34. 先輩の部屋
◇◇◇
今井慶史が案内された先輩の部屋は、マンションの4階にあった。
「どうぞ」
妹の部屋を除くと、女の子の部屋には初めて入る。
慶史は緊張してドアをくぐったが、意外とそんなに男の部屋と変わらない雰囲気でほっとした。
古い壁の部屋の中には、大きな本棚が二つある。
専門書のほかに小説類や格闘技関係や武道史関係の本など、たくさんの本が詰まっていっぱいで、本は床にも机にもあふれ出している。
傷みきったフローリングの床に布団を敷いて寝ているらしく、布団は部屋の片隅に畳んでおいてあったが、そのまま三条和希は古い押し入れに突っ込んだ。
「失礼します」
慶史が上がりこみ、和希はしばし考えたのち、部屋のカギをかけドアチェーンをかけた。
妙に、その音に緊張する。
もちろん、当然、身を守るために先輩はそうしたのだろうけど。
押し入れの下の段に、去年買ったにしては古そうな衣装ケースが詰まっている。
たぶん慶史と同じように、家具は大学生協のリサイクルショップなどで買ったのだろう。
慶史は床にじかに座った。
部屋の一角につるしてある服は基本的に黒や紺など濃い色で、それも男物ばかりのように見えた。
少なくとも、スカートは一切なさそうだ。
先輩、三条和希の立ち姿を改めて見る。
スカートを穿いた姿は一度も見たことがない。
それどころか、男が着れそうな服しか着ていない、という印象だ。
それは、サークルでだけじゃない……?
『君は、人の何を見て、女だと判断する?』
『君が思う女の要件を満たしていない女は……』
不意に、つい昨日の、和希の言葉が脳裏によみがえる。彼女は自分を、『欠けているものがたくさん』と表現していた。
「――――コーヒーしかないけど大丈夫?」
「ああ、はい……三条さんの三分の一ぐらいの薄さで大丈夫です」
「へ?」
――――実際に三分の一ぐらいにしてもらったのかはわからないが、お湯が沸いて淹れてもらって渡されたコーヒーは十分濃すぎた。
慶史自身、大学受験の時期はすさまじい量のコーヒーを消費し、カフェインがほとんど効かない体質になったりもしたが、三条和希はだいぶその上をいっているんじゃないだろうか。
致死量をうっかり摂取したりしないだろうかと心配になる。
「あ、あの。それで……」
「これから、どうするかってこと?」
和希に問いを先回りされた。
「敵の素性を知りたいから、覇華さんが昨日見せてくれたサイトを調べてみたい」
「え、ええ……」
そういうと和希は、机の引き出しからノートパソコンを引っ張りだした。
「サイトの名前、憶えていますか?」
「たぶん検索ですぐに出てこないから。
URLを見て覚えた」
「え……」
和希はそのURLを直接PCに打ち込む。
繰り返さないと暗記することが苦手な慶史にとっては脅威の能力だ。
まもなく、昨日見た、女性の裸だらけのサイトを表示させた。
改めてその画面を見て……慶史は硬直した。
「……あのこれ、これから見るんですか?」
「ああ」
和希は、何をいまさら、という顔をしている。
いやあの、女性の裸が見たくもないほど嫌いなんてことはまったくないのだが(実物を見たことはないけど)。
女の先輩の部屋でふたりで見なきゃいけないって、どんな羞恥プレイ…… 。
とはいえ。
ちらっと横目に、その先輩の顔を見ると、早くも気分悪そうな顔をしている。
「あ、あの……?」
「いい。大丈夫。手掛かりになりそうな情報を拾おう」
「………そ、そうですか?」
口元食いしばって、PCをたかたかいじりながら、和希はサイトをスクロールしていったが、顔はどんどん青みを増していった。
「あの……?」
「……………」
和希は無言で口元を押さえている。
「あの、俺、かわりに見ましょうか……?」
「……………ごめん頼む」
かすれ声でやっとそう言うと、和希はPCから離れて、頭が重そうに床に転がった。
うつぶせで寝転がり、伏せる。
それは、尻から足の長さが強調されるような姿勢。
自分の知る限りでは、どの女の子よりも長い足だ。
服に隠されていても、見とれるほどきれいな、凶器。
ふと、見すぎていた自分に気づき、目をそらす。
「……できるだけ、手がかりになりそうなテキストを全て、メモ帳にコピペしてくれないか。
ビデオの名前、女優の名前、ロケ場所とか…。
事務所の関係者や、所在地を突きとめたい。
電話番号がどこかにあれば、局番から大体の位置はわかるし……」
床にうつぶせながら、和希はそう指示を出す。
確かに。女性が見るよりは、男の自分が見る方がだいぶましだろう。
そう納得して、また、和希と一緒に見なくて済むということに若干安堵もして、慶史はそのサイトのチェックをし始めたのだが……
「……どうした? 気分、悪い?」
「い、いえ……」
早速、顔色の悪さを悟られてしまった。
とはいえ、その理由は言えない。あまりに、「本物のレイプ現場」などと銘打たれた動画がたくさんありすぎて、などとは。
そりゃ、慶史だってエロい物をまったく見ないわけではない。
当然恥ずかしくて徹底して隠しはするけれど、必要な日もある。
―――――けれど、今までは、「本物」と銘打たれた動画があったとしても、どうせ作られたものだろうという漠然とした楽観で、いままでスルーしていた。
だけど実際、そんな確証、どこにある?
