71. 実戦の鉄則
2人が焦れたように、後鳥羽選手をよけながら階段を駆け上がり始めた。
和希に考える時間を与えるべきではないと考えたのだろう。そして2人同じペースで上がってくる。
(やっぱりそうくるか。。。。)
2人同時に来る。単純なようで厄介な手だ。
ストッピングの蹴りもカウンターのパンチも、それを1人に対して撃っている間にもう1人に攻撃される可能性を防げるものではない。
クリーンヒットすれば一発でKOかそれに近いダメージを与えられる、ハードパンチャーの拳は脅威である。
和希が見た滝選手の試合は派手なKO勝利を飾ったものだった。
この前の寺田選手の試合も、相手のディフェンスが神がかっていたので判定で負けたとはいえ、その拳が当たった時の重さは見ているだけで伝わった。
(この2人相手に確実に堅実に、っていうのは難しいか?)
そう、結論付ける。
確実に堅実に闘うにも、それなりのフィジカルと体の丈夫さが必要で。
グローブのない今は手のディフェンス力がかなり低い。
だったら、ギャンブルしかないわけだ。
和希は階段下向けて高く跳躍し、斜めの天井すれすれ、2人の頭の間に跳びこむように……
「がッ」「ぐ!?」
左右の足を開きざま2人の頭を同時に蹴り飛ばした!
そのまま一瞬天井に手をついて後鳥羽選手の上に落ちないように着地位置を調整する。
――――――両足蹴り。
ワンアクションで左右の標的を撃ち抜く蹴りで、片足は横蹴り、もう片足は前足底を使って打つ。
派手な見た目ながら威力もある。とはいえ、実戦で使うのはまさにギャンブルだが……。
すとっ、と和希は階段の踊り場に着地してふりかえった。
(―――――――――だろうね)だいたい予想通りの2人の姿が目にはいった。
寺田選手は耳、滝選手は頬。和希の靴の底を思いきり食らった場所を手で押さえ、大きく、ふら、ふらとしている。けれど、2人ともまだ倒れていない。
和希の足はしっかりと2人の頭をとらえ、大きく蹴り飛ばした。
けれど、
(しっかりととらえすぎていた)
のである。
和希の足で上体ごと大きく蹴りとばされたせいで、さっきの後鳥羽選手と違ってガクンと脳が揺れることはなかったのだ。
本当はもっと脳を揺らせる箇所をピンポイントで撃ちたかったのだけど……さすがに目の前まで天井が迫った位置ではちょっと難しかった。
だがもちろん、ダメージは小さくないはずだ。
和希はそのまま階段をかけおり1階へ走る。
どちらかが追ってくる気配を感じる。
それもふらつきながら。。。さぁどこでカウンターで仕留めようか?
考えながら、建物のドアを開いて出ると、すぐ目の前に黒いワゴン車……。
(…………!!!)
殺気に気づき。
後ろからの疾風を避けた。
よけた和希の体の右横をすり抜けるように滝選手の豪腕が奔り、ワゴン車のボディに、車を破壊する勢いで裸拳がめり込んでいく。
あきれるほど大きな音。
金属にも負けない、鍛え上げたガチガチの拳。
(…………わ…………)
言葉もない。驚くしか。
和希も、走りながら後ろとの距離は把握していた。
それを、滝選手は……跳んで間合いを一気に潰したのだ。
いや、さすがだ。
和希のあの蹴りが効いていないはずはない。
頭部にあれだけのダメージを負った状態でこの重いパンチ……。
戦慄する。
ゾクゾクする。
その強さには敬意を抱かざるを得ない。。。
(だから、手段は選べないんだけど…)
今、滝選手が和希に背中を向ける形。
和希は、滝選手の後ろから股の間に軽く足を入れ、曲げた足先をくいっとひねって前側についた急所をぺしんと蹴りあげる。
「………………っっつぅぅ!!!!」
靴ごしに嫌いな感触。
和希が足を引くと、滝選手は悶絶し、車に突っ込むように倒れこむ。
痛みに動けないようで、うめきながら地面をのたうちまわり、うずくまった。
(……あと1人)
と……後ろに人の気配を感じた。ようやく、寺田選手が追い付いてきたか。
「はぁ……はぁ」
ふりむくと、荒い息の寺田選手がふらつきながらドアに手をかけていた。
こちらをにらんで、しんどそうにファイティングポーズに構える。
滝選手よりも寺田選手の方が体格が小さい。まだ和希の蹴りのダメージが残って、頭がぐらんぐらんしているのだろうか。
和希は横身に構える。
ふらつく寺田選手はドアを出たところで足元がおぼつかない。
(今、仕留めるか)
ダメージから回復する前に。
道路から高くなっているビルの入口。
和希はかけあがり、寺田選手に向けて横蹴りを撃つべく足を……
(……!?)
蹴りが当たる間合いで、突然、寺田選手がスピードをあげた。
慌てて方向を変え横蹴りを撃つも打点をずらされ、背中側からパンチが飛んでくる。
とっさにもう1回寺田選手へ蹴りを撃ち、肩を上げあごを下げる。
「………………っつ………………!!」
重いストレートが貧弱な肩に当たった。蹴りで少しでも緩和されたはずなのに重い!
そのまま腕を首に巻きつけてガードしたおかげでかろうじて脳の揺れは押さえられたが片足を上げた状態でパンチを食らうのはキツすぎる。
(…………クソッ)
第2撃が当然来る。自分の片足は上がったまま。
和希は寺田選手の腹に入ったままの足を蹴り伸ばし……寺田選手がパンチで前進するエネルギーをそのままつかって跳んでどうにか第2撃をかわして距離を作った。
(……こいつ……回復してたな)
高校生ながら冷静で鋭い寺田選手の目を見ながら、和希は思った。
思えば寺田選手は、ここに来るまでに時間がかかっていた。
ふらふらですぐには移動できなかったのではない。あえてダメージから回復するまでは和希のところに来なかったのではないか。
そして、和希の前でダメージから回復していないふりを装い……
『体重にまさる相手には真正面から闘わない』、という、和希の実戦の鉄則を崩させたのだ。




