいつもやや高めな彼の声が、腹に響くほど低くなっている。真剣味を帯びた声なのは承知の上で、あえて軽めに、和希は言った。



「キミが元々私を知っててうちのサークルにきたこと?

 それとも、新橋さんに私の監視を頼まれてたこと?」


「………え?」


 後輩が驚いてこちらを見る。


「どうして、それを…?」


 意を決して言おうとしたことを先に言われてしまって面食らってなのか、何度もまばたきをする。

 和希は、ごく軽い口調で、続けた。


「色々言動を合わせて考えて、ちょっと前に確信を持った。

 まず、覇華さんがサークルに来たときに、今井くんは私に聞いたね。妹経由で覇華さんのことをよく知っていたにも関わらず、全日本何連覇だかの牧ノ瀬覇華という人をつかまえて、覇華さんと私、どっちが強いのか、って」


「あっ………」


「スポーツにほとんど触れたことのないド素人が、よくわからないまま言ったならともかく。君は、剣道という武道を経験してる。

 普通に考えれば、同じぐらい、とまではいかなくても、肩を並べる可能性のある戦績を何かしら持ってる人間とじゃないと、言えない言葉だよね。

 もちろん、私の戦績を一切知らなくても、私の方が体格が大きいから、それを念頭に置いて言った可能性もあるとも最初は思ったよ。

 だけど、今井慶史という人間を知るなかで、そんな失礼な物言いはしないかなって」


「そう……ですか。

 あの、新橋さんのことは……?」

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