66. 元凶
◇◇◇
一方。
三条和希を乗せたワゴン車は、ひたすら南に走っていく。
携帯電話も壊れ、他に連絡を取る手段もない。
しかし、まるで振動を与えてもならない危険物でも運んでいるかのように、運転席の男は何度も和希を恐怖の目で見てくる。
南へ、南へ。
丸太町通、三条、四条と、どんどん過ぎていき、とうとう五条通まで過ぎてしまった。
そして七条通りでようやく鴨川を渡って、一車線の細い道に入っていく。
「…………あ、あの、京都に拠点を持ってるわけじゃなくて、知り合いにつてで場所を借りたとかで……」
男は振るえる声で、言わずもがなな説明をする。
「今井、くんは、そこに?」
「あ。あの……ちょ、ちょっと」
ガン!と和希は前の席の椅子を蹴った。
ひいい、と運転席の男は喉から絞り出すような声を上げる。
「今井、くんが、いるところに、連れていけ。
そう、じゃない、場所に、用はない」
「い、移動しているところ、のはずです。
今、行く、場所で待って、れれば、来る、はずで………」
「くわしく」
「すみません! も、本山さんが、捕まえて連れてくるんです、ここに。
ここを出る前に、ぼくたちに連絡があって……その、これから、連れてくるからって」
運転席の男の携帯電話が2つとも、ひっきりなしに鳴り続けている。1つは男の尻ポケットに入っているらしい。
運転最優先だからか、男は両方、ずっと出ない。
「………あ、あの。こ、ここです………」
路地の途中で車を停めて、男は手をのばし建物を指した。
観音開きのガラス戸が薄汚れた、4階建ての古びたビルだった。
「ここの地下、です」
「ん」
男はまだ、電話には出ない。
そんな中、電話の一つの音声が切り替わった――――――留守電モードに。そして続いて、うっすら声が聞こえる。
「あ、くそ、コイツ………」
慌てて男が尻ポケットの携帯を取り出し着信を止める。そしてそのまま電源を切ったようだ。
「あ、大丈夫です。そのまま降りて」
「さっきの、電話は?」
「あ、あの関係ないので……」
「今井、くんは?」
「え、ええ!?」
「今井、くんは、いつ、ここに着く?」
「あ、ちょ、ちょっと本山さんに連絡取ってみます、ので、その、待っててください!」
男は車から降りると、ワゴン車の横の大きな扉を引き開けた。
「ど、どうぞ! 下りて、中でお待ちください……」
「ん」
和希が、ゆらりと車を下りる。
つづいて男が、建物の扉も開ける。
真ん中を走る廊下と、右手に地下へも続く階段。
和希が扉を開け入ると、後ろから男がその首に腕を回し――――――――
「!!??」
締め落とそうと回したらしい男の右腕を和希がつかんだかと思うと、一瞬で身を沈め腰に男の体を乗せるように投げた!
男の体が大きく宙を舞う。
相手の腕が自分の喉に回されたのを利用して背負い投げの後半のような要領で投げる。非力な和希でも使い勝手の良い技だ。
投げられた男は何が何だかわからないような顔で地面に落ち、「ご、ご、ごめんなさいいい……」などと言っていたが無視して腕で締め落とした。
和希はふうと、息をつく。
(どうにか……戻ったみたい)
自分で自分のコントロールが効かない状態が少しずつ車の中で回復していったが、いつどうなるかわからないこと、また、相手が交渉のために慶史へ危害を加えるということを避けるために、車の中では、ずっとコントロールが効かない状態のふりをし続けてきた。
どうにか、自分の思うとおりに自分を動かせる状態に戻ったみたいだ……たぶん、まだまだ不安定だけど。
今井慶史の安全を確認するまでは。
(そういえば、アイツ、何か携帯の電源切ってたけど……?)
男の体をひっくり返し、尻ポケットから携帯を取り出す。
慶史の携帯かと思ったが、そのいかにも旧型のスマホは記憶にある慶史のものとは違った。
とはいえ、手掛かりには違いない。和希は電源ボタンを……
「ミサナ?」
押そうとした瞬間、かけられた声に、スマホを取り落とした。
一番、この世で、金輪際聞きたくなかった声を、耳にした気がした。
まさか、まさか、まさか。
アイツがいたら、私は……
声がした階段側を、見たくない。けど。
「やっぱり、ミサナ? おかあさんよ?」
弾かれたようにスマホを拾うと和希は全力でその女に投げつけていた――――――――――――




