39. 落ち度探しゲーム
……………もぞ。
時計をにらんで、寝返りを打つ。
もっと、すぐ寝られる体質だったらいいのにと思う。
さっきは疲れのせいか、筋トレのあとみたいにとろとろした眠気に襲われていたのに、ご飯の前だからと我慢したら覚めてしまった。
同じ部屋に、すぐそこの床に、よく知らない男が寝ている。
それが気になる。
ほんのり鼻に入ってくる、布団のにおいも、枕のにおいも男のものだ。
むしろ、借り物のジャージを着た自分の体からも男のにおいがする。全然くさいとかじゃないけど、鼻になじまないにおい。
私が男に産まれていたら、と、名前も知らない新入生の後輩に言ったけど、自分がいきなり男になったらこんな感じなのだろうか。
「眠れませんか?」
慶史から話しかけられる。
「まぁ、そりゃ。
男の部屋で熟睡なんて……」
反射的に答えに困り、そうこたえてしまった和希だが。
「……あ、ごめん」
即座に謝った。
助けて泊めてもらって、言うべきことではない。相手の、生まれ持った性別を、どうこう言うだなんて。
「え、いやまぁ、そうですよね? 男の部屋ですもんね。
実際男がここにいますし、女性からすれば安心は」
「……いや、その。
ちょっと今、自己嫌悪している」
「え?」
「『男と女の間には恋愛感情が発生するのがデフォルト』っていう、私が諸悪の根源だと思ってる考え方に、棹さしたことを言っちゃったなって思って」
「えっ!?、と……恋愛感情?というか、性的感情のほうでしょうか…」
一瞬声が裏返ったのは彼なりの動揺故らしい。
「そうだね。性的感情が発生するのが当たり前、とする、考え方。というか宗教。
同じ部屋にいようが一緒に食事をしようが、意思に反した危害を加えていいなんて道理はない。
男の部屋だろうと女の部屋だろうと、家主を信頼して泊まるなら、あとは私の、人をみる目があるかどうか。
条件は変わらないんだから」
「い、いや、その、条件は、かなり変わりません……!?」
「別に、女にだって寝首をかかれる可能性はゼロじゃないだろ?」
和希は横になったまま、親指で喉元を真一文字に掻き切るしぐさをしてみせる。
「寝首って……」
「君が男にうまれたっていうだけで、私が君に、疑いをひとつ余計にかけるのは間違っている。
少なくとも、私がしてはいけなかった」
「………………“私が”?」
慶史はその部分に引っかかったらしく、繰り返した。
大して深い理由ではない。
生まれつきの『女』という性別につきまとう枷を嫌がっていたくせに、自分が『男』に同じことをしてしまっては世話はない、というだけだ。
軽く自嘲的な気持ちで和希は再び、壁がわに向くよう寝返りを打った。
「……あの。緊張させてすみません。俺が男なせいで」
「だからさ。
それは、まったく君が謝ることじゃなくて」
「でも。そう言いますけど、実際、恐いですよね?……俺のことも」
ああ、とそこでようやく、
(それを気にしていたのか)と気づく。
「男というのが、先天的に殺傷能力が高い属性なのは事実だけど」
「………………へ?」
「あと、凶器になる器官を先天的に持っているのも事実だな。
急所でもあるけど」
「え、と…………すごい言い方しますね」
言い方も何も、事実しか言ってませんけど。
「だけど、私は目さえ覚めれば君には勝つよ。
後天的に殺傷能力が高いから」
言い方がツボに入ったのか、慶史が笑った。これもただの事実だが。後輩が笑ってくれたなら、良しとしよう。
「君の救いになるかはわからないけど。
触られるのが苦手なのは男だけじゃない。
女に触られるのも、慣れないと気持ち悪くてさ。道場での練習に正直苦労したな。あと、体育の授業の柔道」
「そう、なんですか?」
「だから、君が男でも女でもそんなに変わらない。男である君は、ただ力を持っているってだけ。
――――私は、君を恐いなんて思わない」
「良かった……」
ぽそり、と後輩はつぶやくように漏らした。
「また…が…なせいで……かと……」
後輩が胸のうちでつぶやくように、とぎれとぎれの言葉を口にする。
それに和希は耳をとめ、不意に体を起こした。
メガネをかけていない後輩は、それでも体を起こしたのはわかったらしい、驚いた眼でこちらを見る。
こちらも驚いた。――――まさか。男の中にいると思わなかった。
「あの………?」慶史が、怪訝そうな顔をしながら、体を起こす。
「あ、ごめんね、びっくりさせて。私の知る限り、『また俺が男なせいで、恐がらせてしまうんじゃないかと』なんていう男子はいなかったものだから」
「え?と、き、聞こえました!?」
「つまり君は、基準を男には置いていないんだ?」
「―――え、い、いや、その。た、ただ、害を与えるのは、嫌ってだけです。
同級生の子が、進路を変えないといけなくなってしまったのは、お、俺のせい、ですし、あと他にも。
俺が女に産まれていれば、こんなことはなかったんじゃないか、って」
「少なくとも君は―――私の見受ける限り、中身も完全に男だけど―――自分が男に産まれたことを、悩んだんだ。
自分が、男じゃなきゃ良かったんじゃないか、って」
「あの……? それが、何か…?」
「通った道は違うけど、私も、自分が女じゃなきゃよかった、男に産まれていればよかったんだって、思っていた」
「―――三条さんが、男……ですか?
