45. ファルス本山と本山衛
◇◇◇
「…………わからん、って、どういうことだ!?
本当にしっかり調べたのか!?」
薄暗くて狭い通路で、携帯電話に向けて叫ぶ男がいた。
『は、はい……あの、一緒にいた男は、本当に、どこの誰なのか……』
携帯電話の向こうの声も委縮して響く……。
「あのガキが何者か。
それがミサナを捕まえる最大の手掛かりなんだぞ。
身元さえわからんって、どういうことだ!?」
『いえその……三条和希の、学部学科と、クラスは何とかつかんだんですが……
本当に、同じクラスの人間には何も自分のことを話していなかったようです。
まったくそれ以外の人間関係は追えなくて……。
テコンドーと、極真空手の道場で聞きこもうとしましたが、例の連中の息がかかっているのか、すぐ通報されかけて逃げてきましたし。
ほかの格闘技関係も、大会等に出ていないのか、正直追えず……』
「バイトやサークルはどうなんだ!?
大学生なら、そっちの人間関係だってあるだろう…?」
『ですから……
クラスの方では、そういうものがまったく追えませんで……』
「じゃあ、高校の方はどうだ!?」
『高校?
……ですか?』
「高校はわかってるだろう!?
高校で使ってた名前はわかってるんだろう。
卒業して1年と少しだし、知ってる教師はいるだろうし、3年生ならアイツのことを知ってる奴もいるだろう。
同じ高校から来てるやつとは連絡を取ってるかもしれない。
誰か、明日の朝いちで高校にやれ!」
『わ、わかりました……!!』
相手の返事を聞いて、男は――――ファルス本山は、鼻息荒く、携帯電話の通話を切った。
「どいつも、こいつも……」
ひとり呟いて舌打ちをする。
そして、目下、部下を総動員して探している相手……転送させた写真を表示させる。
移っていたのは、眼鏡の、どこにでもいそうなガキの顔。
イケメンでも何でもない。
ただ、若いというだけの。
――――ただ、“彼女”と同じぐらい若いということは、確かな。
「一体……どこの誰なんだ」
本山は、握りつぶしそうなほど携帯を握りしめた。
しばし、壁を殴りつけて……本山は時間に気づいた。
オープニングファイトまであともう30分もない。
さすがに、戻らねばなるまい。
試合直前に来るであろう関係者への必要な挨拶をするにも、もうギリギリだ。
ファルス本山から、今は本山衛に切り替えねばならない。
『格闘家のそばにおったら、気持ちが昔に戻るやろ?』
そう言う、キックボクサー時代の先輩が、本山に定期的にこうした仕事の声をかける。
体育会系らしい命令の形で毎回呼び出されるが……
本山の“再犯”を心配して、更生をはかっての“おせっかい”だろうというのは、自分でもわかっていた。
今はもう数少なくなった、“元格闘家”、本山衛としての仕事だ。
“元格闘家”の肩書を自分がつけて、それを“本業”に生かせるのも、こういった仕事をきっちりとこなしているからだと、本山は自負していた。
そして、繰り返し呼ばれるのも、毎回それだけの仕事を自分が出来ているからだと。
だから決していい加減な気持ちではやらない。
試合に挑む選手と同様、敬虔な気持ちで、リングに敬意を払って解説という仕事をするのだ、
スイッチが入った本山は、足早に、リングへと向かう。
しかし。
リングの横の、解説席のもとを目指していた本山の、足が、止まった。
「どうも、お久しぶりです。
皆さまお元気そうですね!」
「おお、来てくれてたんや……! すまんな、君も忙しいのに」
その、自分の大事な先輩に笑顔で挨拶する、見覚えのある若いイケメン面の男に。
………その、自分の団体の者でもない若い男に、笑顔を見せる先輩に。
本山の脚が、がくがくと震える。
なんで。
なんで、こ こ に コ イ ツ が い る 。
「普通に金払って入ってくれたんか。
君やったらいつでも招待したのに」
「いやいやー。
これだけのメンバーのカードをタダで見せていただくなんて、そんなの悪いですよー。
連れも今回2人、連れてきました。
試合、楽しませていただきますね」
「そうかー。
むしろ君やったら、いつか出てほしいけどなぁ……。
どや?」
「うーん。
出てみたい気持ちはあるんですけど、やっぱりウチの試合よりは激しいですもんね。
ダメージの影響がでないように、こっちの大会のスケジュールも合わせて考えないと」
「まぁそうやろなぁ。
ところで、連れはテコンドーの連れか?
よかったら、このへんの関係者席増やすから、こっち座らへんか?
それぐらいさしてほしいし。
君の連れやったら、紹介してほしいわ」
「ええ。じゃあ………」
そう言って、そのイケメンがくるりと後ろを向いてゆびをさす。
恐る恐る。
本山はその指先を、目で追った。
――――――捜していたはずの2人……三条和希こと中島ミサナと、あのメガネ男が、いた。
◇◇◇