唐突に、気になってしまった。
……自分がスルーしてきたもの、それらは、本当に納得ずくで作られたものだったのか?
そこに傷ついた女性は、本当にいなかったのか?
もちろん、出演強要の問題が出てから、AV業界の中でもそういったことをなくしていこうという団体が作られたり、啓発が行われたりしていると報道で目にする。
どんな仕事をする人も色眼鏡でみてはいけないと思うし、それはAVに関しても同じはずだ。
けれど。気になる。
いずれにしろ、気になってしまったら、他人事ではいられなくなる……。
「それにしても、彼等は、なんでこんなことを?」
ゴリゴリ削られるメンタルをしゃべることで少しでも紛らわそうと、慶史は口を開いた。
「さあ……?
私にケンカを吹っ掛けてくる奴らと、似たようなものじゃないのかな……?」
和希の声は、まだ気分が悪そうだ。
「どうして、三条さんをわざわざ選んだんでしょう? 」
「うーん……性犯罪者狩りだから……?
覇華さんクラスの有名人だと、さすがに事件として大きくとりあげられるし…避けたんじゃないのかな。
まぁ、普通に復讐かもしれないけど。関係者に私が狩った奴がいるとか」
和希は、ごろっと、寝がえりを打った。
横向きになると、なんとなく、しなやかなネコ科の猛獣っぽい。
「あれ、昨日見た、襲撃の告知なんですけど ……更新されてます」
「なんて?」
「『イベントは好評のうちに終了しました。ただいま 絶賛編集中!! 近日中に配信予定』……え?」
「ああ。そりゃね。まさか、失敗したなんて書けないでしょう。
……てことは、近日中には配信動画に使えるような 映像を撮りにくるってことなんだろうな」
ひとごとのように淡々と、和希が言う。
「あとは…てがかりになりそうなものは、よくわからないです。
電話番号も一切ないですし。地名も出てこなくて……。
その、犯罪というか違法というか、『本物』の犯罪動画があるっていうのが、このサイトの売りっぽくて。
……女優さんの名前も、あまりでてこないんです」
「そうか……ちなみに、男優は?」
「男優さんもあんまり名前が出てこなくて……あ」
「どうした?」
「このサイトの事業主が自ら男優をやっているぽくて、さっきから何度か名前が出てきています」
「なんていう男?」
「…ええと。ファルス本山、です」
「……………え?」
和希が跳ね起きた。
「…………三条さん?」
「……写真は、ある?」
「あ、え、ええと……ここのページにちょっと出て、います」
そういうと慶史は、男優のプロフィールのページを映して、和希に見せた。
筋肉をアピールした、やたら肌がてかてかした写真と、元プロレスラーだという経歴。
そして、平然と書かれるのは、その逮捕歴。
和希は、大きく目を見開いて。 小刻みに震える肩を、ぐっと掴んでいた 。
「……三条さん?」
「大丈夫」
裏返りそうなのを抑えたような声。「なんで『私』なのか、わかっただけだから」
「……え?」
「むしろチャンスなんだよ。これは……」
やはりかすかに声が震えている。
自分に言い聞かせるようにうなずく和希が、ひどく危なくゆらりとゆれて見えて…
…慶史は、不安な気持ちで見つめた。




