59. フラッシュバック
◇◇◇
――――――――――いったい、いつ、終わるんだろうか。。。
いつも激痛の中で。
果てしなく、撮影が終わるのを待っていた。
眩しいライト。
裸の自分。
こどものはずの自分の体を、触られたくない場所ばかりを、気持ち悪くもてあそぶ大人の異様な目。
ざらついた不潔な男の手。
なめくじのような舌。
自分を撮影する何台ものカメラ。
じれったいほど遅く進む時計の針。
なのにもう、何回回った?
そもそも、もう何日小学校を休んでいるだろう?
自分の体の上に何度もかかる、何倍あるのかという大人の体重。
自分の「なか」に、痛い痛いもの。
それが動くたび「なか」に引っかかってひきちぎりそう。もうひきちぎっているのかも。
きしむ肋骨。
ああ早く、この骨が折れて死ねたらいいのに。
いつしか苦痛から逃げるあまり、幽体離脱して見下ろすように、地獄にいる自分を俯瞰していた。
『最近、叩いても、思ったように泣いてくれませんねぇ……』
『ガキなりに反抗してんじゃないのか?』
――――本山の、声がした。
『ストーリー上、泣いてる絵面が必要なんだよ。
泣く前に顔を殴るわけにいかないから、別の見えないところでもっと痛くしてみろ』
………また、痛みが発生した。
魂が抜けだしているから、何とか耐えられてる。
泣かなくてはいけないのはわかっている。
主人公が泣いたら、犯人に殴られる、そういう場面だから。
でも涙が出てこない。
凍り付いた感情が、ごろごろと体の中で転がって。痛いのに。痛いのに。
――――いつ、終わるの…?
―――――いつ、終わるの……?
――――――いったい、いつ終わるの………?
果てのない、出口の見えない地獄。
ああ。
まだ自分は、あそこにいる。
◇◇◇
「こうじんばし、こうじんばし……ああ、カーナビだとここですねぇ」
一方、本山側が奪還した、例のワゴンカー。
鴨川に沿って南北に走る、川端通を、彼らはゆっくりと北上していく。
数少ない、残ったバイトの一人が、運転席のカーナビを見ながら方向を指さした。
「この車に、5人、後続車2台に、3人と4人……
そんな人数で足りるかな……」
後部座席に座った男が心配を口にした。
「ええ?
この車に乗せてくだけなんだし。
女の子一人、このワゴンの5人もいりゃ楽勝でしょー?」
運転席の男が笑った。
「お前、マンションの時いなかっただろ?
今いるのは、8年前の小学生の中島ミサナじゃねぇ。
女のくせにバケモノみたいな強さのなにかだ。常識が通じると思うな」
それでも首を傾げる運転席の男。
“ミサナちゃんが座った運転席に座りたい”と譲らなかった彼は、それでもかつて画面の外から恋をした中島ミサナのイメージから離れられないらしい。
「まぁまぁ、結局、“足りない”と思ったから、“人質”が必要だったんでしょ?」
「そうですよ。
さすがに、人質を見殺しにして自分ひとり逃げないでしょ?」
後ろからも楽観論が聞こえてきたが、
「でも人質の男は、殺していいんですよねぇ?」
運転席の男が重ねて言った言葉には、他の者は答えなかった。
「目隠しする感じで、早々に連れ込む。
車にさえ乗せたら、中で気が変わって抵抗されようがこっちのものだ」
「うーす」
「了解です」
「もうじきですよ…あ、あれかなミサナちゃん……」
ワゴンカーのフロントガラスから見える荒神橋が、次第に大きくなっていく。
「なんか、体育座りしてうずくまって、具合悪そうですよ?
ミサナちゃん大丈夫かなー」
運転席の男が言わずもがななことを言いながら、ゆっくりと、橋に入っていく。
三条和希――――と思しき女が一人、車道側の橋げたにもたれかかるように、うつむいてうずくまっている。
周囲に、人はいない。
鴨川の川べりにも。
橋に平行に並んでいる、川を渡るためと思しき飛び石にも。
車が止まった。
「よし、行け……」
指示を下すと、ワゴン車に乗っていた男たちがわらわらと降りる。
うずくまっていた女は、顔を上げた。
「―――――三条和希だな?」
魂の抜けたような顔で頷く。
ショックすぎて動けないのか、立ち上がる気配がない。
「ミサナちゃん、大丈夫だよー。
みんな、ミサナちゃんのことだーい好きだから、優しくするから」
運転席の男がニコニコと、最高の笑顔を浮かべて三条和希に近づいていく―――――
刹那。
「ハナ」
女の声が聞こえた。と、思ったら。
「―――――!?」
頭を撃ち抜かれたように吹っ飛ばされて、運転していた男が橋げたを超え川に落ちて行った。
「トゥル」
近づきすぎていた男が、もう一人、川に蹴り落とされる。
跳んでいた、らしい、女が、すとっと着地する。
一同混乱した。
いつのまに。
この女、いつの間に立ち上がった!?
いったい、いつの間に跳んだ!?
「――――――やっと……」
この世のものとも思えぬ速さで大の男2人橋から蹴り落としておいて、まるで病人のようにゆらりとふらつきながら。
三条和希は顔を上げる。
「やっと、来たよ」
「な、なに言って…!? ひ、ひとじちは……」
焦点の合っていない目。
嗤ったような口元。
得体のしれない――――何かのように和希は微笑む。
「やっと来たよ。殺していい連中が」




