79. 最悪の禁じ手
覇華の微笑みを見ながら、和希は考える。
正直、揺れた。
捕まらずに済むのか。支援者たちに、迷惑をかけずに済むのか。
続けて大学に通い、これまで通りの生活が送れるのか。
そして、性犯罪者の犯行を止める、ということ。
自分が捕まらずにいさえすれば抑止力になる、犯罪者予備軍の者たちも、自分の病理を見直すきっかけになる、と。
そういわれれば、正直、心は揺れた。思わず、頷きそうになってしまった。
一方で――――――どうしても、それは禁断の手だ、と押しとどめる自分がいる。
まず、覇華の言っている『有罪にするのは今の時点で相当難しいと考えている』が、100%本当のことを言っているとは和希には思えない。
嘘ではないにしても、ある程度バイアスがかかっているのではないか。
その根拠の一つとして、警察が和希のものとみていると言った犯行の数と、和希が実際に行った犯行の数には、だいぶ差がある。
自分がやったことなのでもちろん回数は覚えている。
もし先ほど覇華が言った『被害者』の面々全員が、たまたま捜査に非協力的であったとしても、他の面々がそうとは思えない。
自分自身が性犯罪の常習犯であることを否定したとしても、加害者にはきっちりと落とし前をつけさせてやりたいと考える人間が、ゼロとは思えない。
(もし、すべての犯行で正当防衛が成立したり不起訴になるとしたら、多分、誰かの意思が介在してのものになるだろう。そしてそれは、誰の意思? 警察の意思? 一体、誰の責任で決めた意思決定なんだろう…?)
そうして、その人物が与える『社会的影響』を考慮して、本来課すべき量刑を避けさせようというのは、やはり危険な考えだ。
その考えは、極論を言えば、総理大臣やら地位の高い人物やら、国民的な人気のある人物やらが、何か罪を犯したとしても、『社会的影響』とか『公共の利益』のために裁くべきではない、『社会のために頑張っているのだからそれぐらい大した罪ではない』などという発想と地続きだ。
平等公平ではないことを当たり前として受け入れながら権力者にしっぽを振る日本人の国民性とも、親和性が高いという意味でも危うい。
この世に完全に高潔な人間も、他の人間の意思を蹂躙し人権を奪い取ってでも守らねばならない尊い人間なんてものもいない。
人間は誰しも多かれ少なかれ、醜く弱く、自分に甘いもの。
自分について言えば、性犯罪者を狩ってきたといっても、やってきたことは単なる暴行傷害だ。
だからそれを選び取ることに、矛盾を感じる自分がいた。
かといって。
起訴されて有罪になって、塀の中に自分が入ったとしたら、それこそ、和希は、何もできなくなってしまう。
果たして、一体どちらが正しいのか?
「もし、私が一度逮捕されて、不起訴になったとして、それが報じられたとしたら。
確実に、不満を持って訴えてくる『被害者』はいるでしょうね」
「……まぁ、証拠があるかわからないけど。どうせカズくんの顔は出ないし」
「やってみたらいいんじゃないでしょうか。私を逮捕して、立件しようとしてみたら」
「ん?」
「これから私は、自分に可能な限り正確に自供しますし、警察の皆様のご都合に合わせて公表していただいて構いません。そのうえで、正当防衛になるもの、不起訴になるものが出てくるかもしれませんが、1件でもきちんと起訴までいけるようでしたら、私は甘んじて裁判を受けます」
「…………そう」
覇華は頷いて、ぱんぱん、と手を打つ。
それを合図にか、二人の男女―――私服姿だったが、警察官と思われる――――が部屋に入ってきた。
一人は、部屋の隅の記録用らしい机の席につき、もう一人は分厚い資料ファイルを抱え、覇華の傍らに立つ。
「じゃぁ、これから本格的に話を聞こうか。よろしくね」
微笑みを崩さぬまま、覇華の目の光が、試合前のソレになったのを見て、和希にゾクリと緊張が走った。
◇◇◇
関西一円の性犯罪者ばかりを狙った暴行事件の被疑者として、性別非公表の19歳未成年者が逮捕されたことは、その日のうちに、関西ローカルのニュース番組や新聞地方版、ネットニュースを中心に報じられた。
そして捜査の結果、すべての事件について不起訴となり釈放となった、ということが報じられたのは、そのわずか3日後のことであった。
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