35. 敵の正体
「私や協力者が集めた、日本全国の性犯罪者の情報が、ここにまとめてある」
そう言って和希は、ペンケースから、ペンダントの形にした小さな細長いものを引き出した。
よくみるとそれはUSBメモリだった。
それをパソコンに挿すと、和希はその中のファイルを開いた。
「……これを見て」
エクセルの表で、膨大な数の人物ファイルが作ってある。
そのなかのあるページを和希は開いた。
『ファルス本山:
197×年生まれのAV男優兼監督、タレント、司会業 、元格闘家。
本名は本山衛。
監督としての代表作は「女豹たち~今夜は淫らに キャットファイト~」シリーズ』
『199×年:キックボクサーとして活動し始める。
199▲年:プロレスに転向を志し、○○プロレスに入門。
200×年:AV業界に。
20■■年:13歳未満女子の児童ポルノの撮影・頒布が発覚。強姦致傷容疑で逮捕。5年の実刑判決を受ける 。
20▲×年出所:出所後は監督業を再開』
『本名の「本山衛」で、地方でのアングラ格闘技興行でリングサイドアナウンサーや解説を努める』
「児童ポルノ……ですか? 強姦致傷って……」
「ここまではwikipediaのコピペ。
ここから下は私が調べたもの」
『【補足】
・身長:公称183cm、体重:公称95kg、体脂肪率不明。
・名前は、男根やそれをかたどったオブジェを意味するファルス(phallus)と、卑俗な内容の喜劇を意味するファルス(farce)をかけたもの。
・リングネームは本名。
・プロとしてリングにあがったのは、プロレスとキックボクシングを足しても2年4カ月とごく短い。
・AV業界で起こした事件・問題多数。
・女優を手荒く扱う仕事のやり方から、同業界では批判する者も多い。
・一方で、「ステゴロはAV男優で最強」だという説が根強く残り、根強いシンパも存在』
「ステゴロって、なんですか?」
「素手のケンカのこと。
それから……」
『【出所後の事件】
○ 20▲×年■月
「激録! 本番NGな高慢女を調教!」
企画女優を騙し、自分と他4人の男優とで、監禁・暴行の上強姦するという企画を実行。
彼女は細かい趣旨を知らされていないまま、右手と肋骨3本、頬骨を骨折し内臓を損傷。
身内バレを脅しに使い、訴訟に発展させないまま示談に追い込む。女優は引退』
『○ 20▲■年▲月、「女豹たち」シリーズで、総合格闘家の女性を騙してリング名を公開した状態で出演させ引退に追い込む。
※その他このシリーズでは、騙されて出演させられたり、最初の契約を完全に無視され引退に追い込まれた女子格闘家が4名』
「ひどい……ですね」
並ぶ事件を指でなぞり、慶史は絶句した。
「本山は地方のごく小さい会場の試合でよくリングアナや解説をやっている。
格闘家は、大会で、ゲストとして来ていた本山に声をかけられたりしていたみたい」
「それ…!
格闘技の試合会場で……女のひとを漁っていたってことですか?」
「本山自身が格闘家だとかステゴロ最強みたいなイメージで売っているから。
そういう女子格闘家のシリーズものが代表作扱いで、味を占めて力を入れてたんだろうね……」
「それが……そんな人がどうして…」
と言いかけて、慶史は口をつぐむ。
そんな人がどうして、三条さんを。
その問いかけをしてはいけないような気が、なんとなくして。
「でも。私の知る限り、コイツは関西には拠点はないはずなんだけど……」
和希は考え込みながら画面を見て呟く……。
慶史はそんな和希をながめたが、
「三条さん……」と和希をそっとつつく。
和希も気が付いたらしい。
後ろの、玄関ドアから、ガチャ、ガチャと何かを差し込むような音。
和希が舌打ちするまもなく鍵が外され、わずかにドアが開くとバチンとチェーンが引っ掛かった。
(……ピッキング!?)
何か電動カッターのようなものが差し込まれ、耳障りな音でチェーンと格闘し始める。
狭い隙間に、ねじ込まれようとする、レンズ……。
「傘借ります」
「えっ」
立て掛けてあったビニール傘を両手で握ると、慶史はドアの間にねじこまれたレンズめがけて傘の先端を最速で突きこんだ。
レンズが派手に砕ける。
慌てて外側の人間がカメラを引いた。
そのまま、チェーンと格闘している電動カッターを持っている人間のその手に傘を打ち下ろす。
悲鳴をあげて機械ごと手を引くその隙に、和希が間髪入れずドアをがっちり閉めて再度鍵をかけた。
「……ナイス」
「もう少し竹刀に近い長さのもの、ありますか?」
「杖術用の4尺杖なら」
和希はどこかから引っ張り出した杖を慶史になげて寄越す。
(重…っ)
以前に使いなれた3尺8寸の竹刀と数センチしか変わらないはずだが、大分長い気がする。
一方和希は、USBを首にかけ、携帯・鍵・財布・小型PCをボディバッグに放り込み、体に斜めに固定する。
このまま外にでるということか?
再び、鍵がガチャガチャと音を立て始める。
「外、何人いた?」
「見えてる範囲でも結構……5、6人はいました」
「じゃあ全部で10人はいるか。
4階までエレベーターもないのによく登るよ」
そういうと、和希は杖を握った慶史の手を引いた。
「!?」
なんとガラス戸をあけてベランダに向かう。
ワゴン車が眼下に見える。
「あの……」
洗濯物として干されているタオルを取ると、「これ手に巻いて」と渡してくる和希。
ベランダの柵に綱引きに使うような太い綱が結ばれていて、非常に長いそれを、和希は思い切り下に投げた。
「えと、もしかして、これは……」
「大丈夫、私が先に下に降りるから」
「やっぱり……」
柵を越え、縄を掴んだように見えた和希は、する、と握る手を緩め、すーっ…と下に降りていった!
「……了解です」
慶史は続いて柵を超え、杖をベルトにさして腕で挟み、足でも縄を挟み、縄を揺らさないよう注意しながら、少し、手を緩める。
――――ヒヤリとするほどの体感速度、タオルとジーンズ越しにすごい摩擦熱。
あっという間にするりと下まで降りていった。
1階付近で縄に大きな結び目がついており、無事、そこで止まって、がくんと大きく体が揺れた。
「逃げたぞ!」
敷地の外。
地上で待機していた者がいたらしく、誰かが大きな声で叫んだのに焦りながら、慶史は着地した。
その叫んだ者は、とびかかった和希がすぐに締め落とす。
慶史は杖を持ち直すと敷地の塀を超え、和希と合流した。
車からも、2、3人、出てくる。
慶史は杖を、竹刀のつもりで正眼に構えた。
――――相手はひるみ、近寄ってこない。
その一瞬、和希は駆けだした。
立て続けに蹴り飛ばされ、瞬く間に3人倒れる。
(!?)
和希はそのまま、ワゴン車の開いたドアから中に上がり込む。まもなく、あと1人、運転席から蹴りだされた。
クラクションが響く。慶史は運転席に駆け寄った。
「あの、まさか……」
「乗って」
(車盗むの!?……)
慶史は心中で突っ込みながら、しかし(いや、緊急避難!)と自分に言い聞かせて、助手席にまわりワゴン車に乗り込んだ。
後部座席のドアが開いたまま、大きく揺れて、車は走り出した。
後ろを見ると、階段をようやく降りてこれたらしい男たちがマンションの入り口からわらわら出てくるところだった。
◇◇◇




