60. 恐怖の報酬
「殺していい連中、だと……?」
周囲に指示を出していた男の背筋に、ぞくっと冷たいものが走る。
そもそもさっきの二人、どうやって蹴ったのか。
一人目を蹴り落とした方の足は続けて使えまい…。
けれど跳びながら、同じ足で二人目を蹴り落とした。
まるで手品のような蹴りを、どうやったのかまるで見えなかった。
「お、い。こっちには、おまえの……」
「セッ」
三条和希はステップを踏んだと思うと、反対側の橋げたから三人目を蹴り落とした!
(!! こんな速さでそっち側に!?)
「ネッ」
後続車の男たちがようやく車を下りてきたとき、4人目の男が後ろ蹴りで金的を食らって悶絶して倒れかけたところを、ひょいと受け止めた和希は、そのまま橋げたを超えさせて下に落とす……。
続く男たちも。
「タソッ、ヨソッ…」
(こ、いつ……)
倒すだけじゃない。
夢遊病みたいな顔で、わざわざ、大の男たちを、橋の下に、叩き落していく。
「イルゴプ、ヨドル…」
「ひ、ひとごろ、し」
がちがちがちがちがち。
歯の根が合わない。
三条大橋なんかよりは低いとはいえ、こんな橋の高さから、こんな石敷きの浅い川に落とされたら、どうなるか……?
仲間とはいえ、落ちた連中がどうなっているのか、恐くて確認することもできない。うめき声はかろうじて聞こえているが……。
彼はとうとう和希と目が合った。
次は、自分の番か!?
そう思った瞬間、弾かれたように口が開いた。
「ひ、人質が、どうなってもいいのか!?
ころ、ころされ、ても…!?」
「――――――――いや。だ」
「は、はぁ……!?」
「8人」
三条和希は、一つ、大きな深呼吸をする。
そうして、こちらを、ようやく焦点の合った目でにらみ、まだ、肩で大きく息をしながら、言う。
「……8人蹴り落として、今、ようやく小康状態だ。
電話を受けて……さっきみたいな……あんたたち、の、指示の通りになんか、体も、脳も、動かせない状態になった。
まだ、安定、してない……」
「……な、何を言って……」
そう言いながら、それが嘘でもフカシでもないことはひしひしと伝わった。
例えるなら、ちょっとした衝撃でも与えると爆発するニトログリセリン。水に反応して爆発するナトリウム。そういう状態だと、本能的に感じた。
「今井くんは……殺されているのか?」
「ぶ、無事だ! いま、は、無事だから……」
「そうか」
再び三条和希の目の焦点が合わなくなる。
……何か、間違えてしまったか!?
指示を出していた男の手の中に冷や汗が満ちる。
「わ、ああああああああああっっ」
後ろにいた奴が慌てて、後続車の中から何かを取り出してきた。刃物……大ナタだ!
「わ、馬鹿……」
こんなところにそれを出すなと言う間もなく大ナタを振り回しながら奴は向っていった。
まるで怖がる節もない三条和希は、ナタの軌道からほんの僅かそれて避けたかと思うと、奴の顔面に肘撃ちを叩きこんで、そのまま奴は崩れ落ちた。
「アホ…」
こちらの残りは、3人。
つかつかつか、と三条和希はこちらに寄ってくる。
「あんたが、運転して、そこまで、連れていけ」
「え……」
「今の、私の、状態で、運転は、できない。
どの、車、でもいい。今井くんの、ところに。
今井くん、が、指一本でも、無事、じゃなくても。
今井くんの、姿が、見えなくても、
そのときに、全員、殺す」
「あ、ああああ……」
蛇に睨まれたカエルのように、男は、かくかくと頷くしかなかった。
(ど……どう、すりゃ。いいんだ……)
「早く」
「は。はい…!!」
言われるがままにワゴン車のドアを開いて三条和希を乗せると、男は、運転席に乗る。
残る仲間を置いて、車を発進させる…。だが…。
(どう、どうすりゃいいんだ……。
だって、人質は、人質は……!)
運転しながら、男は心の中で叫んでいた。尻ポケットに入れた携帯電話を、呪わしく恨みながら。
◇◇◇




