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傷だらけの関係を君と。  作者: 真曽木トウル
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46. 男に勝てる体

◇◇◇




「――――おお!君の連れって、この子か!!」



 和希は驚いた。


 ……牧ノ瀬覇華の弟子(?)が話しかけていた還暦前後の男性が、こちらを見て、思いのほか大きな声を上げてきた。

 相手は大物である。

 顔見知りではない。こちらが遠くから見かけたことはある。

 けれども、(フルコン空手の)いち黒帯が話しかける立場でもないだろうと、一度も話したことはない。なのに。


「なんやったっけ、あの……駒原こまはら和希。

 あ、今は、三条和希か。

 テコンドーと、フルコン空手やってるんやんなぁ」


「え、あの……」


「ああ、悪い悪い。

 こっちが一方的にやけどな。

 君の試合は何度か見とるねん。

 テコンドーも空手もな。

 おいで、こっち」


「は、はぁ……」 


 和希は体育会系な人間ではないが、理由なく拒否するには相手の声は力強かった。

 慶史を促し、あのパンフレットに顔の載っていた主催者―――関西キックボクシング界の重鎮である、その男性のもとへ近づいていった。


 現役時代はその名を全国にとどろかせた人気選手だったという。

 その試合の映像を見たことはないが、今なお顔つきも時代俳優のように精悍で、近くで見れば和希よりも背が高く、体も大きい。

 そして、とても大きな手。裸拳も鍛え上げたのだろう。


 ざわっと、唐突に、和希の体の血が巡りだした。


 もしこの人の現役時代に、道場の畳の上で、あるいはリングの上で、一対一で対峙したとしたらどんなだったろうか?

 自分ならこの人とどう闘っただろうか?

 思わずイメージせざるを得ない。


 いやきっと、今でも強いのだろう。それは直感的に確信できた。


「あれ?

 けど、いまは二人、団体が違うやろ?

 確か?」


 主催者が、覇華の弟子のほうを向いて言う。


「ええまぁ、個人的な交流って感じですかね。

 で、こっちの男はうちの入ったばかりの白帯です」


「おお、そうか!

 君に教わるなんて運がええなぁ」


 慶史が目を白黒させているが、覇華の弟子の方便で、慶史が勝手に白帯設定にされてしまったようだ。

 ただ、まぁ、身元を説明するのに道場生という一言が最も便利ではあろう。

 本山たちに、慶史の素性を撹乱かくらんすることができるし……。


 しかし。

 主催者のほころばせた顔を見て、和希は戸惑うしかない。

 何だ?

 違う団体の、違う競技の一介の色帯に、どうしてそんな笑顔を?


(そもそも私、女だぞ?)


 ―――――――強い者を愛する男たちの求めている存在では、そもそも性別の時点で違うのではないのか?

 そういう頭が先にあるので、どうも主催者の笑顔が釈然としないのだ。



「ほら、女子の試合が大晦日のメインに組まれたりしとるやろ?

 うれしいねん。女の子も、男と同じように目標や夢持って、格闘技できる今の時代が。

 君は女の子としては強すぎて、相手が本当におらんかったやろうけど、これからの時代は違うで?

 どうか、テコンドーも盛り上げていってな?

 おっちゃんからのお願いや」



「は、はい………?」



 かつて日本最強とうたわれ伝説のように語られる男が、好々爺のように、にこにこと饒舌に語る。

 どうして? と、また疑問が頭を支配する。

 それに気づいてか気づかずか。


「悪い。

 やらしい意味やないねんけど、体近くで見せてくれへんか?」


「え? あ…はい」


 大きく一歩、和希は歩を進めた。


「構えてくれるか?」


 言われ、すっと横身に構える。


「ワンツーちょっと打ってみて」


 そう言って男がミット代わりに大きな手を掲げるのを、これもまた言うとおりに和希は打つ。

 パパン…、と和希のパンチを素手で受けて、かなり痛かったはずだがその手のひらを満足そうに見ながら、また主催者は微笑んだ。


「うん。

 また背ぇ伸びたし、下半身がしっかりして、ほんまに闘う体に育ったな。

 上半身も、細いようで、しっかりストライカーの体しとる。

 筋肉が柔らかいしそれでいて胴の芯が強い。

 長すぎる手足をこの柔らかさと強さが生かしとる。

 ええ体や…。

 自分でも鍛えてきたんやろうけど、神様から、たからもんもらったな」


「え? あの…」


「男に勝てる体や。

 大事に鍛えて、使ったりぃな」


「……ありがとうございます?」


(たからもん?)


