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傷だらけの関係を君と。  作者: 真曽木トウル
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76.  たねあかし

◇◇◇



 和希が足を引きずりながら下鴨署の取調室に入ると、いすをくるりと回して、


「じゃあ、よろしくね」


と、にこやかに刑事が声をかけてくる。

 いうまでもない。刑事らしからぬ刑事、牧ノ瀬覇華だ。

 スーツ姿ではない。カジュアルなジャケットに丈長めのTシャツ、それにスキニーのチノパン。和希を緊張させないためにあえて普段の私服なのだろうか、と、ぼんやり思う。


 和希はあの夜病院で一晩明かし。

 結局、警察に呼び出されたのは翌々日の午後3時過ぎ。

 その時までは、再び慶史の家にこもるように過ごした。

 そばにいると言う慶史を追い立てて学校に行かせ。


 怪我の痛みをなだめながら一人精神統一し、一回どこかにいってしまった覚悟を、もう一回固める必要があった。

 覚悟を決めたつもりでいても、いざとなると人間なんて弱いもの。



「もう普通に歩けるの? すごいね」


「いや、まぁ。大丈夫です。覇華さんはあれから少しでも寝たんですか?」


「終わったらまたよく寝るから、大丈夫。座って?」


「失礼します」



 なんか不穏なこと言ってるけどまぁ無視する。


 机の反対側に回ると、奥の古びたパイプいすを引き 、和希は座った。


 見渡すまでもないが、一応、部屋の中をぐるりと見渡す。

 おそらくこのような場合は必ず記録者がもう一人要るのだと思う(実際、部屋の隅にはそのためらしいちいさな机もある)。

 しかし今、部屋の中には自分と 覇華、ニ人きり。どこかで録音でもしているのか。



「さて。じゃあ――――」


「最初に。よろしかったら、警察がどういう流れで今回の件にたどり着いたか、教えていただいてもいいですか?」


「ん? それ、気になる?」


「そうですね。何も隠しごとも否認もするつもりはないですけど。聞きたいことをうかがってからの方が、落ち着いてお話できそうな気がします」


「……うーん、そっかぁ。確かに知りたいよねぇ」


 気になることはたくさんある。


 取り調べが手術の翌日すぐではなかった。

 傷の具合を心配されたのか、それとも本山たちの取り調べを優先したのか。

 なぜ、和希をあの日すぐ逮捕しなかったのか。

 逮捕に必要なものが何か足りなかったのか?

 暴行のその場に警察が居合わせたわけではないから、現行犯にできなかったのか。

 ならば逮捕には和希の自白が必要になるのか。そうして手錠がかけられるのか。


 話すことはいとわない。ただ、その前に順を追って理解したい。他でもない自分のことなのだから。



「じゃあ、話していい範囲でさくっと話すね。関西の、性犯罪者を対象にした連続傷害事件は、元々、大阪兵庫京都の府警・県警が捜査をしてきてたんだって。去年の6月ぐらいからかな。

 一方で。東京の本山たちのことは、警視庁と所轄とがずっと追っていたみたい。出演強要にともなう脅迫、暴行、強制性交、それと」


「『中島ミサナ』のことはいつ知ったんですか?」



 和希が尋ねると、覇華が軽く息を飲む。



「覇華さんだけじゃなく、私に関わってきた道場や学校関係者の皆様は、私がなにがしか訳ありだというのは把握していらしたんだと思います。ですが、私自身は、誰がしつこく追ってきても『中島ミサナ』と私が繋がらないように、あらゆる工作をして生きてきました。警察が調べたことを、覇華さんが知ったのか。覇華さんが知っていたことを、警察に伝えたのか。そして、どこから知ったのか。咎めるつもりはないです。ただ、気になります。自分のことなので」



 すらすらと書きたかった手紙でもつづるように、和希の口から言葉が流れていく。

 それでいて、覇華の答えは何となく推量できている自分がいた。



「……少し前に、あたしが言ったよね。本山たちが、いろんな道場に、AV出演の勧誘に回っていたって」


「そうですね。それも『関西一円』って仰っていました。本山の本拠地の関東じゃなくて」


「あ、そんな言い方してた? しまったなぁ」



 自分の失言に顔をしかめる覇華。



「元々、本山たちは女性格闘家を勧誘していたわけですが、わざわざ関西の武道・格闘技のジムや道場にも来ていたとするなら、あてなくスカウト、というよりも、誰かを探しにきていた、と考える方が自然ですね」


「う。。。修行が足りないなぁ。。。あたしも。。。

 カズくんが察した通り。関西の道場に、本山たちの関係者が接触してきたんだ。複数回。カズくんの名前を知ってた訳じゃなく、ネットに上がった大会の写真を見せながら、この女の子の所在を教えてくださいって。それが理事会に報告があがって」



 覇華は、苦い顔を作りながら、言う。



「連絡先を聞いて。あたしの名前だして連絡とったのね。そうしたら、彼女の本当の名前はこれこれこういう名前の子です、悪意ある集団に連れ去られました、親が探しているんです、って聞かされて。そうはいってもすぐに信用も出来なかったから」


「私の昔の本名で検索したんですね」


「……うん」



 苦い笑いがこみあげる。


 本山が逮捕されて『中島ミサナ』の出演作品の供給が止まったそのときから、『中島ミサナ』はどこの誰なのか?いまどこにいるのか?をしつこく探るストーカー連中が出てきた。

 支援者たちの素早い対応で身を隠し名を変えることはできたものの、いまだにネット上では和希の昔の本名は拡散されている。

 児童ポルノAV女優『中島ミサナ』の本名として。



「それはいつ頃?」


「2年ぐらい前。道場の人間には、誰一人言ってない」


「ありがとうございます」


 和希の知らないところで、そんなことがあったとは。

 そして覇華が本山一派の口車に乗らなくて良かったとつくづく思う。


「……ということは、警察も、本山たちの動きを追っている中で、どうやらかつての『中島ミサナ』=駒原和希らしい、駒原和希を探しているらしい、と気づいた、と。そして、同じ団体に所属していた覇華さんを警視庁へ異動させて、本山たちの捜査に加えた。そんなところで合っていますか?」


「おおまかにはそんな感じ。ただ、駒原和希が、高校では違う名前で通っていたことも、三条和希に名前を変えたことも、掴むのには時間がかかったみたい。それで、カズくんの周囲を探るうちに」


「どうやら、性犯罪者への連続暴行犯はこいつらしい、と、たどりついた、と」


 和希の周囲を探るというのなら、恐らくは関西一円の警察署と協力したのだろう。

 証拠を残したつもりはなかったし、事実今まで逮捕されていないということは、決定的な証拠は残していなかったのだろうけど。やはり警察は侮れないと言うべきか。

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