52. ちからわざ決着
◇◇◇
(まぁ……しかし、どうせ俺をKOするような武器はないんだろ?)
半分以上の時間が経過して体力が尽きる中、さらに痛みすさまじいかかと落としを眉間に食らい、クラクラしながら、そう、本山は確信していた。
本山自身は、前半に体力は使い切ってしまった。
もう残っておらず、息を切らし、ここぞと攻め切れない状態になっている…にも関わらず、三条和希の攻撃は引き続きカウンターなのだ。
しかも、追撃をしない。
一発、一発。とても綺麗な蹴りを、一発だけ返すのだ。
(綺麗に決めることにこだわっているのか?)
と、つい先ほどまではいらだったが、どうやら違ったようだ。
横がまえから来る足の打撃は確かに重いし突き刺さる。もう嫌だと萎えそうになる。
しかし、耐えられないとこちらが崩れ落ちるようなもの、ではない。
所詮は女。所詮は軽量級。
鍛えず、脂肪だらけになり持久力はなりへとへとであろうと、本山の体はヘビー級。
三条和希は、軽量級の男や素人の男は何人まとめて倒せても、ヘビー級の体を倒せる打撃は持っていないのだろう。
(ぐっ……)
その証拠のひとつが…今腹に食らった跳び回転蹴り。カウンターの蹴りをひとつひとつ、跳んで入れているのだ。
体力があるのを見せつけるせいか、と最初はいらだった。
しかしすべての蹴りをそのようにしているとなると別に理由があると考えるべきだ。
別に、理由……
そう考えると、当然、理由として浮かんでくるものがあった。細くて長い足だ。
一つには、筋力が男に比べ少ないのを、跳ぶことで体重を乗せ威力を上げることで補っていると考えられる。
もう一つの可能性を考えると、それは、蹴ることそもののダメージの軽減だ。
三条和希の足は、長くて細すぎる。その足で、カウンターで直線的な蹴りこみをしてくる。蹴りの力が強い分、支点を固定して全力で約100kgの男を蹴るのは、膝にも股関節にも大きな痛みだろう。
結局、都度跳ぶことで、関節にかかるダメージを減らしているのではないか……。
(所詮KOできないなら……
逆にこちらがドーンと構えてコイツの攻撃を誘ってやればいい)
確かに痛く鋭いショットガンのような攻撃だが、ショットガンで岩山は崩せない。
岩山を崩すのに必要な大砲を、三条和希は持っていないのだ。
こちらが食らうのを覚悟で、肉を切らせて骨を断てるはず。
三条和希の手足が長くリーチがほぼ変わらないと言っても、本山の方が体が大きいのは確かだ。
本山が待てば、必ず三条和希から間合いに入ってくる。
その時には直線的に入ってくるはずだ。変幻自在に逃げ回るモノに当てるよりはるかにやりやすいはず……。
きた、と思った。
足元をクロスさせ入る。今までにない長い直線的な動きで入ってくる。
一発食らうのを覚悟でパンチを……
ぶん、と振ったロングフック。
(――――――――……!!!)
完全に空をかすめた、だけではない。
いままでで一番重い蹴りのかかとがみぞおちに突き刺さり、動きを思わず止めてしまったのだった。
(――――――!?――――)
息が出来ない。
三条和希の頭は、長い本山のリーチのはるか遠い位置にある……。
一体何が起きたのか。
本山は理解できなかった。
◇◇◇
「―――三条、ヨプチャチルギを温存してたな」
イケメンが呟く。
「あの、直線的なお尻を入れ込む感じの横蹴りですか?
一番、食らったらつらそうな……」
慶史も、三条和希のそれを見たことがある、横蹴り。
完全に体を横身にした姿勢から、膝を高く上げ尻ごと体重を真っすぐ横に蹴りこむ、一番リーチが長くて圧倒的に破壊的な蹴り。
体の真ん中を串刺しにするように蹴りこむと、例外なく相手は吐きそうな死にそうな顔をしてくずれおちた。
尻ごと足を突き込む分、上体はやや傾き頭は相手から遠く低い位置になる。
本山のロングフックのはるか外。カウンターのつもりだった本山のパンチはまるで捉えなかった。
ぐふっ、と本山が一瞬沈みそうに見えた。
……崩れ落ちそうに見えたが、かろうじて耐えたようだ。
「もう少し脂肪が薄ければKOできたんだけど」
「そ、そうなんです、か…?」
相手が巨体すぎて、頭ではなくボディへの蹴りでKO、というのがあまりイメージできず慶史が首を傾げると、イケメンが補足する。
「テコンドーだとヨプチャ真正面から食らうと結構戦闘不能になるから。
三条、本気出したらヨプチャでコンクリブロック割れるはずだし」
「はい…!?」
慶史は眩暈がした。逆に言うとあの男、コンクリートブロック割れる蹴りを耐えたのか…!?
