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傷だらけの関係を君と。  作者: 真曽木トウル
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51. “闘いは神のもの”

◇◇◇


(クッソ……、く、クソっ………)


 左、右、と腕を振り回しても蹴りを振るっても、ちょっとギリギリかするぐらいでクリーンヒットなど程遠い相手と格闘をしながら、ファルス本山は…本山衛は、心の中で反吐をはき続けていた。


(復讐のつもりかよ……この、クソ女、意地が悪すぎるだろッ……)


 断るわけにはいかなかった。

 顔を傷つけてしまったら商品価値が…などと最初に思った。

 しかし、スパーが始まって数秒で痛感する。

 相手にしているマトは、小さすぎて細すぎて、柔らかすぎる。


 小さい顔面に全然パンチは当たらないし胴を狙っても見事にかわすか、力を抜いて跳んでダメージを受け流しつつのカウンター。

 少しでもこちらの攻撃ががかすったと思いきや、跳び下がり足を入れ替えながら腹に蹴りこんでくる。

 こちらは一度もまともには当たらないのに、彼女の打撃だけがずっとクリーンヒットを重ねてくる。教科書通りの綺麗な打撃を。

 跳び下がりながらの蹴りは、本山の、今や脂肪に包まれた巨体をKOするほどの打撃ではないが、痛みにどんどん冷静さが奪われる。


 若さだけはあるからって。

 人の一番大事な聖域に土足で入ってきておいて。

 それで、こちらが最近トレーニングなどしていないことを見透かして、スパーを挑むなんて……。


(クソッ……このままじゃ、俺の公開処刑じゃねぇか……)


 一発でも当てて。

 当たりさえすればKOできるはずなのだ。

 女子をKOしてしまって周囲はドン引きするかもしれないが………うっかり当ててしまってごめんなさいで話は収まるはずだ。


(なんで俺はさっきから、ずっと食らってしかいないんだ!?)


 目の前にいるのは、まぎれもない中島ミサナのはずなのに。

 8年前まで、泣きながら、本山や男優たちに犯されていたはずの子供なのに。


 ―――関西最強の女とか、軽量級は男子を抜いて最強だとか言われていたって。

 三条和希という名になったからって、何も変わらない、女は女でしかないはずなのに。

 どうして一発も当たらない!?


 ちらり、とリングの外の先輩の顔が目に入った。

 なんとも言えないという苦笑……

 本山には荷が重かったかなとでも言いたげに、隣の者と話している。


(KO…せめて、一発……KO、しなきゃ……)


 マスコミの奴はもういないはずだが、何かで“本山衛がスパーで女子に完敗”なんぞとおもてに出ようものなら……


 『元格闘家』としての本山衛の矜持。

 『元格闘家』というファルス本山の売り。

 関係者からの目、顧客からの信頼……あらゆるものを奪われてしまう。


(そうはさせない、そうは……)


 3分間の終わりまでに。一撃で。一撃でこの女を……



◇◇◇



(………って、わかりやすすぎだろう)


 一撃必殺を狙い始めた本山の顔を見ながら、和希はそう心中で呟いた。




『闘いは神のものだ』とカール・ゴッチは言ったらしい。



『勝ちたいという気持ちすら闘いにおいては邪魔になる。ただ、その瞬間に効果的な技を出すことを考えろ。その結果として勝利は天が与えてくれるものだ』と。




 遥かに自分より軽い女相手に、重戦車のように体を振り回す目の前の男。


 【女子】に苦戦してしまう自分を素直に認められないことが、冷静さを奪っている。


 攻撃は最大の防御、と、つい先ほど明言した和希だが。

 公称体重で37kg差の男とリングの上で闘うことになり、しかもその相手と、100%の精神状態では闘えないだろうと考え―――ごく合理的に考えて―――やり方を変えた。



 決して自分は最強ではない。

 別に決して、男より強いわけではないのだ。


 そして相手が男ならば、判断せざるを得まい。

 和希の知る、人間が自分より強い者と闘うための、一番合理的な選択を。


 『しだれ柳』

 テコンドーの理想の闘い方を、創始者チェ・ホンヒはそう例えている。

 

 自分から自分から押して押して闘志で相手を圧倒する。気持ちで負けない。

 和希の普段の戦闘のようなそういった闘い方を否定する。

 下がらず下がらず万歳突撃で突っ込む、そんな闘い方は玉砕を産むばかり。

 必要があればいくらでも後退するし、後退しながらも攻撃し、前進しながらも防御する。

 10対9で勝つのではない、1対0で勝て……と。


 格闘の歴史を紐解くと、起源は肉体と肉体とのシンプルな力比べである。

 意地悪な神が、理不尽にもごく一部の人間に与える大きくて屈強な肉体というもので、比べ合う。弱いものは蹴散らされるだけだ。


 その否応のない無慈悲な格差を埋めるために、格闘技や武道は発展を続けてきた。

 先人たちが、各々が得たものを共有しあわず分断された流派の中で、原理や秘密を隠し続けてきた


 しかしながら。


 それらが発展しきり、隠されてきたあらゆる流派の強さの秘密が暴かれ、簡単にネットで検索できるような世の中と、今やなってしまった。

 最上級の鍛錬を経た者たちの中で、結局否応なく「うまれつき」から逃れられないという残酷な現実に再び捕らわれる。

 うまれつきの体の大きさ、性別、というものを直視しつづけなくてはならなくなる。


 だから、今の格闘家は、極限までルールを利用し、階級=体重と性別で分かれたその中で闘うのだ。


 和希には、屈強で重い肉体への妬みがある。


 だから、そんな体の選手がそろったプロレスが大嫌いだ。

 どんなドーピングに手を出しても、悪魔に魂を売り渡しても、和希の体がヘビー級男性格闘家と同じものになることはないだろう。

 

 ――――ファルス本山は、それができたはずなのに。


 本山は本山の理由で和希に怒っているようだが、和希は和希の理由で無性に腹が立っていた。


 それこそ、最高の「たからもん」をもらってるくせに。

 クソ理不尽で滅びればいいほど意地悪な神とやらから、男という性別と、身長に体格と。

 まっとうに鍛え続け、鍛錬を続ければ、こんな歳でも、競技の中では――――和希がどんなに手を伸ばしても届かない、妬ましくて憎い、どんなにかすごい強さで闘えていただろうに。


(……なんで?)


 そんな宝物を、この男は……一体なんで、こんなにたやすく投げ捨てたのだろう?


◇◇◇

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