70. 3対1組手
(きた……)
予想通り。3人同時に。
和希はそのまま2階に通じる階段を駆け上がった。
足のふくらはぎ……さっき蹴りを受けた部位が地味に痛む。
だが。それ以上に、冷静に自分の思う通りに動いてくれる体が、感動を覚えるほど嬉しい。
さっき受けた蹴りを鑑みても、3人ともパワーは和希に勝るとみるべきだ。
和希の体は、体幹と下半身に筋肉が集中しているので、蹴り単体のパワーなら互角か、技術によってはやや上回ることができるかもしれない。とはいえ上半身がまるで違う。
(……さて、そのまま3人そろって来るか?)
そうするならばまた戦略を考えなければならないところだったが、3人はそのまま2階に上がっていくことに躊躇したのか……まず1人、後鳥羽選手が和希の後を追ってきた。
(よし)
見ずとも大体の位置は把握できる。
和希は後ろを振り向かず、直線軌道の後ろ蹴りを真っすぐ打ち込んだ―――――
「ぐッ………」
階段数段分の高低差が二者にはあった。
大殿筋にぐっと響く手ごたえ。和希が地面とほぼ水平に撃った後ろ蹴りは、正確に後鳥羽選手の顔の中央……鼻をとらえ大きく体をのけぞらせた。
視界の端に、後鳥羽選手の体が宙を舞い、そして階段下の床に叩きつけられるのが見えた。
(高さ的に重症にはならない……はずだけど)
一瞬彼の選手生命を懸念したが、今の和希の立場的にはそう気遣えるはずもない。後鳥羽選手はそのまま失神した様で動かず。
あとに続こうとしていた2人はそれを見て、躊躇した表情で、止まった。
さすがに、顔面に後ろ蹴りをいれてKOなどという試合は見たことがないだろう。その顔に、一段と、警戒の色が濃くなる。
――――――――実戦であれば、数の多い相手、体重差のある相手を倒すのに真正面から同じ条件でというのはありえない。地の利を生かすことを考えるのが当然で、高低差もまたその地の利の一つ。
(あと2人。
で、たぶん、2人同時に来ようとするだろう)
和希はそう予測した。
テコンドーの道場練習では、しばしば1対複数の組手を行った。
対複数の組手は、昇段審査にも組み込まれているほどだ。
1人の側では、相手を一直線上におく(ような位置に自分が動く)のが鉄則だ。そして、自分が複数の側に回ったら、どうにかして1人の相手を仲間と挟み撃ちにしようと動く。
数秒後。2人は顔を見合わせたのち、慎重に、同時に階段を上がり始めた。
和希は再び階段を上がる。あっさり2階にたどりつく。
どうやら足の速さは和希の方が上回っているらしいが。
(次どうするかな……。
1対1にしたとして、寺田選手も滝選手も、ハードパンチャーだ)
和希が苦手な、パンチの強い選手。
パンチがKOできる武器になるかならないか? それは蹴りの脅威にも大きくつながる。
蹴りとパンチ、どちらでもKOできるのなら両方に警戒しなければならないが、KOできないパンチなら最悪我慢して食らって蹴りのみ警戒し続けるということができてしまうからだ。
……テコンドーよりもアグレッシブな闘いを是とするキックボクサーの打たれ強さを舐めてはいけない。
むしろ寺田選手・滝選手にとっては、和希こそ、蹴りさえ警戒していればいい相手ということになる。