「さて、本山は残り時間、どう出るかな…?」
◇◇◇
一体何が起きたのか、わからない。しかしその混乱の中、本山はどうにか自分が立っているという事実を認識した。
(なんだ……なんだこの蹴りは!?)
息が、息が、できない。
このまま立ち続けると死ぬのではないかと思うほど息ができない。
(なんだ………?)
相手の、三条和希の姿が目に入らない。
目に入っているはずなのに認識できない。焦っているのに、頭に霞がかかったよう。
酸素不足とパニックが本山にそのような状態を引き起こしていた。
側頭部に痛みが走った。
初めての追撃。そしてそれが続く。
蹴りか、パンチか、それさえも認識できないまま本山は両腕を上げるだけ、腹を丸め、あごをひいて首に力を込めて、亀のようにじっと食らい続けた。
あとはもう自分の体の大きさと頑丈さを信じるしかない。
もう、自分が選べる最良の選択は“KOされない”以外になかった。
ショットガンのような衝撃を食らい続ける。重い。
(女のくせに………)
(負けるのか、俺が? ……女に……?)
喪うだろうものたちが、グルグル走馬灯のようによぎり。たまらなくなったその時――――。
ふっと。
衝撃がやんだことに気づき、本山は顔を上げた。
(アイツの体力切れか?)
と浮かんだ一瞬の期待は、相手の―――三条和希の形を認識して、かき消えた。
なんでそんな態勢で闘えるのかと思うほどの横身の構えから、三条和希は、見せつけるように足を上げていく。
(あの蹴りだ!!)
尻をこちらに向けたその体勢から蹴りが放たれようという――――その瞬間。
反射的に本山は両腕を落とし腹の上をガードした。
自分の両腕のガードが腹に間に合ったのを見下ろし、ざまぁみろ、と口の中で罵声を吐いた。
――――――――次の瞬間。目の前に足があった。
―――――――――――本山の世界が、ぐらんと大きく揺れた。
◇◇◇
あ、もうガードされた、と慶史も反射的に思った。
ガードの上から蹴りでも大丈夫なのか…?と心配した。
そして三条和希の横蹴りは放たれた。
軸足をスライドさせながら、上に。
(…………!?)
軸足が次の地面を捉えたとき、蹴り足は下を向いた本山の顔を捕らえ、軸足がつかむ地面を支点に――恐ろしく急な角度で―――無理矢理ちからわざで眉間を蹴りあげたのだ。
大きく、本山の頭が揺れた。
瞬時に離れた和希よりも、ゆっくりと膝をつき、その巨体は大きな音を立てて、リングの上に、沈んでいった……
え、KO?
KOなのか?
喜ぶべきはずなのに、にわかにその状況が信じがたく、慶史はどうしていいかわからなかった。
「まじか………えっぐ」
イケメンが言葉とは裏腹に、キラキラした目で三条和希を見つめていた。
「………あの、三条さん、今、横蹴りで、“上”、蹴りました……?」
「上段横蹴り。
見せ蹴りとかではやるけど、速さもリーチも利点があるわけじゃないから、組手でやる奴なんてほとんどいない。
それも、あんな、意味わからん高さを、実戦で蹴るなんて…」
彼も興奮しているようだ。早口ですごい勢いで解説する。
「スピードがない相手だけど一番必要なのは威力だった。体重差もあって、首が太いせいで、なかなか脳が揺らせなかった。
だからって、自分ができる一番威力のある蹴りを、自分の体の柔軟性に任せて無理矢理、それも眉間なんて高い位置蹴りあげて脳をちからわざで揺らしてKOしやがった。
めちゃくちゃ意味わからん蹴りだよ……最高すぎる」
「は……はぁ……」
(よくわからないけど…首の筋肉が頭を支えているとして、脳が揺れることがKOにつながるということで、そうすると、テコの原理的に考えると、首を支点として、少しでも高い位置……今回は眉間、を力点とすることで、作用点……脳にかかる衝撃が大きくなったということ、か? 合ってる?)
あくまでも練習試合の体で、しかしKOが起きてしまったということ。
気がつくと、リングの上にあがってきた主催者に、和希が謝っており、主催者はぽん、ぽんと和希の肩を叩きつつ何か言葉をかけている。
一方、周りの者たちもリングの上に上がり、KOされた本山の周りに集まっていた。
(勝ったんだ……)
すがすがしい勝利のイメージとは程遠いその図の中で。
無傷の三条和希が、関係者に頭を下げているのを見て、慶史はようやく実感した。
(三条さん、勝ったんだ……)
◇◇◇




