64. 邪悪との闘い
問題はここからだと思っていた。
さすがに相手たちも、二方向から挟み撃ちにして攻めるしかないと気づくはずだから。
慶史はさらに下がって距離を取りながら棒を柔らかく、かつ、しっかりと持って構える。
木刀を持っている残りの1人が、後の2人と目配せしあった。
「う…………!!」
3人一気に走り出した。
慶史は跳び下がりながらも3人ともから目を離さない。
大きな足幅の慶史の動きに、必死でついてこようとする3人。前、右、左の3方向からかかろうとする
(長さが……うまく合えばいいけど)
持っていた下側の手を外すと棒をくるりと回し、棒の中程を持った形で右と左の男の鳩尾を立て続けにつくと正面からやって来た男の木刀を棒で受け止め、木刀の横を滑らすように相手の肩に打ち落とした。
「が……あ……」
まだダメージは弱い。
切っ先を側に持つ場所を替えると、手首のスナップを利かせ、いままで持ち手だった棒の下側で、3人の股間をそれぞれパパパン…と撃った。
当然ながら悶絶して、皆、転がる。
「あとは本山さんだけですか……ああ、カメラの方がいたんでしたっけ」
「調子にのんなよ、てめぇ…」
調子に?そんなもの乗る余裕はない。
慶史は正眼に構え、転がっている子分たちを無視して、本山に近づいていく。
「お、おい……何やってんだ、お前も来い!」
本山は後ろのカメラ担当を振り返ってがなる。
「……あなたは、どうして」
「はぁ?」
びくつきながら本山はすぐにこちらに視線を戻す。後ろを向いた瞬間飛びかかってこられるのでは……そうビビっているのだろうか。
それが罪悪感であれば、と、慶史は思ってしまう。そりゃ、そうだったとしても三条和希を何ら救うものではないけれど。
「どうして、あんなことができたんですか?」
「は? 何が……」
「9歳だか10歳の女の子に、どうして……」
言葉につまる。これ以上言うとつっかえてしまいそうなほど、感情が胸を突き上げている。
「はぁ。どうして、中島ミサナのAVを撮ったかって話しかよ?」
「なんでそんな歳の女の子を繰り返し強姦できたのかって話ですよ!」
「…………はぁ」
思わず自分の口から強姦という言葉が飛び出したのも驚いたが……この、今のファルス本山の顔を、なんと表現したらいいのだろう。
今、なんでそんなことを聞かれるかわからない、心底わからない、なんだこいつは、という顔。
昔のことだから? それとも逮捕され懲役を受けたからもう自分は罪を償いました、そういう感覚なのか?
「なんでそんな、昔のことを……?
お前のことでもないのに」
“なんでそんな昔のことを”。なるほど。当てたくなかった。
「そりゃ一番のヒットになったのは中島ミサナのシリーズだけどな、AV撮ってたのはあいつだけじゃねぇし」
“あいつだけじゃねぇし”。
確かに、三条和希に見せてもらったファルス本山の資料の中には、他の犯罪歴も書かれていたけれど。
ちなみに自分に突きつけられた棒に対して恐がって饒舌なのではない。引き続き慶史に対して向けられている目を一言で言えば、『なんだこの変わった生き物は』だ。
「こどもが、あの人だけじゃなかった。って意味ですか?」
「ああ。もっと小さい子もいたなぁ。
なんで、っていうのは、こどもを撮ってた理由か?
わかりやすく言や、金だよ。
バレて多少臭い飯を食おうが、それを越えてありあまる金が入る。
こどものAV撮ってる連中なんて大体そんな理由だろ。
俺がガキの裸に興味があるわけじゃねぇ」
「…………」
単純明快。金なんて、他に稼ぐ手段がたくさんあるもののために?
「そんなことで……いったい何人の人生を壊してきたか、わかってるんですか?」
「人生を壊す? 俺は今までは人を殺したりはしてねぇぞ?
俺が撮ってたガキは大概親が連れてきたガキだし、そりゃあガキなんで痛い思いとかしただろうけどな。恨むんなら親を恨むべきだろ?
ああ、昔のAV出演がバレて就職や結婚がおしゃかになるとかその辺か? そりゃ残念だけどな」
ファルス本山は、妙に饒舌だ。エモノを突きつけられながら、“なんだこの変な生き物は。面白いから色々話してみて反応見てやれ”とでもいった顔で話し続ける。
どうして。どうして、どうして。こんなに通じない?
「どれだけ……どれだけ三条さんが……」
「は?」
「三条さんが、今まで、どれだけ苦労して生きてきたと……」
「ああ、そうだよなぁ」
本山が同意する言葉は、あまりに軽い。
「消息追うのほんと苦労したぜ……どんだけAV出演がバレないように名前と住むとこ変えまくってんだよ……バレたら人生終わるってか?
まぁカタギとしての人生はそうだろうけど」
「それで、どれだけのものを失ったか……わからないんですか?
普通に学校に通って、普通に安全に過ごせて、普通に友達作って、それから送っただろう日常が、どれだけ……!」
「でもアイツ、現役で大学入ってんじゃねぇか。大体8年もたって」
「三条さんが、うちに避難してた時」
ピクッ、とファルス本山が反応したような気がした。
「うなされてました。いつも。自分で気づいていないだけで。
未だにスカートもはけないし、性犯罪者を狩らないと犠牲者がまた出るって強迫観念に駆られることも」
「……それで?」
「知らないうちに精神的なダメージを受けていきなり身体症状にでてしまうときも……いざというときに、自分で自分が思い通りにならない苦痛もあるって……
みんな、あなたがしたことだろ!!」
せいいっぱい。ぶつけるように慶史は叫んだ。
どうせまたキョトンとするんだ。理解できないという顔をするんだ。きっと……。
そう、心のどこかで予測しながら叫ばずにいられなかった。
のに。
「へーえ、身体症状かぁ……」
ファルス本山の反応は、予想の斜め上をいっていた。
心底嬉しそうに……笑ったのだ。
「そっかあ、スカートがはけないなんてレベルじゃあ、セックスなんてできねぇんだろうなぁ」
「…………?」
「強迫観念ね。ククッ、やっぱり、アイツは、いまだに俺が恐くて、アイツは、いまだに俺がトラウマなんだな。
つまり、俺は、いまでもアイツを支配してるんだ。確認できたぜ、サンキュー」
……しまった。
慶史は死ぬほど後悔した。
そう、本山が饒舌だったのは何も考えていなかったからじゃない。
三条和希がどんなに苦しんできて、今も苦しんでいるか。
本山は、それを知りたかったのだ。
知りたくて、言わせるために、慶史を挑発し続けたのである。
(…………ああ、もう)
人生を、魂を取り戻したい。そう言っていた三条和希。
その情報を、むざむざ敵にしゃべってしまった。
後悔も胸を痛めることもなく、ただ、それを嬉しいととらえるような相手に。
そうだ、本山はいまの三条和希にKOされたばかりだ。
KOされ、その執着には恨みが加わっているだろう。
だったら、三条和希が傷つき苦しんでいる情報なんて……
(………………あ)
慶史の胸に突然、引っ掛かるものがあった。
(何だっけ。あの時……あのイケメンが言ったんだ、何か)
三条和希とファルス本山の、死合いが始まる前に。
(確か、確か…………)




