77. 勧誘
「本山は、本当に私を恨んでたんですね」
「え?」
「私が逮捕のきっかけになったからって逆恨みもいいところですが。わざわざ『中島ミサナ』の名前を出して当時を知る変態どもを集めて、ついでに『中島ミサナ』の親までつれてきて、私を襲って動画を売りさばこうなんて。この手の込んだいやがらせ具合、随分な執念じゃないですか」
「………うん、そう、だね」
「色んな人に助けてもらって。とことん素性は隠して、名前も変えて変えて、あちこち点々として生きてきて。もうさすがに私の顔を見ただけじゃ『中島ミサナ』だと気づく人間もいないと思っていたのに。
偶然、大会の画像にうつりこんだ私の顔を見て、本山が気づいたってことでしょう。
よっぽどですよね。どれだけ逆恨み骨髄だったんだか。殺したいのはこっちだってのに」
「………被害者が、加害者の動機や思いなんて、おもんばかる必要ないよ」
「当然寄り添いなんてしませんよ。ただただ、力が抜けるほど呆れていて」
「それがいいよ。深く考えなくていい」
覇華はにこっと微笑んだ。「考えない方がいい。いつか、知りたい時が来たら教えてあげるから」
「………そうですね」
大人目線の覇華の言葉が若干鼻につかないでもなかったが、実際、今の和希に加害者の心理に深く入り込むようなキャパがあるはずもなく。
「もうひとつ、私がわからないのは……今回の覇華さんの行動です」
「へ?」
「最初に京都に来た際、私に接触したじゃないですか。私の犯行を止めようとしたでしょう。なにも言わずに私を泳がせて現行犯で捕まえるのが一番合理的だったはずなのに」
「あ、ああ。それね。。。」
「それどころか、夜に遭遇したとき。本当なら、あのまま私を暴行傷害の現行犯で引っ張れましたよね。本音では、身内から暴行犯を出したくなかった、とかでしょうか? だとしたら警察官としては随分私情で動いたんですね」
「え、ちょっとそれは心外だなぁ。今回は何よりも、本山の逮捕までこぎつける方が優先だったから。カズくんが捕まっちゃうと、何もできないでしょ?」
「そうなんですか。では、勝手な独断で見逃したのではなかったと?」
「……………。。。。。あー、えと」
あ、目をそらした、この刑事。
「……それはともかく。本山たちの捜査はそれはそれで進めていただくとして。もう、さすがに私、三条和希の罪状について言い訳は出来ないんですよね?
先日、例のデータを警察にお渡しした時点で、私が連続暴行犯である物理的証拠もあるでしょう。だから……」
「そうか。じゃあ、こちらがつかんでいる被害の状況を話すね」
「私がうかがって大丈夫なんですか?」
「まぁ、話さないとどうにも進まないだろうし」
そう言って、覇華は大まかに、和希のものとして掴んでいる暴行傷害について語り始めた。
関西における性犯罪者連続傷害事件。
現在警察の方で、同一犯による犯行と確証が持てているのは8件、15人。
重傷6名。軽傷9名。
夜間の乱闘。
現在特に被害届は出ていないため、実態つかめず。
三条大橋近辺河川敷の乱闘。
参加者のうち、軽傷5名。
本山の手の者による三条和希のマンション襲撃。
参加者のうち、軽傷2名。
荒神橋での負傷9人。
七条河原町での負傷2人。
1人が鼻の骨を折る重傷と頭部を強く打ったことなど、全治2か月。
のこりは全員軽傷。5人が太もも、足、肩などを骨折。
和希の犯行を警察がすべて把握しているわけではないとはいえ、重傷者が意外にも少なく聞こえる。
全治30日を超えるものが重傷、超えないものを軽傷と区分するからだそうだ。
少なくとも性犯罪者への連続傷害において和希は、毎回、相手に恐怖を与えて心を折ったうえでKOしてきたため、あえて手足の骨や関節を壊すということをしなかった。それが全治の日数を意外と短いものにしていたようだ。
「橋の時は、さすがにヤバイと思ったんですが」
「幸運だったのは、前日の雨で、少し鴨川の水が増えていたことだね。もう少し水が少なかったら、コンクリートに頭を直撃していたかも」
「そう、ですか」
「一昨日もらったデータ、府警に渡して分析してもらったよ。つい最近作ったデータだね」
「? ええ、そうですよ。既に襲った連中は、必要ないと思って削って、あとは警察の人が見てもわかりやすいように整理しなおしたんですけど」
急に話が変わって、和希は警戒する。
覇華の目的は読みがたい。急に話を変えて、情報提供した仲間の存在を探ろうとしているのかもしれない。
「そのデータを作ったパソコンは?」
「………初期化して、リサイクルショップに売りました。もう不要と思いましたので」
仲間たちの身元を探られるわけにはいかないので、PCの処分も入念にしていたけれど、怪しい行動とは言えないはずだ。
「じゃあ、つまり残念ながらあのデータは、カズくんがこれから性犯罪者たちを襲おうとしていたという証拠にはなるけど、『襲った』っていう証拠には、ならないことになるね」
「…………は?」
「ここで、あたしは、カズくんに尋ねたいことがあるんだけど」
一体、この刑事は何を言おうとしているのか。
証拠がないならこちらの自白を引き出せばいい話だろう。自白と状況証拠で、十分立件できるのではないのか。
混乱して、覇華が何を言っているのか追いきれなくなってきた。
覇華はそんな和希の内心をわかっているのかいないのか、口を開いた。
「亡霊になってみる気は、ない?」