でも、三条さんは、昔……」
わかりやすい後輩は、反射的にそれを言いかけて、慌てて自分の口を手でふさいだ。
実にわかりやすい。
「昔のこと?
昔、男にされたことがあるのに、何で男に産まれたかったと思うかって?」
慶史が和希から目をそらす。
やはり、気にはなりつつ触れてはいけないことと思い、ここまで聞かずにきていたのらしい。
「女に産まれたことを、ずっと呪ってた……っていうのが近いかな」
さぁ、どこからどう話したものか。
「……多分、親の借金の関係だと思う。両親に、ファルス本山の事務所に連れていかれた。
小4から小6まで、2年ほど、結構な頻度で。
撮影のたびに陳腐なストーリーをつけられて、大人の男たちのおもちゃになってた」
「…………………そんな歳で……?」
「すぐに泣かなくなったからとか、落ち着いているとか言われて。
歳のわりに中身が大人で早熟で……そんなキャラ設定勝手につけられてたけど。
正直、脳が物理的に縮んでたんじゃないかと思う。
嫌すぎるけど逃げられないからどうやって死のうとか、
痛さにどう耐えるとか、
心のスイッチを切るイメトレとか」
そこまで言ったところで、さすがに会って間もない先輩から聞かされるには重すぎるかと、後輩の様子を見る。
が、慶史は、真剣な、深刻な顔をして正座をし、見えないなりに聞いている。
「無理はしないでください。
……でも、言ってくれるのなら、聞きます。全部」
全部聞くのか。
ここまで真剣に向き合ってくれるなら、自分が自分の痛みを誤魔化して矮小化するわけにはいかないか。
和希は腹を決めて、続けた。
「暴力もあったから、今日こそはもう、殺されるんじゃないかとか、
終わった後もずっと残ってる痛みとか、
中が裂けてるんじゃないか、破裂しているんじゃないかってぐらいずっと痛いのが心配で、
このまま死ぬんじゃないかとか、いや、死ぬなら楽になれるのかなとか、
体の傷、肘や膝を無理矢理ひねられて傷んでいるのがずっと治らない、どうしよう、このままずっとそうなんじゃないか、とか。
……2年間、頭の中100%近くがソレ関連だった。本山が捕まるまで」
「本山が、捕まったのは……」
「私の妊娠がきっかけだった」
「………え。
妊、娠………?」
さすがにショックな顔をする後輩。
全部聞くと言ったので自己責任だが、まぁ、聞いてショックを受ける自由はある。
ただ、さらにえげつないのはここからだけど。
「私がまだ生理が始まっていないからと、高を括って、奴ら避妊を一切考えていなかったんだ。
それで私にソレを続けてた。
しかも私の妊娠に気づいた時、本山は、それもまた、題材にしようとした。
私に出産までさせて、それまでも撮影しようと」
「………なんてことを」
「結果的に、出産に至る前におなかが大きいことに教師が気づいて逮捕にいたった。
その時の教師たちは、一応恩人ではある。
けど……」
「けど……?」
「『どうして相談してくれなかったの』
『なんでもっと早く家から逃げたり、大人に言わなかったの。それぐらいできたでしょ』
『保健で習ってるんだから、そのままいたら妊娠するってわかってたよね?』
挙句に。
『体はどんどん女性になっていくんだから、大人の男にそういう目で見られるのわかるでしょ?』ってさ」




