58. 三条和希が壊れているということ
今井慶史の携帯からかかってきて、“大事な後輩を預かっている”。
その言葉の意味が分かった瞬間―――――――
(――――――――!!!!!!)
――――――――――――…ガツ…
気が付いたら和希のスマホは、反対側の橋げたに叩きつけられていた。
(………あ…………?)
自分の手がこれ以上ないほど、もげるほどに前に伸びている。
まぎれもない、自分自身が、スマホを投げつけたのだ。
同時に心臓の付近がドッ、ドッ、ドッ、ドッ……と、痛くなる。
心拍はむしろゆっくりと、ただ、ただ、ただ、痛い。
足が。
体が、動かない。
大事な後輩――――――――今井慶史は、大事な後輩だ。
その身に何かあった、と思うだけで。
体が言うことをきかない。
目まぐるしい情報量が頭と体を駆けめぐってフリーズして、和希の体も頭も動かないくせに、暴力的な、加害的な衝動ばかりが増幅する。
最近はなかったのに、おさまってたのに、何で、なんで今……!?
――――――――――……?
ふっと。
通りかかった誰かの者らしい悲鳴が、かすかに。
それをきっかけに、ふいに耳に音がよみがえる。
聴覚が今消えていたことにも、まったく気づいていなかった。
和希のスマホから、何か、音が出ている。
そうか、さっきまで、和希が話していた相手の……
(今井くん……)
(そうだ、今井君が危ないんだ。今井君が………)
きかないと。相手の要求を。
そうじゃないと、今井君が。
足が。
今井慶史が。
何をされるか。わからない。
だから。
動け。
体。
動け!
突然呪縛が解けたように体が動き、和希はスマホの方に駆けだした。
スマホを拾い上げそのままつんのめり、へたり込む。
粉々の画面。
でもかろうじて会話はできるようだ。
よかった、よかった。
『お、おいおい、どうしたんだい?
ミサナちゃん…さっきの音は…。
かわいい後輩を、預かってるって言ってるだろ?』
ああ、わかってる。だから、場所を……
そう聞こうとして和希は再び自分の足がコントロールを失っていることに気づいた。
立て、ない?
嘘だろ?
動けない。
ざらついた男の声。
死ぬほど痛い心臓がまた、和希に呪縛をかけやがった。
この野郎。
この欠陥品!
一番闘わないといけない時だろう?
この肝心な時に言うことを聞かない体と脳め!
会ってほんの一か月だけど…
一緒に闘ってそばに居てくれた、大切な後輩だろう!?
ずっとおさまってた症状がいきなり出るぐらい、こんなに体も脳も働かなくなるほど、感情があふれて、大事な、大事な……
今井慶史が、何をされるか。
(殺されるかもしれないのに………!!!!)
(立てよ………
動けよ!?)
『……後輩をさぁ、無事返してほしかったら、今から……』
和希を壊した当事者側の人間がのうのうと無茶を要求する。
どうしたらいい!?
頭の大部分が働かない、言うことを聞いてくれる脳のごく一部で、和希は必死に考えた。
「―――――――――荒神橋」
声が出た!
『は?』
「荒神橋……鴨川にかかる橋。
出町と丸太町の間。
私は、そこから、動けない」
『おいおい、何言っちゃってんの、かわいい後輩の指とか鼻とか切り始めちゃって』
「動けない……だから、頼む、来てくれ……」
『えー?
じゃあ今から後輩の足とか切っちゃうからその悲鳴でも…』
「―――――――」
ああまた来た、
ダメだ、
抗えない、
この、
「こうじんばし!!!」
と和希の理性が最後の力を絞って叫ぶと。
無情にも、その時だけは、和希の体は和希の意思に反して立ち上がり。
和希の手は弓を弾くように動き。
遠く遠く鴨川の彼方へ、放物線を描いてスマホを投げてしまった。
(あ、―――――ああ―――――)
今井君の命をつなぐ、はずの、スマホを。
この壊れた人間機械は、持っていることにも耐えられなかった。
頼むから、頼むから、あいつらここに来てくれ。
和希と連絡が取りようがなければ、さすがに荒神橋まで来る?
でもそれまでに今井慶史に危害が加わらない保証はない
和希自身の、せいで。
三条和希、――――――この不良品め。
言うことを聞かない、脳と体め。
何が宝物だ。
何が格闘家だ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
鴨川の流れに、和希の絶望の叫びがこだました。
◇◇◇
携帯を握っていた男が舌打ちした。
「しかし、つながりませんね……」
「こうじんばし、か…。
そんなに離れていないが行ってみるか?」
「本山さんはまだ戻っていませんが―――」
「どっちにしろ、連れてくるだけだ。
仕上げはじっくり、時間をかけてやる。
ああ――――なんて名前だったか。後輩もろともな」
◇◇◇




