74. 休日の急患
◇◇◇
「背中。もうさすらなくていいよ」
繰り返し、自分の背を往復し続ける過保護な手に、和希はようやく言った。
「大丈夫ですか?」
後輩の手はおずおずと、和希の背中から離れる。
病院のほの暗い待合室で、その温度はひどく敏感に伝わった。
「まぁ。落ち着いたと思う」
和希に寄り添っているのは、言うまでもなく今井慶史。
普通なら、いま急患として縫われたばかりの太ももの傷の方を心配するものだろう。
ジーンズをざっくり切り裂かれての縫合手術。
麻酔でまだ足の感覚がひどく鈍く、下手に歩いたら変な捻り方をしそうだ。
縫合の上から厳重に包帯が巻かれ、まるで結構な大怪我みたい。
実際客観的に見れば結構な負傷なのだけど。
しかし、変なところで聡いこの後輩は、先ほどの和希が胸苦しさを覚えていたことにどうやらきづいたらしく。
警察車両に乗せられて病院まで運ばれる間と、和希が縫合手術を終えて待合室に戻ってからと、かたくなに彼は和希に寄り添い、ずっと和希の背中をさすりつづけていたのだ。
精神症状からくる胸の苦しさは、実は縫合手術の前には収まっていた。
しかし、手術が終わってからもしばらく、慶史の手を和希は拒まなかった。
ひとつは、もう大丈夫と見切り発車で言ってしまったらそのあと予想外の揺り戻しが来てしまう、といったことが、過去にしょっちゅうありすぎたため、自分の状況を慎重に観察していたこと。
もうひとつは、過保護な少年の手に少しばかり甘える気持ちもあったこと。どっちが先輩なんだか。
その慶史が、ふと立ち上がった。
「今井くん?」
立ちはだかるように、和希の前に立つ。
病院の奥からこちらに歩いてきているのは、スーツ姿の牧ノ瀬覇華だった。
慶史の背中にかばうような警戒と緊張を感じとり、和希は自分から彼女に声をかけることにする。
「深夜残業お疲れさまです。いやむしろ休日出勤でしょうか。牧ノ瀬巡査部長」
「うわぁ」
特に嫌味のつもりはなかった言葉なのだけど、覇華は苦笑した。
慶史が、いいのか、という怪訝な目をこちらに向ける。
和希は別に気にしない。牧ノ瀬覇華ほどの手練れがその『職業』についている可能性なんて、少し考えればあっさり思いいたりそうなものなのに、夢にも思わなかった自分たちが悪いだろう。
「警察官だったんですね、覇華さん」
「ごめんねー、言ってなくて。ついこの間異動で捜査一課に配属されたんだ。
本山たちのこと、所轄も警視庁も協力してずっと探っていたんだけど、今回、ターゲットがカズくんらしいことがわかったときに、つい、知り合いなんです、って言ったら京都に派遣されてね」
言葉と裏腹に、覇華はにっこり、悪びれず微笑んだ。
この人のこういうところは、嫌いじゃない。
「ベッド用意してもらっているから、一晩は休んでいけばいいのに」
「……いえ」
それよりなにより先に、警察の捜査状況の話が聞きたかった。




