69. 格闘家の宿命
(……重い!?)
攻撃の威力を殺す形で受けたはずなのにまだその蹴りが重い。
異質なその重さに、和希はとっさに後ろの相手の胸を蹴ってフワッと跳躍した。そのまま階段を駆け上がって上まで登りきる。
『どうしました!? 三条さん……』
慶史が電話の向こうで大声を出している。そのスマホを耳に当てながら、和希は階段の下を見下ろした。
「今井くん。さっき、何て言おうとした? 気を付けてのあと……」
『え? えっと、あの、捕まった本山の手下たちが……人手が足りなくなってしまったので、あのキックボクシングの興行で、キックボクサーを何人か雇ったと』
「いまそれ、目の前にいる」
『え!? ええ……』
「―――――――あとで。必ず、君のところに行くから」
和希は通話を切って、携帯を床に置いた。
改めて、階段の下にいる男たちを見下ろした。そこにいたのは3人。確かに、見覚えのある顔ばかりだった。
AV出演させる女ばかりではなく、人手となる男までも格闘技の大会で確保するとは……本山は、どこまで格闘技を愚弄しているのだろう?
「寺田出雲選手」
和希はその中の1人をフルネームで呼んだ。
呼ばれた、五分刈りの選手は、びくりと肩を震わせた。
オープニングファイトで登場し、負けた側の選手。
試合時と比べ体重は増えているようで、和希の目算で60kgほど。
まだ高校生とのことだが、終始動きが派手でアグレッシブで、見ていて清々しかった。
「滝郁人選手、後鳥羽カイト選手」
のこり2人の名も、和希は呼ぶ。
2人はこの間の試合には出ていないが、スタッフとして働いていた。他で試合は見たことがある。いずれも10代の学生だった。
試合時は60㎏台前半まで絞るはずだが、今は目算で2人とも70㎏前後か。
「本山は逮捕されたそうだ。悪いことは言わない。ここで抜けておけよ」
怪訝そうな顔で、3人は顔を見合わせる。
敵の言うこと、にわかには信じがたいという表情。
「3人とも名前を知ってる。みんな10代だけど、将来を嘱望されてる選手だろ。
どうしてこんなことに加担しようとしてる?
性犯罪や人の拉致や暴行にかかわる。明らかに悪事だとわかってるはずだ」
「……………………」
「金か? だとしても、いくらかの金で、売り渡せるような将来じゃないだろう?」
これから逮捕され裁きを受ける和希と違って……皆、これからがあるのだから。
しかし一人、誰かが舌を打った。
「……その、いくらかの金がないから、出られない大会だってあるんだよ」
後鳥羽選手が、吐き捨てるように言った。
「大会参加費。交通費。宿泊費。金がないから、諦めないといけないチャンスもある」
「ジムを続けるのだってそうだ。グローブにレガースにマウスピースの買い換えに、減量用の食事……金なんて、いくらあっても足りない」
「かと言って、親にこれ以上……」
口々に選手たちが言う。
アスリートとしてスポーツを続けることが、どれだけ金銭的に負担か。
それは和希だって痛いほどわかっていた。
「私も、全日本優勝したけど世界選手権に行く金がなくて辞退したことがある」
選手たちが、はっ、とした顔をした。
しかし、意を決したように、1人、2人と、階段を登ろうとする。
「もう一回言うよ?
本山は捕まった。君たちが望む金はもう手に入らない」
「……でも、もう……」
滝選手の声。格闘家とも思えないほど弱弱しく。「やるしか……やるしかないんだよ」
「了解」
和希はうなずいた。
追い詰められ、それ以外の選択肢が奪われている、そういう状態には自分自身も覚えがある。
この選手たちはいま、性犯罪者を狩り続けてきた和希と同じなのだ。脳の一部では正しいと思われる答えはわかっている。でも合理的判断ができない。
だったら一発闘ってしまおう。
「相手してやるよ、ガキども」
あごをくいと上げて、上がってこいと示して和希は煽る。
3人の顔が、明らかに険しくなった。
3人とも男で、和希に体格で勝る、現役の競技格闘者たち。ここ4月からの相手では間違いなく一番の強敵だ。それが3人。
ピンチと言えば一番のピンチだが、それでも闘わなければ彼らは収まらないだろう。
――――――――彼らのことは、受け止めてやりたい、と思った。それは不公平だろうか?
男たちは、少し互いに目を見あうと、示し会わせたように階段を駆けのぼってきた。




