78. 魔手を止めるのは
「………あの。一体、いま何の話をしているんですか?」
「うん、そのままの意味。というか、カズくんの望みがもっと叶う話をしてると思うよ」
「望み?」
「あたしの推測だけど確信を持って言えることでもある。
カズくんはなぜ、性犯罪者たちを次々と襲ったの? 捕まえて警察に突き出すんじゃなくて」
「それは……」
「警察の捜査や刑罰が生ぬるいと思ったから。
証拠があっても起訴まで至れないことがあるとわかっていたから。
確実に、犯罪者たちの魔手を止めたかったから。それから?」
「それから、って」
「あるよね? あれは、明らかに、ニュースを目にする性犯罪者たち全員へ向けてのメッセージだった。
『次はお前の番だ。震えて眠れ』っていう。
そして基本的にいつも、現行犯のタイミングで性犯罪者たちは襲われた。つまり『もう二度としないなら見逃してやる。だが、繰り返すなら容赦はしない』っていう」
「………………」
ニュースを見た犯罪者たち皆に伝わるよう、わかりやすくしたつもりだ。だったら刑事にもわかって当たり前だろう。
実際は和希一人の意思ではない。現行犯のタイミングをいつも狙うことに、協力者たちの間から、反対の声が上がったこともあった。
一刻も早くその手を封じることが大事ではないのか、現行犯のタイミングを狙うことで遅れ、犠牲者が増えたらどうするのか、と。
それに折れず貫き通したものの、ニュースを見るのが恐かった。
「その効果、絶大だったよ。去年1年間の性犯罪の件数は、一昨年と比べて、被害届のあったもので、大阪府で19%、兵庫県で28%、京都府に至っては39%も減少している。
また、性障害の治療を希望して、自分から専門医療センターの門をたたく人も35%も増えたって。今までの警察の努力もバカバカしいほど、『性犯罪者狩り』が『当事者』たちに効果的だったってことだよ」
「被害届が出た件数と実際の事件の件数が比例しているってことはないと思いますけど。被害届が減ったからと言って喜べないというか、むしろ被害届が出ない方が問題では」
「うん、その心配も当然。
だけどね。被害届を出した人からもこういう声が上がっている。性犯罪者が狩られたニュースを見て、被害に遭っているのは自分だけじゃないことを知り、恐かった加害者もまた同じ人間であると知り、加害者を放置するとさらなる被害者が出続けることを知った。だから、今回被害届を出した……って。
被害を社会に向けて、可視化すること。それもまたカズくんの狙いのひとつだったでしょ?」
「それは……随分買いかぶってませんかね、私を」
「そうかな。まぁそう言うならそれでもいいけど」
覇華は頷き、そして続けた。
「ただ、一つ確実に言えるのは、性犯罪者狩りが捕まったなんてニュースが 流れたら、今、せっかく関西圏の性犯罪の被害件数ががくっと落ちているのに、その流れが戻っちゃうってことだよね」
(!!!)
喉元に息が詰まる感触。しまった。そこに考えが至っていなかった。いや待て、落ち着け。動揺してはいけない。
「そうならないよう、あのデータを警察にお渡ししたんですけど。
すぐに皆を捕まえるのが無理なら、連続暴行犯に狙われるはずだった性犯罪者のデータを警察が押収したことも報じてもらえるよう、発表してもらえれば」
「だからもう1回、カズくんに聞きたいな。キミは亡霊になるつもりはある?」
「だからそのゴーストの意味がわからないんですが」
「う、そうか。うーん、ごめんあたしの語彙力が乏しくて。
亡霊、というか、祟り神? 菅原道真的な平将門的な崇徳院的な」
「すみません最後の一人誰ですか」
「ちょっと待って。今いい言葉が出そうなんだけど。えーとえーと、八尺様? 猿夢? 洒落怖? あ、そうだ。と」
「都市伝説、ですか」
「うんそうそうそうそう!」
良い笑顔。そしてさすがにここまでくれば、目の前の刑事が言わんとすることも察する。
「つまり、引き続き私に、性犯罪者にとっての恐怖の対象でいてほしい、ということですね。あたかも都市伝説の亡霊か何かのように」
そうすると、大体その先も予想がつく、と思った。
「私が逮捕されたことを報じられないようにして、引き続き性犯罪者を狙った連続暴行犯が徘徊しているように見せかけたい、ということでしょうか。
望んでいることはわかりますけど、それを警察が先導するのは、かなり危険ですよね。
政府の都合の良いように社会を操作するために、情報を隠蔽する、あるいは虚偽の情報を報道させるということなんですから」
「ううん。流すのは、真実の情報だよ」
「いや、だから」
「『性犯罪者狩り』が正当防衛および不起訴になった、っていう、真実の情報」
「…………………はい?」
「刑法36条。
1、急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2、防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を軽減し、または免除することができる。
つまり、正当防衛の成立要件としては、急迫不正の侵害に対してであること、防衛の目的であること、自己または他人の権利のためであること、やむを得ずした相当性のある行為であること、この4つがある」
(………………?)
正当防衛が成立するかどうかの可能性は以前に桜井が検討したし、その上で、和希の行為は正当防衛の域を逸脱していると断じていた。和希にとってはいまさらだ。なぜ、その話になるのだろう。
「今ここで問題になっている傷害事件を2つに分けるね。一つは性犯罪者狩りとしての連続傷害事件。もう一つは、一連の、本山の手の者の襲撃に対する防衛に伴う傷害。
前者を検討するにあたり、すべての事件において、防衛するためのものであるということ、他人の権利を守るためのものであると言うことは共通する。あとは急迫不正の侵害であったか、相当性のある行為であったか、だけど客観的に見れば残りの二つも両方成立するんだよね。カズくんが計画的に性犯罪者たちを狙っていた証拠がない以上」
「『被害者』の証言は?」
ここで言う『被害者』は、和希に襲われた性犯罪者たちのことだ。
「残念ながら、すべての『被害者』が『性犯罪者狩り』にやられたことを否定してる。『性犯罪者狩り』に狩られたことを肯定するには、自分自身が少なからぬ回数の犯行を重ねてきた常習犯であることを認めないといけなくなるからね。みんな揃って、屈強な大男にやられました、誓って女ではありません…って」
「………随分、強引な理屈だと思いますけど。そんなに正当防衛認定って乱発できますか?」
「まぁ、現実問題すべての件について正当防衛は認定できないと思うけど、それでも『被害者』が否定することによっておそらく不起訴になる」
『被害者』が否定している。それは盲点だった。また、あのデータを『計画性があった』証拠と警察がとらえないということ。その2点が、かつての桜井の想定と大きく違っていた。
「……本山たちの件は」
「それもまた正当防衛になるというか……
まぁ、詳しくは言えないけど、AV以上の酷いことを彼らが考えていて今井慶史くんも巻き込まれそうになっていた。その重篤性に対して、カズくんの行為は相当性のある行為と認められると思う」
大ナタと拳銃の存在を和希は思い出す。
スナッフビデオか何かを作るつもりだったのか?と。その想像が当たっているかどうかはわからないし知りたくもないが………もし自分だけではなく今井慶史が殺されでもしていたらと思うと、背筋が凍る。
「だから、カズくんを有罪にするっていうのは今の時点で相当難しいと考えている。だから不起訴っていう結果は変わらないんだけど……あとはそれを公に発表するかどうか。
いくら未成年で名前も素性も伏せるとしても、『性犯罪者狩り』のことが報じられることで、身の安全を脅かされるんじゃないかって、そういうリスクはゼロですとは言えないから」