 言われた言葉に、少しくらくらした。

 練習不足とかブランクとか。

 覇華との勝負の後だから、もっとネガティブな言葉が来ていたならしっくりきただろうが、そもそも、体を誉められる、ということが予想外で戸惑う。


 ――――体を、誉められた。

(この私の、たかだか58kgの体が? 女の体が?)

 性欲の対象としてじゃなく、闘う体として、誉められた。


 確かに、闘うために、自分の体でできることをとにかく知り尽くし、使い方を日々考えつくしてきたけど。

 その最適解を日々試し正解を出し、闘ってはきたけど。

 その闘いに、この体がついてきたけど。ずっと満足できなかった。もっと強くなりたかった。


 自分の体が、“たからもん”?


 今まで自分の中になかった考えに、カルチャーショックを受ける。

 まじまじと、主催者を和希は見つめた……。


「そう言えば……」


 覇華の弟子が、話を変えるのか声を上げた。


「そちらに僕が初めてお会いする方がいらっしゃいますね」


 彼がちらりと目をやる方向に、和希は目を向けた。


(…………!!!)


 和希の全身が総毛立った。


 客たちにやや邪魔扱いをされながら、通路に仁王立ちしている、恐い顔の大きな男は……

 間違いない。

 ―――――8年ぶりに見る、ファルス本山だった。


 忘れていない。 


 あの手で、和希の口を押さえ込み。


 あの体で、和希にのしかかり。


 あの口で……


「おお、紹介したるわ。来いやぁ」


 幽霊でも見たような顔で、顔面蒼白で和希たちを見やっていた本山だったが……呼ばれてしかたなく、こちらに近づいてきた。


 自分から、約6,7メートルというところ。

 和希はこみあげてくる吐き気を抑えながら、必死で冷静さを保ち、本山を観察した。



(………………顔の肉が削げた)



 眉の薄い額が大きく張り出し、突き出た頬骨を強調する異様な肉付きに、その顔は、鬼か凶暴なエイリアンに見えたものだった。

 いま見た本山は、子供の頃の記憶よりも、確かに8年分歳をとっている。


 ホームページには筋骨隆々たる写真を載せていたが、あれもだいぶ若いころのものだろう。

 服の上からはかってみるが、筋力は衰えて、かわりに脂肪にまみれていそうだ。

 長期間刑務所に入っていたわけであるし、出てからも、トレーナーなどをしていたわけでもない。

 そもそも、歳もかなりいっているはずだ。

 ――――――しかし体は大きい。今でも。


「こいつはな、東京から来た本山ゆうねん。

 やってたんは、キックボクシングと、プロレスでな……」


「へえ、ああ! お噂は聞いています。はじめまして ! あの俺……」


 敢えてなのか何なのか。

 覇華の弟子が明るい声であくまでもさわやかに挨拶しようとするのを、 取り繕って歪んだ笑みを浮かべながら、本山は手で静止した。


「知っているよ、お姉さんともども、雑誌で見たから ……」


「あ、それは、光栄ですね!

 マイナー競技なのにしっかり見ていただいていて、本当にありがとうございます。

 それじゃあ、この女もご存知ですよね?」


「…………いや」


 本山の視界に入っていることが気持ち悪い。

 そんな和希の思いなどには気づかないだろう覇華の弟子は、あっさりと和希を紹介する。


「あ、そうなんですか。

 三条和希っていって、テコンドーで強くて、一部に相当熱狂的なファンがついてる女なんですよー。

 実力試しに大勢で襲いかかられたり、東京から京都まで追いかけてくる奴もいたりとか!」


「……へえ……」


 それファンと違うわ、ストーカーやろ!

 という声とともに、本山の後ろで失笑が起こった。


 本山の額に脂汗が浮かび、顔色はまた白く、と思ったら赤くなり……

 覇華の弟子の挑発に、和希はひやひやしていたが。


 一瞬。


 和希は、ファルス本山に、すごい目で睨まれたのに気づいた。


(……なんだ?)


 敵意?憎悪?のようなものを感じる。


 怯えるとか恐怖よりも、純粋に不思議さが先に立った。


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