65. 本山の正体
―――――――そんなに自分のフィールドで三条和希がちやほやされてるのが憎いんかね。
―――――――男の嫉妬はめんどくせえな。
「男の嫉妬」
脳裏によみがえった、覇華の弟子のイケメンの言葉をそのまま口にすると、初めて、ファルス本山が目をむいた。
「……何だと、ごらぁ」
目の前の大男は、すごんだつもり、なのだと思う。ただその声は、喉の奥で唸るドラ猫のようにしか聞こえなかった。
「そうか、そうですね。ほかにも、あなたが撮影していたこどもたちがいた。親が連れてきたにせよ。その子たちは三条さんと同じ条件なわけで、その中で三条さんを選んだのは」
「黙れよ、調子に乗ってると殺すぞ…」
他の子たちになくて三条和希にだけあるもの。そして本山が執着しながら失ったもの。
つまり、格闘技の強さと、名声。
すなわち、彼が三条和希を憎み狙ったのは。
「嫉妬ですね」
いきなり。
ファルス本山が突進してきた。
とっさに慶史は真っすぐに本山の胸の辺りを突いた……はずが、後ろにずずっと下がらされたのは慶史の方だった。
「殺す……殺す……」
重機のように、四尺棒ごと慶史をズズズズズと押し続ける本山。必死で四尺棒を本山の胸から離さず、自分と本山の距離を確保し続ける慶史。砂利が慶史の足止めを仕切れずに滑る。
その中で、本山が振り回す、ぶん、ぶん、と、乱暴なパンチが時折慶史の頬をかすめた。
「殺す…殺す…殺す…!!」
違和感を覚えないわけがない。
―――――――格闘家のはずなのに、サイドステップさえつかわない。
真っすぐ、真っすぐこちらを押してくる。
あの、三条和希とのリングの上での闘いでは、トレーニング不足とは言え格闘家らしい動きはしていたのに……。
「あ、なた、も……」
押されながら、慶史は、本山に問うた。
「壊れて、いたんですね……」
「殺す…殺す…殺す…殺す…殺す……!!」
―――――――へーえ、身体症状かぁ……
そう、先ほど嬉しそうに本山は言った。
慶史自身もそうだったから、知らなければピンとこないはずなのだ。
心の苦しみが、体をも苦しめることを。
なのに本山はすぐに腑に落ちた風だった。
今の本山は、格闘家として体が思い通りになっていないのだろう。
真っすぐの方向からの力では物理的に折れない棒を、真っすぐ、ただ真っすぐ押し続ける。
格闘家の意識が残っているならおかしいとわかるはずだ。けれど口は呪いの言葉を呟き続け、その巨体は無様に慶史の棒に挑み続けている。
(三条さんへの、格闘家への嫉妬ぐらいで引き金になるなんて!?)
格闘家としての矜持がそれほど大事なものだというならそこまでになるのかもしれない。
だが、決して体を今でも鍛えているわけでもない本山が、女性の三条さんに格闘家として嫉妬し執着するのは、そしてここまで豹変するのは…驚くほどだ。
本山自身が、自分がおかしいということに気づいていたか気づいていなかったかはわからない。
もし気づいていなかったなら、『こんなこと大したことじゃない』と本気で思いながら人を壊し続けたのかもしれない。
本山にとっては『大したことじゃない』から。
本山を壊した誰かがいたとしても、きっと、自分が壊した本山に数えきれないほどのこどもや女性が壊され続けるなんて、想像もしていないんだろう。
もちろん、まったくそれで本山を免罪するつもりなど、ない。心のなかのことじゃなく、あくまで、やったことによって人は裁かれるべきだ。
当然、何かの負担を三条和希にひとかけらだって負わせるべきじゃない。
許すつもりだって、ない。誰一人、本山を許さなくていい。どんな罰も、本山は受けるべきだ。慶史自身も本山が憎い。
けれど……
「殺す…殺す…殺す…殺す…殺す…殺す…殺す…殺す…」
――――――人ひとり壊すと高くつく。それは、壊されたひとりの人間が、きちんと直されない限り、数限りない人間を壊し続ける可能性でもある。
(だったら、殺してしまえばいい?)
少年にも厳罰化をとか、更生の可能性が低い奴は極刑をとか、よく言われるし、慶史も反論できないときがある。
でも、そういう選択を取るとしたら、果たして、その線は誰が引くのか。誰かが引くその線は、本山と三条和希の間に引かれるのか? 誰かが……三条和希も危険だとして、殺す側において線を引いたら? 自分はあの人を、守れるのか?
考え出したら限りない。胸が詰まるような痛みをおぼえて、慶史は深く深く、息を吐きだした。
少なくとも、数年間の懲役は、壊れたファルス本山を直せはしなかった。それは動かしようのない事実だ。
そして慶史は。ファルス本山とは違った。自分の体と自分の心を思う通りに動かせた。
――――――左側に避けざまに棒を持つ手を緩めると、棒の先端から解放されたファルス本山は勢いのまま前につんのめる。棒を抜きながら慶史が一歩、前に入ると、本山の背中が見えるほどの位置だった。
(誰が何を言おうが、俺は、三条さんと本山の間に、線をひく)
だから殺す可能性を覚悟する。
慶史は、本山の後頭部向けて棒を振りぬいた。
人生で一度もやったことがない、人間の頭を、直に撃つ感触。それも今まで撃ったことのない場所を。
本山の巨体は、漫画のように音を立てて、崩れ落ちた。
(……………………)
大きく呼吸する。心臓あたりが痛い。
動かなくなったことを確認して、慶史は本山に近寄る。呼吸は?……うっすらある。確認。死んでいない。
周囲には、まだ立てない本山の仲間たち。さっきまでの本山を見ていたせいか、薄気味悪そうな目を本山に向けている。カメラ役は? …もういない。逃げたのか。
「……お前、自分でぬけぬけとよく言うもんだな……」
ぽつり、本山の仲間でそんな言葉を吐いた奴がいた。どういう意味なのかわからなかったが、無視することにする。本山に三条和希が寄り添う必要も譲歩する必要もない。慶史だってそうだ。
慶史はもう一回深呼吸し、走り出した。
もちろん彼女の危険のこともある。
だけど一刻も早く先輩に連絡を取りたかった…声を聴いて、安心したかった。
遠く、パトカーのサイレンのような音が聞こえていた。
◇◇◇




